92.怨嗟の炎
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「とりあえず放置して逃げますか」
俺の言葉に、魔術師の目が見開いた。
何か唸っているが、気にする暇はない。
「そうじゃな。さっさと逃げるに限るのじゃ」
話をしている間も、魔術師の魔力は、怨嗟の炎に吸われている。
とはいえ、魔力の吸われ方が遅い。魔術師自身が抵抗しているのだろう。
パック先生が、魔術師を真っ直ぐに見ている。
「ねぇ、マルク君。助けられるなら?」
「助けましょうか」
パック先生の言葉に、答える。
自分で怨嗟の炎を仕込んだのなら、今、抵抗する理由がない。
まぁ、死にたくなくなっただけかもしれないが、そんなことをしても魔道具は止まらない。
捨て駒にされた。ただ、それだけだろう。
なら助けられるなら、助けようじゃないか。
どうするのかは、パック先生任せだが。
「して、どう助ける?」
俺達三人は、全裸の魔術師の周りに集まり、座り込んだ。
逃げる選択は、もうない。
目の前のパック先生が、鼻を高くして、自信満々に言った。
「フッフッフッ。こうするのさ。≪精霊の妙手≫」
呪文を唱えたパック先生の手が、どんどん透けていく。
これは確か、自分の手を変化させて、物質を透過し魔力だけに作用させる魔法だ。魔道具を作る際に重宝する魔法ではあるが……。
「それ、人の体に使うんですか……」
「それしか思い付かないからね。マルク君、正確な位置わかるかい?」
俺は、魔力の流れる中心点を、人差し指で触れた。
魔術師のへそから、小指ほど上の所である。
怨嗟の炎へと流れる魔力の中に、自分の魔力も含まれているからか、魔力の流れが手に取るようにわかる。
「ここの中央の位置に」
「了解。取り出すから、その後は頼んだよ」
あー、取り出した後の事は考えてなかったのか……まぁ、手はある。
今は、パック先生の魔法の技を観察しようか。
パック先生の透明な指が、魔術師の体に入っていくのが、魔力で見て取れる。
猿ぐつわをかまされたままの魔術師が、呻き声を上げる。
これは、体を押さえておくべきかもしれない。
相手が真っ裸だからと構っていられない。パック先生の邪魔にならないように、胸の間と、へそを手で押さえる。
「それ噛んで我慢しとれ」
涙目の魔術師が、テラさんの言葉に頷いた。
パック先生は、一点を見つめながら、少しずつ指を体内に侵入させていく。
右手の小指以外の四本を。ゆっくり、ゆっくりと。
魔力の集中点に、パック先生の指が触れた。
「見つけた」
パック先生の口角が上がる。
パック先生の指が、魔術師の体内を器用に動いている。
その度に魔術師は苦しそうな声を漏らす。
当然だろう。
物理的な損傷がなくても、体内の魔力を掻き回されているのだから。
パック先生の指が、魔力の集中点を捕まえた。
後は、引きあげるだけだ。
ゆっくりと、手を持ち上げるパック先生。
無事に魔術師の体内から、指を抜いたパック先生の透明な手の中には、赤く脈打つ、目玉大の球体があった。
爆発している所は何度も見ているが、怨嗟の炎の実物は、初めて見る。
怨嗟の炎が吸収した魔力の量を確認する……これなら大丈夫そうだ。魔術師が、かなり吸収に抵抗したのだろう。
「はい、後は任せるよ」
「了解」「マルクや。早う投げえ」
パック先生から受け取った赤い球体を、俺は――「≪風精霊の――」――遠くへと投げた。
斜め上へと飛んでいく赤い球体。
その途中を捕まえるように――「――封壁≫」――魔法で閉じ込める。
上下前後左右、生み出した六枚の不可視の壁によって、空中を飛んでいた赤い球体は、囲まれ、制止した。
目視だけでは、怨嗟の炎が空中に浮かび、脈打っているようにしか見えない。
さて、吸収の止まった怨嗟の炎は、もうすぐ爆発する。
その前に、防御を張ろう。全員を守るなら、あの魔法が楽だ。
空中で固定した、怨嗟の炎から俺たちまでの間に、三つの線を想像する。自分を中心に、円形に、その外と内を隔てる線を。
「阻め、拒め、全てを絶て。≪魔力の結界≫」
呪文が、俺の魔力を最大限に活かす。
平原の大地に紫の線が三本、円を描き、等間隔で引かれていく。
見た目だけだと、それだけだ。
爆発を察したのだろう、魔術師が地面の上で暴れ出した。
「大丈夫じゃから安心せい」
「そうそう」
二人の自信は、何処から出てくるのだろうか?
聞こうと思った瞬間、怨嗟の炎が爆発した。
取り囲んだ封壁が、キィユンと音を立てて壊れた。
膨れ上がった魔力の爆発が、一本目の魔力の結界に阻まれる。
視界の先では、赤い炎が、見えない壁によってせき止められていた。
爆発は、上下左右に大きく広がっていく。
そして、視界が赤に染まる。
「えらい爆発じゃのぅ」
「迷惑な魔道具だね」
魔力の結界が突破された時の為に、身構えている俺とは対照的に、パック先生とテラさんは、暢気に爆発を観察中であった。
魔術師も、何だかリラックスし始めている。
まぁ、一枚目すら破壊されていないのだから、大丈夫なんだけど……これは、腑に落ちない。
結局広がるだけ広がった爆発は、魔力の結界を一本も突破することなく、そのまま鎮静化した。燃える草々を残して。
テラさんに尻を叩かれ、魔法の水で鎮火を行った事の方が、俺にとっては手間のかかる作業であった。
「鎮火、終わったよ、テラさん」
「うむ、ご苦労じゃった」
そう言って、俺の頭を撫でるテラさん。されるがままで、別にいいか。
「それにしても、今回のは威力が低かったね」
「この人が、結構頑張ってたみたいですよ」
俺は、魔術師を顎で指す。
魔術師は、何だか偉そうに二度も頷いていた。全裸のままなのに。
「そうか、ようやったのぅ。じゃが……それとこれとは別じゃ。マルクや。こ奴を引っ立てい」
「とりあえず、町まで持って帰らないとね。頼むよ、マルク君」
別に、俺が魔術師を抱えて運搬する事には、文句の一つすらないが――
「わかりました。でも、とりあえず何か着せましょうよ」
「マルクは、意外と初心じゃのぅ」
「フフフ。まずは慣れないとね。おねぇさんので、慣らしてみるかい?」
「遠慮しておきます」
テラさん……パック先生……そういう問題じゃないんだ。
全裸の女性を担いで歩くと、俺の尊厳が、傷つく可能性が高いのです。
テーベで、そしてピュテルの町で、どんな悪評が立つのやら……想像しただけでも恐ろしい。
「さぁ、行くぞ。マルク」
「町まで急がないと。大変だね、マルク君」
とりあえず、離れた所に捨てられていたローブを魔術師に被せておく。
今は、これで我慢していてくれ。
両腕で魔術師を持ち上げ、先へ行ってしまったパック先生達を追いかける。
悪評が立たぬことを祈りながら。




