81.バルザックと暇なダンジョン
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「遅いですわよ、ゴンサーレス。マルクもですわ」
第二十五階層へと繋がる転移陣の部屋に到着した途端、エルの叱責の声が飛んだ。まぁ、長話をしていた俺達が悪いのだが。
エルは十歳の少女にしては、堂々とした立姿で、俺達を待っていた。
彼女の恰好は、普段と違うものであった。
黒の儀式服に白のケープをまとっていた。儀式の正装なのだろう。エルの背丈に合わせた錫杖も持っている。そして綺麗に梳かれた金の髪は、今日はまとめて無く、真っ直ぐに垂らしてあった。
「申し訳ございません、エル様」
「ごめん、エル様。ゴンさんから説明を聞いていたものだから。叱責は半分こで」
「わたくし、根に持つ女ではなくってよ。それに戦力も連れてきた様ですし」
戦力、と呼ばれたバルザックさんが、嬉しそうに一歩前に出た。
「よう。俺はバルザック。ただのマルクの連れだ。よろしくな嬢ちゃん」
「エールフリエールですわ。家名を名乗らぬのは、しきたりですので許してくださいまし。あと、わたくしを呼ぶ際は、エルで構いませんわ」
「了解だ、エル嬢ちゃん」
快活なバルザックさんと、それなりに礼を尽くすエル。
『エルですの。わたくしの従者にして差し上げますわ、マルク』
俺の時とはえらい違いだ。
まぁ、二年前の話だから、今と違うのは当たり前か。
エルを見て一つ気になった事があった。従者の姿が見えないのは、何故だろう。
いや、一人はそこにいるのだが、エルにも気付かれぬように隠れている従者は、言及すべきでない。俺が、魔力を察知できるから”そこにいる”事が分かるだけだ。
視覚情報としては、そこには誰もいない。
バルザックさんも気が付いているだろうが、口にするほど野暮では無い。
問題は、目に見える範囲に従者がいないことだ。
戦闘向きの従者は、俺が知っているだけでも、あと四人はいる。
全員が来るとは思っていないが、一人も儀式について行かないなど、あり得るだろうか? いや、ない。
「エル様。護衛の従者はどちらへ?」
「ギュストとは、後に合流しますわ。他の者は、露払いに出て貰っていますの」
「ああ、なるほど」
既にお仕事中と。バルザックさんには、暇な道中になりそうだ。
「では、早く行きますわよ。早く遺跡を鎮めねば、被害が増えてしまいますもの」
俺はエルの目の前で膝を曲げ、エルの目線に高さを合わせる。
エルもこちらを向いて、俺の言葉を待ってくれる。
「従者の皆さんが一緒ならば、安全は保証されているでしょう。ですがエル様。戦いに万が一はあります。その覚悟はありますか?」
エルの淡褐色の目からは、揺らぎの一欠片も感じ取れなかった。
「その万が一の為に、わたくしの回復術士としての力があるのよ、マルク。わたくしを心配してくれるのならば、わたくしを守ってみせなさい。もし、マルクの万が一の時は、わたくしが守って差し上げますわ」
「ハッハッハ。お前の負けだマルク」
そう言ってバルザックさんが、俺の髪をぐしゃぐしゃにする。丁度手を置きやすい高さだからって、全く……が、彼の言葉は正しい。俺の負けだ。
「わかりました。エル様は、俺が守り通してみせます」
「ええ。マルクに全て任せますわ。行きましょう」
エルが、俺に手を差し伸べる。
手を取り、俺は立ち上がる。手をつないだまま、転移陣へと向かう。
第二十五階層に転移するまでは、この手はそのままで。
俺、エル、バルザックさん、名も姿も知らぬ従者。
四人を転移陣の光が包み込む。
「マル坊。エル様を頼んだぞ」
「任せてゴンさん。じゃあ、行ってきます」
残念ながらゴンさんは、上で待機らしい。見送りがあるだけ十分だ。
光が俺の視界を埋め尽くし、俺たちは第二十五階層へと転移した。
「おい、マルク。暇過ぎんだろ、これ」
「エル様の従者が、露払いしているからね」
そうは言っても警戒は怠らない。
モンスターのモの字も出ないとしても、感覚は働かせておく。
先頭に俺、次にバルザックさん、エル、ギュスト、姿なき従者、の順番で移動している。
ギュストとは、第二十五階層の転移陣の部屋にて合流した。
ギュストは、ざっくり切られた短い黒髪をさらりと流した、褐色の青年だ。
顔つきは、少年のようにあどけないが、俺と同じ十八の男である。
俺とエルが手を繋いでいたのを目撃した所為か、一言も口を利いていない。
俺とは、知り合いだから無言でも問題ないのだが、バルザックさんには自己紹介ぐらいするべきだろうに。
当のバルザックさんは、気にもしていないが。
それと、後ろから俺の手を見ながら、腰に差した直剣を抜こうとするのは、止めて欲しいものだ。
現在、既に第二十八階層の大部屋に到着している。
このまま下へと向かう。
モンスターにも出会わずに一直線で行くと、サクサク進む。
エルも初めてのダンジョンだろうに、臆することなく前向きである。
それが凄い事だと本人は、わかっていないのだろうが。
ギュストの指示にもしっかりと耳を貸し、落ち着いてついてきている。
エルの足取りも遅くはないので、第三十階層への到着は早いだろう。
「エル様、休憩を入れますか?」
「いいえ、先を急ぎますわよ」
階段を下りるエルの姿は、少し疲れて見えた。
だが、彼女はそう言い笑顔を向ける。
エルの後ろのギュストが『余計なことを言うな』と睨みを利かせていた。
いや、この状況で歩調を合わせるなら、エルを基準にするべきだろう。
俺も、バルザックさんも、ギュストも、その後方の従者も戦い慣れた人選だ。
逆にエルは、真逆の人間だ。
年齢的にも体力が劣るし、以前、体を持ち上げた時の華奢さも気になる。
「お前の考えもわかるが、頑張ろうってならいいじゃねぇか」
「そこまでは言ってないよ」
バルザックさんが、俺を見て笑っている。
バルザックさんの方が、戦えない人々の護衛経験は多いだろう。
彼の判断に任せるか。
最悪、ギュストを蹴り飛ばして、エルだけ担いで帰ればいいか。
今は、自分のすべきことを。
といっても、階段は比較的安全である。罠があった事は無いし、そういう話も聞かない。モンスターが出るのも階層の中だけだ。
だからと言って安全地帯ではない。襲われた状態で階段に逃げ込んでも、当然、敵は追いかけて来る。だが、今、モンスターから逃げて来る奴なんていない。
もし、そんな奴がいたら、モンスターよりもエルの従者に斬られて死ぬだろう。
バルザックさんなら……従者ごと蹴散らしそうではある。
「バルザックさんと、エル様の従者ってどっちが強いんだろうなぁ……」
「ん? あの二人に喧嘩売ってこいって事か? 別にいいぜ」
「違いますって。それとエル様に喧嘩売ったら、教会からヤバい人が襲い掛かってくると思いますよ」
エルは従者を大切にしている。
俺が、彼女の知らない一面に触れる前ですら、それは知っていたことだ。
エルの従者に襲い掛かるという事は、エルと敵対するということだ、そして、エルと敵対するという事は、教会と敵対するという事になる。
「お前、そんな知り合いばかりだな。氷の女王も似たようなもんだろ」
「ミュール様は、本人が強いんだけどね」
喧嘩を売るどころか、彼女たちの性格を考えるに、敵対自体があり得ない話だ。
強い弱いは関係ない。
道中のエルを見るに、俺は何も知らないのだと思い知る。
真っ直ぐなエルは、数日前に知ったばかりだ。
そして、真剣なエルを今、知っている。
それまでは、彼女の我が儘な所しか知らなかった。だから逃げていた。
俺は結局の所、人の一面しか見れていないのだろう。そして、それで判断する。
だから間違う。
それはシャーリーに対しても、アムに対しても同じだろう。
省みなければならない事が多すぎるな、全く。
反省する前に、バルザックさんに言わないといけないことが一つ。
「もしエル様やミュール様に喧嘩売ったら、俺が相手になりますから」
「へぇ……マルクと戦うには、そうすりゃいいのか」
「え? いや、だから止めて下さいねって言ってるんですけど」
バルザックさんの目が、俺を真っ直ぐ見つめている。
顔は笑っているが、目が違う。
この目は、次に倒すモンスターを捉えた時の目だ。
このまま、バルザックさんにとって暇なダンジョン探索になれば……覚悟を決めないといけない。模擬戦ですめば良い方だ。
真剣勝負になったら……やり合うしかない。




