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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第二章

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85.テラさんと一冊の本

読みやすいように全体修正 内容変更なし

 俺はいつもの通りに、母の部屋で魔導書を探し、読む。

 いつもと違う点を挙げるならば、テラさんが一緒という所だろうか。

 テラさんならば、魔導書の魔力に当てられて精神に異常をきたしたり、不用意に魔法を発動して、大惨事になることは無いだろう。


「ほぅ。マリアもよう集めたものじゃな」

「好きに読んでいいですからね」


 俺も好きに読ませて貰う。

 魔導書と向き合うのは、一対一の戦いだ。とはいえ、現在、何を調べ、何を読み込めば良いのかわからないので、手当たり次第である。

 ん? いや。暴風竜の大薙について探してみよう。あれがウィンさんの覚えた特殊な魔法でなければ、魔導書としてあるかもしれない。

 俺は、風に関する魔導書を探す。

 テラさんも、背表紙の刻印を見て、気になった本を手に取っているようだ。

 うん。『風の導き』か……軽く読んでみよう。

 俺は立って読む。一脚だけの椅子は、テラさんに空けておこう。

 風を(たた)える修辞、風の精霊シルフの匂わせと説明、風魔法の魔法図形と解説。

 だが、魔法一つ一つの書き込みが甘い。

 内容も浅い。

 あぁ、これは図鑑的な側面を持った魔導書だ。

 こういう魔導書に魔力を込めると、大惨事になる。中に記された魔法が、勝手に発動してしまう。取り扱い注意だ。

 それに俺は、魔法図形を読み取ることしかできない。

 活用するなら、スクロールを作るアムの領分だ。

 俺は直接魔法を見た方が、まだ習得の糧になる。

 理論から組み立てるアムに言わせると、俺は『危ない奴』だそうな。俺は、感覚的な方が分かりやすいのだから仕方ない。

 戦闘に活用できそうな魔法も無かったし、この魔導書は棚に戻しておこう。


「な! なんじゃこれは!」


 テラさんの大声に、少し驚いてしまった。


「ご近所さんは居ないけど、夜は静かにね」

「なんじゃ。何でこんな本があるのじゃ」


 テラさんが一冊の本を持って、こちらに詰め寄ってきた。ち、近い。

 彼女は片手で本を抱えながら、もう一方の手で、胸倉をつかんで揺らしてくる。

 とりあえず話を聞こう。


「何か気になる本があったんですか? というか揺らさないで」

「これじゃ! これ!」


 テラさんは興奮した様子で、抱えた本を俺に見せる。


『ザザーランド伯爵による植物生成の始まりと世界樹へ至る道の考察』


 ああ、あの伝記か。


「ああ、その本ですか。面白かったですよ」

「なんでザザーランドの事が書かれた本がここにあるんじゃ?」

「さぁ? それは母の所持していた本なので」


 俺から少し離れて、本をじっと見つめている。


「読んでもいいものかのぅ」

「変な内容は書いてなかったですよ」


 役に立つことも、あまり無かった気がするが。

 読むのを躊躇(ちゅうちょ)するような内容では無かった。


「わかった……読んでみるのじゃ」


 そう言って、椅子へと座ったテラさんは、静かに本を読み始めた。

 ゆっくり、そして丁寧に(ページ)をめくっている。

 よくは分からないが、大切な本なのだろう。

 俺も、別の本を探そう。風の魔導書、風の魔導書っと。

 実入りの無い時間を過ごしていると、テラさんの声が響いた。


「あやつ! わしのことを男だと思っとったのか!」

「テラさん。それ本人が書いたものじゃ無いと思いますよ」


 過去の人物の人生を語ったものであった。自伝ではないはずだ。


「おう。そうじゃったな。つい頭にきてしまってのぅ」

「その伯爵様と、お知り合いだったんですか?」

「ハハ。昔のことじゃよ。わしがまだ若かった頃の知り合いじゃ」


 そう言ってテラさんは、また本の世界に戻っていった。

 年齢が少し気になったが、まぁ何歳でもいいか。

 テラさんは、テラさんだろう。

 テラさんは、先程の驚きを(あら)わにした顔と違い、穏やかで優しい顔をしている。大切な記憶を辿っているようで、言葉を掛ける事すら気が引けた。

 そっとしておこう。

 俺だったら邪魔されたくない。その大切な時間を。




「マルクや。また読みに来ても良いかのぅ?」


 俺は、一つ思い当たることがあった。

 その本がテラさんにとって大切な本であるならば、母の思いは一つのはずだ。


「この扉を、開くことが出来るなら」


 俺は、唯一の出入り口へと向かい、そう言った。

 今、扉は閉じている。

 テラさんは、ゆっくりと扉へ近付き、ノブを回した。扉が開く。

 母の罠が作動しない……やっぱりそうだ。

 テラさんは首を傾げている。


「どういう事じゃ?」

「テラさんは、この罠、見えてますよね」

「当然じゃろ。始めは拒み、二度目は壊す。侵入者対策にしては優しい罠じゃな」

「それが開くってことは、そういうことですよ」


 その本は、母がテラさんの為に用意した本だ。見せるだけなのか贈り物なのかは、わからないが。罠が作動しないということは、そうなのだろう。


「というわけで、その本は差し上げます」


 いいよね、母さん。


「ちょっと待たんかマルクや。お主は言葉を省く悪癖があるじゃろ。説明せい」


 うん、面倒くさい。けど説明するか。

 十年前からこの部屋の中は、本一冊すら配置一つ変えていないこと。そして、その本がこの部屋に置いてある事の可笑(おか)しさと、扉の入出許可が、十年前から変更されていないことを伝える。

 ならばその本は、ここに入れる誰かの為の本という事になる。

 少なくとも俺の為ではない。断言できる。

 もしかしたら、それがテラさんではない可能性もあるが……まぁ、気にしないことにしよう。


「ふむ。始めからそう言わんか。全く……じゃが、この本はここに置いて帰るぞ」

「持って帰っても良いんですよ」

「わしは、定住先を持たぬ宿なしじゃ。ならここに読みに来る方がよい。それならマルクとも会えるしのぅ」

「いつでもどうぞ。読みふけって遅くなったら、好きに泊まっていっても構いませんし。今日のようにね」

「なんじゃ。わしを口説いとるのかえ?」「違いますよ」


 テラさんは、楽しそうに笑う。その笑顔が、優しくて、愛らしくて、母がテラさんを気に入っていたであろう理由が、何となく分かった。

 何となくだけど。




「わしは、お主のベッドで寝たいのじゃ」

「そういう勘違いを生む発言は、やめてくださいね。それと駄目です。客室が使えますから――」

「いやじゃ。あのポカポカを味わったら、もう抜け出せんのじゃ」


 何を言っているのか、よく分からない。

 シャーリーがベッドメイクしてくれるから、快適な寝心地なのは理解できるのだが。それは客室も同じであろう。

 俺が首を捻っていると、テラさんの耳がピンッと上がった。


「そうじゃ。あっちにも、マルクの魔力をたっぷり注げばよいだけじゃ。善は急げ。さあ行くぞ、マルクや」


 俺の自室に近い客室は、綺麗に掃除されていた。

 質素に寝具のみの部屋ではあるが、綺麗なものだ。

 そして何故(なぜ)か俺は、寝具に魔力を込めることになった。

 その意味は分からないが。

 魔道具を作る時のように、繊細に丁寧に。一時間、じっくりと……。

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