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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第十八章

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801.独りでは味わえぬ

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 最も重篤(じゅうとく)なレスローさんへの最低限の治癒が終わる前に、援軍が到着した。

 聖騎士団団長であるベンドリッドさん率いる聖騎士達とBランク冒険者が二組。

 第四十階層の調査へ向かうベンドリッドさんらと、レスローパーティーを連れて地上へ戻るツヴァイ隊……俺はレスローさん達と別れ、調査に参加する事にした。

 負傷した二人は、ツヴァイ隊とナタリーさん達に任せよう。

 薄情な選択をしてでもダンジョンに残ったものの、第四十階層の調査中、再びヴァンパイアと遭遇する事は無かった。

 以前に起こった異常と同じ。

 本来そこに居る(はず)のないモンスターが出現し、討伐し終えた後には、魔力の異常一つない階層が広がっているだけだ。

 大所帯で第四十一階層に下り、階層を(くま)なく調べたものの、そこには通常通りのモンスターしかおらず、調査は空振りで終わった。

 成果を得られぬまま、俺達は地上へ戻る事となった。

 

『『無い』って事も、貴重な調査結果だよ』


 地上へと戻る階段を上る俺の頭の中で、パック先生の声が響く。

 そう、願いたいものだ。

 ダンジョン入口へ戻って来た俺を待っていたのは、心配そうな顔をしたゴンさんであった。


「マル坊。無事だったな……ふぅ、気が抜けちまったよ」

「俺は大丈夫だよ」

「ハハッ、相手があのヴァンパイアだったから、流石にな」

「そっか。ありがとう、ゴンさん。援軍も助かったよ」 

「ああ。団長が残っていてくれて、良かったぜ」


 そう言って、ゴンさんは俺の両肩を左右から軽く叩いた。

 (わざ)とらしく、笑いながら。

 それはきっと、先にダンジョンから出て来たレスローさん達の姿を目撃したからだろう……。

 俺もゴンさんに合わせ、左右をキョロキョロして見せる。


「ゴンさん……今日は、司祭様に呼ばれて……無いよね」

「アハハ。マル坊って、ローレンス司祭様のこと苦手だったか?」

「いや、良い人だよ。でも話すと、どうしても長くなるから。流石にお腹空いたし今日は帰るよ」


 本当は、腹なんて空いてない。

 それでも、早く帰って、何か食べなきゃな。


「ああ。報告なんて他の誰かに任せりゃいいさ……マル坊、ありがとな」

「それだけで十分。じゃ、ゴンさん、おつかれさま。おつかれさまです」

「おつかれ」「おつかれさま」


 もう一人の番兵さんにも会釈をし、俺はダンジョン入口から外へと出た。

 外はもう暗く、どの程度夜が()けたのかすら分からない。

 星の(またた)きと魔工石の(あか)りが反発し合うように輝き、町を照らしている。

 ふぅ。帰ろう。

 肉体的な疲れはあまりないが、魔力は消耗しきっていた。

 絶氷の棺を連発するのは、少々無理があったな。

 走る気力も湧かないので、ゆっくりと歩いて帰る事にした。

 歩きながら、魔工石の灯りを頼りに周囲へ目を向ける。

 人通りの少ない夜の町は、平穏そのものだ。

 それが嬉しいのか、物悲しいのかなんて、判断が付かない。

 駄目だ、駄目だ。

 これじゃ、またバルザックさんに髪をぐしゃぐしゃにされてしまうな。

 両頬(りょうほほ)を軽く叩き、意識を切り替え、帰路を進む。

 開け放たれた門を抜け、魔工石の(あか)りが()れる我が()を見ると、少し落ち着く自分がいた。

 鍵を開け、扉を開きながら、居る(はず)の同居人へ帰宅を告げる。


「ただいま戻りました」

「おっ。マルクや。おかえりなのじゃ」


 ふわりと広がる銀の髪を揺らしながら、食堂からテラさんが飛び出してきた。

 俺と目が合ったテラさんが、その目鼻立ちの良い少女の顔に、パッと花を咲かせてくれる。

 帰宅を喜んでくれるのは、弾む声と表情だけでなく、髪から横へとはみ出した長い耳もまた、上下に跳ね、その感情を表していた。

 テラさんを見ているだけで、顔が(ほころ)んでしまう。

 友人の様な、家族の様な、我が()の同居人は、そういう凄い人だ。


「ただいま、テラさん。早速だけど、ちょっと狼のまんぷく亭に行ってきます」

「うむ。やはりお主も、まだ食べておらんのじゃな」

「も?」

「も、じゃ。ほれ、(はよ)う行くぞい」


 テラさんはそう言うと、俺の返事を聞かぬまま、俺の横を通り抜けてしまう。

 構わず外へと出るテラさんの代わりに、廊下と食堂の魔工石に魔力を通し、(あか)りを消し、戸締りをする……これを忘れちゃいけない。


「来ぬのなら、お主の分もわしが食べようかのぅ」


 そんな冗談を言いながらも、テラさんは数歩先で待っていてくれた。

 少しだけ早足で、テラさんの隣へと向かう。

 そして並び、歩調を合わせ、一緒に歩く。


「たとえテラさんであれ、まんぷく亭の料理は渡しませんよ」

「カッカッカ。サンディの父親の料理は絶品じゃからな」

「ええ。ただ今日は軽めで」

「うむ……後は風呂に入って寝るだけじゃからのぅ。わしも同じのにして貰うとしよう」


 お腹が空いているのなら、無理しなくてもいいのに。

 同じものを食べる。

 それも、テラさんなりの優しさの一つなのだろう。

 態々(わざわざ)アレコレと言うべき事じゃないな……だが、言っておくべき事はある。


「ねぇ、テラさん。別に俺の事なんて待たず、先に食べててもいいんですよ」

「分かっておる。ただ、わしがそうしたかっただけじゃ」

「そっか……でも俺は、お腹空かせて倒れてるテラさんなんて、見たくないから」

「そこまでは待たんわい」


 カッカッカと笑うテラさんであるが、待ちそうな気がする。

 そして、食堂の卓に顔を()()しながら、ぐったりとしてそうだ……ただの妄想だけど。

 俺の妄想を掻き消すテラさんの声が、静かな夜の町に広がった。


「しかし、お主も相変わらず忙しいのぅ」

「急ぎの用、でしたから」

「……そうか。マルクや、あまり気負うでないぞ」

「はい」


 テラさんの小さな手が、自然と俺の手を握りしめていた。

 (あたた)かな手を、軽く握り返す。

 きっとテラさんは、何の事情も知らない。

 今回は『木霊(こだま)(こえ)』で伝言を残す余裕も無かった。

 それでも普段と違い、テラさんは、俺から事情を聞き出そうとはしなかった。

 今は、その優しさに、甘えておこう。

 自分の身に起こった出来事を話すのには慣れて来たが、人の死について話すことは、慣れそうにない。

 慣れたくも、ない。




 大衆食堂『狼のまんぷく亭』は、夕食時を過ぎても喧騒に満ちていた。

 客は、そう多くは無いが、相変わらず酔っぱらい達が(たむろ)している。

 そんな喧騒の中、俺達は、三人並んで卓についている。

 目の前に並ぶのはシチューとパン。

 そして、俺が茶を注ぎ入れた樽型ジョッキ。

 料理に手を伸ばす前に、俺達は口を揃え、言った。


「「「いただきます」」」


 右からはテラさんの声が聞こえ、そして左からはサンディの声が聞こえる。

 この店の給仕であるサンディであるが、時折俺達と一緒に食事を取る事がある。

 チラリと左を向くと、短く明るい髪が褐色の肌の上で輝いていた。

 撫で肩が露出し、胸元が強調された給仕服を着ていようとも、俺の目はサンディの目を捉えていた。

 何故(なにゆえ)か、俺が見るよりも前に、俺を見ていたサンディの目を。


「食べないと冷めるよ、サンディ」

「マルクもね」


 御尤(ごもっと)もである。

 正面へ向き直った俺とサンディは、同時に(さじ)を取り、乳白色の海を(すく)い取った。

 おっ。今日のシチューは、豚肉の塊が入っている。

 (さじ)の中に納まる肉を、シチューと共に頂く。

 噛む前に広がるのは、乳独特の香りとチーズの強い匂い。

 塩味を抑えたシチューであるが、味わいは濃厚だ。

 野菜の甘みも、良く溶けだしている。

 リンダさんやシャーリーの作る優しいシチューも非常に美味(びみ)であるが、こちらもまた捨て(がた)い。

 これは、サンディのシチューではなく、親父さんのシチューだな。

 口いっぱいに広がるシチューを味わいながら、肉も噛む。

 少し大きめに切ってある豚肉から、ジュワリと肉汁を溢れ出した。

 肉汁がシチューと混ざり、味に変化を生んでくれる。

 肉の表面に(まと)う胡椒が、肉ともシチューとも良く合い、ピリリと俺を刺激した。

 噛み、噛み、美味(おい)しさを味わいながらも、まだ感想は口にしない。

 肉とシチューだけでなく、野菜とシチューも味わってからだ。

 咀嚼(そしゃく)したシチューが(のど)を通ると同時に、右手の(さじ)が赤と白の野菜を確保する。

 うーん。

 柔らかく煮た人参は、歯を差し込むだけで(ほど)け、崩れてしまった。

 白の野菜は、お決まりの玉葱だな。

 優しい野菜達が濃厚シチューと絡まり、俺の体の中に染み渡って行く。


「あぁ。親父さんのシチューも、美味(うま)い」

「お主、シチュー好きじゃな」

「ええ。好きですよー」


 テラさんの声に答えながら、パンを千切り、口へ放る。

 ついでに少し千切って、シチューの中に潜らせておこう。


「前から聞きたかったんだけど、何で私とお父さんの料理の違い、分かるの?」

「……味が違うよ、味が。どっちも美味(うま)くて、どっちも良い」

「他のお客さんは、誰も気づかないのに……」

「サンディの料理も美味(おい)しいのじゃ。わしとマルクが太鼓判を押してやろうぞ」

「ああ。美味(うま)いぞー」

「フフッ、何それ。でも、ありがとう」


 左右から聞こえる笑声(しょうせい)。そして、料理を堪能する舌鼓。

 ここには、十分すぎる程の、褒美があった。

 安らぎも、喜びも、美味(おい)しさも……。

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