89.傲慢な男
誤字修正 読みやすいように全体修正 内容変更なし
「ざっと見ても十体はいました。ですので、しばらく隠れていて貰えますか?」
「何を言っとるんじゃ、マルクや。一対一なら、その方がやり易かろうと、手を出さんかったが、敵が多いなら話は別じゃぞ」
「そうだよ。君なら何とかするだろうけど、要らぬ苦労を背負う事はないよ」
俺達三人は、レッサーデーモンの集団とはかなり離れた位置で、膝を抱えながら、ひそひそと小声で会話中である。
正直、レッサーデーモンと相性の悪そうな二人には、下がってもらって、自分一人に敵意が向くようにした方が戦い易い。
二人も安全で、両得だと思うのだが。
「お主、まさか、わしら二人を”守ってやらねば”などと、考えておるのではなかろうな」
テラさんが、じぃーっと俺を見つめてくる。
駄目だ。テラさんの眼力に負け、目を逸らしてしまった。
「やはりそうじゃな」
「いや、相手との相性があるじゃないですか」
「大蟹の時は、頼ってくれたのにのぅ。その時に、相性なぞ考えておったか?」
「いえ」
そんな事、微塵も考えていなかった。
テラさんなら、やれると思ったからだ。
「ならば守らねばならぬほど、わしらが、か弱き女子に見えるのかえ?」
「いいえ。でも、守りたいです」
二人を守りたい。これは、本心だ。
二人が傷つかないで済むのならば、多少の危険は飲み込むつもりだ。
「フフ。真っ直ぐ言うのぅ。じゃが、お断りじゃ」
「右に同じく。マルク君ほど戦い慣れてはいないけど、守られるほど弱くもないつもりだよ」
「でも、二人を気にしながら戦うの――」
「それが間違いじゃと言っておる。気にもせんで良い。危なくなったら勝手に逃げる。助けて欲しくば声を上げる。気にするのは、それからで良いのじゃ」
俺の言葉を遮り、テラさんが俺の目を見つめながら、そう言った。
真摯で、真っ直ぐな言葉であった。
だが、気にせず戦うなど……どうすればいいんだ?
全体を把握しながら、戦うものだろう? 分からない。
テラさんの隣で座るパック先生も、クスッと笑っている。
「君はもう冒険者じゃないんだ。誰かを守る義務なんてないし、誰よりも戦う、そんな必要はないんだよ。そういう重荷は、年上の私たちに押し付けてもいいんだ。ましてや私達を、君の重荷だと思わないでくれないかな」
パック先生は笑みを絶やさない。が、声は真剣そのものだ。更に言葉を続ける。
「まぁ、君を戦いに連れ出している私が、こう言うのも可笑しな話だけどね」
その声には、小さな後悔が含まれているように思えた。
否定の言葉が、俺の口から自然と零れた。
「それは違います」
そうだ違う。ここに来たのは、連れ出されたからでは無い。
「確かにパック先生から頼まれはしたけど、それを受けたのは俺で、この戦う意思は俺のものです」
でなければ、遠出までして、こんな面倒くさい事を誰がするものか。
家でシャーリーと喋っている方が、何千倍も楽しいじゃないか。
冒険者の依頼でもない。急いて自分が動かねばならない状況でもない。
俺が、ここで戦わないといけない理由なんて無い。
では、何故ここにいるか?
自分の中ですら返ってくる、当然の疑問。
だが、そんなのは簡単だ。パック先生とテラさんの力になりたいからだ。
「俺がパック先生とテラさんを守りたいんです。守らせてください」
二人の返事は、すぐに返ってきた。
俺のほっぺたを引っ張るという行為によって。
テラさんとパック先生が、俺の頬を片方ずつ引っ張っている。少し痛い。
「ああにょ。ひゃめてくれみゃへんか」
「断るといったじゃろう。戯けが」
「ハハハ。結構伸びるね……『戦う意思は俺のもの』だって? これは、おねぇちゃんの気持ちを無視した報いだよ」
「本に真面目で、そして傲慢な奴じゃのぅ。そこが可愛いのかもしれんがな」
ウフフ、アハハと、二人は、和やかな雰囲気を醸し出している。
離れているとはいえ、レッサーデーモンとの戦闘圏内なんですが……。
「マルクや。お主が何と言おうと、わしらは戦うぞ」
「ああ。足手まといになったら、あとで特別に体で償ってあげよう」
そう言って二人は、俺の頬から手を放した。
「本当に戦うんですか? 戦わなくても俺が倒しますよ?」
「当然じゃ」「戦うよ」
戦わなくて良いなら、戦わない方が楽で、安全で、自由でいられるのに……分からないな。でも、二人が真っ直ぐで、優しいのは分かる。
いや、分かっているから守りたいのか。
ならば、俺も、俺でやればいい。俺のやり方で。
「わかりました。一緒に戦いましょう。でも、守るのは譲りません。危なくなったら二人を担いで逃げますので。抵抗しても問答無用ですよ」
「わがままじゃのぅ」
「折り合いは、そこでいいかな」
二人の目元が嬉しそうに曲がっている。
バルザックさんのような戦闘狂でもあるまいし、戦う事なんて、間違っても嬉しい事ではないだろうに……やっぱり、よく分からないな。
ただ、共に戦うとなったなら、やろうじゃないか。
「では、作戦会議といきましょう」
作戦通りに、俺は全速力でレッサーデーモンの群れへと走る。
俺が前に出て、斬る。
パック先生とテラさんが、後方から魔法で援護する。
非常に基本的な戦法だ。
テラさんは、前に出たがっていたが、俺が戦い辛いという理由で後ろに下がってもらった。
これならば、レッサーデーモンの魔力の流れを気にするだけで良い。
敵の数は複数で、見晴らしの良い平原。
俺は既に、敵に見つかっている。
レッサーデーモン達から、魔力の流れを感じる……数は、十一体だ。
全力疾走の俺を追い越すように、テラさんの魔力が、レッサーデーモンへと伸びていくのを感じた。
同時に、後方で魔力が高まるのを感じる。こちらはパック先生だろう。
レッサーデーモンの足元に到達したテラさんの魔力が、魔法を生み出す。
地面から生み出されたのは、細く緑色をした、しなやかな蔓であった。
それがレッサーデーモン一体一体の足元から、生え、足へと巻き付いていく。
足を絡めとられた六つの個体は動けなくなっており、魔法の蔓に気を取られ、俺への攻撃を中断したようだ。
残りの五体は、空中へと高く跳び、蔓の脅威から逃れた――瞬間、跳び上がったレッサーデーモン達を、高速で飛翔した槍が、その胴を、頭を、足を次々と貫いていく。
あれは、土魔法で作った槍だ。
頭を貫かれた二体のレッサーデーモンが消えていくのを、走りながら確認した。
胴や足を貫かれた三体のレッサーデーモン達は、地に落ち、魔力である青い液体を地面にまき散らしている。
魔力を感知させて、跳ばせて落とす。良い連携攻撃だ。
俺には、出来ない。
考える前に、今は俺がやるべきことを。
最も近いレッサーデーモンへ肉薄し、斜めに斬り付ける。
一撃で脇から腰まで切断し、上半身が斜めに滑り落ちた。
倒した確認をする暇はない。
テラさんの魔法に拘束されたレッサーデーモンを斬って、斬って、斬りまくるのが俺の役目だ。
俺に意識を向ける前に、二体目のレッサーデーモンの首へ、剣で線を引く。
頭を切り離した手ごたえを感じた。ならば次だ。
攻撃に魔法は、使わない。
風精霊の封壁を、いつでも使えるようにするために。
自身を拘束する足元の蔓よりも、俺が脅威だと認識したのだろう。
残りのレッサーデーモンの敵意が、俺へと向いた事に気が付いた。
四体のレッサーデーモンから、魔力の流れを再び感じる。
だが、狙いを定めさせはしない。
魔力を放つ前に、三体目を斜めに斬る。
振り下ろした剣が、灰色の皮膚と肉を裂き、青い魔力を噴き出させた。
致命に至ってないと確信した俺は、振り下ろした手首を返し、真横へと剣を振り抜き、胴を切り裂く――と同時に、俺は、横へと大きく跳んだ。
俺の先程まで立っていた位置に、黒い魔力が通り過ぎる。
死にかけのレッサーデーモンを巻き込んで。
「≪土精霊の投擲槍≫」
パック先生の呪文が耳に届く。
一射目と違い、大きな声を出したのは、俺への警告を含んでいるからだろう。
パック先生の位置と、レッサーデーモンの位置を線で結び、その線上から逃れるように、地を蹴り、離れる。
鋭い土の槍が、次々とレッサーデーモンを襲う。
灰色の肌に、硬質な土の槍が突き刺さっていく。
動けぬレッサーデーモンに、避ける術は無かった。
最初に倒した二体を意識してなのか、下半身を拘束されている残り三体のレッサーデーモンは、その全てが、見事に頭を貫かれていた。
次々と塵と消え、魔石へと変わっていく。
また、地面を走るテラさんの魔力を感じた。
空中で撃墜され、地面に倒れたままのレッサーデーモン三体を、地面から再び伸びた蔓が持ち上げ始めた。
灰色の体に蔓が食い込み、ぎりぎりと捩じ上げていく。
首を、胴を、手足を。
「斬って良いぞ」
テラさんの声が、草原に響く。
テラさんの指示に従い、蔓に持ち上げられたレッサーデーモン達に、致命の一撃を打ち込む。
そして、三体のレッサーデーモンが魔石となるまで、確認を取った。
周囲を警戒しても、魔力の流れも感じず、灰色の体も見えず、不快な声も聞こえない。地面に落ちている魔石の数を数えてみると、確かに十一個あった。
「マルクや。協力すれば、こんなもんじゃぞ」
「今度からは、おねぇちゃんを舐めちゃ駄目だよ。マルク君」
テラさんとパック先生が、のしのし歩いてやってきた。
その表情からは、余裕が溢れ出ている。
うん……俺には、まずやるべき事が一つある。
「ちょっと甘く見ていました。本当に、申し訳ございません」
足をそろえ、腰を直角に曲げる。
頭を垂れるとは、こうするものだ。
魔術師との相性だ何だと考えていた俺が、どれほど人を見る目が無く、如何に愚かだったのか、先の戦いで十分、いや十二分に理解した。
聖母に徳を説くが如き無知さ。
何という恥ずかしい真似をしてしまったのだろうか。
「手分けをすれば早いという、当たり前の事なのじゃ」
「誰かの手を借りても良いって、それが分かればいいんだよ」
「はい」
それ以外の言葉を返せるほど、俺の面の皮は、厚く無かった。




