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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第十八章

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798.先遣隊と平穏と

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 王国の東の海に、一つの遺跡があった。

 誰が何のために作ったのかすら分からぬ遺跡は、その神殿の如き上部を海上に見せながら、今も、広がる海の中にぽつんと(たたず)んでいる。

 そこに近付く二(てい)の小舟と、離れ行く一(せき)帆船(はんせん)があった。


「旦那ぁー。また三日後に来やす。お達者でー」

「ありがとう、船長」


 小舟から帆船(はんせん)へ手を振り返しているのは、耳が隠れる程度の長さに切り揃えられた若草色の髪を、海風に(なび)かせる二十半ばの男性であった。

 甘く、柔らかな顔をした彼の名はファルコン。

 ピュテルの町の冒険者ギルド『鉄骨竜(てっこつりゅう)(きば)』に属するAランク冒険者である。

 小舟の上には、彼の他にも、同じパーティーメンバーが荷物と共に乗っていた。

 内、戦士二人が、(かい)を用い、船を漕いでいる。

 力強い(かい)の動きと魔法の力で進む二艘の小舟は、次第に遺跡へと近づき、容易に接岸を果たした。

 人工物にも見える石面に、二組の冒険者パーティーが上陸する。

 一組は、ファルコンパーティー。

 そしてもう一組は、王都の冒険者ギルド『金獅子(きんじし)(つめ)』に属する、朱色の槍を振るう灼髪(しゃくはつ)のイプシロン率いる、Aランク冒険者パーティーであった。

 彼らは小舟につないだ太い縄を、近くの柱に(くく)り付け、遺跡の中へと向かう。

 警戒しながら、下り階段へと進む十人。

 最後尾を歩くイプシロンが、神経質そうな目でファルコンを見て、尋ねた。


「以前と、何か違いがあるか?」

「いいえ。ありませんね……つい先日訪れた時と、何一つ」

「そうか。何か違和感があれば、何でも言ってくれ。戦いは()(かく)、俺達は遺跡調査は不慣れでな」

「その為の我々ファルコンパーティーです。ご安心を」


 ファルコンは、そう言いながら、王から受けた命を思い出していた。

 ピュテルの町から呼び出されたファルコンパーティーに与えられた命令。

 それは、最深部へと向かうイプシロンパーティーの案内と護衛であった。

 先日再調査を終えたばかりの遺跡へ、再び潜る理由。

 それは、この場に居る十名全員が知っていた。

 レオニード王より直接伝えられた、太陽教教皇アポロの予言。

 東の遺跡にて復活する双子の悪魔。

 双子の悪魔によりもたらされる災い。

 それが世迷言では無い事を、王国は十二分に知っている。

 アポロの予言は、起こり得る未来を語る言葉なのだと。

 イプシロンパーティーは、王国による再調査の先遣(せんけん)であった。

 彼らに与えられた依頼は復活の阻止でも、双子の悪魔の討伐でもない。

 地図の再確認と進路の確保。そしてモンスターの掃除。

 それが今回の、イプシロンパーティーへの依頼。

 それに対し、イプシロンも案内に呼び出されたファルコンも不服はなかった。

 最深部への道は、他者に任せらえる程、容易(たやす)くはなく、そして長い道のりであるからだ。

 下り階段を下りきり、記憶した地図通りに彼らは進む。

 石畳の通路。造りの良い石壁。整えられた天井。綺麗に四角く形作られた部屋。

 そして、外光が入らぬ遺跡の中でも、松明(たいまつ)や魔法の(あか)りが不要な、良く視界の通る明るさ。

 歩むイプシロンパーティーは、想起せざるを得なかった。

 ここは、月女神の遺跡と、似ていると。

 歩むファルコンパーティーは、やはりと(うなず)く。

 この遺跡は、ピュテルのダンジョンと、そっくりであると。

 気を引き締め直し、彼らは奥へと進む。

 予言の刻限が迫っている事を知らずに、一歩一歩、慎重に。




 夕刻、ミュール様との訓練を終えた俺は、ドレイク先生の診察室を訪れていた。

 淡い花の香りが漂う中、少し骨ばった手が俺の右手を触診して行く。

 触診の動きに合わせ、生気が薄い目が追う。

 正直、自分の右手の診断結果よりも、ドレイク先生の方が心配である。

 面長の顔はいつも通り青白く、白髪も疲れた様子はなかった。


「ドレイク先生。ちゃんと食べてる?」

「お前に心配されるほど、落ちぶれてはいないつもりだ……安心しろ」

「ならいいんだ。食べてないなら、ディアさんに――痛っ。痛い、痛いって先生。もぅ冗談だってば」

「フッ、痛みは伝わるようだな。問題なしと……」


 指を反対側にボキッと曲げようとするのは、診察じゃないですよね、先生……。

 まぁ、確かに痛みが伝わるのは、正常と言うべきなのだろうけど。

 今度は、正しい向きへ関節の一つ一つを折り曲げ、先生は触診を続ける。


「よし。魔力を通してみろ」

「はい……こんな感じです」


 俺の右手を淀みなく通る魔力を見て、ドレイク先生は大きく(うなず)く。

 そして俺の右手を離した先生は、やや前傾姿勢になっていた背を伸ばした。


「自分でも分かるだろう。もう、異常は見当たらない」

「残りの動かし(にく)さは、鍛錬次第ってことだよね?」

「ああ。だが、無理はするな……お前には、言っても無駄かもしれないがな」

「あはは。でも、ドレイク先生は、そう言ってくれるんだよね」

「これでも回復術士だからな」


 そう言うとドレイク先生は、皮肉な笑みを浮かべ、机へと向き直った。

 診察は終わり、という合図でもあり、さっさと帰れ、という意思表示でもある。


「じゃあ、先生、また」

「ああ、いつでも来い。お大事に」


 俺は椅子から立ち上がり、ドレイク先生の背に軽く頭を下げ、扉へと向かう。


「失礼しました」


 重厚な扉を閉める俺を見送る様に、ドレイク先生が左手を上げヒラヒラさせた。

 ドレイク先生の右手も目も、既に書き物へと集中している。

 邪魔をしないように、静かに扉を閉め、俺は待合室へと向かった。


「あっ、マルク君。だいじょーぶだった?」

「はい。先生のお陰で、この通り」


 待合室で暇そうにしていたディア―ヌさんへ右手をワキワキと動かして見せる。

 すると、桃色の髪に包まれたディアーヌさんの丸顔が、無邪気な笑みを浮かべ、ふにゃりと丸みを強めた。

 二十程に見える彼女の顔が、少し子供っぽく見える。

 昔から変わらない、可愛らしい笑顔だ。


「よかったー。わたしもマルク君のこと、心配してたんだからねー」

「ありがとう、ディアさん」

「むー。ディアちゃん、でしょう」


 そう言って、笑っていた頬を膨らませるディアーヌさん。

 年齢不詳な彼女の顔が、余計に子供じみて見えてしまった。

 怒らせるのは本意ではない……しかし、子供の頃ならいざ知らず、今更『ディアちゃん』とは、呼べない。

 何度訂正を促されても、応えられぬ事もあるのだ。


「その、俺ももう十八なので、ちゃんはご勘弁を」

「わたしからすれば、せんせーもマルク君も、まだまだ子供なのになー」

「ドレイク先生も、ですか?」

「そーだよ。ディアちゃん、これでもお姉さんなんだから」


 そう言って、エッヘンと言わんばかりに胸を張るディアーヌさん。

 本当に、この人、何歳なんだろうな……まぁ、ディアーヌさんは、ディアーヌさんだから、別に年齢は、どうでも良いか。


「では、ディアお姉さま。ドレイク先生のこと、よろしくお願いします」

「その呼び方もいいねー。せんせーの事はディアおねーちゃんに任せなさい」

「はい。では失礼します」

「ばいばーい。おだいじにー」

 

 手を振るディアーヌさんに右手を振り返し、俺は『ドレイク・パブロフの店』を後にした。

 日が照る時間の長い季節(ゆえ)、まだ外は明るく、(わず)かな赤に染まるだけであった。

 さて、一度、家に帰るとしよう。

 商店へと向かう人波。そして、住宅へと戻る人波。

 後者に乗り、人混みに(まぎ)れながら、歩き慣れた道を進む。

 今日は、友人の見送りで空を跳んだ以外、騒動も無い平和な一日だった。

 こんな日が、続けばいいな……。

 それが、無意味な祈りである事くらい、自分でも分かっている。

 戦いの音は、いつでも、どこからでも響くものだ……ふぅ。何もない所で勝手に滅入(めい)っていても仕方ないよな。

 さてと、テラさんが帰って来るまでの間、訓練の続きでもしていよう。

 そうと決まれば、急ごう。

 歩む足を急かし、出来るだけ人の邪魔にならぬ様に、人混みの中を駆け抜ける。

 またマルクか、と言わんばかりの視線が飛ぶが、気にしてなど居られない。

 何事も行動第一だ。

 降りかかる面倒事は、後で考えるとしよう。

 次第に人が少なくなっていき、我が家に辿り着く前には周囲に誰も居なくなっていた。まぁ我が家は、住宅街の更に奥にポツンとあるからな。

 走り、開け放たれたままの門へと向かう俺の目が、我が家の敷地から飛び出す人影を捉えた。

 胴や足に金属防具を身につけた、筋骨隆々なあの姿は……ゴンさんだ。


「おーい。ゴンさーん」

「おっ! マル坊!」


 ダンジョン入口を守る番兵の仕事をするゴンさんが、今、ここに居る……平穏なんて、簡単に崩れ去るものだ。

 こちらに駆け寄るゴンさんへ一秒でも早く近づく為に、俺は更に速度を上げた。

 その一秒が、誰かの命を守るかもしれないから。

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