91.可笑しな魔術師
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とりあえず状況を確認してみる。
駆ければ直ぐに辿り着ける位置に、黒いローブを被った女性が一人。
これが、俺達を監視していた魔術師だろう。
先程の声といい、ローブで覆われていてもわかる胸元といい、女性であることは間違い無い。
そして、俺の右手の魔道具から流れ出る魔力。
魔術師へと繋がった魔力の線は、もう細くなっている。
まだまだこの指輪の容量は一杯あるのだから、もっと吸えばいいのに、もう魔力を吸うのは終わりのようだ。
指輪の魔力が、魔術師の体を満たしていくのが、見て取れた。
接近に気が付かなかったのは、完全に俺の落ち度だ。
魔力を吸われているのに気が付かなかったのは、余りにも攻撃性が低く、そして、相手の魔道具によるものだったからだ。
だが何故、俺本人から吸わないのか?
魔道具から吸っても、俺に損害を与えられないのに……しかも、不意打ちの機会を無駄にしてまで、話し掛けてくるとは……こいつ、襲う気があるのか?
「嗚呼、我が体内を駆け巡る膨大な魔力。貴様が長年かけて溜め込んだ切り札は、既に我が手中に収めた。二度は言わん。降伏し、命を乞え」
「あのー。先程から何のお話を?」
右手を再び確認してみる。
人差し指にはめた指輪は、未だに健在だ。
相手に操作されている様子もないし、魔力もまだまだ残っている。
というよりこれは、今は無用の長物であるから、魔力が切れても問題ない。
それに、これだけ言葉を放つ時間があれば、何度、俺を攻撃出来たのだろうか。
油断してはいけないが、なんだか気が抜けてきた。
「恍けて時間稼ぎか? 無駄だ! 貴様の仲間が砦へと戻ったことは、とっくに知っている。貴様を助けに来る者はおらんのだ。アーハッハッハッハァ」
「すまんマルク。思ったより速くてのぅ」
「風の魔法を無理に使っているね。体に悪いよ、君」
丁度、魔術師の後方から、テラさんとパック先生が到着した。
斜め後ろに一人ずつ、前には俺。
現在、魔術師の三方を囲んでいる状態だ。
「なっ! 謀ったな貴様ら!」
「何じゃ、こ奴は?」
「さぁ? さっきからこんな調子でして」
ローブを被って顔を半分隠していても、動揺は隠せていない。
パック先生が、その動揺を刺激するように降伏勧告を出した。
「三対一で、勝てるつもりかい? 大人しくすれば、命は保証しよう」
だが、その言葉を聞いた魔術師は、肩を震わせて黙っている。
かと思えば、突如として笑い出した。
情緒の不安定な人だ。
「フフフ。アッハハ。ハァーハッハッハ! 我が動きに追いつけぬ凡人が三つ揃おうが、それが何だというのだ!」
そして、魔術師は動き出す。速い。
その動きは、獣を思い起こさせる動きであった。一蹴りで動く距離も、速さも。
だが、追えぬ程ではない。観察を続ける。
魔術師の魔力が高まるのを感じる。目線も意識も俺へと向いている。ならば――
「≪風の壁≫」「≪風の刃≫」
呪文は結果を生む。俺の作り出した空気の壁と、魔術師の放った不可視の刃が衝突し、共に消滅し、魔力が拡散した。
魔術師対魔術師ならば、風の刃のような単純な魔法を使うのは、理にかなっている。人間の体に耐魔力があろうと、魔法で傷をつけるのは簡単なことだ。
子供の魔法でさえ、可能だ。
訓練を積んだ魔術師ならば、それだけで、いや『ホノオ』の三文字で殺せる。
今の一撃は、相手を仕留めるだけの威力であった。
ならば、こいつは……倒さないといけないな。
目で追いながら、魔力を見る。そして、一つの案を思いついた。
今のこいつの中は、俺の魔力で満ちている。
こいつが、どうなってもいいか。
「なぁ、魔術師さん。爆発しても恨まないでくれよ」
「フン! 意味の分からん事を。≪風の刃≫」
俺の後ろに回った――つもりの――魔術師の放つ刃を、右手の剣で叩き壊す。
魔術師は俺の周りを移動しながら、次々と風の刃を放ってくる。
魔術師から発せられる魔力の流れを見れば、攻撃の瞬間が丸わかりだ。
剣一本で対処は容易かった。
一刃、一刃、処理していく。
これから使う魔法は、俺にとって初めて使う魔法だ。
想像するのは、あの時のミュール様。
相手の中の自分の魔力を制御する。形を明確に。動きを鮮明に。掌握し、操る。
奴の全ては、俺の掌の上だ。
ミュール様の声が、頭の中で重なる。
「では、≪共に踊りましょう≫」
操りの呪文を唱え、魔法を発動する。
今の俺に、相手と踊ることなんて高度な事は出来ない。
だから強く、確かに想像するのは、”動かない”魔術師の姿。
瞬間、魔術師の体が硬直した。
獣のように高速で動いている中、動けなくなったらどうなるか?
答えは、目の前にある。
体が硬直した魔術師は、そのままの速度で転び、地面へと衝突した。
声も上げることを許されず、大地を転がりまわっている。
そして、仰向けに倒れたまま、動かなくなった。
まぁ、魔法で動けなくしているだけなのだが。
ゆっくりと魔術師に近付き、次の呪文を唱える。
「≪癒しの水≫よ」
右手に生み出した癒しの水へ、魔力をたっぷりと込める。
手から放しても、魔法を維持できるように、
そして右手を、魔術師の口へと押し当てた。
癒しの水を操作し、閉じた口の中に無理矢理侵入させる。鼻に入らないように気を付けて、口の中で留まるように……よし。口封じ完了。
俺が魔力を消さない限り、もう喋ることはできない。
魔術師として致命的な状況だ。
「さてと……剥くかな」
魔術師のフードが外れかかっていた。年の頃二十少しの女性の顔が見えた。
怯える瞳と目が合う。
「抵抗しなければ、死にはしないよ」
魔術師が体を動かそうとしているのが、分かる。指一本すら動いていないが。
魔法を解除していないので、当然のことだ。
もう魔術師に、動く権利は既にない。
「マルクや。もうよいぞ」
「別に見ててもいいんだけどね」
テラさんとパック先生の言葉を聞いて、俺は振り返った。
視界の先には、布で作った猿ぐつわを口に装着し、手足を縛られた魔術師の姿があった。抵抗する気もないようだ。
が、問題はその格好だ。その布一枚纏わぬ、全裸の姿が。白い滑らかな肌も、膨らむ双丘も……下も……何も着ていない。
「何で、全裸のままなんですか」
「命を狙ってきた相手に、わざわざ服を着せる必要あるかい?」
そもそも服を剝いだのは、魔道具を隠し持っていないかを調べるためだ。
俺が調べても良かったのだが、後で口が堅くなっても困る。
なので、操りの魔法を解いて、二人に任せた。
結果がこれだ。
これでは、俺が魔術師を辱めたのと、変わらないじゃないか。
「ローブぐらい被せましょう――」
魔術師から魔力の流れを感じ、彼女の体を注視した。
この魔力は知っている。この魔道具の反応は――
「怨嗟の炎」
俺の声を聞く前に、パック先生もテラさんも不快そうに顔をしかめていた。
そして、俺の言葉に対して最も変化があったのが、全裸の魔術師であった。
恐怖で顔をゆがめ、全身を捩り、暴れている。
当然だ。魔道具『怨嗟の炎』は、埋め込まれた人間の魔力を吸って、爆発する魔道具だからだ。
己の命を犠牲にして、破滅をもたらす魔道具。
狂信者御用達の一品。




