第二十三話
……とは言ったものの、ルチアの誕生日プレゼントについて妙案はさっぱり浮かばなかった。
改めてルチアに欲しいものはないか聞いたけど「特にありません」とすげない返事が返ってきたし。
前世では、友達の誕生日には欲しいものを聞いてプレゼントするか、ご飯をおごってあげることがほとんどだったからなぁ。
「というわけで、大調査中なの。
協力してくれる?」
「はい……?
えっと、どういうわけなのかは分からないですけど……私にできることなら協力します」
突然話を振られたアンナは困惑顔ながらも頷いた。
よく分からない話に頷いちゃだめでしょ。しかも相手は悪役令嬢よ?
全く、アンナの行く末が心配だわ。
「ただの調査だから、答えてくれるだけでいいのよ」
「調査ですか?」
「ええ。アンナ、今欲しいものはある?」
「欲しいもの?」
アンナは首を捻って「う〜ん」としばらく唸っていたが、急にぽんと手を叩いた。
「そうだ。派手じゃなければお仕事中でもできるからって、いまメイドたちの間で髪飾りが流行ってるんです。
それで、城下町にすっごくオシャレな金細工のお店があるそうで、お値段がすごいのでなかなか手が届かないんですけど、お金を貯めていつか買いたいねって話してたんです。
だから、そのお店の髪飾りとか。私だったら、ですけど……」
「ふむふむ、なるほど」
なかなかいい情報だわ。金細工の髪飾り、確かに素敵なものがたくさんありそう。
『ナナハナ』の『ルチアーノ・リース』はボブくらいの髪の長さだったけれど、ルチアは髪が長い。
女装を強いられたせいかもしれないけれど、男装になってからも髪を切る様子はない。わたくし渾身のへたくそ刺繍のリボンでひとつにまとめている。
いつかリベンジしたいと思ってはいたけれど、今のわたくしの実力では『へたくそ刺繍のリボン2』が生まれるだけだわ。それなら、オシャレな髪飾りを買ってあげた方がいいかも。
考え込むわたくしを見てアンナは「ふふっ」と笑う。
「もしかして、マリベル様のお誕生日プレゼントを悩まれてるんですか?
マリベル様はいつも下ろしてばかりですから、髪飾りはいいかもしれないですね」
「……!」
確かに、マリベルたんへの誕生日プレゼントもそろそろ考えようと思っていたところだわ。
髪飾りのプレゼントは良い案ではある。
でも、マリベルたんにとってはどうか分からないのよね……。
マリベルたんは、いまだにお母様の形見のリボンを身につけていない。
『ナナハナ』でも形見のリボンはフォレスター学園入学までは隠していた。たぶん、意地悪な異母姉になにかされるのを恐れて隠したのだと思う。
でも、いまのわたくしは一応、マリベルたんのことをいじめたりしていない……つもり、なのだけれど、まだ隠しているみたいなの。
リボンのことは、マリベルが来たばかりのとき以来触れないようにしてきた。
でも、本当はマリベルたんだって早く身につけたいはず。だってお母様の形見の大事なリボンなんだもの……。
――そうだわ、良いことを思い付いた!
マリベルたんがまだわたくしを信用できていないなら、信用してもらえるようにわたくしが動けばいい。
つまり――『プレゼントで好感度アップ大作戦』よ!
ウワサの金細工のお店でルチアの誕生日プレゼントと一緒にマリベルたんに似合うものを探す。
そしてそれをプレゼントして、好感度をアップするの!
そうして信頼を高めれば、マリベルたんだって気兼ねなく形見のリボンを使えるはずだわ。
リボンに刺繍してプレゼントしようとしたときは、形見のリボンと被って困らせてしまうかもと気づいて断念した。でも、バレッタやヘアクリップならリボンと合わせて使えると思うし、最悪髪飾り以外の金細工だってあるはず。
すごい、完璧な作戦ね……!!
「あなたは優秀なメイドね、アンナ。褒めて使わすわ!
――そうだ! さっそくそのお店に行きたいのだけど、あなた、ついてこられない?
案内してちょうだいよ」
アンナはしばらくぽかんとした表情をしたあと、「ええっ!?」と大袈裟に驚いた。
「お、お嬢様が私を褒めるなんて!? それに、お出掛けに連れていくなんて!?
どうしよう、もしかして私、まだ夢を見てるのかな?
寝坊してるんだわ! きっとそうよ!」
アンナはいきなり頬をつねったり叩いたりして「痛い!」と叫んでいる。
前から思ってたけど、この子、ちょっと天然よね。
良かったわね、わたくしが前世の記憶を思い出して。そうじゃなかったらすぐクビにされていたと思うわ……。
「アンナ、どうするの? 行けるの、行けないの?」
「い、行けます! 行きたいです!」
混乱しているアンナに聞いてみると、素直な返事が返ってきた。まだ夢だと思っているのかもしれないけど。
まあそのうち気がつくでしょう。
それより、善は急げよ。
「いい子ね。では、とっとと準備をしてちょうだい」
***
馬車を走らせて辿り着いた城下町、件のお店は確かにオシャレないい雰囲気のお店だった。
アンナは馬車の中で正気を取り戻し、今はわたくしの隣でソワソワしながら品物を眺めている。
「わあ、どれも綺麗ですね……!」
「そうね。作りもいいわ」
これなら働くメイドたちでも重宝するでしょう。
さて、ルチアとマリベルたんにはどんなものがいいかしら?
ルチアの普段使いはわたくしがあげたリボンのみで、他のものを使っているのは見たことがない。
今のリボンの色やモチーフはわたくしが選んだものだから、好みというわけでもないはず。
でも他の持ち物もだいたい支給品で、個性的なものを使っているのも見たことはない。
つまり――詰みだわ。好みに合わせるのは無理ゲー。
「アンナはどういうのがいいの?」
「えっ、私ですか?」
「ええ。参考にしたいのだけど」
アンナは慌てて並んだ商品をざっと見ると、バレッタのひとつを指差した。
真珠のような丸い石があしらわれた、品があり可愛らしいデザインだ。
「こういう、石が入っているようなのが綺麗だなって思います。
大きさもちょうどいいし……」
確かに、そんなに大きくないし装飾も派手じゃないから邪魔になりにくそう。
ふむふむ、働く人にはデザインは控えめでそんなに大きくないものがいいのね。
わたくしが納得していると、アンナはおずおずと助言をしてくれた。
「でも、マリベル様にだったら、もう少し鮮やかなものがいいんじゃないでしょうか?」
「そうかしら」
アンナはマリベルたんにだとしか思ってないから助言を得づらいわね。でも、ルチアとの誕生日プレゼント交換会は他言してないから言いづらい。『同じ使用人なのになんでルチアだけ?』ってなっちゃうし。
……いえ、そうだわ、別にルチアだけじゃなくてもいいじゃない。
どうせお父様が適当に寄越してきたお金だもの。ぱーっと使ってもいいわよね?
可哀想にわたくしのお世話をさせられているこの子たちに、ちょっとぐらいプレゼントしても怒ったりしないでしょう。というか使い道を調べてすらいないと思うわ、あの人。
「そうだわ。アンナにも買ってあげる。好きなのを選びなさい」
「えっ!?」
「あと、テレサにもなにか見繕ってくれる?」
基本的にわたくしのお世話をさせられているのはアンナ、テレサ、ルチアの三人。三人はちょっとぐらいいい思いをしても許されるわね。
でも、あんまり特別扱いすると軋轢が出るかしら。他の使用人たちにはなにかお菓子でも買えばいいか。
アンナとテレサの分はアンナに任せて、ルチア用を物色する。
デザイン控えめで大きくない……実用的なもの……。
店内を物色していたら、ふとあるものが目についた。
「これは……懐中時計?」
ディスプレイされていたのは懐中時計だった。
蓋に彫金が施されていて美しい。
確か、執事とかがよく持ってるアレよね。マクラーレンが燕尾服のポケットから取り出して蓋をパカッとするのをよく見かけるわ。
髪飾りを、と思っていたけれど、男装が馴染み始めたルチアにはこっちの方が嬉しいかも……。
「あ、あの……お嬢様……」
「ああ、アンナ。それが良いの? いいんじゃない?」
アンナはもじもじしながらさっきのバレッタを持ってきた。それからテレサにと、数種類がセットになったヘアピン。
ルチアには先ほどの懐中時計をあげるとして、あとはマリベルたんね。
悩んでいると、アンナが自信満々の笑みであるものをもってきた。
「お嬢様、これがいいんじゃないでしょうか?」
アンナが持ってきたのは、リボンの形の金細工をあしらったヘアクリップだった。リボンの真ん中にふわふわした花がついている。
しかし、なぜかリボンは2つあった。
アンナはにこにこしながら説明してくれる。
「見てください、お花の真ん中に石も入ってるんですよ。
こっちのは青で、こっちのは翠です。
どっちも綺麗です!」
なるほど、石の色が違うからふたつ持ってきたのね。確かにどっちの色も綺麗……。
……ハッ、青と翠!?
それって、オズワルド殿下とマリベルたんの瞳の色……!!
推しのイメージカラーをあしらったアクセサリー――強い。
「……両方、買うわ!!」
意見が採用されたアンナはとても嬉しそうだった。
***




