87.パック調査隊~再出発~
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「今日もすまないね、シャーリー君」
「いいえ。それだけお兄ちゃんが頼られているって事ですから」
「頼られているというより、利用されている、だな、シャーリー」
そう言って一口、お茶を含む。
シャーリーの淹れたお茶は、ゆっくり飲みたい。
現在、パック先生とシャーリー、そして俺の三人で、朝からお茶会だ。
前回、茶菓子を出さなかった事を考えてか、パック先生がクッキーを持参してくれた。それを囲んで談話中である。
魔力的な悪戯は、仕掛けてなかった。珍しい。
できれば、朝はシャーリーとゆっくりしたい気分なのだが……パック先生が来るという事は、まぁそういう事なのだろう。
今日の予定が、埋まってしまった。
「ハハハ。自覚はあったんだね。でも、お姉さんがマルク君を頼りにしているのは本当だよ」
「まぁ、今日も手伝いますけどね」
「話が早くて助かるよ、あとは、テラさんを捕まえないといけないけどね」
「テラさんなら客室で寝てますよ」
「「え?」」
あぁ、シャーリーにも言ってなかったか。
「お兄ちゃん。ご飯の準備とかあるんだから、そういう事は言おうね」
「いやー。どうせ前回と同じで昼ま――」
「お兄ちゃん」
「ごめんなさい」
シャーリーの顔が少し怖かった。見た目は、いつもの笑顔と同じはずなのに。
「マルク君。テラさんを確保してくれて、ありがとう。と言いたいけど、もう少し女の子の気持ちというものをだね……」
「お兄ちゃんに言うのは、もう今更な気もします」
「まぁ、下心が無いのが、私でもわかっちゃうぐらいだしねぇ」
「ええ」
二人が謎の意気投合をしている。
下心が無いのは、確かにそうであるが。
テラさんは、何と言うか懐かしい感じがする人だ。第一印象は遅刻少女でしかなかったが。今は、母の旧友という言葉がしっくりくる。
三日前に出会ったばかりなのに、不思議なものだ。
「何と言うかさ、テラさんって親戚の人って感じがするというかさ……俺にはそんな人いないから、何となくだけど」
だから、初めて会った日に家に泊めてしまったのだろうか?
他の相手には、そこまで気安くはなれない。
「何となくわかるよ。私から見てもそうだからね」
「へぇ。テラさんってパックさんから見て、どんな人なんですか?」
「難しいね。お婆ちゃん口調で、実際に年を重ねた感じなんだけど、妙に子供っぽいというか……そうだね。私にとっては精霊のような人かな」
「随分、評価が高い」
「そうなの? お兄ちゃん」
シャーリーに頷き、回答とする。
パック先生、”精霊のような”と表現するということは、自身のライフワークである精霊研究と、同等の評価であるからだ。面白可笑しく観察しているだけの可能性も捨てきれないが……今の言葉は、素直に解釈してよいだろう。
「掛け値なしに、いい人だからね」
パック先生が、零れた笑みを誤魔化すように、お茶を口にする。
その一口が美味であれば、俺は嬉しいのだが。
俺は台所で一人、茶を淹れなおしている。
不精で申し訳ないが、炎の想像を少し強く持ちながら――「≪水≫よ」――指からお湯を出す。
ティーポットに直接注がれるお湯から、湯気が立ち昇っている。
自分の魔法だからいいが、人に掛けたら大変なことになるな。
取り扱い注意だ。
”水”といいながらお湯を出す感覚は、実に奇妙なものだ。
「で? どこに行くのじゃ?」
「候補は三か所だね。まぁゆっくり決めようか」
テラさんが起きてきたので、作戦会議となったのだ。
起きてきたテラさんは、毛布に包まって現れたのだが、俺の指示により、シャーリーの手で毛布は回収させてもらった。
現在テラさんは、お茶を片手にクッキーで腹を満たしている真っ最中だ。
うちの屋敷に食料があれば、何か出せるのだが……無い物は願おうが出ない。
一方シャーリーは、毛布を回収後、家に帰って行った。
パック先生の話が、俺のお手伝いの話になることを察したのだろう。いつも世話になってありがたいと同時に、申し訳なくもある。
また礼をしたいのだが、何をすればよいのだろうな……茶葉の舞い踊る時間を使い考えてみたが、何一つ思いつく事は無かった。
右手にティーポットを持ち、左手は置いたティーポットへ沿える。茶葉より抽出された液体が、右手から左手へ移動する。茶だけを移すように。
もう、これだけで、朝の香りがする。
先程、これより美味しいお茶を飲んだにも関わらずだ。
さぁ、客人に振舞うとしようか……茶葉は普段用だが。
「おまたせしました。そっちの話は進みましたか?」
「とりあえず行先は決定したよ。それにしても、マルク君も情報収集していたんだね。この前聞いた情報屋かい?」
「ええ。今回の役に立つ情報かはわかりませんが、内容は確かですよ」
パック先生と話しながら、茶を分ける。
まずはテラさんのカップに注ぐ。次にパック先生。そして俺だ。
多めに淹れたので、後でおかわりしよう。
「すまんのぅ」「ありがとう」
テラさんとパック先生が、茶を口にする。
一口飲んだ後、二人は長い息を外へ流す。
顔が、ふにゃりと溶けている。両者ともに面白い顔だ。
「やはり、あったかいのぅ。マルクの魔力は」
「マルク君の魔力が体の中に……あぁん。これは刺激的な悪戯だねぇ」
パック先生の事は無視しよう。
しかし、二人とも魔術師だという事を忘れていた。
だが、お湯を出すときは、魔力を多く込め無いといけないから仕方がないか。
水と火の同時使用で、使う魔力も増量しなければならない。
そして、ふと思う。この状態でミュール様の真似事でもしてみるか?
『共に踊りましょう』と。
いや、絶対に止めておこう。
ミュール様がやるから冗談ですむのだ。親しくしたい相手に使うものではないし、まだ習得したと言える魔法でもない。
魔力が暴走して相手の体内で暴れでもしたら、大変な事になる。
魔法的な知的好奇心が疼くが、欲望のままに、それを満たす訳にはいかない。
茶を喜んでくれただけで、十分だ。
俺も一口飲む。
華やぐ香りが鼻を抜け、少しの渋みが舌に残る。
うん。茶として美味しく出来ている。だが、二人の言う『マルクの魔力』を感じ取れないので、どういった感覚なのか分らないのが困る。
ガル兄の赤ポーションは、気分が悪くなる。
ミュール様の魔力は、ひんやりして心が落ち着く。
俺の魔力は? 二人とサンディ、そしてムウの反応を見るに、不快なものでは無いようなので、まぁ良いとしよう。
「それで、どこに向かう事になったんですか?」
「とりあえずテーベ砦まで。君はこの間、行ったばかりだったね」
「ええ。ということは、相手はレッサーデーモンか……」
レッサーデーモン。
灰色の皮膚と、ぐしゃりとした醜悪な顔。人程の大きさの小型の悪魔。
動きが素早く、存在そのものが魔法に強い為、遠距離から魔法で致命を狙いにくい相手だ。奴の放つ黒い魔力の塊を防ぐのが、実に面倒である。
接近できれば、剣でも仕留め易いので、耐久性はそれほどない。
不思議と、ダンジョンでは見掛けないモンスターだ。
一体ずつなら特に問題ないのだが、ヘヴィオーガとジャイアントクラブの件を考えると、多数いることは容易に考えつく。
問題が発生していて、かつ原因が変質の楔によるものであればの話ではあるが。
こればかりは、行って調べないと分からない事だ。
「でも、あれ探すの面倒ですよね」
「そうじゃな。平原という情報だけでは、どこにあるのだか分からんのぅ」
「フッフッフッ。今回は、便利な魔道具を用意したから大丈夫だよ」
パック先生は、その自身の高い鼻をさらに高くしている。
余程の自信があるのだろう。
「二日でよく用意できましたね」
「お姉さんはこんな風だけど、頑張る時は頑張るのさ」
「それは前から知ってます」
「へへへ。そうだろう、そうだろう」
物事に真摯な人だという事は、昔から知っている。
好奇心のせいで、言動や行動が稀に可笑しくなるだけだ。
その好奇心は、パック先生の原動力でもあるのだから、難しい所だが。
「こやつ根が真面目じゃからのぅ。ちゃんと寝ておるか?」
「大丈夫ですよテラさん。昨日はしっかり寝ましたから」
「昨日は、か。マルクと似たようなことを言いよる。毎日ちゃんと寝んか」
「研究は私の生きる意味でもあるからね。たとえテラさんといえど――」
「わしは、パックを心配してじゃな。第一、眠たい頭で成果なぞ――」
女性の言い争いには、関わらないようにしよう……あぁ、クッキーと茶の組み合わせは、やはりいい。
自分で焼くのは難しいだろうし、今度、買いに行くとしよう。
それならば、美味しい店を探さないといけないな。
甘さと香ばしさをクッキーから得て、乾燥した口を、茶で湿らせる。
口から小さな幸せが、体の中に入り込んでくる。
ふー。互いを思った言い争いなのだから、早く終わって欲しいものだ。




