80.バルザックと出発準備
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「マル坊! まだ居てくれたか。すまんが、また力を貸してくれ」
「いいよ、ゴンさん。でも、急ぎじゃないなら客を帰してからね」
来訪者はゴンさんであった。いつもの手、足、胴に金属防具を付けている戦士然とした格好であることから、仕事をしている最中に俺を呼びに来たのだろう。
「ああ今回は、遺跡の中に残してきた者はいねぇ。準備をしてからでも大丈夫だ」
「わかった。ちょっと待ってて」
俺は食堂へと戻り、お茶を喉に流し込んでいたバルザックさんに言った。
「急ぎの用が出来たから、帰って貰っていい?」
バルザックさんが、席を勢いよく立ち、笑い出した。
「アハハハハ。何言ってんだマルク。それ待ちで来たって、ちゃんと言ったじゃねぇか。俺も行くぜ。あっ! 剣は、貸してくれよ」
「金にはならないよ」
「それは、お前も同じだろうが」
そうだった。俺がバルザックさんに”普通”を言っても、意味がないのだった。
「ありがとう、バルザックさん。さぁ急いで準備しよう」
「応よ」
バルザックさんを連れて、ゴンさんの元へ向かう。
「ゴンさん。バルザックさんも一緒だけどいいよね」
「何で『巨人殺しのバルザック』が……いや、願ったり叶ったりだ、マル坊、バルザック殿、よろしく頼む」
ゴンさんは、俺の後ろの巨体を見て、目が飛び出んばかりに驚いている。
そして、俺達に向かって歓喜の声を上げ、礼をした。
バルザックさんのファンなのだろうか?
だが、それよりも――
「そんな通り名あったんですね」
「あー? 他人の付けた名前なんて興味ないな。ほら、武器取り行くぞ」
急かすバルザックさんを、地下の倉庫に案内する。侵入者対策用の剣や、俺の普段使いの剣では、バルザックさんには合わないだろう。
鍵を開け、倉庫の中に三人で入る。
「あまり、良いものはありませんよ」
俺の使わない不用品が置いてあるだけだからな、この倉庫。
「セツナさんの剣とか置いてないのか?」
「全部盗まれましたから」
「ケッ。あのクソ野郎どもが」
今更語るべき事は、それ以上ない。
倉庫の中を物色するバルザックさんを見ているより、自分の準備をしよう。
「適当に持っていっていいですからね」
そう二人に告げ、俺は自室へと向かう。背に了承の声が掛かる。
持っていくものは何だろう? 目的を先に聞いておくべきだった。
バックパックの中には、入れっぱなしの物がある。
青色と赤色ポーション各二本。気付け薬。ムル婆ちゃん特製の毒消し。
前回使った道具袋は、魔石と共にパック先生の所だ。道具袋は追加で。
布もあると役に立つ。干し肉は……予備を切らしていた。買い足してないから仕方がない。長期戦にならないことを祈ろう。
加工済みの小さい魔石も二つ。念のために。
第何層に行くかは知らないが、準備はこのぐらいだろう。剣も忘れずに。
自分の準備を終え、倉庫に戻ると、バルザックさんが一本の大剣を手に持っている姿が見えた。
あれはクレイモアと呼ばれる大剣だ。
刀身は比較的細身で、バルザックさんの腰ほどの高さしかなく、両手剣としては小振りである。刀身側へ、くの時に張り出した鍔が特徴的で、柄は余裕をもって両手で持てるようになっている。
両手剣としては素早く振り回せるのだが、魔術師の俺には、大きくて邪魔である。重さは別に問題無いのだが。
「良い剣があるじゃないか。何でこんなもんが?」
「昔、礼で貰ったんだけど、売るわけにもいかないし、使わないしで……ね」
武器屋に並ぶ物より良い物らしいのだが、武具の鑑定は俺には出来ない。
俺の普段使いの剣も、そこらで売っている品だ。
バルザックさんは、柄を握り、その馴染みを確かめていた。
今にも振り回しそうで、少々怖い。
「こんなもん死蔵する方が、よっぽどひでぇよ。これ使っていいか?」
「貰っちゃっていいよ」
「へへっ。ありがとよ」
彫りの深い顔に笑みが浮かんでいる。真っ直ぐに嬉しいようだ。
バルザックさんは、大剣を鞘に納めると、帯を肩に回し、それを背に担いだ。
いつもの大剣と比べてしまい、余計にクレイモアが小さく見える。
まぁ、バルザックさんの嬉しそうな顔を見ると、そんな小さな事は、どうでもよいと思えてくる。実際、どうでもいい事だった。
「よっしゃ。行こうぜマルク。と、えっと、ゴンさん」
「で? 今日は何階層?」
現在、遺跡入口を抜け、ダンジョン第一階層である。事情を聞くならここまで来ないと、目あり耳ありで、ゴンさんが話してくれない。
だが、ダンジョンに入っても、ゴンさんは口を開かない。
何となく理由を察した。
緊急性もないのに、俺を呼びに来たことを考えると理由は一つだろう。
「エル様絡みの話なんだね、ゴンさん」
「エル様って誰だ?」
ゴンさんが俺から目を背けるのと同時に、バルザックさんの視線がこちらに向く。
エルの事は何と説明してよいのだろう。いや、教会関係者がここにいるのだから、俺が語るよりは、任せた方が良いだろう。
「ゴンさん。お願い」
「あぁ……本人も、貧民救済に力を入れている尊き御方なのだが、まぁ……大司教様のお孫さんだ」
「ちょっと我が儘な可愛い女の子で、俺の友達ですよ」
「マル坊……丸くなったな」
俺の追加説明に、ゴンさんは何か思う所があったようだ。
なぜか、自身の目頭を押さえている。
「何だよ。お偉いさんの御守りかよ」
「あっ。いや、バルザック殿。モンスターの相手には違いないんだ。御守りってのも否定はしねぇが」
「ちょっとまったゴンさん。御守りとモンスター相手って、エル様をダンジョンに連れて行けってこと? 流石に俺は反対だよ」
ゴンさんは俺へ向け『そう言うと思った』とでも言いたげな顔をしている。が、それは看過出来ない話だ。
従者に守られた状態なら、エルの安全は保障されているようなものではあるが、それと危険地帯に連れ込むのは、話が別だ。
「マル坊を呼んだ理由の一つでもあるんだよ」
「止める為だね」
「いいや。初めっから話す。昨日の夜から遺跡に潜ってた冒険者パーティーがいたんだよ。彼らは転移陣で第二十五階層に飛んだ。狙いは第三十一階層の自然地帯での採取」
「あぁ、あそこか」
ダンジョンは、基本的に人工的に出来ている。
四角く作られた部屋。舗装された通路。石畳や細工柱、トラップに階段まで。
だが、ダンジョン内の一部の場所が自然を模したようになっている。それもまた人工的なのかもしれないが、それは俺達には分からない。
ただ、そういう場所は、草花や水、鉱石など自然由来の素材が採取できる地点であり、生産者にとって有益な場所である。
当然、道中ではモンスターに襲われるし、採取中も気を抜けないので、戦えない者が行くには厳しい場所である。なので、冒険者が依頼として行くことが多い。
「てことは、銀狙いだったわけだね」
「出るかもわからねぇのにご苦労なこった」
バルザックさんは、採取よりモンスター討伐の方が好きそうだものな。
俺も、他人にあれこれ言えないけど。
「ああ、事前に採取許可も取ってあった。でだ、彼らは今日早くに帰って来たんだよ。採取物も持たずにな」
「空振り、だったら俺が呼ばれる訳ないよね。モンスターか」
「ああ、彼らは第三十階層までしか辿り着けなかった」
残り一階層という所で引き返したのか。第三十階層といえば、大部屋どころか巨大な部屋が一つある。というより一つしかない。
そこには大抵大物がいるのだが、そいつにやられて帰ってきたのか?
いや普通のモンスターなら、倒しに向かう必要もないか。
「で? 何がいたんだよ」
「ミノタウロスだ」
ミノタウロス? そう変わったモンスターではなかったな。
ミノタウロスは、頭部が牛のモンスターだ。
全長が成人男性の約二倍ほどあり、筋肉の付き方は、オーガより人間に近い。
特徴的なのが、人を突き刺すように前に出た二本の立派な角と、柄の長さがミノタウロスの身長程の長さの大斧だろう。
大きな体格ながら、素早く、そして力に任せた長い得物の一撃。
容易く倒せるモンスターではない。魔術師以外には。
ダンジョンでは、第三十七階層辺りで出会うことが多いモンスターである。
とはいえ、一体だけなら問題の無いモンスターであるし、ならば――
「何体いた?」
「ああ。冒険者の話じゃあ三体だな」
「あれ? 思ったより少ないね」
「マルクよぉ。お前の考えが可笑しいだけだぜ。狙った階層より奥の敵が出てきた時点で、パーティーとしての戦闘計画が崩れちまうんだよ。逃げ帰って正解だなそいつら」
バルザックさんの言葉に、ゴンさんは頷く。
「まぁ、それは良いよ。問題は、エル様が何故ついて来るのか? だから。ゴンさん、続きをお願い」
「ああ。マルクは儀式って知ってるよな」
「うん。露払いの助っ人依頼は、何度もやったからね」
「俺もよくやったぜ。実入りも良いしな」
儀式は、教会の人間が特定の部屋で行うものだ。遺跡の鎮静化を図るものらしいが、俺には効果のほどは分からない。
教会の、特にこの町の教会にとっては、大事なことなのだろう。
露払いは、その儀式を行う人達に先んじてダンジョンに潜り、モンスターを狩る仕事だ。モンスターは一度倒せば、すぐには湧きはしない。通り道だけではなく、その近くの部屋等も狩り、後続の安全を確保する役目である。
今その話が出るということは――
「エル様が、儀式に向かうってこと?」
「ああ。朝一に話を聞いたエル様がな、『わたくしが儀式を行い、鎮めますわ』って言い出しちまった。で、問題なのがだ、エル様の言葉を上が飲みやがったんだよ……マル坊が、エル様を護衛することを条件にな」
「ゴンさんに言うのは何だけどさ……教会ってアホなの?」
あっ! ゴンさんが目を逸らした。ゴンさん自身も似たようなことを思っていたのだろう。ゴンさんも上に振り回されて大変なんだろうな……。
「まぁいいじゃねぇかよ、マルク。そのエルって奴も、自分の意思と役割で、危険に踏み込むことを決めたんだろう。なら俺たちは、それを守ってやる。それが人生の先輩の役目ってもんさ」
「でもエル様は、まだ十歳だよ」
「ハハハ。それこそお前が言うんじゃねぇよ。自分が何歳から冒険者やってるのか忘れちまったのか? あぁ?」
「お、憶えてるよ」
俺の言葉に、ニヤリとバルザックさんが笑う。会話が決着した証として。
やっぱりバルザックさんは、苦手だ……嫌いじゃないが。




