第二十話
マリベルたんに勇気をもらい、わたくしは『ルチアと仲直り大作戦』に乗り出すことにした。
決戦の日は目前に迫った誕生日に設定した。
そこでプレゼントと一緒に謝罪の気持ちを伝える計画よ!
ここで大事なポイントは、当然一緒に渡すプレゼント。実は、ここ数日思い悩みすぎてまだなにも準備できていないのよね……。
なにを渡したら気持ちが伝わるかしら。
お金にものを言わせるのは絶対ダメなのは分かる。
いっそのこと、もう一度リボンを贈ろうかしら。今度こそちゃんと綺麗に刺繍してみるとか? でも時間がないのよね。前回より腕が上達したかって言うと、微妙なところだし……。
わたくしが頭を悩ませていると、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。
もしかしてアンナかしら。さっき支度を手伝ってくれたときも、元気がないわたくしを心配してか「サーカスを呼びますか!?」と提案してくれた。またなにか元気づけようとしてくれているのかも。
「どうぞ」
気軽に許可を出すと、しかし、入ってきたのはアンナではなかった。
「失礼いたします、シビー」
「え……?」
いつも着ていたシンプルなワンピースではなく、燕尾服に似たスーツを着ている。
髪もいつものお団子ではなく、一つに結んである。
いつもは目にかからないようまとめていた長い前髪は片方おろされて、片目が今にも隠れそうになっている。
いつも見慣れた姿ではないけれど、でも――。
「る、ルチア……?」
わたくしは思わず指さして口をぱくぱくする。
「はい」
どう見ても男の子の格好をしたルチアは、ゆっくりと頷いた。
「今日は……謝らなければと、思いまして」
ルチアはふっと目を伏せた。
謝るなんて、それはわたくしの台詞だわ――そう思うのに、驚きすぎて声がでない。
「実は、私の本名はルチアーノと申します」
銀髪に紫色の瞳。片目を覆うほどの長い前髪。そして、名前はルチアーノ。
わたくしの記憶にある姿にほとんど瓜二つだった。
「あなた……“ルチアーノ・リース”だったの!?」
『ナナハナ』に登場する攻略対象の一人。
今のルチアの姿は――『ナナハナ』より少し幼いけれど――紛れもなく、“ルチアーノ・リース”だった。
「名前や出自が似ているだけなので私には判断できませんが、姿も似ているのであれば……そうなる予定だったのだと思います」
ルチア――いえ、ルチアーノは淡々と言う。
記憶にある『ルチアーノ・リース』より髪も長いし、今まで女の子の服装だったし、なにより女の子だと思っていたから、今の今まで気づかなかった。
でも、姿も似ていて名前も同じで、表情に乏しく皮肉屋な性格も同じ――もはや疑う余地はない。
ハッ……でもおかしいわ!
「る、ルチアーノ・リースは孤児院にいたはずよ?」
「シビーに出会った日、孤児院の連中から逃げられず連れていかれていたら、孤児院に入れられていてもおかしくありません」
な、なるほど……。
じゃああの日わたくしがルチアに気付いていなかったら――助けようと飛び出さなかったら、ルチアは孤児院に行っていて、そしてリース男爵に引き取られていたってこと?
「ルチアは『自分が攻略対象の一人かも』って気づいていたの……?」
「出自や名前が似通っているので、『ルチアーノ・リースになる予定だった可能性がある』とは思っていました」
「ど、どうして言わなかったの!?」
「名前も髪や瞳の色も珍しいものではありませんし、似通っているだけで違う可能性もありましたから、確信が持てませんでした。
それに、シビーは私のことを女性と思っていましたし……」
「そう! それよ!
なんで今まで隠していたの!!」
『ルチアーノ・リースは実は女性』……みたいな穿った設定はなかったはず。
ということは、ルチアは……男の子ということよね!?
今日までずっと隠して生活していたなんて、なんでまたそんなことを……。
「初めて会った日、女性と勘違いされているようでしたので、男と分かって追い出されたら不都合だと思い言わないことにしました」
「そんなことで追い出さないわよ!」
「相手はあのクリスタル公爵家のワガママ娘でしたので」
ううっ。そうなんだけど、そうなんだけど性別を勘違いされてたら普通言うでしょう?
めまいがしそうでふらふらとしていたら、ルチアがソファに座らせてくれた。とりあえず深呼吸して、話を再開する。
「……今までどうやって過ごしていたのよ。みんなに黙っていたの?」
「いえ。お嬢様以外全員がご存知です」
わたくしは呆気にとられて何も言えなかった。
ルチア日くこうだ。
「初めてクリスタル公爵家に来て、シビーから普通に女性用の衣服を渡されたので、勘違いされていると気付きました。
せっかくの住み込み食事付き高収入、数ある調度品をちょろまかせば遊んで募らせそうな大豪邸での仕事ですから、このまま特に言わないでいようと決めました。
ところが、数いる使用人は皆お嬢様に逆らえない様子だと分かりましたので、ひとまず家令のマクラーレンさんにこのようにお伝えしました」
『本当は言うなと言われているのですが、言わないで過ごすことは出来ないと思って伝えます。実は自分は男です。
シビル様に、
「わたくしの身代わりや盾になれるように、女性として振る舞いなさい。
逃げたらお前を買った組織から一生追われる身になるから、バカなことは考えない方がいいわよ。
お前が成長して身代わりにできないようになったら解雇してあげるわ」
――と、言われています。
せめて解雇されるまでの間だけでいいので、ここに置いてもらえませんか?』
「屋敷中全員に隠すのとシビー一人に隠すのとでは大違いですから。
狙い通り、マクラーレンさんは涙を流して私を哀れんでくれましたし、『もちろんいてもいいし、このことはお嬢様には内緒にしておく』と約束してくださいました」
「い、いくらわたくしが悪役令嬢だからって、そこまでしないわよ!
「ナナハナ』でもしてなかったわよ!?」
というかマクラーレン、なに騙されてるのよ!
クリスタル公爵家で長く働く熟練した家令であるはずなのに、10歳の男の子に騙されるなんて……。
「マリベル様にもいらっしゃったその日にお伝えしてあります」
「うそでしょ!?
な、なんて言ったの?」
「『諸事情あって女性の振る舞いをしていますが、実は男です。
お嬢様もご存知ですので、気になるとは思いますが何卒ご容赦くだきい』」
どんな事情があって女装をしているのか、マリベルたんも非常に困惑したことでしょう。
というか、だからマリベルはルチアのことが苦手なのね?
事情もよく分からない女装している男性に、どう接していいか分からなかった、と……。
わたくしは詰めていた息を吐きだして顔を片手で覆う。
「…………あのね、ルチア。
初対面のとき、わたくしに言い出しにくかったのは謝るわ。
でも、それ以降いつでも言うタイミングがあったでしょう? どうして言わなかったの」
ルチアが我が家に来てからもうすぐ4年になる。
その間ずっと女性の格好をし続けるのもしんどかったでしょうに。
「追い出されるかと思い……」
「わたくし、前世の記憶を持っているって話したじゃない。
そんなことで追い出したりしないわ」
「信じていませんでしたので」
そ、そういえば最初は信じてくれていなかったっけ……。
いえ、でもその後、マリベルが本当に存在したことで幾分か信じてくれたように思うのだけれど。
ルチアは静かに言った。
「しばらく一緒に過ごして、本当のことを言っているようだということは分かりました。
シビーが聞いていたような悪徳貴族ではないようだということも。
しかしその頃には、シビーは私のことを頼ってくださっているようでしたので……信頼に背くようで言い出せなかったのです」
ずいぶんルチアらしくない。いつもなんにも気にせずズバズバ言っているように見えたのに。
それでも、本心を言ってくれたんだと思った。
ルチアなりに悩んでいたのかしら。それに全く気づけなかったなんて、わたくしは主人失格だわ。
「でも、じゃあ、なんで今になって?」
「先日シビーから言われたことで、誤魔化せなくなってきたと感じました。
これからどんどん背が伸びて、声も低くなっていくでしょう。言い出す前に気づかれてしまうかもしれない、と――」
ルチアはあのときと同じ、思い悩んで思い詰めた、悲しそうな表情を浮かべた。
『そろそろ潮時ですね』
あのときの言葉はそういうことだったのね。
ルチアはふっと目を伏せる。
「マクラーレンさんにお願いして服を用意してもらいました。
最後に正装で挨拶をしたいと」
「えっ?」
ルチアはそっと瞼を開いた。
アメジストの瞳はかすかに揺らいでいるように見える。
「シビーが望むのなら、私は出ていきます」
一瞬意味が分からなくて、頭の中で言葉を反芻させた。
――出ていく? それって、辞めるってこと?
「どうして?」
退職するつもりはないと言っていた。それなのに。
「数年もあなたを騙していました。
お怒りになられても当然です」
ルチアはずっと静かだ。茶化しても冗談でもない、本当にそう思っている。
ルチアが最近わたくしに近寄ってこなかったのは、ずっとこのうしろめたさを感じていたからなのかもしれない。
ルチアの表情は、まるで断罪を覚悟した罪人のようだ。
それでも仕方ないと思っているような、あきらめの表情に見える。
確かに、ルチアは今まで嘘をついていた。
それは本当だけど。
「わたくしは……」
言い出せなくさせたのはわたくしなのに。
わたくしは何と言っていいか分からなくて、少し口ごもった。
どう言っても上手に伝えられそうにないわ。だから、思ったままのことを言う。
「わたくしは、ルチアに傍にいてほしいわ」
わたくしにとって、ルチアはもう家族なのだから。
大切なマリベルと同じ、もう一人の家族。
「わたくし……これからもたくさん迷惑をかけると思うし、困らせると思う。
それでもルチアがいいなら、一緒にいたい」
ルチアはゆっくりと瞬きをして、それから小さく微笑んだ。
「私も、シビーの傍にいたいです」
わたくしはルチアの手をとってぎゅっと握った。
「頼りにならない主人でも良ければ、あなたがいたいだけいたらいいわ」
「ありがとうございます」
ルチアも握り返してくれた。ルチアの冷たい手にわたくしの熱が移って、少しずつ温かくなっていく。
そのことが、なぜかとても嬉しい。
温かな気持ちになってにこにこしそうになって、ハッと重要なことに気づいた。
「……でも、待って。
わたくし、ルチアの邪魔をしてしまったんしゃないかしら?」
体から血の気が引いて冷たくなっていくような錯覚を感じる。
「どういうことでしょうか?」
ルチアは本当に不思議そうにしている
ルチアが自分で言ったのに。『自分はルチアーノ・リースになる予定だった』と……。
「だって、本来ならあなたは貴族令息になるはずだったのよ!?
そうして、フォレスター学園でマリベルたんと出会って恋に落ちるはずだったのに、わたくしのせいでシナリオがめちゃくちゃじゃない!!」
わたくしが頭を抱えているのに、ルチアは急に『やれやれ』みたいな顔をした。
「私の養父になるはずだったリース男爵とやらはずいぶんな悪徳貴族だと聞いていますが。
私はそんな人が養父になるのは嫌です」
「た、確かに……でも、貴族になったらもっと良い暮らしができたかもしれないのよ?」
「今より良い暮らしがあるようには思えません」
「そ、そう?」
ルチアが満足しているならいいことだけど……。
ハッ、そうか、それに入学前からマリベルに出会っているわ。それどころか、ひとつ屋根の下で生活しているなんて……!
確実にどの攻略対象よりも一歩も二歩も先を行っているわ。
未だにマリベルたんはルチアに苦手意識があるようだったけれど、これからは女装もやめるのだし、ここから更に進展していけるのではないかしら!
「大丈夫よ、ルチア。リース男爵という脅威がいなければ、わたくしとしてはルチアーノルートも全然ありだわ!
身分の違いは恋を盛り上げるでしょうし、マリベルが幸せならそれが一番だから、ルチアのこれからの頑張り次第よ。
わたくし応援しているわ!」
ルチアはそれを聞いてニッコリと笑った。
こんなに満面の笑みなのに、こころなしか冷気を感じる。
「ありがとうございます、シビー。
では、私はこれからもあなたの傍におります」
そうよね、悪役令嬢の侍従と言う立場は、うまくやれば裏切りやスパイ行為でヒロインを有利にできる。
そうして信頼を勝ち取っていけば、ゴールインも夢じゃないもの!
この冷気はきっと『これから頑張らなくては』というルチアの緊張の現れなのでしょう。
ルチアなら安心してマリベルたんを任せられる。
ただ、やっぱり身分の違いという壁は高いわ。将来の安定性という点では依然オズワルド殿下も捨てがたいのよね……。
ルチアには悪いけれど、ルチアに肩入れもしつつ、マリルたんが好きな人を選べるよう、二人とも応援していくことにしましょう。
わたくしは密かに決心して、うんうんとうなずいた。
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