94.宝物と宝物
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「今日は疲れたよ。サンディ……」
「アハハ。私からしたら、いつも働き過ぎに見えるからね。マルクごあんなーい」
「何か優しい物を……頼む」
「いいよ。ちょっと待っててね」
サンディの導きで、席につく。
テーベ砦から帰って来たものの、結局ピュテルの町でも、珍妙な人物を観察する目線を、あちこちから投げつけられる事となった。
変質者や犯罪者を見る目で無かった事は、少々意外であったが。
愛馬と他二頭を厩舎へ預け、捕まえた魔術師を学派に届け、ようやく一安心だ。
そして俺は一人、狼のまんぷく亭へ直行したのだ。
日頃ならば、もうすぐ寝る時間ではある。が、俺の腹が抗議を上げ過ぎていて、このままでは眠れない。
この時間は、店内に人が少なくなっている。
とはいえ、酔っ払い達が騒いでいるので、騒がしいのは変わりない。
周囲から自分という存在が消えて、喧騒の中に沈んでいく。
少し心地よくて、少し寂しい感覚。嫌いじゃない。
ただ、ゆっくりと、サンディを待つ。
己の腹と戦いながら。
足音でわかる。サンディが、こちらへ向かって来ている。
「ハイおまち。パン入りポタージュだけで大丈夫?」
「丁度いい。助かるよ」
「じゃあ、ゆっくりしていってね」
そう言ってサンディは、一皿と匙を置き、笑顔で仕事へ戻っていった。
俺に『働き過ぎ』と言いながら、いつ来店しても働いているサンディは、俺以上に働いているのではないか?
聞くのは、また今度にしよう。今は食事だ。
まずは目で楽しむ。とはいえ、見た目は、うす黄色の普通のポタージュだ。
人参が映えるだけだ。
甘い匂いは――駄目だ、もう食べよう。
匙を取り、早速一すくい。
小さく切られたパンも取れた。何故か嬉しい。
そのまま口へと運ぶ。すると、野菜が舌へと自己主張してきた。溶け込んでいる野菜の美味しさが、舌の機能を目覚めさせてくれる。
柔らかくなったパンも、小さな食感を与えてくれた。
「いい。うまい」
そして、優しい。噛む力を必要としない、疲れた時に良い料理だ。
これなら、どんどん口に、胃に入る。
とはいえ、ゆっくりだ。この味は、ゆっくり楽しみたい。食を急いてしまうのは、冒険者だった時からの悪い癖だ。少しずつ直して行こう。
と、思っていたら、ペロリと食べてしまった……何処へ消えた、俺の自尊心。
「はい、これ。ちょっと足りなかった?」
「ありがとう。後は寝るだけだし、良い感じ。≪水≫よ」
サンディの持って来てくれた樽ジョッキに、魔法で水を注ぎ、それを喉に通す。
「ふぅー。ごちそうさまでした」
「はい、お粗末さま」
会話に違和感を覚えたので、心当たりを言ってみる。
「ん? もしかして今日のってサンディが?」
「あれ? 美味しくなかった?」
そんなことはない、むしろ――
「美味しかったよ。また食べたいな」
「そっか……なら良かった」
ほっとしたような、それでいて嬉しそうな表情は、初めて見たかもしれない。
今まで会わなかった人達も、そして普段から会う人達にも、色々な顔があるのだと、冒険者を辞めてから知ることになった。
こんな身近な所にも、大きな宝石が落ちているのだと、今までは知ろうともしなかったのだから……もったいない気持ちになる。
このサンディの一面も、憶えておこう。
自分の心にどれだけ収まるのかは、知らないが。これもまた、大切な宝物だ。
「ん? どうしたの? マルク」
「何でもないよ。美味しかったなーってだけさ」
「という訳でじゃ。しばらく世話になっても良いかのぅ?」
テラさんを居間へと通すと、彼女は開口一番にそう言った。
「いいですよ」
「マルク、少しは考えい」
「考えてますって」
どういう訳かはよく分からないが、テラさんなら問題ない。
もし、この町に滞在するのであれば、宿代も馬鹿にならないだろう。
ならば、部屋を使って貰った方がいい。
幸いな事に、部屋は空っぽに近いほど空いている。
「ただ、シャーリーと話してからでいいですか?」
「ハハハ。尻に敷かれとるのぅ」
別に尻に敷かれているわけではないが……一番に気になったのは、シャーリーのことだった。今晩は、普通に客室で泊まってもらうにしても、その先は、彼女と相談してからだ。
「ははは……それと、ご飯は出ませんからね」
「知っとるわい。お主の生活力の無さはな。じゃが、風呂ぐらいは大丈夫じゃろ」
ほとんどシャーリー任せだから仕方ない。
俺も少しは、自分の事くらい自分で出来るようにならねばな。
「湯加減は、しりませんよ」
「よいよい。早速ひと風呂浴びるとするかのぅ」
「はぁ。今、準備しますね」
風呂場へと向かうと、テラさんもついて来た。テラさんの長い耳が上下に跳ねている。何が楽しいのかは、俺には分からなかった。
「一緒に入っても良いぞ」
「独りでゆっくりしてください。温度は?」
「温めが好きじゃ」
「了解です」
テラさんの冗談をあしらって、風呂場へと向かう。
相変わらず綺麗に掃除してある。
今日は、帰って来たばかりなので、まだ使ってはいない。
さてと、湯を張りますか。
「≪水≫よ」
普段、自分が注ぐお湯よりも、少しだけ温度を下げる。少しだけだ。
浴槽へと注ぐ時は、指ではなく両手でやっている。一度に出す量が多いので、当然、魔力は多く使うが、俺には誤差のようなものだ。
あっという間に、湯気立つ風呂場の完成である。お湯の出る魔工石も設置してはあるが、魔工石でやると、こう早く、上手くは出来ない。
温度調節には一日の長がある。魔工石には負けない。
さてと、この温度は早く味わって欲しい。
「準備完了です」
そういいながら、脱衣所に入る。
そこでは、テラさんがニヤリとした顔で待っていた。
「もう脱いどると思うたか?」
「パック先生なら、やりかねないなと……冷める前にどうぞ」
「では、ありがたく先を頂くぞい」
目の前で服を脱ぎ始めたので、早々に脱衣所から立ち去る事にした。
冗談でやっているのか本気でやっているのか、分からない時があるな、テラさんは……今のうちに、客室の寝具に魔力を込めておこう。
前回でコツは掴んだ。今日は、四分の一の時間で済ませてみせよう……流石に毎日、一時間も魔力を込めるのは御免だ。
テラさんが、上がった後、魔法で温め直した湯船に浸かる。
「ふぅーわぁー」
変な声が、体からはみ出してしまった。
熱を受けた体から、疲れが抜けていった気分になる。
何故だろう? この浴室内に、何だか森の香りが漂っている。
フォレストタイガーは、元気だろうか?
ヘヴィオーガが、また出てきてはいないだろうか?
森の香りが、想起させる。
だが……今は……ゆっくりと…………。




