第十五話
第一話から文字数の調整と少し手直しを行いました。
その都合上、以前の第十二話までが第十五話までになりました。
手直し部分以外は同内容です。
ルチアも留まってくれることになり、わたくしはマリベルたんとルチアと楽しい毎日を送ることができた。
元々の能力が高いマリベルたんは、わたくしとルチアの手解きでどんどんスキルを習得している。むしろわたくしは教えてもらっているレベル。来る入学テストでも無事首席になってくれそうで一安心ね。
わたくしはといえば、リボンの刺繍は一向に上達しなかった。『ナナハナ』でもシビルはなにかが優れているような描写もなかったし、元々の能力値が低いみたいね。わたくしの頑張りが足りないわけではないと思うの。そのはずよ。
楽しい時間はすぐに過ぎ、わたくしは13歳の誕生日を迎えた。
「わたくしがオズワルド殿下の婚約者に決まったそうよ」
父からの手紙をひらひらさせながら、ルチアに報告する。
『ナナハナ』のシナリオ通りの展開ね。
本来ならわたくしはここで泣いて喜んで『絶対に殿下の婚約者になる!』と決意していなくちゃいけないのだけれど、こんな大事なことも手紙一枚で終わらせる父に感謝したくないので割愛するわ。
「どうしたらいいかしら……とりあえずご挨拶をしなくちゃいけないわよね」
「オズワルド殿下がクリスタル公爵家にご挨拶に来られると聞いております」
「殿下が?」
ああ……そういえば、『ナナハナ』でもオズワルド殿下がクリスタル公爵家に来ていたわ。そのときに偶然オズワルド殿下とマリベルたんが出会う場面がスチルになっていたっけ。
確か、オズワルド殿下がフォレスター学園を卒業する18歳のときに正式に婚約者を発表して、20歳で結婚するのが通例なのよね。
正式に発表していないから、あまり公にならないように殿下がお忍びでご挨拶に来る……という感じなのかしら。
普通に考えたらわざわざ殿下が令嬢のいる公爵家に行くなんて、それこそ婚約者だって言うようなものでは?
「なんかおかしくないかしら……そういうものなのかしら……?」
「『ゴツゴウシュギ』とかいうやつなのでは?」
「……そうね」
殿下の方から来てくれることでヒロインと最初の出会いを果たせるし、正式に発表していないからヒロインが後で婚約者に成り代わっても大きな問題にならない。
乙女ゲームの闇を垣間見た気がしたけれど、気にしないことにしましょう。
……とはいえ、これはチャンスよ。
『ナナハナ』ではシビルにいじめられていたマリベルたんは、オズワルド殿下が来る日も部屋から出ないように言い付けられていた。
食事も部屋でとるよう命じられていたけれど、シビルを恐れる使用人たちは誰も食事を持ってきてくれず、仕方なく食事だけ取りに行ったマリベル。そこで、シビルの自慢ばかりの話に辟易して抜け出してきたオズワルド殿下と出会う。
そのときにはみすぼらしい格好で食事を持っているマリベルを使用人だと思うオズワルド殿下。マリベルもシビルに知られたら怒られるためそっと挨拶だけして去ろうとする。
しかし、顔色が悪そうなオズワルド殿下を心配し、ハンカチを渡すマリベル。しかしシビルの声が聞こえて、慌てて去っていく。
マリベルの美しさと、態度から滲み出る優しさを感じたオズワルド殿下は、後ろ髪を引かれつつシビルとの会食に戻っていく……。
……という、シナリオなのだけれど。
「今回は、マリベルたんにがっつり会ってもらおうと思って。
やっぱりわたくし、マリベルたんにはオズワルド殿下ルートに入ってもらいたいのよね。
早めに下地を固めておけば、ルートに入りやすいと思わない?」
「……そうですか」
ルチアはかんっぜんに冷めた目をしている。
うん、これはいつものことだからいいわ。
「今はわたくしの婚約者だけど、家族になるわけだし妹に会わせてもおかしくはないわよね。
たまたまわたくしが席を外して二人っきりになってしまっても、別におかしくはないわよね?」
「さすがにそれはおかしいかと……」
「……やっぱりだめかしら?」
「姉の婚約者と未婚の妹が二人きりになるのはいただけないでしょう」
「そうよね〜……」
仕方ない。わたくしの同席は必須なようね。
でも、わたくしの計画は完璧よ! 席をずっと外すのはだめだとしても、お花を摘みに数分……10分20分くらい席を外すのは十分ありえることよね。その間にお話が弾んでも、それは普通のことよね!
おっと、そろそろいらっしゃる時間だわ。お出迎えしなくっちゃ。
鼻唄混じりにマリベルたんを呼び、玄関で待つ。オズワルド殿下はすぐに現れた。
「本日は我がクリスタル公爵家にようこそおいでくださいました。
お会いできて光栄に存じます、オズワルド殿下。
わたくしはシビル・クリスタル、クリスタル公爵家の長女です」
「こちらこそお会いできて光栄です、シビル嬢。
お久しぶりですね」
「その節はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。
プレゼントしていただいたドレスは宝物ですわ」
「そう言っていただけて嬉しいです」
オズワルド殿下とわたくしが社交辞令を交わすのを、困惑気味のマリベルが眺めている。
ごめんなさいねマリベルたん、あなたが気が引けて辞退してしまわないように誰が来るか内緒にしていて。
「殿下、こちらはわたくしの妹のマリベルです。
マリベル、この方はオズワルド・フォレスター殿下よ。ご挨拶して?」
「ふぇっ!? で、殿下……!?」
マリベルが裏返った声で驚き、後ずさりながら頭を勢いよく下げた。
一応スカートの裾もつまんでいるので、カーテシーといえばカーテシー……かな。
「お、お初にお目にかかります! マリベルと申します!
ほっ、本日は、お会いできて光栄ですっ!」
ガチガチに緊張しつつも、なんとか挨拶を終えるマリベルたん……さすがね!
急な殿下の来訪にここまでちゃんとしたご挨拶ができるなんて、自慢の妹だわ! 素晴らしいわ!
おっと、感動している場合じゃなかったわ。
「申し訳ありません、オズワルド殿下。
本日のご来訪をマリベルに伝えそびれていたものですから、驚いてしまったようですわ」
わたくしからもフォローを忘れない。
オズワルド殿下は初めは驚いた様子だったけれど、「そうだったのですね」と微笑んだ。
「こちらこそ、急な来訪で申し訳ありません」
「いいえ、わざわざご足労いただきありがとうございます。
お茶のご用意がありますので、よろしければ」
「ありがとうございます」
客間にお通しして、ルチアにお茶の用意をお願いする。
それからカチコチになってしまったマリベルたんの肩にそっと手を置いた。
「ごめんなさいマリベル、伝え忘れてしまっていたわ。
たぶん殿下はお茶が終わったら帰られるから、少しの間一緒に応対してくれるかしら?」
「ふぇっ!? わ、わたしも……?」
「ええ。わたくし一人じゃ心細くて……」
マリベルたんの瞳を見つめながら「お願い」と頼み込むと、マリベルたんはぱちぱち瞬きしながら「わ、わたしで良ければ……」と頷いてくれた。
よし、上手くいったわ。騙すようで心が痛むけれど、オズワルド殿下ルートに入ってもらうためには大事なことなの。許して、マリベルたん!
客間に入ってマリベルと並んで座り、わたくしはニコニコしてオズワルド殿下と向き合う。
どこで抜け出そうかしら? タイミングを見計らわないと。
「本日は、シビル嬢に婚約の申し込みに参りました」
「まあ、ありがとうございます。父から聞いておりますわ」
「これからよろしくお願いいたします」
「はい、こちらこそよろしくお願いいたします」
大変業務的に話が終わった。
オズワルド殿下としても政略結婚でしかないのだから、盛り上がりようもない。
ふう、以前のパーティーでお会いしていて良かったわ。耐性がなかったら美少年オーラの前に奇声をあげていたかもしれない。
わたくしが安心する隣で、マリベルたんは「ひええっ!?」と奇声をあげた。
「お、お姉様が……オズワルド殿下の、婚約者に……?」
とても驚いたようで、カップを持つ手が震えている。
そういえば、マリベルたんにはそれも話していなかったわね。
……やばいわ。今気づいたけれど、このままだと、マリベルたんに『わたくしがオズワルド殿下の婚約者なのよ』と見せびらかしただけみたいじゃない!?
わたくしは慌ててニッコリしながら、オズワルド殿下に注意深く話しかけた。
「殿下。正式な発表はずいぶん先になるのですわよね?」
「ええ、学園を卒業後になります」
「この度のお話は大変嬉しいのですが、わたくし、もし殿下の運命のお相手が他に見つかるようでしたら、ぜひご遠慮なく教えていただきたいと思っておりますの。
これから様々な出会いもおありでしょうから」
オズワルド殿下は微笑みながらも、不思議そうに首を傾げた。
「どういう意味でしょうか?」
はっ、そうよね、わたくしの悪評を聞いているでしょうから、これだけだと『お相手をブッ潰したいからですわ』ととられかねないわ。濁さずにきちんと伝えなきゃ。
「もしそのようなお相手が見つかれば、わたくしは潔く身を引くつもりですわ」
わたくしはマリベルたんを差して「こちらのマリベルなのですが」と話を続けた。
「マリベルがわたくしの妹だと分かったのは最近のことなんですの」
『今のわたくしが以前の評判と違うのは、最近出会ったマリベルのお陰なんですのよ』……というのは言外に匂わせて。
「マリベルが我が家に来てから、わたくしはとても幸せに過ごせています。だからマリベルには良縁があれば、政略的など考えずに自分の思う通りにしてほしいと思うようになりました。そして、そのような考えを持てるようになったことを嬉しく思っておりますわ。
殿下にも、良縁があれば、誰かが決めたことに縛られずに、思う通りにしていただきたいんです。
マリベルがわたくしに教えてくれたのですわ」
ニッコリ微笑んでアピールする。
マリベルの素晴らしさと、もしマリベルを選ぶなら身を引いてもいいということを。
「お姉様……」
マリベルたんが感動したように瞳を潤ませている。
美しいわマリベルたん、だからそのお顔は殿下に向けて差し上げて。
「不快に思われたかもしれませんが、わたくしの本心ですわ。
……わたくしばかり話してしまって申し訳ありません。お茶の用意が遅いようなので、様子を見てきますわね」
さっと立ち上がって部屋を出て、そのまま扉の隙間から中を伺う。
タイミングが微妙だったかもしれないけれど、マリベルたんの良さを伝えた直後だからオズワルド殿下もマリベルたんに興味が出たはず!
そっと見ていると、急に二人だけにされた殿下とマリベルたんはしばらく黙ったあと、マリベルたんが唐突に頭を下げた。
「も、申し訳ありません殿下。
でもっ、お姉様は殿下との婚約が嫌とか、そういうことじゃなくて、本当に殿下のことを思っているんだと思うんです……!」
マリベルたん……わたくしのフォローをしてくれるのね! 本当に優しい……。
オズワルド殿下はというと、微笑みながら「ありがとうございます」と言った。
「シビル嬢のお気持ちは伝わっています。
僕も王子として、国家のために婚約者を選ばないわけにはいかない身ではありますが……良き為政者となるために、支え合える方と添い遂げたいという思いはありますから」
「オズワルド殿下……」
そう、オズワルド殿下は第二王子とはいえ、将来為政者になる御身。もしかしたら国王になる可能性だってある。
だから、恋愛感情より国のことを考えなければいけない……オズワルド殿下にはそういう縛りがある。
その縛りすらも乗り越えようとするほどの恋は、フォレスター学園に入学してから経験することになる。
だから今は、『マリベル』という美しく優しい少女が印象に残ればそれでいいの。
「だ、大丈夫です殿下!
お姉様は本当に優しくて、素敵な女性ですから!
きっと、殿下のことを支えて下さると思いますっ!」
ああマリベルたん……そう言ってくれるのは本当に嬉しいけど、わたくしの印象をよくする必要はないのよ……でもありがとう嬉しい。
「ふふっ。そうですね。
シビル嬢はあなたのお陰で考えが変わったとおっしゃっていましたね」
「いえっ、わたしなんか、本当になんにもしていなくて……」
悪役令嬢だったわたくしを変えたマリベル……という存在に、オズワルド殿下は興味を持ってくださったようだった。
よし、反応は上々ね!
「シビー」
「ええ。そろそろ戻るわ」
待機してくれていたルチアを手招きして、わたくしは客間に戻っていった。
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