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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第二章

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92.怨嗟の炎

読みやすいように全体修正 内容変更なし

「とりあえず放置して逃げますか」


 俺の言葉に、魔術師の目が見開いた。

 何か唸っているが、気にする暇はない。


「そうじゃな。さっさと逃げるに限るのじゃ」


 話をしている間も、魔術師の魔力は、怨嗟(えんさ)の炎に吸われている。

 とはいえ、魔力の吸われ方が遅い。魔術師自身が抵抗しているのだろう。

 パック先生が、魔術師を真っ直ぐに見ている。


「ねぇ、マルク君。助けられるなら?」

「助けましょうか」


 パック先生の言葉に、答える。

 自分で怨嗟(えんさ)の炎を仕込んだのなら、今、抵抗する理由がない。

 まぁ、死にたくなくなっただけかもしれないが、そんなことをしても魔道具は止まらない。

 捨て駒にされた。ただ、それだけだろう。

 なら助けられるなら、助けようじゃないか。

 どうするのかは、パック先生任せだが。


「して、どう助ける?」


 俺達三人は、全裸の魔術師の周りに集まり、座り込んだ。

 逃げる選択は、もうない。

 目の前のパック先生が、鼻を高くして、自信満々に言った。


「フッフッフッ。こうするのさ。≪精霊(せいれい)妙手(みょうしゅ)≫」


 呪文を唱えたパック先生の手が、どんどん透けていく。

 これは確か、自分の手を変化させて、物質を透過し魔力だけに作用させる魔法だ。魔道具を作る際に重宝する魔法ではあるが……。


「それ、人の体に使うんですか……」

「それしか思い付かないからね。マルク君、正確な位置わかるかい?」


 俺は、魔力の流れる中心点を、人差し指で触れた。

 魔術師のへそから、小指ほど上の所である。

 怨嗟の炎へと流れる魔力の中に、自分の魔力も含まれているからか、魔力の流れが手に取るようにわかる。


「ここの中央の位置に」

「了解。取り出すから、その後は頼んだよ」


 あー、取り出した後の事は考えてなかったのか……まぁ、手はある。

 今は、パック先生の魔法の技を観察しようか。

 パック先生の透明な指が、魔術師の体に入っていくのが、魔力で見て取れる。

 猿ぐつわをかまされたままの魔術師が、呻き声を上げる。

 これは、体を押さえておくべきかもしれない。

 相手が真っ裸だからと構っていられない。パック先生の邪魔にならないように、胸の間と、へそを手で押さえる。


「それ噛んで我慢しとれ」


 涙目の魔術師が、テラさんの言葉に頷いた。

 パック先生は、一点を見つめながら、少しずつ指を体内に侵入させていく。

 右手の小指以外の四本を。ゆっくり、ゆっくりと。

 魔力の集中点に、パック先生の指が触れた。


「見つけた」


 パック先生の口角が上がる。

 パック先生の指が、魔術師の体内を器用に動いている。

 その度に魔術師は苦しそうな声を漏らす。

 当然だろう。

 物理的な損傷がなくても、体内の魔力を掻き回されているのだから。

 パック先生の指が、魔力の集中点を捕まえた。

 後は、引きあげるだけだ。

 ゆっくりと、手を持ち上げるパック先生。

 無事に魔術師の体内から、指を抜いたパック先生の透明な手の中には、赤く脈打つ、目玉大の球体があった。

 爆発している所は何度も見ているが、怨嗟の炎の実物は、初めて見る。

 怨嗟の炎が吸収した魔力の量を確認する……これなら大丈夫そうだ。魔術師が、かなり吸収に抵抗したのだろう。


「はい、後は任せるよ」

「了解」「マルクや。(はよ)う投げえ」


 パック先生から受け取った赤い球体を、俺は――「≪風精霊(かぜせいれい)の――」――遠くへと投げた。

 斜め上へと飛んでいく赤い球体。

 その途中を捕まえるように――「――封壁(ふうへき)≫」――魔法で閉じ込める。

 上下前後左右、生み出した六枚の不可視の壁によって、空中を飛んでいた赤い球体は、囲まれ、制止した。

 目視だけでは、怨嗟の炎が空中に浮かび、脈打っているようにしか見えない。

 さて、吸収の止まった怨嗟の炎は、もうすぐ爆発する。

 その前に、防御を張ろう。全員を守るなら、あの魔法が楽だ。

 空中で固定した、怨嗟の炎から俺たちまでの間に、三つの線を想像する。自分を中心に、円形に、その外と内を隔てる線を。

 

(はば)め、(こば)め、(すべ)てを()て。≪魔力(まりょく)結界(けっかい)≫」


 呪文が、俺の魔力を最大限に活かす。

 平原の大地に紫の線が三本、円を描き、等間隔で引かれていく。

 見た目だけだと、それだけだ。

 爆発を察したのだろう、魔術師が地面の上で暴れ出した。


「大丈夫じゃから安心せい」

「そうそう」


 二人の自信は、何処(どこ)から出てくるのだろうか?

 聞こうと思った瞬間、怨嗟(えんさ)の炎が爆発した。

 取り囲んだ封壁が、キィユンと音を立てて壊れた。

 膨れ上がった魔力の爆発が、一本目の魔力の結界に阻まれる。

 視界の先では、赤い炎が、見えない壁によってせき止められていた。

 爆発は、上下左右に大きく広がっていく。

 そして、視界が赤に染まる。


「えらい爆発じゃのぅ」

「迷惑な魔道具だね」


 魔力の結界が突破された時の為に、身構えている俺とは対照的に、パック先生とテラさんは、暢気(のんき)に爆発を観察中であった。

 魔術師も、何だかリラックスし始めている。

 まぁ、一枚目すら破壊されていないのだから、大丈夫なんだけど……これは、腑に落ちない。

 結局広がるだけ広がった爆発は、魔力の結界を一本も突破することなく、そのまま鎮静化した。燃える草々を残して。

 テラさんに尻を叩かれ、魔法の水で鎮火を行った事の方が、俺にとっては手間のかかる作業であった。


「鎮火、終わったよ、テラさん」

「うむ、ご苦労じゃった」


 そう言って、俺の頭を撫でるテラさん。されるがままで、別にいいか。


「それにしても、今回のは威力が低かったね」

「この人が、結構頑張ってたみたいですよ」


 俺は、魔術師を(あご)で指す。

 魔術師は、何だか偉そうに二度も(うなず)いていた。全裸のままなのに。


「そうか、ようやったのぅ。じゃが……それとこれとは別じゃ。マルクや。こ奴を引っ立てい」

「とりあえず、町まで持って帰らないとね。頼むよ、マルク君」


 別に、俺が魔術師を抱えて運搬する事には、文句の一つすらないが――


「わかりました。でも、とりあえず何か着せましょうよ」

「マルクは、意外と初心(うぶ)じゃのぅ」

「フフフ。まずは慣れないとね。おねぇさんので、慣らしてみるかい?」

「遠慮しておきます」


 テラさん……パック先生……そういう問題じゃないんだ。

 全裸の女性を担いで歩くと、俺の尊厳が、傷つく可能性が高いのです。

 テーベで、そしてピュテルの町で、どんな悪評が立つのやら……想像しただけでも恐ろしい。


「さぁ、行くぞ。マルク」

「町まで急がないと。大変だね、マルク君」


 とりあえず、離れた所に捨てられていたローブを魔術師に被せておく。

 今は、これで我慢していてくれ。

 両腕で魔術師を持ち上げ、先へ行ってしまったパック先生達を追いかける。

 悪評が立たぬことを祈りながら。

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