83.エルのお仕事
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念には念を入れて部屋の中を調べた後、俺とバルザックさんは、部屋の入口で待つエル達の元へと戻った。部屋には特に異常はないようだ。
「マルク。バルザック。お怪我はなくて?」
「おう。大丈夫だぜ。エル嬢ちゃん」
「問題なしです。エル様」
エルは、俺たちの声に安堵の顔を浮かべている。
胸を張って堂々としているが、少し心配していたようだ。
掛け値なしに嬉しい事だ。
エルの隣に立つギュストは、無反応だ。
まぁこいつは、エル以外の心配などしない奴だ。
エルに対しては、一直線過ぎて、ちょっと心配になる程だが。
分かりやすくて実に良い。こういう奴は、結構好きだ。
真っ直ぐギュストを見てやると、目を逸らされた。
まぁ、男に見られて喜ぶ奴などいないだろう。当然の反応だ。
「さて、安全も確保したし、次はエル嬢ちゃんの仕事だぜ」
「儀式中は俺達が守りますので、安心してください」
「フンッ。俺だけでも十分だがな」
「ええ、マルク、バルザック、ギュスト。よろしくお願いしますわ」
エルが儀式を始める前に、魔石を回収しておこう。
バックパックと道具袋に詰め込んでと……計八個。回収完了。
エルは、その間に移動していた。
儀式のために中央へ。
エルが、中央の一段高い場所、そのさらに中央に錫杖を突き立てた。
彼女は、錫杖を両手でつかみ、静かに目を閉じている。
魔力が流れているのを感じる。
エルから錫杖へ、そして錫杖からダンジョン全体へと。
彼女の魔力に反応するかのように、この部屋の床から黒く、小さい魔力の塊が、次々と空中へと浮かび上がってきた。
その魔力の塊は、上昇するにつれて、色が変化していく。
黒から灰色へ、そして白へ。
白へと変色した魔力の塊は、そのまま天井へと吸い込まれていく。
とはいえ、単純に魔力が上層へ行ったのではない。
ダンジョン全体へ流れているのだろう。脈打つ血管のように。
露払いは何度もしてきた。
儀式という行為を行っていることも、知っていた。
だが、現場に居合わせるのは、今回が初めてだった。
今までは、祝詞をうみゃうみゃ言うだけだと思っていた。
今までは、儀式の効果のほどを疑っていたが、見てしまえば信じざる負えない。
この魔力の変化を見て、無意味だと判断する魔術師はいないだろう。
淀んだ魔力が、純なる魔力に変換さ――いや、浄化されていくと言うべきか。
エルの額から汗が流れている。魔力の流れを見れば、どれほど膨大な魔力を消費しているのかわかる。苦しいのは当然だ。
拭ってあげたくなる。
が、今の俺の仕事は、エルを観察する事でも、儀式の状況確認でもない。
周囲を見渡す。全神経を使って。
ゴブリン一体、スライム一体通さない。
たとえデーモンだろうと竜だろうと、今のエルには触れさせない。絶対に。
黒い魔力が床から現れなくなった。
残った魔力が全て白く変化し、天井へと吸い込まれていく。敵はいない。
バルザックさんが、天井を見上げ、最後の一塊を眺めていた。
途端、エルが膝を床につけた。
エルは、錫杖から手を放さずに、肩で息をしている。
「皆さん。終わりましたわよ」
「エル様!」
飛び付くように、エルへ駆け寄ったのはギュストである。
駆け寄ったは良いが、気安く触れる訳にもいかず、おろおろとしている。
「エル様。頑張りましたね。凄かったです」
俺は、念のため周囲を確認しながら、エルの元へと近づいていく。
ギュストが俺を睨んでいる。
あれはきっと『エル様が凄いのは当たり前だろうが!』という感じだろう。それは、口に出してあげるべきだと、俺は思う。
エルの顔は、疲れた表情を浮かべているが、少し嬉しそうに口角を上げていた。
「だな。やるじゃねぇか、エル嬢ちゃん」
良い笑みを浮かべながら、バルザックさんもエルの元へ。
「当然ですわ。これがわたくし達の役目でしてよ」
「それでもです。恰好良かったですよ」
「ああ。凄いのは役目じゃなくて、エル嬢ちゃん自身だからな」
バルザックさんの言葉を聞いて、エルがニコリと笑う。そして彼女は倒れた。
「エル様! エル様!」
「ギュスト。儀式に後遺症とかあるか?」
「煩いアホマルク。あるわけないだろうが」
「なら安心しろ。加護の力が底をついただけだ」
魔力切れって奴だ。それで気を失ったのだろう。
本当の緊急事態であれば、未だ姿を消したままの後ろの従者が動いている。
「エル様! エルさまー!」
「煩いのはお前だ、ギュスト。ほら、お前がエル様背負って帰るんだよ」
俺の言葉にギュストが固まった。
どうせ仕様もないことを考えているのだろう。
「俺が……エル様をおんぶする……いや、そんなふしだら許されるのか、しかし、これは緊急的な――」
「別に、俺やバルザックさんでもいい――」
「俺が背負う!」
うん、わかってるから、大声出すな。エルの体に障ったらどうするんだ。
「俺が先頭、バルザックさんが殿、間にギュスト。で従者さんもいいですよね?」
「おう」「わかった」
魔力の揺らめきで、従者さんも返事をしてくれた。了解ということだろう。
何故かギュストの顔が硬直している。その理由は、すぐに口から飛び出した、
「え? 従者さんって……ネフツさん、もう来てるのか? マルク……」
「ネフツさん? かは知らんが、ずっといるだろ」
「ああ」
ギュストが周囲を見ているが、何度もネフツさん? の所を通り過ぎている。
まぁいいや。別に俺に関係あることではないし。
「ほら、ギュスト。遊んでないで行くぞ」
距離としては、そのまま第三十二階層の転移陣へと向かった方が、移動距離は短くて済む。
だが、モンスターを考慮するなら、来た道を戻った方が早く帰れるだろう。
露払いが完璧なために、一体のモンスターにも合わずに第一階層まで戻ってこれた。帰路で減ったのは自由時間と体力だけだ。
ギュストだけは、何やら緊張と幸せの合わせ技を喰らったようで、独りへとへとになっているが。
エルを落とさなかったので良しとしよう。
ダンジョンに長居しても仕方ない。早くエルを休ませないと。
「おう。マル坊。無事でよかったぜ」
「ただいま、ゴンさん。でも話はエル様を休ませた後で」
ゴンさんから了承の言葉を聞き、ダンジョン入口の建物から出た。
太陽が既に頂点から下がってきている。
腹も減るはずだ。
とりあえずエルを自宅まで送り、エルの事はギュストとネフツさん? に任せることにした。回復術士やら何やらと騒がしくなったら、俺は邪魔でしかない。
腹減りを解消したいが、先にゴンさんへの説明だろう。
「俺は満足したから、帰るぜ」
「うん。バルザックさん、お疲れ様です。魔石どうします?」
「全部マルクに任せるぜ。何なら教会に投げつけちまえ。それと、こいつは本当に貰っちまうけど良いよな?」
そう言ってバルザックさんは、背負ったクレイモアの柄を握りしめた。
「ええ。バルザックさん程の戦士に使われるなら本望でしょうし」
「へへへ。この剣、本物だぜ。俺の愛用の剣といい勝負だ。美味い茶に、良い剣との出会い。それにヒリッとする戦い……まだ半日だが、悪くない日だったぜ。またな、マルク」
「ええ、また」
出来る事なら、戦闘以外で会いたいものだ。
背を向け、手を振りながら去っていくバルザックさんを見送り、そう思った。
願わくば、その剛力が俺に向きませんように……。
皮張りソファに腰を下ろし、ゆっくりと待つ。
また俺は、この応接室風の部屋でお腹を空かせている。
部屋に入ってきたのはゴンさんではなく、司祭様であった。
皺が五十の年月を物語っている。今日も、朗らかで優しい顔だ。
「マルク様。度々お手を煩わせて申し訳ありません」
「いえ。お気になさらずに」
そんなの気にする人の方が少ないよな。
今回も、知人の頼みで、友人の助けだ。
半ば勝手にやったようなものである。あと、バルザックさんの暇つぶし目的だ。
俺の事よりもまず聞きたいことがあったのだ。司祭様も話は色々あるのだろうが、それはもう少し後にしてもらおう。
「それより、エル様の様子はどうですか?」
魔力切れと判断したが、それが間違っていた可能性もある。
儀式の事を知らなすぎる。別状があれば大事だ。
司祭様は、俺の言葉を聞いて、ほっこり顔を緩ませた。もう次の言葉がわかる。
「ご心配なく。既に起きられて桃を召し上がってましたよ。むしろ、帰り道を共に歩めなかった事を悔しがっておられて、宥めるのに時間が掛かりました」
「そういう所は年相応で可愛らしいですね。でも、今日のエル様は、しっかり者で恰好良かったですよ。言い方はあれですけど、正直、見直しました」
「おぉ。そうでしたか。私もこの目で見たかったものです」
司祭様の顔が、完全に自分の孫を思うお爺ちゃんの顔に変化している。エルの事、とても大切なのだろうな。その心に年齢は関係ないのだろう。
このままダンジョン内でのエルの話をしても良いのだが、司祭様の話もあるだろうし、そちらを切り出すとしよう。
「まぁ、エル様の話は次の機会にしましょうか。今回のあれやこれや。何か俺が聞くべき事や話すべきことがあれば、そちらを済ませましょう」
「フフッ。そうですね。では早速」
そう言って司祭様は、袋を一つ、目の前の四角卓の上に置いた。
金属が弾き合う音がする。そう、お金だ。
「一応聞きますが、これは?」
「前回のリザードマンの魔石を売却した金貨です」
「憶えてます憶えてます」
パック先生に説教されそうになった時に、売却話を思い出したなんて言えない。
そんなことを言えば、司祭様に鳥頭扱いされてしまう。
「受け取る御金額の程は?」
司祭様の言葉に、俺は困惑した。
あれ? 幾らだったっけ? これは……降参だ。
「すみません。憶えてません」
「決まっていませんよ。我々に売価の一割。最終的な約束はそれだけです」
「クッ。引っ掛けられた」
「引っ掛けておりません。マルク様にも、金銭に関わる約束事は、しっかりと憶えて頂きたい所です」
「はい。精進します」
頭を下げ、金貨袋を素直に受け取る。そしてそのままバックパックに。
もしや『数えなさい』と怒られるのでは? と考えたが、そうではなかった。
「では次に、今回のエル様を護衛して頂いた件について、お話を致しましょう」
「内情や、許可を出した”上”については?」
「申し訳ございません」
まぁ、そうですよね。アホが誰なのかだけは知っておきたかったが、仕方ない。
で、確実に話として出る報酬に関しては、先手を打っておこう。
「ちなみに報酬はいりませんので。無職が頑張る友人の手助けをしただけですから。あと、バルザックさんは、魔石の権利も放棄して帰りましたので同様に」
「マルク様も、要らぬと言わないですよね」
「持っていても使いませんので。バルザックさんも『教会に投げつけちまえ』と言ってましたから」
俺の言葉に対し、返答は無かった。
司祭様は、少し考え込んでいる様子である。義理の話であろうか、金銭の話であろうか。
「あぁ、失敬を。いえ……バルザック氏の『投げつけ』るというのは、恐らく、本当に投げつけろという意味なのではと思いましてね……」
「ハハハ。バルザックさんが色々凄い人でも、そこまでじゃないですよ」
魔石に魔力を込めて……『このクソ教会が! 滅びろ!』と投げろと……。
ないよな? 答えに自信が持てない。
考えてもわからないし、もう、この話は終わらせよう。
「もう報告は聞いていると思いますが、これが第三十階層で倒したミノタウロス八体分の魔石です」
魔石の入った道具袋を、四角卓の上に置く。
司祭様の動きが止まっている。ん? 何故だ?
「あの……マルク様?」
「はい?」
不都合でもあっただろうか? ミノタウロスの魔石は、四角い卓に乗せると不吉なことが起きるという、昔からの習わしがあるとか?
「三体の間違いですよね……」
「いえ、八体ですが……ギュストから聞いていませんか?」
目を見開いた司祭様の顔が怖い。そして司祭様は、首をゆっくりと横に振った。
ギュスト! あいつ何やってんだ!
エルは仕方ない。まだ十歳だ。帰りも気絶していたぐらいだ。
ネフツというらしい従者の人も仕方ない。
あの人は、隠れて同行していたのだから、正式に報告する義務もないだろう。
バルザックさんも仕方ない。俺に任せて帰ったのだから。責任は俺にある。
ギュスト。あいつは本当に何してたんだ?
ギュストは、エルを除けば儀式に正式に同行した、唯一の教会関係者だ。
俺は無職。バルザックさんなんて、オマケで同行しただけだ。
エルの代理として、あれこれ報告する義務はギュストにある。
もう仕方がない。どこまで話が通っているか分からない以上、俺が直接司祭様に話をするしかない。
俺の腹減りは、後回しだ。




