93.パックとテラ
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既に日は傾き、平原を、砦を赤く染めていた。
砦に戻った俺達は、いや、俺は、警備の領兵や冒険者、そして足止めをくらった商人達に、不審な視線を投げつけられていた。
「なんかじろじろ見られてるんですけど……」
「大丈夫じゃ。警備兵も素通り出来たじゃろ」
「ハハハ。美女を二人を侍らせているから、目立っているだけだよ」
見られている原因は分かる。
当然、俺が、この両手でお姫様抱っこしている魔術師の所為だ。
ローブが頭から被れるものである事に気が付き、砦に入る前に着せたのだが……猿ぐつわをかませ、手足を縛っている状況は、変えることは出来ない。
なので結局の所、俺は、怪しい人さらい風のままであった。
変質者の線が消えただけでも、良かったと思うとしよう。
視線は無視して、愛馬の所へ戻る。早く町へ帰りたい理由がある。
「口封じに来ますかね?」
「怨嗟の炎で死んだと思っているだろうし、可能性は低いと思うよ」
「じゃが、こうも目立っておるしのぅ。早う帰るのが得策じゃな」
愛馬の元へ戻ると、俺は魔術師を立たせ、足の拘束を解く。
魔術師は、特に逃げる素振りも見せずに、大人しくしていた。
彼女を愛馬の背に乗せ、俺も、その後ろに股がる。
「重いけど、頼んだぞヴェント」
愛馬はブルルと低く鳴き、了承を俺に伝えてくれる。
テラさんがこちらを、じぃっと見ている事に、気が付いた。
「どうしたんです?」
「本当はわしが、ヴェントに乗りたいのじゃがのぅ」
前回のトゥル村からの帰路で、我が愛馬の乗り心地を気に入ってくれたらしい。
それは、俺にとっても嬉しいことだ。
「二人乗りは、また今度にでも」
「そうじゃな。約束じゃぞ」
「はい」
テラさんは、優しく微笑んでいる。
彼女の尖った耳が、上下に動いていた。嬉しそうで何よりだ。
「ほら、遊んでないで帰るよ。テラさん、マルク君」
「そうじゃな。行くぞマルク」
「俺達も行こうか。ハイッ」
先へ行ってしまった二頭の馬に追いつくよう、愛馬を歩かせる。
俺の前に魔術師を乗せていても、愛馬の歩く速度は変わらず、乗り心地は良い。
俺達は帰路についた。小気味よい蹄の音を聞きながら。
「それでパック。あの女はどうなったのじゃ?」
「学派長預かりになりました。下手な魔術師を監視につけても、逃げられるだけですからね。また、学派長の仕事を増やしてしまったのは、心苦しいけど」
「フィンなら別に良いじゃろう」
ソファーに座ったテラさんが、足を伸ばして寛いでいる。
彼女が、私の研究室まで来るのは珍しいことだ。
いつもは、外で待ち合わせ、外で別れる。
それが、属することを嫌う彼女との付き合い方だ。
「状況が見えるまでは、待つかのぅ」
「そうですね。パック調査隊はお休み。テラさんは、どうするんですか?」
彼女は、流離うを常としている。
今回、私に協力したのも、彼女の気まぐれに過ぎない。
全ては、彼女の気分次第だ。
「ん? 少しばかり、ピュテルに留まるのも良いな」
「マルク君の為ですね」
「当然じゃろ」
テラさんが、その愛らしい顔を、より美しく変えていた。
彼女の笑顔は、女性の私から見ても、魅力的だ。
彼女の年齢など知らない。知っても意味がない。
美しく愛らしいテラさんは、テラさんのままだ。出会った、あの頃のままに。
「少し、マルク君が羨ましいかな」
「マリアとセツナは残念じゃったからな……人の死はよく見てきたが、あれほど強く真っ直ぐな二人が、ああも呆気なく死んでしまうとは、思わなんだ。またフラリと立ち寄れば、再び会えるものと思っとったのじゃ」
「だからですか?」
「いいや。それは気になった理由でしかない。気に入ったのはマルク本人なのじゃ。あの少し石頭な所を、どうにか柔らかくしてやりたいのぅ」
今日の事を言っているのだろう。
私達を守ろうとするあまり、独りで戦おうとした蛮行のことを。
でも、そこは――
「マルク君の良い所でもありますから、難しいですね」
「そうじゃな。じゃがマルクは、絶対にわしらの実力を見誤ったぞ」
「ええ。私達は、レッサーデーモンと正面から戦えるほど、強くないですからね」
テラさんが大きく頷く。
「パックの攻撃は、そのままでは奴に当たりもせぬし」
「テラさんがトドメを刺すには、近寄らないといけませんからね」
私が、レッサーデーモンに当たる魔法を撃っても、大きな損傷を与えることなど出来ない。距離を詰められて切り刻まれるか、遠くから放たれる魔力に吹き飛ばされる。
攻守両方を魔法でこなせば、魔力が尽きて終わるだけだ。
テラさんは動きも素早いので、私よりは戦える。が、レッサーデーモンの群れに突撃をするなんて狂気の沙汰を、死なずにやれる程ではない。
「あそこでマルクの言葉を飲めば、楽ではあったが――」
「それだと、三人で調査隊を組んだ意味が無いですからね」
「うむ。マルクは、人に頼ることを覚えるべきじゃ」
だが、今日の戦いで、劣勢に追い込まれたらどうなっていただろうか?
マルク君の事だから、絶対に私達を助け、逃がしただろう。
たとえ自分の身を犠牲にしてでも。
冗談や比喩ではない事は、昔、私の目の前で彼が実践した。
あの石頭は、その危うさを放置した結果だ。
「マルク君にも、頼れる友達が出来ればいいんですけどね」
「難しいじゃろうな……強さもそうじゃが、マルクは微妙に人付き合いが苦手のようじゃし……悩ましいのぅ」
頭を抱えて、耳を垂れるテラさんも可愛らしかった。
こんな彼女の姿は、今まで見たことが無い。
マルク君に関わると、他者の別の一面を見ることが出来て楽しい。
アム君もテラさんと同じで、マルク君に関わる話だと、その表情を変える。
二人の感情は、それぞれ別のものだろうけど。
「楽しそうじゃな。パック」
「楽しいですよ。マルク君に関わっているとね」
精霊を研究するのと同じくらいに、マルク君の事も研究してみたい。見て、触れるのも良いが、誰かに衝突させるのが、一番大きな反応を示すだろう。
家で待つ旦那の次に愛らしい少年を、傷つけぬよう、優しく、実験しようじゃないか。
テラさんが、呆れたような目を私に向けていた。
どうやら無意識に、口から笑い声が洩れていたようだ。
「悪戯は程々にな」
「わかってますよ、テラさん」




