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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第十八章

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807/1014

800.静かな祈りを

 腹から血を流し、生気なく壁際で倒れているレスローさん。

 腕と背を裂かれ、出血の激しいゲイリーさん。

 そしてチュルチェさんと、ナタリーさんに背を向け、俺は次の部屋にて待ち構えるヴァンパイアの魔力へ、急ぐ。

 一人、足りない。

 砕けた皮鎧と残された衣服。床に置かれたままのショートソードに弓と矢筒。

 セラさんに何があったかなんて、分かりきっている。

 間に合わなかった事は、(なげ)かない。

 そんな自由は、俺には無い。

 通路の曲がり角を越えれば――いた。

 黒の(よそお)いをしたヴァンパイアが、青白い顔をこちらへと向けている。

 とっくの昔に、俺の存在は気付かれている。

 それを証明するかのように、既に生み出されていた蝙蝠(こうもり)達が、ヴァンパイアの周囲を飛び回っていた。

 標的は、俺だ。

 長い呪文を唱えている時間はない。

 先程のように、不意を突き、絶氷(ぜつひょう)(ひつぎ)を叩き込む時間も余裕もない。

 俺は前へと駆けながら、呪文を唱えた。

 同時に、奴の周りをグルグルと飛び回っていた蝙蝠(こうもり)達が、俺へ向け、飛ぶ。


「≪(かぜ)≫よ」


 込められるだけの魔力を込め、正面へ向け、突風を吹かせる。

 広くはない通路に風が満ち、迫る蝙蝠(こうもり)を吹き飛ばす。

 通路から部屋へと抜け出した風は、ヴァンパイアへ向け、吹き付け続ける。

 これなら、白い(きり)となって逃げる事も出来まい。

 風に乗り、ヴァンパイアへ接近しながら、続けて口を動かす。


「≪氷竜(ひょうりゅう)吐息(といき)≫」


 こいつの倒し方の一つは、既に心得ている。

 呪文の終わりに合わせ、両手に握っていた炎帝竜の大剣を左手一本に持ち替え、右手を前に突き出した。

 右手より放たれた凍える風は、吹く風に乗り、ヴァンパイアを包み込む。

『風』の魔法を消しながら、俺は肉薄するため、更に速度を上げた。

 待ち、では勝てぬと判断したのか、奴もまた、こちらへ向け飛び掛かって来る。

 氷竜の吐息を浴びせ続けながら、右肩へ迫る赤い爪の一振りを、(かわ)す。

 俺は走る爪の軌跡の脇を通り抜け、奴の胴へと炎の剣を滑りこませた。

 通過する炎が、ヴァンパイアの胴に赤い炎の斬撃(こん)を残す。

 斬った、(はず)ではあるが、当然の如く、奴の上下は(つな)がったままであった。

 素早く向き直り、左手に持つ炎の剣を払った。

 ヴァンパイアの赤い爪と炎が重なり、反発するように離れ合う。

 続け放たれる蹴りを後ろへ下がり、(かわ)しながら、その足を斬り、炎を刻む。

 やはり、絶氷の棺で弱らせねば、二撃では死なないか。

 それでも、奴に刻んだ炎は残り続け、奴の肉体と魔力を喰らい続けている。

 だが、白い霧へと姿を変えられたら、炎を刻んでも意味がない。

 (ゆえ)に、凍える風で変化を封じたまま、接近戦で勝負を付ける。

 赤い爪も、鋭い牙も、触れる手も、身体能力も恐ろしい。

 だが、接近戦ならば、負けない。

 幾爪(いくそう)(かわ)し、弾き、ヴァンパイアの体に炎を刻む。

 何度でも、何度でも。

 たとえ魔法が効き(にく)くとも、死ぬまで斬り続けるだけだ。

 氷竜の吐息の影響か、奴自身の魔力の枯渇か、動きの遅くなった奴の攻撃を薙ぎ払いながら、そのまま奴の首を切り払う。

 炎の剣が奴の首を焼き切り――奴の頭が飛んだ。

 瞬間、ヴァンパイアの頭は炎に飲まれ、消滅した。

 それは、体とて同じ事。

 全身に刻み付けた炎が広がり、黒い(よそお)諸共(もろとも)、塵も残さずに食らい尽くす。

 小指程の小さな魔石が、石畳に転がり、美しく輝いていた。

 俺は、手から放ち続けていた氷竜の吐息を消し、部屋に充満している凍結の魔力を消滅させた。

 だが、炎帝竜の大剣は、消さない。

 恐らく、まだ奥に居る。


「流石だな、マルク君」

「貴公、怪我は無いか?」


 聖騎士五人と共にツヴァイ氏がこちらへ駆け寄って来る。

 俺は小さく(うなず)きながら、二つの通路に目を配り、警戒を続けた。

 片方は行き止まりの小部屋。

 もう片方が、先へと続く通路。ならば、まずは――


「行き止まりを潰して来ます。皆さんは、ここの守りを」

「まて、貴公。盾は我らに任せ、貴公は一手、後ろから魔法を」

「……分かりました」


 俺の言葉を聞き、聖騎士らに指示を出すツヴァイ氏。

 俺は、少し、焦り過ぎだな。

 深く息を吸い……長く、長く吐き出す…………大丈夫だ。

 魔石を拾い、バックパックへ放り込みながら、先へ進む事を彼らへ促す。


「行きましょう」

「タップ、ラカン。マルク殿を頼んだぞ」

「「ハッ。お任せを」」


 二人の声に合わせ、俺は行き止まりの小部屋へ続く通路へと走った。

 胸の一点に魔力を集中させながら、ヴァンパイアの魔力を探る。


(われ)(しめ)すは(ことわり)(こお)世界(せかい)万物(ばんぶつ)()て――」


 言葉の一つ一つが魔法の想像を強め、自然と魔法を組み上げ、(かたち)作られて行く。

 生み出すは、凍結の力の結晶。

 放つは、世界を凍らせる力。

 魔力の一欠片(ひとかけら)(こぼ)さず制御し、集め、凝縮させる。

 二度の曲がり角の先に、ヴァンパイアは居た。

 速度を落とした俺を追い越し、聖騎士二人が前へ出る。

 こちらを視認したヴァンパイアが、瞬間的に狼へと変じ、石畳を駆けた。

 

「――(なんじ)()(もの)に、終焉(しゅうえん)(みちび)きを――」「「≪大天使(だいてんし)守護(しゅご)≫」」


 狼が聖騎士に飛び掛かったその時、通路を埋め尽くす白き光の壁が生まれた。

 突撃する狼は咄嗟(とっさ)に行動を変え、その前足で光の壁を裂かんと跳ねた。

 前足と壁が触れた瞬間、弾ける様に狼が後ろへ吹き飛ぶ。

 まるで、加護の力に拒絶されたかの様に。

 俺は構う事なく右手で狙いを定め、言葉を続けた。


「――≪絶氷(ぜつひょう)(ひつぎ)≫」


 胸に輝く魔力が、呪文により魔法へと姿を変える。

 魔法は、胸から右腕を伝い、指し示す通りに放たれた。

 青い結晶が光を放ちながら、光の壁を通過し、狼の内部へと入り込む。

 間、髪入れず、凍結の力を解放する。

 狼の中で弾けた凍結の力は、奴の全身を駆け巡り、肉体と魔力を凍り付かせた。

 俺は、急ぎ、走る。

 そして駆け抜けながら、動かぬ狼へ向け、炎帝竜の大剣を払った。

 炎が、頭から胴へ走り、胴から尾へと切り裂く。 

 深く、長く刻まれた炎は、絶氷の棺で弱った狼の体を、炎へと変えた。

 白い(きり)へ変わる事も、元の人型の姿に戻る事も無く、ヴァンパイアは死んだ。

 周囲を調べ、敵が居ない事を確認した俺は、魔石を拾い上げながら、来た道へと走った。

 二人の間を駆け抜けながら、声を掛ける。


「戻りましょう」

「ああ、マルク君……しかし、本当に一瞬だな」

「無駄口は後だ、タップ。行くぞ」


 背で、二人の声を聞きながら、俺は急いだ。

 この様子だと、まだ奥に何体のヴァンパイアがいるか、分かったものではない。

 大丈夫だ。魔力はまだまだある。

 今は、全て片付けるまで、動き続けるしかない。




 聖騎士の守りの中で絶氷の棺を放ち、凍り付いたヴァンパイアを殺す。

 それをひたすら繰り返し、第四十階層を全て潰し終えた。

 俺が倒しただけでも九体か……。

 第四十一階層へと続く階段部屋まで調べ終えた俺は、ひとつ前の大部屋へと戻る事にした。

 そして、ツヴァイ氏ら聖騎士へ、判断を仰ぐ。


「階段部屋には何も。下も調べますか?」

「いや。一度引こう。レスロー殿も心配だ」

「ツヴァイさん、ありがとう」

「当然の判断だ。皆も、急ぎ戻るぞ」


 重なる聖騎士達の返答を追い越し、俺は先頭を走った。

 炎帝竜の大剣は、まだ、消さない。

 警戒しながら戻るも、ヴァンパイアと遭遇する事は無かった。

 炎帝竜の大剣を消し、部屋へと戻った俺の目に、治癒を受けるレスローさんの姿が映り込んだ。

 壁にもたれ掛るレスローさんは、回復術士のナタリーさんの手に癒されながら、手に持ったヴァンパイアの魔石を見つめている。

 その顔に、苦痛や苦悩は浮かんではいない。

 疲れ以外を顔に見せず、ただ呆然(ぼうぜん)とした表情で。

 レスローさんのぼんやりとした目が、俺を見た。

 そこに浮かぶ感情は、俺には分からない。

 俺は、レスローさんに近づきながら、彼の発する声に耳を(かたむ)けた。


「なぁ、マルク……もう少し辛抱すりゃ、お前がやってきて、怪我する事も、ナタリーやゲイリー、チュルチェが死にそうな目に遭う事も……無かったんだぜ……ははは……俺達、馬鹿みてぇだよな……」

「いいから、喋らないで」

「馬鹿なんかじゃ、無いですよ」


 俺は、彼らが何のために戦ったのかを、知らない。

 金の為か、勝利への自負か、名声か、それとも仲間の為か。

 分からない。

 どんな理由であれ、命を懸けてモンスターと戦った人の事を笑ったりはしない。


「もし、レスローさん達の事を馬鹿にする奴らが居たら、俺が許しません」

「ははっ、そうか……マルク……セラの(かたき)はとったぜ……俺達の手で」

「はい」


 俺には、その言葉一つを返す事しか出来なかった。

 大切な仲間を失った人へ、掛ける言葉を知らない。

 ()ぐ言葉を、思い付かない。

 死を前にしたら、俺は、無力だ。

 いつだって、いつだって……。

 沈黙の中、レスローさんはゆっくりと目を閉じた。

 まだ、荒い息が、聞こえる。

 俺も、祈ろう。

 たいして親しくもなく、信じる神のいない俺でも、セラさんの眠りが安らかである事を祈るぐらい、許して欲しい。

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