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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第二章

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95.かけがえのない光景

読みやすいように全体修正 内容変更なし

 振り下ろされた木剣を、足捌きだけで避ける。

 距離は見誤らない。

 目の前のガル兄は、そのまま踏み込みながら、斬り上げに移行する。

 その剣の軌道に己の木剣を合わせ、横に払う。

 上体の崩れたガル兄へ、素早く腹を薙ぐ――が、後方へと大きく跳んだガル兄には当たらない。俺の木剣は空を斬っただけだ。

 前に進むのは、今度はこちらの番だ。

 足が土に力を加え、体を前へと進める。速度は全速力だ。肉薄した速度を乗せて、ガル兄の肩へ向け、木剣を打ち込む。


「ちょ!」


 体勢を立て直そうとしたガル兄は、俺の一撃を上体をそらし、回避する――が、さらに崩れた体勢を見逃しはしない。

 勢いそのままに、ガル兄の腕を掴み、振り回す。軸足を中心に半回転。


「ぬわぁぁ」


 芝生へ放り投げたその背中へと、木剣を――「参った」――打ち込むのを止めた。


「ありがとうございました」

「今日は、一勝一敗か」


 早く起きたので木剣を振っていたら、ガル兄が現れた。

 なのでシャーリーを待つまでの間、打ち合いに付き合って貰っていたのだ。

 一戦目は、剣を打ち合っていたら、軽く剣を弾き飛ばされ、負けた。

 二戦目は、勝てたが、今のは身体能力に物を言わせた勝ちだ。

 俺の剣の腕は、まだまだガル兄に及ばない。


「さっきの一撃、やけに気合入ってたじゃないか」

「バルザックさんっていう冒険者の戦いを見たからね。俺も、もっと鍛えないと」

「お前、自分が魔術師だって忘れてないよな」

「忘れる訳ないって」


 変なことを言うガル兄だ。

 魔術師だって、近接戦闘能力が必要なのは当たり前だ。

 その事を伝える前に、元気な声が聞こえてきた。


「お疲れ、お兄ちゃん。ガランサさんも」

「おはよう、シャーリー」

「おう、シャーリー。この間は、マルク連れ出して悪かった」


 芝生を払って立ち上がったガル兄が、シャーリーに頭を下げた。

 相変わらず律儀な人だ。


「お兄ちゃんがあっちこっち行くのは、いつもの事だから」

「お詫びに、朝飯も買ってきたから、二人で食べてくれ」


 笑顔で話していたシャーリーが、露骨に嫌そうな顔をした。

 自分の持ってきた食材が、無駄になるのが嫌なのだろう。足が早いからな。


「俺は、シャーリーの朝食を食べるよ。ガル兄のは、後でいいさ」

「持ってきた俺への礼節ってのは、無いのかよ」

「とりあえず二人とも、中、入ろう」


 三人で屋敷の中へと戻る。っと、シャーリーに言わねばならないことが。


「シャーリー。テラさん、今日もうちに泊めてるから」

「うん、わかった。食事どうしようか?」


 シャーリーの顔は、笑顔になっている。テラさんには、良い感情を持っているようだ。

 だが、しばらく滞在することを伝えたら、どうなるのだろうか?

 予想がつかない。


「食事が出ないのは言ってるから、別にいいよ。昼まで寝てるかも知れないし」

「へぇ。マルクにも、家に泊めるような知り合いがいたんだな」


 ガル兄が興味深そうに俺を見ている。まぁ、その感想はよくわかる。

 俺自身も、家に泊めるような人物と出会うとは、思ってもいなかったのだから。

 三人で食堂へと向かうと、既に起きて、水を飲んでいるテラさんがいた。

 ふわりとした銀の髪はそのままだが、目尻と耳がトロンと垂れている。


「「おはよう」」

「マルクや。シャーリーも、おはよう。二人は早起きさんじゃのぅ。して、後ろの(おのこ)は?」

「俺の幼馴染のガランサ。父さんの唯一の弟子だよ」

「おぉ。セツナの弟子か。あ奴も自身の剣を、伝えようとしていたのじゃな」


 テラさんと会話をしていると、彼女のトロンとしていた顔が、少しずつ優しい微笑みへと変わっていった。


「初めまして、ガランサです。マルクがお世話になっているようで。ありがとうございます」

「テッラリッカじゃ。セツナの弟子なら『テラさん』と呼んでよいぞ」

「はい、テラさん。では少しマルクをお借りしますね」


 そしてガル兄に引っ張られて、俺は、台所へと連れ込まれた。


「彼女作れって言ったけどな。シャーリーが毎日通ってる屋敷に、連れ込む奴があるか! 何考えてんだお前!」


 奥に進んだ瞬間、ガル兄が(まく)し立ててきた。

 結構な剣幕だ。胸倉まで掴んでいる。

 服が伸びるから止めて欲しいし、それに勘違いまでしている。


「ガル兄の考えてるような関係じゃないよ」

「どっちがだ! テラさんか? シャーリーか?」

「テラさんの方」


 ガル兄は、俺から手を放す。その顔も、すぅっと赤みが引いていった。


「そうなのか?」

「むしろ関係で言えば、母さんや父さんの友達だった人だよ」

「あぁ、師匠のこと言ってたな……あの人って、何歳だ?」

「さぁ? どうでもいいでしょ、それ」


 あっ、ガル兄の表情筋が死んだ。

 その顔は、どこか諦めた風に感じる。


「うん。お前は変わらないな……少し安心したよ」

「安心したなら、それなりの顔をしようよ」


 ガル兄が、静かに首を横に振っている。そして、ガル兄から言葉が消えた。

 このまま黙ったままのガル兄と台所にいても、シャーリーの邪魔になるだけだ。


「とりあえず、戻ろうか」


 (うなず)いたガル兄を連れて、食堂へと戻ると、シャーリーとテラさんが、和やかにお喋りしていた。こっちは楽しそうだ。


「あっ。お兄ちゃん。テラさんから話は聞いたよ」

「うむ。これで正式に許可が下りたのじゃ。しばらく世話になるぞい」


 思っていたよりも話し合いは、穏やかに終わったらしい。シャーリーにとっては、掃除やらなにやらと、面倒ごとが増えるだけなのに……優しいな。

 いや、屋敷のあれこれを本来やるべきなのは、俺だった。


「俺も屋敷の事、もっと頑張るからな」

「お兄ちゃんは、頑張らなくていいんだよ」


 嗚呼、俺の体まで労わってくれるとは、嬉しいじゃないか。


「マルクには、伝わっとらん様じゃぞ」

「お兄ちゃんですから」

「そうじゃな」


 ちゃんと伝わっているさ。シャーリーの優しさは。


「さてと。朝ごはん作っちゃうから、少し待っててね」

「俺も」


 台所へ向かうシャーリーの後を追い、俺も朝食を作りに行く。

 シャーリーに甘えてばかりでは駄目だ。我が家の事は、少しでも自分でせねば。


「じゃあ燻製肉と卵、焼いちゃって」

「了解、シャーリー」


 朝から眩しい笑顔を見せてくれる。

 こんな笑顔を毎日見逃していたなんて、冒険者マルクは、とんだ節穴野郎であったのだと、最近になって気付いた。

 それだけでも、一歩前進したのかもしれない。まぁ、自分の心の中だけの話ではあるが、一歩一歩進んで行くしかないのだろう。

 肉の焼ける匂いが、お腹を刺激する。

 横では、シャーリーが皿とカップを四人分用意していた。

 肉と卵を早く仕上げて、お茶はシャーリーに任せよう。

 ガル兄には、お茶を初めて振る舞うのだったか……俺の家でお茶が出るなんて、どういう反応を示すのか、楽しみである。

 二人前を四人分に分け、皿に盛りつける。


「≪(みず)≫よ」


 シャーリーの用意した鍋に、沸騰寸前のお湯を魔法で注ぎ入れる。


「えへへ。ありがとう」


 お茶を待つ間に、配膳を済ませよう。

 今日は、珍しく四人の食事だ。本当に珍しい。

 この光景は、どこの思い出にもない。俺の光景だ。

 冒険者を辞めた次の日の朝を、思い出した。そして、その尊さも。

 忘れないようにしよう。

 どちらも俺にとって、かけがえのない光景なのだから。

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