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第二十四話

 アンナはさっそくバレッタを身に付けてくれた。すごく気に入ってくれたらしい。

 テレサはというと、最初は『もったいないから』と丁寧にしまわれそうになったけれど、わたくしとアンナが協力して説得して無事にテレサの髪を彩ることになった。


「アンナもテレサも、気に入ってくれたみたいで良かったわ」

「そうですか」


 ルチアは、なぜか珍しく不機嫌そうに返事をした。

 戻ってきたら部屋の前にいたので、経緯を説明してあげたのだ。もちろん、ルチアの誕生日プレゼントを買ってきたことは伏せて。

 だって、「プレゼントを買ってきたのよ〜!」って本人に直接言うのは……ちょっと頂けないわ。

 なんで不機嫌なのかは分からないけど、まだ指輪のことが尾を引いているのかしら?


 『わたくしの前世で指輪にどういう意味があったのか』が気になって仕方ないみたいなのよね。

 でも、前世での指輪の意味については悟られないように気を付けなきゃ。恥ずかしいのもあるけど、本命以外に指輪を送ったことを後悔しちゃうかもしれないもの。

 この世界では恋愛関係では大きな意味はないのだから、知らないままでいてもらおう。


 このままだと問い詰められるかもしれない。

 でも、今のわたくしにはルチアの追求を回避するためのアイテムがある。

 満を持して渡してやるわ!


「ルチアも気に入ってくれたらいいのだけど」

「え?」

「これ、開けてみて?」


 わたくしはプレゼントを差し出した。

 ルチアはプレゼントを凝視して固まっている。


「私に……ですか?」

「もちろん! ルチアの誕生日プレゼントだもの。

 リボンのリベンジの予定だったんだけど、アンナに彫金が流行りだって聞いたから買いに行ったの」

「……そうだったんですね」


 種明かしをすると、ルチアの不機嫌そうな雰囲気が一気に緩む。

 ふふ、やっぱり直で言わなくて良かった。

 いつもは誕生日にパーティーのあとの交換会で渡し合うから、なんとなく粛々とした感じになっちゃっていたし。こういうサプライズ感もたまにはいいわよね。


「開けてもいいですか?」

「もちろん」


 ルチアがそっと箱を開ける。

 買ってから気付いたのだけれど、蓋の彫金は植物をモチーフにしたものらしく、花や蔓が巻いたようなちょっと可愛らしいものだった。


 可愛すぎないか悩んだけど、よく見たらちょっと似ていて、なんだか気に入っちゃったのよね。

 ルチアがくれたプレゼントは、今もわたくしの小指で輝いている。

 ルチアが選んだものに似ているなら、きっとルチアも嫌がらないでしょう。


 ……とは思いつつ、ドキドキしながらルチアの反応を窺う。


「ど、どうかしら?」

「……美しいですね」


 ルチアの表情は柔らかい。

 嫌ではないみたいね、よしよし。

 わたくしは気分を良くして説明してあげる。


「ちょっと可愛い柄だけど、綺麗でしょう?

 髪飾りにしようと思ったんだけど、これからのルチアにはこっちの方がいいかなって」

「これからの私に?」

「懐中時計って、紳士のマストアイテムでしょ」


 わたくしにはよく分からないけど、マクラーレンが常に携帯しているくらいなのだから、たぶんそう。

 ルチアは懐中時計をじっと眺めたあと、わたくしに目線を合わせて小さく微笑んだ。


「ありがとうございます」


 気に入ってもらえたようだわ。良かった。

 嬉しくてわたくしもにこにこする。

 ルチアの感情表現は豊かではないけれど、だからこそ喜びが伝わる気がする。それが嬉しい。


 よし、無事にルチアにもプレゼントを渡せたし、あとはマリベルたんだけね!

 ついつい2つもヘアクリップを買ってしまったわけだけれど、どう渡すかを慎重に吟味しなくちゃ。


 ルチアの誕生日プレゼントと一緒にマリベルたんへのプレゼントも買った経緯を話すと、ルチアは「そうですか、マリベル様にも……」とものすごく微妙に表情を変えた。

 これはどういう感情なのかしら。さすがにそこまでは読み取れないわ。


「どう渡そうかしら。お誕生日はまだ先だし……」

「好感を持ってもらうことが主目的なら、いつでもいいのでは?」

「まあ、そうなんだけど……」


 なんでもない日にプレゼントを渡すのも、それはそれで素敵なことだとは思う。

 でも、今までちゃんとしたプレゼントはイベントごとでしか渡していなかったから、いまさら……と思ってしまう。

 なにかきっかけがないとなかなか渡しにくい姉心も分かってほしいわ。

 ふう、とため息をついていると、ふと部屋の隅に積まれた荷物に気付いた。

 フォレスター学園への入学準備のために用意している途中のものだ。


 ハッ……そうだわ! いい口実を思い付いた!

 今日はちょうど勉強会の予定だし、いいタイミングだわ!



 ――というわけで、勉強会のためにわたくしの部屋を訪れたマリベルたんに、わたくしはさっそくプレゼントを差し出した。


「お姉様、これは……?」

「わたくしからの入学祝いよ!」


 入学祝い、素晴らしい理由だわ。お姉ちゃんからあげるプレゼントとしてなんにもおかしくない。

 にこにこするわたくしにマリベルたんは戸惑っていたけれど、「ありがとうございます」ととりあえず受け取ってくれた。

 中を見てマリベルたんは目を見開いている。


「綺麗でしょう?」

「――はい……とっても。

 ありがとう、ございます……」


 マリベルたんはそう言ってくれたけど、表情が硬い。

 あんまり喜んでいるようには見えない。


 やっぱり、髪飾りは地雷だったのかしら……!?

 別のものにすべきだったわ!


 わたくしが自責の念に駆られかけたとき、マリベルは意を決したように強い眼差しを向けた。


「……お姉様に、ずっと言えなかったことがあるんです」


 ドキッとして思わず姿勢をただす。


 ずっと言えなかったこと――もしかして、お母様の形見のリボンのこと?


 マリベルは拳をぎゅっと握り、口を開く。


「わたし、お会いしたばかりのときに『髪を結うものは持っていない』って、言ったんですけど……本当は持っているんです。

 お母様からいただいたリボンをひとつ……」


 マリベルの肩は震えている。

 誠実なマリベルには嘘をついたことが心苦しかったのだろう。ずっと気にしていたんだわ。

 わたくしから大事なリボンを守るためなんだから、気にしなくてもいいのに。

 なんとか伝えようとして、言葉を選ぶ。


「そうだったのね。

 出会ったばかりで全てを言う必要はなかったと思うし、別に気にしなくてもいいのよ。

 お母様から頂いた大事なものなんでしょう?

 わたくしが信用ならなかったなら、言いづらくて当然――」

「い、いいえ! 違いますっ!」


 マリベルは身を乗り出して言葉を遮った。

 そして、ハッと気付いたように慌てて座り直す。


「……お姉様が信用できなかったなんて、そんなことありません。

 確かに、『まさか平民のわたしが公爵家に来ることになるなんて』って、驚いて戸惑ってはいたんですけど……。

 リボンのことを言えなかったのは、それが理由じゃなくて……」


 そこまで言って、マリベルは言いにくそうに目を逸らした。

 てっきりわたくしから形見のリボンを守るためだと思っていたのに、違ったの?

 でも、他の理由なんて思い付かないわ。

 マリベルは逡巡したあと、決心したようにもう一度しっかりと目を合わせてくれる。


「……お母様の言い付けだったんです。

 『あのリボンはすごく特別なものだから、誰にも知られないように大事にしなさい。

 そして、本当に大事なときに身に着けなさい。

 例えば――とっても高貴な場所に通えるようになったときに』って……」


 ……マリベルのお母様が、そんなことを?

 『ナナハナ』ではそんなエピソードは出てこなかった。


「言われたときは、意味がよく分かりませんでした。

 クリスタル公爵家に迎え入れていただけることになったときも、お家になる場所には『通う』とは言わない、と思いましたし……。

 でも、公爵家に入って貴族になったことで、通うことになる『高貴な場所』がある――と、気付いたんです」


 貴族が通う高貴な場所――フォレスター学園のことだ。


 マリベルのお母様は、マリベルがフォレスター学園に通うことになると分かっていたのかしら?

 確かに、父親は貴族なのだからマリベルにも通う資格はある。でも、そのときには平民として暮らしていたはずなのに……。

 マリベルがクリスタル公爵家に引き取られることを予感していた……?

 ……いえ、『いずれそうなってほしい』という願いをこめたからこそ、リボンを着けるタイミングを指定したのかもしれないわね。


 マリベルは少しうつむいて、呟くように言う。


「だから――フォレスター学園に通うようになったら、着けなくちゃいけないんだって思いました」


 ――え?

 この言い方だと、まるで――。


 疑問が浮かびかけたときには、マリベルはもう顔をあげていた。


「でも、平民だったわたしが『フォレスター学園に通うことになったら着けるリボンなんです』なんて、恐れ多くて……。

 それで、言い出せなかったんです。

 ……本当に、ごめんなさい」


 マリベルは深々と頭を下げた。

 思っていた理由とは違ったけれど、そんなに深刻に思う必要はないように思える。

 やっぱり、結局わたくしへの信頼感の問題のように思うし。わたくしがもっと打ち明けやすいお姉ちゃんだったら、マリベルたんもこんなに思い詰めることもなかったはずだわ。


「そうだったのね。話してくれてありがとう。

 でも、そんなに謝るようなことじゃないわ。気にしなくていいのよ。

 ――秘密なんて、誰しも持っているものなんだから」


 言いながらチクリと胸が痛んだ。

 マリベルがリボンのことを隠していたことなんて可愛いものだわ。

 わたくしが隠している秘密は、こんなものではないのだもの……。

 痛みを振り払うように微笑んで、わたくしは話を逸らそうとする。


「フォレスター学園に通うまでは、そのプレゼントを使ってね。

 そのあとは、マリベルの大事なリボンを使ってちょうだい」

「い、いえっ。

 お母様のリボンもですけど……お姉様のリボンも同じくらい大切ですから。

 ……どちらも、大事に使います」


 マリベルは花が咲くように微笑んだ。


 うううっ……胸が、胸がものすごく痛い!

 マリベルはわたくしのことを信頼してくれた。だから秘密も打ち明けてくれて、プレゼントも大切にしてくれる。

 でもわたくしは、言うつもりのない秘密を抱えたままなんて……!


「ま、マリベル……」

「? はい、お姉様?」


 様子のおかしいわたくしにマリベルが首をかしげる。

 こんなに可愛い妹に嘘をつき続ける人生なんて耐えられないわ!

 ――言ってしまおう。なにもかも。

 マリベルの信頼に応えなきゃ――!


「あのね、マリベル……」

「はい」

「実はね、わたくし……」

「はい……?」

「……………………………………」

「……お姉様?」

「わたくし…………………………とっても嬉しいわ!

 マリベルがこんなに喜んでくれて!!

 大好きよ、マリベル!!!」


 あっぶない!!!!

 全てをゲロッてしまうところだったわ!?


 『実は前世の記憶があって、この世界は乙女ゲームで、あなたはヒロインでわたくしは悪役令嬢なのよ』――なんて、言われても混乱するだけよ!

 それに、わたくしの末路を知ったら絶対に悲しむ。

 黙っているのが辛いからって、我が身かわいさでマリベルを苦しめるところだった。

 我に返れてよかったわ……!


「わたしも、お姉様が大好きです!」


 マリベルたんは嬉しそうにはにかんだ。

 この笑顔を守らなくっちゃ。わたくしの大事な役目を放棄するところだったわ!

 わたくしは内心で額の汗を拭いながら、心にしっかりと誓った。


 ――胸に小さく残った引っ掛かりには、このときには気付かなかったのだった。


***

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