第九話
玄関ホールに集められた使用人たちがざわざわしている。
「……いきなり使用人たちを集めるなんて。今度は何事なの?」
「もしかして全員クビにしようとしているとか?」
「それはさすがに家令のマクラーレンさんが止めてくれるだろう」
「最近大人しいと思ったら、やっぱりお嬢様は変わらないのか……」
わたくしはその真ん中で気まずく突っ立っていた。
……ルチアったら、なにを考えているのかしら。
最近『マリベルたん救出大作戦』に忙しくて悪役令嬢ムーブはしてなかったし、そもそも今のわたくしには以前のような振る舞いはハードルが高いので、正直なところ居心地が悪いのだけど……。
部屋に戻るか真剣に悩みだしたところで、ルチアが現れた。捧げ持つようにしているのは、一度開けたとは思えないほど綺麗に梱包し直された先ほどのプレゼントだ。
「シビルお嬢様に、オズワルド・フォレスター殿下よりのプレゼントでございます」
ルチアが厳かな雰囲気で言い放つ。
周りで使用人たちが息を呑む声がした。
わたくしは初めて見たような顔をして、「まあ!」とびっくりしたふりをする。
「そういえば、オズワルド殿下には先日のパーティーでお会いしたわ。
でも、どうしてプレゼントを……?」
芝居がかった口調で説明しつつ、まったく心当たりがないように首を捻って見せる。
「お手紙が同封されております」
わたくしは受け取って封を開き、中身を読んだふりをする。
「……先日のパーティーで、わたくしのドレスが汚れたことを気にしてくださったのね。なんてお優しいの!」
「お嬢様がお飲み物を溢されたときにお近くにいらっしゃいましたから、案じてくださったのでしょう」
「まあ、嬉しいわ! 中身はなにかしら?」
ルチアが包みを開いて中のドレスを広げる。
淡いブルーのドレスが翻り、使用人たちがどよめく。
「まあ……この色は、殿下の瞳の色だわ。なんて素敵なのかしら……」
正確には殿下の瞳はもっと鮮やかで濃いブルーだし、わたくしがあのとき着ていたドレスに合わせただけなのだろうけれど、『オズワルド殿下からの贈り物』を強調してみる。
案の定、使用人からはざわざわと囁きが聞こえてくる。
「……殿下から贈り物なんて……お嬢様からせびったんじゃないんだよな?」
「プレゼントを贈るなんて、もしかして殿下はお嬢様に気があるのでは?」
「確かに、お嬢様は黙っていれば美人だしな……」
ふふん、以前のわたくしなら怒っていたでしょうけど、今のわたくしはなにを言われても平気よ。
性格悪いのはただの事実だしね。
「マクラーレン、殿下にお返しをしたいと思うのだけど、なにがいいかしら?
大事なことだし、お父様にもご相談したいわ……」
わたくしは不安そうな顔をしながら家令に聞いてみる。
「そうですな……旦那様にも私からご相談しておきましょう」
「お願いね」
わたくしはにっこり微笑んで、もう一度手紙を眺めた。
そして周りにも聞こえるような音量を心がけつつ、思わずといった感じで呟く。
「……殿下に良く思って頂くには、このドレスが似合うようなお淑やかな女性になるのがいいのかしら?」
ふう、と悩ましげにため息をついてから、「お返事を書くわ。便箋を用意してくれる?」とルチアに声をかける。
使用人たちがざわざわしているのを背中で感じながら部屋に戻り、ゆっくりと扉を閉めた。
そして、
「すっ……ごく恥ずかしかったわ!!」
「素晴らしい演技力でしたね」
ルチアが真顔でぱちぱち拍手してくるのを無視して、ベッドに突っ伏した。
無視されたルチアはというと、気にせずテーブルに向かってなにかを書きはじめる。
「何してるの?」
「手紙を書いています。早く出したいので」
「……オズワルド殿下へのお返事のこと?
わたくしが書かないと意味ないのではなくて?」
「最後にシビルが署名すれば問題ありません」
平然と言ってのけ、「はい」と渡してくる。内容をざっと読んだけど特におかしなことは書いていなかったので、とりあえず署名する。
「マクラーレンさんに渡してきます」
「はいはい、お願いね……」
ベッドに顔を埋めて適当に手を振ると、ルチアが出ていく音がした。
まさか一芝居打たされるとは思わなかった。一応打ち合わせはあったけど、意味が分かっていなかったから頷いていただけだったし。
枕でも殴ろうかと思ったけれど、ルチアが早々に帰ってきたのでやめた。
「早かったわね」
「はい。マクラーレンさんには上手く言っておきましたから安心してください」
嫌な予感がしたのでルチアの方に向き直る。
「なんて言ったの?」
「『お嬢様はオズワルド殿下を慕っていらっしゃるようです。
殿下とは同い年ですし、きっとお似合いですよね。
お嬢様も、殿下にふさわしいレディになると張り切っておいででした』……と。
マクラーレンさんはとてもお喜びでしたよ」
なるほどね……この意味が分からないマクラーレンではないはず。父の野望も知っているから、わたくしとオズワルド殿下が良い感じの交流をしていることはしっかり報告してくれそうね。
それに、わたくしが殿下にふさわしい、お淑やかな令嬢になることはマクラーレンにとっては願ったり叶ったりでしょう。強めに推してくれることを願うわ。
「ひとまず、先ほどの茶番でクリスタル家全体に『シビルがオズワルド殿下に好意を抱いている』、そして『オズワルド殿下からプレゼントをもらう程度の関係性がある』ということは伝わったでしょう。
直接旦那様と関わるのは主にマクラーレンさんでしょうが、マクラーレンさん一人の意見が伝わるのと、使用人全体の意見を総合したマクラーレンさんの意見が伝わるのでは段違いでしょうから。
素晴らしい茶番になって良かったです」
「なるほど、そのために茶番を……」
いや、茶番って言うのやめて下さる?
「あとは旦那様が上手く動いてくれるのを祈るばかりです」
「そうね、父が国王陛下に上手いこととりなしてくれればいいのだけれど……。
なにかわたくしたちでできることがないかも考えた方がいいかもしれないわね……」
***
……とはいえ、わたくしたちにできることなんてそうそうない。
そもそも、オズワルド殿下と上手く接点を持てたのも半分奇跡みたいなものだったわけで。
「まったく良い作戦が思い付かないわ……」
わたくしはソファにもたれ掛かりながらため息をつく。
オズワルド殿下からプレゼントを頂いたあと、一向に進展がないまま月日が経ってしまった。
オズワルド殿下とは少しだけ文通が続いたけれど、常識的な範囲で綺麗に終わった。もう父にアピールする手立てもない。
それ以外にやったことといえば、ルチアとのお勉強会くらいだ。平民だったルチアに色々教えてあげて暇を潰そうと思ったのだけど、ルチアは既に十分な知識を持っていた。
「もうこんなに知識があるなんてすごいわ! 十分貴族子息並みじゃない。
どこで勉強したの?」
「……以前の職場で色々と教わりまして」
そういえば、貴族邸宅で働いていたんだっけ。でも一年くらい前って言っていたから……使用人の9歳の息子に勉強を教えてくれるなんて、やっぱりいい職場だったんじゃない?
9歳のルチアに厳しくしたり放り出したりしたんだって話だったけど……やっぱりウソだったのかしら?
とはいえ、前世では一応23歳までは勉強が進んでいたので、わたくしも10歳とは思えない賢さを手に入れているんだから!
それを生かして、ルチアには持っていた知識をふんだんに披露してあげたり、逆にこの世界での知識を教わったりしていた。
「ルチアとの勉強会は楽しいけど、わたくしが遊んでいる間にもマリベルたんは劣悪な環境に晒されているっていうのに。
わたくしはダメ姉ね……ダメダメ……」
「お茶が不味くなるので落ち込むのやめていただけます?」
わたくしがグズグズする横で、ルチアは平然とお茶をすすっている。わたくしのためのおやつであるはずのケーキを食べながら。
「さすがクリスタル公爵家。質が違いますね」
「普通に味わってる……」
「暇なら楽しい楽しい勉強会に付き合って頂けますか?」
「まあいいけど……」
ルチアはお茶を飲み干すと、「聞きたいことがありまして」と前置きした。
「以前教えて頂いた攻略対象とやらについてですが。
『乙女ゲーム』は攻略対象との恋愛を疑似体験するものなんですよね?
シビルはどなたがお気に入りだったのですか?」
「え? お気に入り……?」
わたくしは首を傾げる。
「最初は恋しようと思って買ったんだけど……マリベルたんにハマってからは『マリベルたんの色んな表情を引き出してくれる人たち』くらいにしか見てなかったのよね」
「…………」
ルチアがめちゃくちゃ白けた表情をしている。
「待って。最終的にはマリベルたんとくっつくわけだから、誰がマリベルたんにふさわしいかはちゃんと考えてたわよ?
色んな表情が見たいから4人ともちゃんとルートは見たし!」
「……そうですか。ちなみに誰がふさわしかったんですか?」
「そうね。やっぱり一番はオズワルド殿下ね。
なんていったって王子様だし。経済力抜群よ。
まあ、お妃様になるのは色々大変でしょうけど」
「そうですね。オズワルド殿下は第二王子とはいえ、王位継承権はおありですし、第一王子殿下が王位を継承してもその補佐として政治の中枢に携わることは確実です」
ただし、王子様同士は仲が良いようで、王位継承権争いとかに巻き込まれる心配はないらしい。
その辺は少々ご都合主義感が否めないけど、マリベルたんが幸せになれれば問題ないわ。
「逆に、クラレンス様は正直、あまり歓迎できないわね」
「そんなにお嫌いですか」
「いえ、わたくしとの軋轢は置いておいて」
それもちょっとあるけど。
「クラレンスルートに行くと、彼は騎士団長として幼馴染みのオズワルド殿下を支えていくことになるのだけど。
騎士団長って戦争とかあったら戦うんでしょ?明らかに危ないじゃない。出張とかも多そうだし……マリベルたんの伴侶には向かないと思うのよね」
「まあ、そうかもしれませんね」
能力は高いから守備力には期待できるけど、大事なときに側にいられないかもしれないのはマイナスよね。
「それから、シチューだけど……」
「シチュー?」
「ああ、ごめんなさい。えっと、ステュアート様のことよ。
『ナナハナ』ファンの間では『シチュー』ってあだ名だったの」
確か、キャラクターデザインの方が、『ステュアートって言いにくいからシチューって呼んでいた』……とインタビューで言っていたのが広まったんだったかしら。
時間がなくてほとんど『ナナハナ』について調べたりはしなかったけれど、一度だけ見た公式生放送で、ステュアートが出ると必ず『シチュー』呼びのコメントがあったから知ったのよね。
「わたくしも正式名称は舌を噛みそうだからあんまり言いたくないわ」
「少し可哀想ですね」
「キャラクターとしての魅力は高いと思うけどね。
真実の愛を知らないままのシチューは軽薄な軟派男で終わってしまうから、幸せになって欲しいなあとは思うけど……」
マリベルたんと結ばれて最終的にシチューが幸せになれるのか、実はわたくしは少し心配だった。元々下級貴族であるシチューには、マリベルたんのお相手はメンタル的にしんどい部分があるんじゃないか、と……。
シチューという愛称を知ってからは、美味しそうな感じがちょっと可愛いので愛着がある。名字もアップルビーなんて、可愛いの2倍じゃない? なんとか上手く幸せになって欲しいわ。
「そういう意味では、お気に入りはシチューになるのかしら?」
「……お話を聞く限りでは、それは若干違うように感じますが」
ルチアはめちゃくちゃ眉間にシワを寄せていた。
「ルチアーノに対してもわりと同じ気持ちだけどね。
ルチアーノは出自のややこしさから感情が乏しくて氷みたいに冷たい面があるんだけど、マリベルたんと出会って氷が溶かされて少しずつ感情を取り戻していくの。
逆に言えば、マリベルたんとフラグが立たなければ感情が希薄なまま、リース男爵にも利用されたままになってしまうのよ」
リース男爵は貴族の弱味を握ることで不正に金品を取得したり地位を確立したりする、要するに悪徳貴族なのだ。
ルチアーノを使って貴族子息令嬢の弱味も握ろうとしていて、ルチアーノのことは手駒としか思っていない。
「悪徳貴族からは助けてあげたいけど、リース男爵の存在がちょっとリスキーなのよね。マリベルたんを危ない目に合わせたくないし、お姉ちゃんとしては推しにくいルートだわ
ルチアーノ本人は、すごく優秀で頼りになるし、感情を取り戻してからはマリベルたんのことを第一に考えて的確に動いてくれるから、お婿さんとしてのポイントは高いんだけど」
「なるほど」
ルチアは何故か満足げに頷いた。そんなに攻略対象のことを知りたかったのかしら。
もしかして、ルチアも女の子だし、乙女ゲームに興味があるのかも……? この世界にはゲーム機もソフトもないからやらせてあげられない。悔しいわ、マリベルたんの尊さを布教したかったのに……!
「まあ、総合的に考えると、今のところはシチューに真実の愛を教えつつ振って、ルチアーノの感情を取り戻しつつ振って、オズワルド殿下ルートに落ち着くのが理想かしらね!」
乙女ゲームではそんなに器用なことはできなかったけど、上手くやれれば現実にできるかも。
まあ、わたくしがルート操作するわけではないし、マリベルたんが幸せになれるなら誰でも良いのだけれど。
「ただ、オズワルド殿下とクラレンス様は実際に会って存在を確かめたけど、あとの二人には入学するまで会わないから、実物を見てお婿さんに相応しいか見極めたいところね」
「なるほど……楽しみですね」
「ええ。そのためにもまずはマリベルたんを早くお迎えしないとね!」
久しぶりに『ナナハナ』の話をしたら、あの頃どれだけマリベルたんに救われたかを思い出した。ダレてしまっていたわたくしの胸に、再び熱いやる気の炎が灯る。
待っててねマリベルたん! できるだけ早く迎えに行くから……!
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