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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第三章

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96.ガランサと魔道具

読みやすいように全体修正 内容変更なし

「そういえばガル兄は、何で朝から?」


 相手の返事を待つ前に、シャーリーが買ってきたパンを口に入れる。

 朝はパンが美味い。小麦の香りは、朝の香りなのかもしれない。

 食卓に並ぶ物は、全て四等分だ。

 チーズをのせた燻製肉と目玉焼き。シャーリーの買ってきてくれたパン。

 ガル兄のお詫びの品である、蒸し鶏をレタスで挟んだパン。

 これは、前にも食べた事がある品だ。

 お詫びの品として持ってくるということは、そこそこ高い品なのかもしれない。

 ガル兄は、ゆっくりと肉を咀嚼(そしゃく)している。そして口を空にし、言った。


「ああ。何日か前に世話になった魔石の件だよ。ようやく試作品が出来たからさ、お披露目はマルクにするべき、と思ってな」

「お披露目とか別にいいのに。まぁ、何を作ったかは気になるけどさ」

「うむ? ガランサは、剣士ではないのかえ?」

「ガランサさんは、工房ギルドの人だよ」


 燻製肉と目玉焼きを切り分け、両方同時に口へと入れる。

 お行儀が悪いが、この場は別にいいだろう。

 豚の味と燻製時に付いた香り。そして黄身の濃厚な味。さらにチーズ。

 この合わせ技は、卑劣だ。パンも口に入れたくなる。


「マルクや。ゆっくり食べんか」


 テラさんの言葉に頷き、パンを手に取るのを止める。

 そうだった、ゆっくり食べるのだった。食欲とは恐ろしい魔物だ。

 ガル兄が、苦笑いを浮かべながら言った。


「こいつ、まだ冒険者の頃の(くせ)が抜けてないんですよ」

「あ奴ら、食うのが早いからのぅ。して『頃の』という事は、今は違うのじゃな」

「おい、マルク。そんな事も話してないのか」

「いや、説明は必要ないかなー。って」


 俺、前は冒険者だったんですよ。何て言って、どうするのだろうか?


「ハハッ。よいよい。今のマルクを気に入ったのじゃ。しかし、何か冒険譚があれば、暇な時にでも聞かせてくれると嬉しいのじゃ。のぅ、シャーリーや」

「うん。私も、冒険者のお兄ちゃんは知らないから……聞きたいかな」


 期待されても、残念ながら語れる冒険譚なんて持っていない。

 大抵の依頼が、行く、合流する、倒す、帰る。

 それで終わりなのだから。

 世に広まる冒険者の話のような、ワクワクドキドキとは程遠い所にいたのだ。


「残念ながら、話すほどの出来事は無いかな……冒険者ってより、モンスター討伐ばかりやってたからね」


 冒険者を辞めてからも、似たような事しかしていない気もするが……今の俺には、これぐらいしか取り柄が無いのだから、仕方のない話か。

 お茶を一口飲み、ゆったりとする。

 ふー。一息吐いても、特に思い当たる話は無かった。


「ふむ、残念じゃのぅ」

「お兄ちゃんって、自分の(はなし)しないもんね。人の話も聞いてないけど」

「じゃなじゃな。マルクは、(たま)にボーとしとる所があるでのぅ」

「そうなんですよテラさん。この間も――」


 ああ、女性同士の会話が始まってしまった。

 パック先生は、この間に入れと言っていたが、俺には難度が高すぎる。

 ジャイアントを倒す方が、簡単だ。

 黙る代わりに、ガル兄の持ってきたパンを口に入れる。

 塩と胡椒を利かせた鶏肉が、良い味を出していた。

 レタスの嚙み切る音が(あご)を伝い、脳に響く。

 うん。二度目だが、これは美味しい。

 ガル兄に、店の場所を教えて貰おう。

 リンダさんやアム、サンディ、パック先生とエルにも食べて貰いたい味だ。


「ねぇ、聞いてる? お兄ちゃん」

「ああ、聞いてるよ。また茶葉も買いたいしな」

「そうだね。でもお菓子も美味しかったから、また一緒にいこうね」

「ああ」


 俺への苦言から、猫の日向に話は移っていた。

 話に入れなくても、聞いておくぐらいは、しておかないとな……俺はお茶を飲み干す。少しの苦みが口を襲う。でも、これぐらいは美味しさの内だ。




 今日は晴天、日差しは温かい。

 今、ガル兄の工房の裏庭で、独り、木剣を振っている。

 シャーリーは店の手伝いへ。

 テラさんは、パック先生の所へ行ってしまった。

 ガル兄が、試作品とやらを持ってくるまで、暇であった……なら剣を振ろう。

 で、今も木剣を振り続けている。

 仮想敵は、先程負けたガル兄の影だ。

 踏み込み、袈裟へ斬っても、剣で軽く受け流される。横へ払えば避けられ、突けば弾かれる。攻め込めない。


「ちょっとの時間ぐらい、休んでおけよ」

「ん? 暇だったからね」


 ガル兄が、小脇に何かを抱えてやってきた。

 長方形の箱状のものだ。それが試作品だろうか? スノーゴーレムの魔石を使っているのだろうから、冷やす何か、だとは分かるのだが。


「まぁ、丁度良かったよ。これでゆっくり涼んでくれ」


 そう言ってガル兄は、両手に持ち直した箱を、俺に向けた。

 箱の前面には、幾つもの穴が空いている。

 そこから、程よく冷たい空気が流れてきた。ああ、これは――


「冷風機を作ってたんだね」

「応よ」


 冷風機は、魔道具を作る者、魔工技師ならば、誰もが考えつき、そして誰もが挫折する悪魔の魔道具だ。

 流れる風が心地よい。風量も丁度良いが、なによりも――


「いい涼しさ。良く調整できたね」

「そこは、魔工技師の秘密ってやつさ」


 冷風機作りで(つまず)く点は幾つもある。

 その内の一つが、冷却機能の調整だ。

 これが、非常に難しい。魔石頼りで作ると、人が凍える強さになる。程よい魔石なんて見つかっていない。

 魔法を刻み込むにしても、刻み込んだ魔法の出力調整が困難であり、発動の為の魔力供給量の調整が大きな壁となる。

 魔術師が自分で手に持って使う分には問題ないのだが、持ったまま、それ以外の事が出来なくなっては、本末転倒だ。

 人は、楽して涼しくなりたいのである。

 魔力を垂れ流し、苦労して涼しくなっても、ちっとも心地よく無い。


「あー。涼しくて良い……家に置いてある失敗作と、交換して欲しいぐらいだ」

「アホか! これは今度、公爵様に献上する為に作ったんだよ。あの方、暑がりだからな」

「でもこれ、他の問題点は大丈夫?」


 壁はまだある。

 費用の問題。冷やす事に使える魔石は、需要が多い。入手が困難で割高だ。

 汎用品として魔力を貯めることが出来る魔石も、多くの魔道具に使う為に、入手は争奪戦となる。

 さらに燃費の問題。中身の魔石や、魔法を刻んだ部品は消耗品だ。

 以前、凍えるほどの魔石と、炎を発する魔石を使って、良い塩梅に仕上げた魔工技師がいた。結果は、両方の魔石が急速に痛み、魔道具が燃え上がって終わった。

 炎上しなくても、すぐに壊れていたので、どちらにしろ完成品とは言い難い。

 外部材質、水の発生しない内部構造、耐久性、運用の安定性、安全性……。

 ただ、冷たい風を出すだけなのに、魔工技師の苦悩は消えることは無い。


「公爵様に贈れるという点で、察してくれ」

「うん。これ良いよ。夏に欲しいね」

「また魔石が手に入ったら作ってやるよ。これもお前のおかげだしな」


 これを作るのに、鮮度のよいスノーゴーレムの魔石が必要だったのだろう。

 何処に使っているかは、聞くべき事では無いので聞かないが。

 ガル兄が、その彫りの深い顔に、良い笑顔を浮かべている。

 それだけで、ダンジョンへ付き合った甲斐があったと云うものだ。

 まぁ、それは、それとして――


「お願いするよ」

「わたくしの分も御願い致しますね、ガランサ様」


 いつの間にか、カエデさんが俺の隣で涼んでいた。

 瞳を閉じ、顔を緩ませている。長い黒髪が、冷風機の風に流されている。

 この冷風機、結構、範囲広いんだな。

 シャーリーやアムと共に、これで涼めるだろうか……いや、夏はまだ遠いな。

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