90.油断大敵
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パック先生の魔道具は、この場所を示していた。
「無いですね」
「まぁ、平原にグサッと刺しては無いじゃろ」
「ならば――」
三人が同時に下を向く。
隠すなら地中だろう。空中に隠せるなら、方法を知りたい所だ。
「では、掘り出すかのぅ。まずは場所じゃな」
テラさんが膝を曲げ、そっと地面に手を下ろした。
地面に魔力が通り、広がっていく。
森の大木の時と同じく、温かな魔力だ。大地に広がった魔力が、草々の緑を映えさせた。だが、探し物はそれではない。
魔力の反発を探す。この柔らかな魔力に抵抗する場所を……あった。
「パック先生の真下」
「え? 下?」
「このまま放り出す。パック、邪魔じゃ。≪大地の鳴動≫」
テラさんの呪文に対し、地面に浸透するように広がっていた魔力が答えた。
足から振動を感じる。大地が揺れている。
「ちょ、ちょっとテラさん」
パック先生が、慌ててその場を飛び退いた。揺れる中でも軽やかだ。
パック先生の立っていた地点の地面が小さく割れ、その裂け目から大地が盛り上がるように、土が勢いよく噴き出した。
空へと。高く。
噴き出る土の中で、一本の黒い短剣が交じっているのを確認した。
防衛魔法は、消えてはいないようだ。
防衛魔法を消さなければ、安全に確保できない。
「マルクや」「≪魔力≫よ」
テラさんの声と重なるように呪文を唱え、自身の右手に魔力を纏わせた。
そして、空中を舞う黒い短剣の落下地点へと先回りし、空中の短剣へ手を伸ばす。触れようとする右手を、短剣の防衛魔法が拒む。
バチリ、バチリと抵抗の音が聞こえ、俺の右手を弾かんとしていた。
だが、魔力で覆った右手を傷つけるほど、防衛魔法は強くはない。強引に、真っ直ぐ……そのまま右手を押し込み、俺は、短剣の柄を掴み取った。
隠匿魔法が消えたからか、防衛魔法が消えたからか、短剣の機能が止まったからか、淀む不快な魔力は、消え去っていた。
黒い刀身が波打った短剣、変質の楔が、俺の右手に残されただけだ。
揺れる大地も、その動きを止めている。
見れば、魔法により出来た裂け目も、ほぼ元通りに直っていた。
噴き出した土は、そのまま草々の上に降り注いだが、そこまで戻すのは困難というものだ。
ついでに、俺とパック先生も土まみれだ。
「よし! 確保成功じゃ!」
「テラさん。よし! じゃないですよ。魔法を使うなら先に言って」
「まぁまぁ、パック先生。とりあえず土、落としますから、帽子を押さえて下さい。いきます。≪風≫よ」
空気を操り、風を生み出す。
強く吹かせた風は、俺とパック先生を撫で、降りかかった土を払い飛ばす。
テラさんの銀の髪も、揺れている。
平原に広がる草達が、生み出した風により、波を生み出す。
草の鳴く音が心地よかった。
「ありがとうマルク君」
「どういたしまして」
現在、変質の楔を手にした場所から動かずに、作戦会議を続行中である。
「さて、これからどうするのじゃ」
「もう疲れちゃったから、早く帰りましょう」
「とりあえず、これは俺が持っておきますね」
相手に聞こえるように、そう言う。
そして俺は、変質の楔を布で巻いた後、バックパックへと収めた。
レッサーデーモンと戦っている時にはいなかった監視者。
その存在を確認した俺達は、こうして相手に聞こえるように、話し合いをしているという訳だ。
気付かれぬように魔法で監視しているようだが、逆にそれは目立ち過ぎだ。
遠くはあるが、場所まで感じ取れる。
「では、帰るとするかのぅ」
「あー。マルク君は、レッサーデーモンの残りがいないか、確かめてからね」
「面倒ですけど……わかりました。お二人はどうするんですか?」
パック先生とテラさんは、体をほぐし、リラックスしながら言った。
「テーベでゆっくりしているよ。でも早く戻らないと、置いて帰っちゃうからね」
「ピュテルへ帰るのが、遅くなってはいかんのじゃ」
「さっさと終わらせますので、宿でゆっくりしていて下さいな」
別に以心伝心ではないが、作戦は分かった。
俺が囮で、二人が裏を突く。
相手の狙いは、変質の楔であろうから、一人になればこちらに来るはず。
そうでなければ、俺が監視者の裏を突けばよい事。
問題があるとすれば、監視者が複数人いて両方を襲った場合だが、パック先生とテラさんなら何とかするだろう。
「では、行ってきます」
「はーい。行ってらっしゃい」「独りじゃから油断するでないぞ」
そして俺は、テーベ砦から逆の方向へと、独り向かう。
監視者云々以外にも、レッサーデーモンの残りがいたら厄介なので、倒しておきたい。放っておいたら碌なことにはならない。
独りになり、少し歩いた。
レッサーデーモンは、まだ見つからないが、監視者は予定通りこちらに来ている。さて、動くのは監視者が先か、パック先生達が先か。
囮の俺は、ただレッサーデーモンを探しながら、歩くだけだ。
レッサーデーモンは、少し探すだけで見つかった。
これは、帰ったら学派から冒険者ギルドに依頼を出して貰うべきだな。
静かに近付こうとしたら、唐突に皺だらけの灰色の顔が、こちらを向いた。発見されたのは俺でない事はすぐに分かった。
奴は遠くを見て、そして俺を見た。
監視者も、よくあれでレッサーデーモンの発生場所に来ようと思ったものだ。
今は、目の前の敵だ。
後ろは、パック先生達に任せねば。
敵は一体だけ、一対一なら早く決めよう。
相手に放つ魔法を、頭の中に描いていく。
晴天を覆う黒い雲を、燻る怒りの唸りを、解き放つ嘶きを。
レッサーデーモンの魔力が高まっている。だが、相手が黒い魔力を放つよりも、こちらが早い。
灰色の影、目標を見据え、己の魔力を解放する。
「≪天馬の雷≫」
呪文が、魔力を魔法に変える。
一筋の閃光が、空を割り、レッサーデーモンへと突き刺さった。
致命を確信したが、念には念を入れて接近する。
灰色の影は、薄い煙を上げ、醜悪な顔は虚ろである。
追撃で剣を振る――途中で止めた。
塵と消えゆくレッサーデーモンが、完全に消えるまで確認する。
もう一撃は必要ない。
濁った魔石が、地面に落ちた。
魔石を拾い上げる途中で、異変に気が付く。
俺の右手人差し指にはめた指輪から、魔力が流れ出ていたのだ。
流れる先を目で追うと、黒いローブを深く被った人影が一つ。
輪郭でわかる。女性だ。
「既に貴様の負けだ! 大人しく短剣を返してもらおうか!」
高く、高圧的な声が平原に響き渡った。
何を言ってるんだ? こいつは?




