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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第二章

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81.バルザックと暇なダンジョン

読みやすいように全体修正 内容変更なし

「遅いですわよ、ゴンサーレス。マルクもですわ」


 第二十五階層へと(つな)がる転移陣の部屋に到着した途端、エルの叱責の声が飛んだ。まぁ、長話をしていた俺達が悪いのだが。

 エルは十歳の少女にしては、堂々とした立姿で、俺達を待っていた。

 彼女の恰好は、普段と違うものであった。

 黒の儀式服に白のケープをまとっていた。儀式の正装なのだろう。エルの背丈に合わせた錫杖も持っている。そして綺麗に梳かれた金の髪は、今日はまとめて無く、真っ直ぐに垂らしてあった。


「申し訳ございません、エル様」

「ごめん、エル様。ゴンさんから説明を聞いていたものだから。叱責は半分こで」

「わたくし、根に持つ女ではなくってよ。それに戦力も連れてきた様ですし」


 戦力、と呼ばれたバルザックさんが、嬉しそうに一歩前に出た。


「よう。俺はバルザック。ただのマルクの連れだ。よろしくな嬢ちゃん」

「エールフリエールですわ。家名を名乗らぬのは、しきたりですので許してくださいまし。あと、わたくしを呼ぶ際は、エルで構いませんわ」

「了解だ、エル嬢ちゃん」


 快活なバルザックさんと、それなりに礼を尽くすエル。


『エルですの。わたくしの従者にして差し上げますわ、マルク』


 俺の時とはえらい違いだ。

 まぁ、二年前の話だから、今と違うのは当たり前か。

 エルを見て一つ気になった事があった。従者の姿が見えないのは、何故(なぜ)だろう。

 いや、一人はそこにいるのだが、エルにも気付かれぬように隠れている従者は、言及すべきでない。俺が、魔力を察知できるから”そこにいる”事が分かるだけだ。

 視覚情報としては、そこには誰もいない。

 バルザックさんも気が付いているだろうが、口にするほど野暮では無い。

 問題は、目に見える範囲に従者がいないことだ。

 戦闘向きの従者は、俺が知っているだけでも、あと四人はいる。

 全員が来るとは思っていないが、一人も儀式について行かないなど、あり得るだろうか? いや、ない。


「エル様。護衛の従者はどちらへ?」

「ギュストとは、(のち)に合流しますわ。他の者は、露払いに出て貰っていますの」

「ああ、なるほど」


 既にお仕事中と。バルザックさんには、暇な道中になりそうだ。


「では、早く行きますわよ。早く遺跡を(しず)めねば、被害が増えてしまいますもの」


 俺はエルの目の前で膝を曲げ、エルの目線に高さを合わせる。

 エルもこちらを向いて、俺の言葉を待ってくれる。


「従者の皆さんが一緒ならば、安全は保証されているでしょう。ですがエル様。戦いに万が一はあります。その覚悟はありますか?」


 エルの淡褐色の目からは、揺らぎの一欠片(ひとかけら)も感じ取れなかった。


「その万が一の為に、わたくしの回復術士としての力があるのよ、マルク。わたくしを心配してくれるのならば、わたくしを守ってみせなさい。もし、マルクの万が一の時は、わたくしが守って差し上げますわ」

「ハッハッハ。お前の負けだマルク」


 そう言ってバルザックさんが、俺の髪をぐしゃぐしゃにする。丁度手を置きやすい高さだからって、全く……が、彼の言葉は正しい。俺の負けだ。


「わかりました。エル様は、俺が守り通してみせます」

「ええ。マルクに全て任せますわ。行きましょう」


 エルが、俺に手を差し伸べる。

 手を取り、俺は立ち上がる。手をつないだまま、転移陣へと向かう。

 第二十五階層に転移するまでは、この手はそのままで。

 俺、エル、バルザックさん、名も姿も知らぬ従者。

 四人を転移陣の光が包み込む。


「マル坊。エル様を頼んだぞ」

「任せてゴンさん。じゃあ、行ってきます」


 残念ながらゴンさんは、上で待機らしい。見送りがあるだけ十分だ。

 光が俺の視界を埋め尽くし、俺たちは第二十五階層へと転移した。




「おい、マルク。暇過ぎんだろ、これ」

「エル様の従者が、露払いしているからね」


 そうは言っても警戒は怠らない。

 モンスターのモの字も出ないとしても、感覚は働かせておく。

 先頭に俺、次にバルザックさん、エル、ギュスト、姿なき従者、の順番で移動している。

 ギュストとは、第二十五階層の転移陣の部屋にて合流した。

 ギュストは、ざっくり切られた短い黒髪をさらりと流した、褐色の青年だ。

 顔つきは、少年のようにあどけないが、俺と同じ十八の男である。

 俺とエルが手を(つな)いでいたのを目撃した所為(せい)か、一言も口を利いていない。

 俺とは、知り合いだから無言でも問題ないのだが、バルザックさんには自己紹介ぐらいするべきだろうに。

 当のバルザックさんは、気にもしていないが。

 それと、後ろから俺の手を見ながら、腰に差した直剣を抜こうとするのは、止めて欲しいものだ。

 現在、既に第二十八階層の大部屋に到着している。

 このまま下へと向かう。

 モンスターにも出会わずに一直線で行くと、サクサク進む。

 エルも初めてのダンジョンだろうに、臆することなく前向きである。

 それが凄い事だと本人は、わかっていないのだろうが。

 ギュストの指示にもしっかりと耳を貸し、落ち着いてついてきている。

 エルの足取りも遅くはないので、第三十階層への到着は早いだろう。


「エル様、休憩を入れますか?」

「いいえ、先を急ぎますわよ」


 階段を下りるエルの姿は、少し疲れて見えた。

 だが、彼女はそう言い笑顔を向ける。

 エルの後ろのギュストが『余計なことを言うな』と睨みを利かせていた。

 いや、この状況で歩調を合わせるなら、エルを基準にするべきだろう。

 俺も、バルザックさんも、ギュストも、その後方の従者も戦い慣れた人選だ。

 逆にエルは、真逆の人間だ。

 年齢的にも体力が劣るし、以前、体を持ち上げた時の華奢さも気になる。


「お前の考えもわかるが、頑張ろうってならいいじゃねぇか」

「そこまでは言ってないよ」


 バルザックさんが、俺を見て笑っている。

 バルザックさんの方が、戦えない人々の護衛経験は多いだろう。

 彼の判断に任せるか。

 最悪、ギュストを蹴り飛ばして、エルだけ担いで帰ればいいか。

 今は、自分のすべきことを。

 といっても、階段は比較的安全である。罠があった事は無いし、そういう話も聞かない。モンスターが出るのも階層の中だけだ。

 だからと言って安全地帯ではない。襲われた状態で階段に逃げ込んでも、当然、敵は追いかけて来る。だが、今、モンスターから逃げて来る奴なんていない。

 もし、そんな奴がいたら、モンスターよりもエルの従者に斬られて死ぬだろう。

 バルザックさんなら……従者ごと蹴散らしそうではある。


「バルザックさんと、エル様の従者ってどっちが強いんだろうなぁ……」

「ん? あの二人に喧嘩売ってこいって事か? 別にいいぜ」

「違いますって。それとエル様に喧嘩売ったら、教会からヤバい人が襲い掛かってくると思いますよ」


 エルは従者を大切にしている。

 俺が、彼女の知らない一面に触れる前ですら、それは知っていたことだ。

 エルの従者に襲い掛かるという事は、エルと敵対するということだ、そして、エルと敵対するという事は、教会と敵対するという事になる。

 

「お前、そんな知り合いばかりだな。氷の女王も似たようなもんだろ」

「ミュール様は、本人が強いんだけどね」


 喧嘩を売るどころか、彼女たちの性格を考えるに、敵対自体があり得ない話だ。

 強い弱いは関係ない。

 道中のエルを見るに、俺は何も知らないのだと思い知る。

 真っ直ぐなエルは、数日前に知ったばかりだ。

 そして、真剣なエルを今、知っている。

 それまでは、彼女の我が(まま)な所しか知らなかった。だから逃げていた。

 俺は結局の所、人の一面しか見れていないのだろう。そして、それで判断する。

 だから間違う。

 それはシャーリーに対しても、アムに対しても同じだろう。

 (かえり)みなければならない事が多すぎるな、全く。

 反省する前に、バルザックさんに言わないといけないことが一つ。


「もしエル様やミュール様に喧嘩売ったら、俺が相手になりますから」

「へぇ……マルクと戦うには、そうすりゃいいのか」

「え? いや、だから止めて下さいねって言ってるんですけど」


 バルザックさんの目が、俺を真っ直ぐ見つめている。

 顔は笑っているが、目が違う。

 この目は、次に倒すモンスターを捉えた時の目だ。

 このまま、バルザックさんにとって暇なダンジョン探索になれば……覚悟を決めないといけない。模擬戦ですめば良い方だ。

 真剣勝負になったら……やり合うしかない。

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