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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第十七章

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797.時間と時間

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 普段着に着替えた俺は、テラさんとの昼食後、独り、パック先生の研究室へと向かった。

 いつも通り片づけ、茶を魔法で出し、調査結果を報告する。

 俺の報告を聞きながら、パック先生は茶の香気を高い鼻の中へと(くぐ)らせていた。


「んー。やっぱり変質の(くさび)は見つからなかったんだね」

「はい。空振りでした」

「『無い』って事も、貴重な調査結果だよ……でも、可笑(おか)しな枯れ木のモンスターか……ちょっと心配だね。この前も、炎帝竜の所でモンスターの大量発生があったばかりだから……うーん」


 パック先生はカップを卓へ置くと、頭に乗った三角帽を抑えながら背もたれに身を預けた。何処(どこ)か思案するように、視線が斜め上へと泳いでいる。

 俺は茶を飲みながら、パック先生の考えがまとまるのを待つ事にした。

 ついでに俺も考える。

 先程パック先生が言った『モンスターの大量発生』というのは、パック先生、アム、俺の三人で炎帝竜さんの所へ精霊の調査に行った時の話だろう。

 あれも、何か関係しているのだろうか……結びつけるには根拠が薄い。

 王国の北に横たわる山々。

 共通点は、それだけだろう。

 それに問題は、本当に北の山だけの異常なのか、という点だ。

 バルザックさん(いわ)く、モンスターの出現が不安定になっている、との事だしな。

 異常の発生する法則や場所を特定できなければ、原因の特定なんて出来ないだろう……結局、考えても答えは見つからない。

 それはパック先生も同じだったらしく、思考の海から戻って来たパック先生は、高い鼻の先端を掻きながら、少々困り気味に笑っていた。


「うん。お姉さんには、さっぱりだね」

「パック先生が分からないなら、お手上げです」

「まぁ、元々私やマルク君の領分じゃないからね。ミネルヴァ様には、もう?」

「既に」


 昨夜、報告済みだ。

 パラサイトと聞き、動揺するテラさんとは違い、ミュール様は至って冷静に俺の話を聞いていた。

 ああ()う時のミュール様は、普段よりも、より感情が読めない。

 内心驚いていたのか、事態を(うれ)いているのか、それとも元から知っていたのか、それが分からない……いや『知っていた』は、ないな。

 そこに危険があると事前に知っていれば、先に注意を促してくれる御方だ。

 茶を飲み、共に余計な考えを喉の奥へと流し込む。


「ふぅー。なので、後は知らない誰かに任せようかと」

「それが良いよ。何でもかんでもマルク君が背負う必要なんてないからね。人に頼れる時は、いっぱい頼っていいんだよ」

「はい、そうします」


 素直に返事をする俺に対し、パック先生は「フフン」と一笑いした。

 どことなく、パック先生の鼻が更に高くなっている様に見える。

 自信? 喜び? そんな感じか。

 その感情の意味を問う必要は、ないだろう。


「パック先生も、面倒事があれば俺やテラさんを頼って下さいね」

「ああ、頼りにしているよ……フフッ、でも、そうやっておねぇさんのご機嫌を取って、一体どうするつもりなのかな?」


 そう言いソファにダラリと横になったパック先生は、肢体(したい)をソファに預けながら俺へ手招きをする。

 こっちへ来て、一緒に……と言いたげな様子だが、これはいつもの冗談だ。

 俺は茶を飲み干し、パック先生へ答えた。


「どうもしません」

「ハハッ、だよねー」


 パック先生は、何事も無かったかのようにスッと体を起こすと、楽し気に肩を揺らし始めた。

 三日月を描く口が、カップに隠れる。


「ふぅ~。マルク君。おかわり」


 パック先生の口を隠していたカップが、真っ直ぐ俺へと差し出された。

 俺は、そこへ人差し指を向けながら、魔法の茶を注ぎ入れる。

 多めに用意しておいて良かった。

 このおかわりは、きっと『もうちょっと話をしよう』という合図だ。

 了承の意味も込め、自分のカップにも茶を注ぎ入れる。


「そうこなくっちゃ。そうそう。マルク君が心配したらいけないから先に伝えておくけど、今日、アム君は研究室には居ないよ」

「へー。そうなんですか」


 淡泊な俺の反応に、パック先生はキョトンとした目を俺へ向けた。


「あれ? 興味ない?」

「何かに巻き込まれていたり、無茶していないなら、別に」

「そんなものなの?」

「そんなもんです……一応、居ない理由を聞いても?」

「やっぱり、気になるんだね。お姉さんに隠さなくてもいいのに、フフフッ……」


 他愛もない話をしながら、茶を一口。

 あぁ、どうせならばテラさんも誘えばよかったな……まぁ、テラさんはテラさんで忙しいのだろう。

 皆、それぞれやる事があるのだ。

 トーマス少年も、エルも、シャーリーも、アムも、テラさんも、パック先生も。

 そして、俺も。

 もう(しばら)くしたら、訓練の時間だ。

 それまでは、態々(わざわざ)パック先生が作ってくれたこの時間を、楽しもう。

 それが俺に出来る、小さな恩返しだと信じて。




 ここは、女王の塔の一室。

 転移陣以外何もないこの部屋は、魔法訓練を行う時に利用している部屋である。

 その中央に立つ俺の左手を、ミュール様の両手が包み込んだ。


「≪氷結晶(こおりけっしょう)庇護(ひご)≫を……マルク。今のあなたならば制御出来るわ」

「自信は無いですが、やってみせます」

「フフッ、頑張って」


 ミュール様の手が離れても(なお)、俺の左手には凍結の力が張り付き、残り続けていた。ヒンヤリとして、心地いい魔力と共に。

 これは俺の左手を、最大の魔力を込めた炎帝竜の大剣から守る為の一手。

 とは言え、訓練の度に、ミュール様の魔法ごと俺の左手を焼いてしまい、毎回毎回、ミュール様の癒しの水の世話になっているのだけれど。

 今度こそ、上手く制御してみせる。

 ミュール様が俺から離れるのを待ち、俺は魔力の集中を始めた。

 大丈夫。出来る。

 息を吸い、長く吐き、心を落ち着かせ、胸の一点に魔力を凝縮させて行く。

 (あわ)せ、慣れた言葉を口遊(くちずさ)む。


()原初(げんしょ)(ひかり)(たけ)(なんじ)()れるは(だれ)ぞ。(いま)ここに(ちり)()(もの)()を――」


 魔力が失われ、全身から力が抜けて行く。

 その代わりに、胸に集中した魔力が結晶と化し、赤々(あかあか)と輝き出した。

 胸が苦しい。

 それでも、加減などしない。

 今、込める事の出来る最大限の魔力を、全て、この一点に。

 焼けるような幻痛(げんつう)と、息苦しい程の熱。

 それでも、俺の意識ははっきりとしていた。

 胸に左手を当てると共に、赤き魔力結晶を移し、左手で握り締める。

 大丈夫だ。

 想像の中には、既に一本の炎の剣が生まれている。

 後は、名を呼ぶだけ。

 俺は左手を前へと伸ばし、言葉の続きを口にした。


「――(われ)に、(しめ)せ、≪炎帝竜(えんていりゅう)大剣(たいけん)≫」

 

 赤き魔力結晶が、呪文に従い、炎へと生まれ変わる。

 (ほとばし)る血よりも濃い赤が、左手の向きに合わせ、横へと伸びた。

 伸びる炎は、俺の身の丈程の長い剣となり、俺を赤く照らす。

 狙う標的も無く、燃やす対象も無い炎が、(まき)を求めるかの様に揺らめく。

 俺は、魔力制御に(つと)めながら、ただ、耐える……いや、このままじゃ駄目だ。

 急速に失われていく魔力の喪失感に抗いながら、俺は真っ直ぐに深紅に輝く炎帝竜の大剣を見つめた。

 深紅の炎が、魔力全てを喰らい尽くさんばかりの勢いで、燃え上がっている。

 この炎は、俺の炎だ。

 全てを制御しろ。無駄を削ぎ落とせ。

 出来る。出来る。出来る。

 刀身の炎を洗練させ、魔法としての形を整えて行く。

 砕け、落ちそうになる膝を(こら)え、続ける。

 流れる汗が、邪魔だ。

 もっと、もっと――


「そこまで」


 俺は、ミュール様の声が聞こえると同時に、魔法を解除していた。

 操り糸が切れてしまった人形の如く、俺の体は、意図せず石畳へと崩れ落ちる。

 意識では体を支えようとするも、力が入らず、倒れる体を止める事は出来なかった――石畳に衝突する寸前、冷たい魔力が俺の体と石畳の間に入り込んだ。

 魔力が干渉の力へと変わり、俺の体を支え、ゆっくりと石畳へと導く。

 俺は抵抗も支えも出来ずに、そのままゆっくりと、石畳に横たわる事となった。

 ミュール様の魔力もそうだが、石畳も、冷たく、心地良い。

 いや、先程まで感じていた熱が、俺にそう思わせているだけかもしれないな。


「マルク。左手を見て」


 顔を横に動かし、渾身の力で左手を眼前へと動かした。

 あっ。

 痛みが無い時点で気付くべきだった。

 俺の目に映る左手は、焼け(ただ)れてはいなかった。

 開閉を繰り返しても、痛み一つない。

 ミュール様の魔法は消滅してしまっていたが、これは――


「一歩前進、でしょうか?」

「一歩どころではありませんよ」

「でも、何で?」


 疑問は尽きない。

 第五十七階層で骨の竜に対し使った時も、その前日に訓練したときも、制御が上手くいかず、俺の手は焼け(ただ)れてしまっていた。

 それからは、炎帝竜の大剣の訓練はしていない(はず)なのに……何故(なにゆえ)

 涼し気な声と、足音が近づいて来る。


「フフッ……私がただ、あなたに魔力操作の訓練をさせていたと思っていたの?」

「あー。全部(つな)がってたんですね」


 俺の答えに、ミュール様は穏やかな笑い声を(もっ)て、返事とした。

 呪文を使わぬ魔力の行使と、それを使った応用。

 ただ趣味で俺に水玉をぶつけていた訳じゃないんだな……当たり前か。

 水玉を防ぐ魔力も、空中を駆ける訓練も、(ぎょ)(がた)い力を制御する為の一助だった訳だな。

 動けず、横たわったままの俺の左手を、ミュール様がそっと撫でた。


「でも残念。この手を癒す間だけは、マルクを独り占め出来たのに」

「あの、ミュール様。一つお願いが」

「はい。褒美でしたら、何でも」

「癒しの水を、左手に」

「ウフフ。≪(いや)しの(みず)≫」


 傷一つ無い俺の左手を、ミュール様の癒しの水が包み込んだ。

 (わず)かに残っていた熱が、冷たさに上書きされていく。

 別に、熱を冷ます為に頼んだ訳じゃない……そうして欲しかった。

 ちょっとした、俺の我が(まま)だ。

 横たわったままの俺には、ミュール様の顔は見えない。

 出来れば俺の我が(まま)に、笑っていてくれたら、嬉しいのだけれど。

 抜け行く力は、眠りにも近い感覚を俺に与える。

 だが、眠る訳にはいかない。

 まだ、ミュール様との訓練の途中なのだから。

 それに俺も……この時間を、無駄に何てしたくなかった。

 ミュール様を独り占めできる、この時間を。

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