84.腹満たすは料理、心満たすは
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ああ、もう日が落ちている。
町の中で、魔工石の光と黄昏の赤が混じり合っている。
司祭様にミノタウロスの件を説明をして、魔石の権利について押し付け合った。
そちらは解決したからいい。ダークマターの件も話せた。
その後も、エルの様子を見に行ってみれば、魔力の矢が飛んでくるし、そのままエルの話し相手として捕まるしで、結局はこんな時間となった。
そろそろ、俺の腹から何かが飛び出して来そうだ。
俺の足は真っ直ぐに進む。腹の音が、指し示す方向へ。
そして辿り着くのは、いつもの場所。
聞きなれた喧騒の店、狼のまんぷく亭だ。
「あっ。マルク、いらっしゃーい。この間の子、来てるけど、どうする?」
サンディの笑顔だけで、少し空腹が治まった気がする。恐ろしいものだ。
それにしても、この間の子? って一人しか該当者がいない。
「テラさんか。一緒でいい?」
「そのテラさん次第だけどね。マルクごあんなーい」
サンディの後ろについて行くと、長い耳をぴょこぴょこ動かしているテラさんがそこにいた。フォークを口へ運ぶ度に、耳が動いているようだ。
実に、美味しそうに食べている。
「サンディ……あれと――」
「なるべく早く持ってくるよ」
そう言ってサンディは、去っていった。
伝わっているようなので、いいか。今は料理が待ち遠しい。
「おっ! お主も来たのじゃな。ほれ、座れ座れ」
俺に気が付いたテラさんが、隣の席をぺちぺちと叩いている。
その厚意を受けるとしよう。俺は、ゆったりと腰を下ろした。
「こんばんは、テラさん。その料理美味しそうだね」
他人の料理を、じろじろ見るものでは無いだろうが……今は、目がそちらへ自然と向いてしまう。
少し太めのパスタが、乳白色の海で泳いでいる。
薄切りのハムと、ふわりと広がったブロッコリーが色どりとなって、食欲をそそる。乳白色の中に浮かぶ人参も、目を喜ばせてくれる。
あぁ、料理から目を離さねば。腹が暴れる。
目を逸らした先にいるテラさんは、パスタをくるりと掬い、口に運んでいた。
一噛み、二噛み。ゆっくりと食べる様子を見学する。
彼女の顔から、美味しさが溢れている。
目と耳が、特にそれを如実に表していた。
「うむ。美味い。試しに『マルクと同じもの』と頼んで正解じゃった。マルクも一口食べるかえ?」
「大丈夫だよ。後でたっぷり食べますので」
出来るだけ笑顔を作り、我慢する。
頼むサンディ……早く持って来てくれ。
「ハッハッハッ。可笑しな顔をして笑わせるでない」
暫し、テラさんの食事風景を楽しんでおく。
俺が食べる姿と違って、可愛い女性が食事をする様子は絵になる。
絵画として、食卓に飾って置きたいほどだ。
空腹時でなければ、これは至福の時間なのだろう……今は天国と地獄だ。
「その顔は、きっと珍妙なことを考えておるのぅ。まぁ良い。一日離れておったのじゃ。近況報告をせい」
「昨日はヴェントと遊んで、酒場に顔出しただけですよ」
「ヴェント? 誰じゃ?」
「我が愛馬の名です。誰が付けたか分からないけど、そういう名前でした」
テラさんは頷きながら、口へ運んだ料理を咀嚼している。
白い喉が動く。そして口を開いた。
「名が有ったのじゃな。無ければわしが、名付け親になろうと思っとたのに……残念じゃのぅ」
「へへへ。ありがとうございます」
「お主が、礼を言うことではあるまい」
それでも、少し嬉しかった。礼を言う理由なんて、それぐらいでいい。
「ほれ、次は酒場の話じゃ」
「ヴェントの話はいいんですか?」
「お主の顔を見れば分かる。よい」
空腹で感情が顔に出やすくなっているようだ。引き締めねば。
気を取り直して、酒場の話をする。
と、言ってもテラさんに伝えるべき情報は、モンスター情報だけだ。
五か所の異常発生モンスターの情報を、テラさんに伝えた。
テラさんは、ゆっくりと食事を楽しみながら、俺の言葉に耳を傾けてくれる。
「ふむ……溶岩獣とワイバーンは別件じゃな。アイアンゴーレムも恐らく違う。全部外れの可能性もあるのじゃ。行動指針は、パックと相談してからじゃな」
「お仕事の話? ハイおまち。ホワイトシチューのパスタだよ。大盛ね」
俺の目の前に置かれた皿には、テラさんの倍量程の料理が盛られていた。
いや、皿自体が大きいのでそれ以上か。遠近法ではないはず。
だが、それがいい。
今の俺には、それがいいのだ。
「いただきます」
テラさんとの話は後だ。
まずは麺の中へフォークを刺し込む。そしてくるりと巻く。
シチューが絡んだ麺を口に入れる。甘い、温かい、美味い。パスタそのものも美味しいのに、絡まるシチューが、さらに舌へ美味しさを運んでくる。
しかもこれは、いつものシチューと味付けを変えてある。
塩を少なくし、チーズで味を作っているのか。
鼻を通る乳の感覚が、俺にそう告げている。
パスタと合わせるために用意された物だ。
駄目だ。”くるり”が止まらない。
次々と口の中に入ってくる。
だが、次は匙を使ってシチューもだ。
乳白色に浮かぶ赤き人参が良い。実に良い。
口に入れると、甘くて更に良い。野菜の甘さは美味しさだ。
食欲が食欲を呼ぶ。
薄切りハムの塩気も、パスタを進ませる。
「お腹空いてるときこそ、ゆっくり食べないと」
サンディの言葉に、頷く。今は、口を開けられないのだ。
自尊心を持たねば、手が止まらない。
落ち着こう。落ち着いて、ブロッコリーを頂こう。いやいや、食よ止まれ。
そうだ、テラさんと話しながらなら、ゆっくり食べれるはずだ。
「ごめんテラさん。今晩は、俺に付き合ってくれませんか?」
「良いぞ。ゆっくり語り合うのじゃ」
良い笑顔のテラさんも、まだ食事中だ。
俺の言葉を鼻で笑ったサンディの事は、気にしないでおこう。
美味しい料理をテラさんと、ゆっくり、会話をしながら楽しもうじゃないか。
テラさんには、今日の話もしてしまった。
儀式の話はするべきなのか迷ったので、朝のバルザックさんの襲撃と、その後のミノタウロス討伐を主軸に話すことになった。
「お主はもう少し休め。罰は当たらんぞ」
「ええ。だから昨日は、ゆっくりしてましたよ」
そう言った俺を見る二人は、悲しそうな目をしていた。
どうしてそんな顔をするのだろうか……分からないな。
まぁその後、サンディは、完食した俺の皿を見て喜んでいたし、テラさんは、宿代の節約のために俺の屋敷に泊まることを承諾したら、喜んでいた。
それで、良しとしよう。
悲しい顔より、喜んだ顔の方が好きだ。笑顔なら、さらに良い。
まぁ、当たり前の話か。
そういえば、サンディよ。仕事に戻らなくていいのか?




