7.事後処理は面倒なので
読みやすいように全体修正 内容変更なし
「こんなに貰っていいんっすか先輩!」
パーティーリーダーであるツンツン頭のキオが、喜び半分戸惑い半分な顔で言った。俺も言えた話ではないが、彼ら、年の頃十四といったところとはいえ、少しは表情を隠す術を学ぶべきだ。鴨にされそうで心配である。
「持ってかないと依頼達成にならないだろ。その二袋でも全体の四分の一程度だし、まぁ道具袋代と、ここまでの運搬料とでも思ってくれ」
「ああ、そうさ。困ったときはお互い様だろう、冒険者諸君」
既に遺跡入口まで戻ってきており、アムの顔もいつも通りの端正な美少年顔に戻っていた。”冒険者諸君”の所に棘を感じたのは、きっと俺の気のせいだろう。
「依頼の件まで、本当にありがとうございます。マルク先輩。あと、あのぉ……」
「アムだよ。可愛らしいお嬢さん。以後お見知りおきを」
「はっ、はい、ワコです。よろしくお願いします」
あぁ、なんかアムを見るこの少女、ワコの表情……まあ、いつものことか。
これが後々、彼らパーティーの火種にならないことを陰ながら祈っておこう。
彼ら五人は礼を言いながら去っていった。
ワコだけが、何度もこちらに振り返りながら手を振っていた。
いや、”こちら”じゃないな、これ。
「冒険者ギルドは相変わらず適当なんだな」
「ゴンさん。何で事情知ってんの?」
「依頼内容は確認してっし、持って帰ってきた魔石の量を見りゃなー。何があったかぐらい察せるさ」
ゴンさんは、俺たちの後ろに置かれた六つの道具袋を見ながら、溜息をついた。
子供ほどの大きさの道具袋が魔石でパンパンになっている。それを見て、どれだけのモンスターが居たのかを知ったのだろう。依頼内容との違いを。
彼ら新人冒険者への依頼は、第五階層においてのブラックスライムの排除。
ブラックスライム単体としての危険度が低いために、討伐依頼ですらなかった。
設定されたランクはEランク任務。
で、派遣されたのも新人のEランク冒険者たち……全くふざけている。死体を増やすようなものだ。溶けるから死体も残らないか……。
「まぁ、あいつらが先にいなくて良かったよ」
付き合いが薄いとはいえ、知人の溶かされている所など見たいものではない。
たとえ冒険者が命を賭けた仕事であっても。
「で? 実際は何が居たんだ? 俺にも教えてくれよ」
「普通のブラックスライムだよ。ほら、あそこ大きな部屋あるでしょ。あの部屋いち――」
「あー。それ以上はいい。想像したくねぇ。まぁなんだ。冒険者ギルドの方はアイツらの魔石確認して依頼完了、あとは知らねって感じだろうが、こっちは上に、ある程度正確な報告しなきゃならんのよ」
「遺跡内の依頼だし、冒険者ギルドの情報は入ってくるよね?」
「そりゃな」
「その四倍いたってことでいいんじゃない。数えるの面倒だし」
冒険者ギルドで把握できる量は、彼らに渡した魔石の量、つまり全体の四分の一ということになる。教会側としては、遺跡内部の状況は正しく把握しておきたいということなのだろうが、一々数えるとなると日が暮れてしまう。
ゴンさんが、こちらを見てニヤリと笑った。
「報告は、マル坊から――」
「お断りします」
「俺じゃぁ正確な――」
「いやだ」
「後で飴ちゃん――」
「勘弁して」
本当に勘弁してくれ。教会側に報告に行くとなるとアイツに遭遇する確率が増える。いや、報告相手がアイツになる可能性が。
よし、これで手を打ってもらおう。
俺は魔石の詰まった道具袋を一つ、ゴンさんに差し出した。
換金すれば、一カ月程度のお給料分にはなるはずだ。
「これで奥さんに美味しいものを食べさせてあげて」
「アハハ。本当にマル坊はエル様のこと苦手なんだな。こっちで報告上げとくから安心しな。あっ、賄賂は受け取らねぇぜ」
「ありがとうゴンさん。ありがとう」
今日の担当がゴンさんでよかった。
遺跡入口までアイツはこないだろうが、早々に立ち去ろう。
ゴンさんに、もう一度袋を取りに来ること話し、俺は、両肩に道具袋を担ぎ上げた。
隣のアムは「エル様?」と首を捻っていた。
遺跡入口で警備をすること。
それがこの町で重要な役目であることを、ゴンは知っている。
入るものと出るもの。勘定が合わなければ……そういうことだ。
この遺跡は宝の山だ。無理に入ろうとする輩は後を絶たない。
だがそいつらはわかっていない。この遺跡が、罠でもあるということに。
だからこそ、この遺跡の番兵は、入るものより強くなければ務まらない。出てくるモノより強くあらねばならない。
「マル坊も、手伝ってくれりゃぁなー」
もう一人の番兵仲間は第一階層の見回り中だ。
ゴンのぼやきは誰にも届かない。はずなのだが。
大きな音を立て、外へとつながる扉が勢いよく開かれた。溌溂とした声と共に。
「マルクはどこ!」
殺風景な室内に、黄金の花々が咲いた――ゴンにはそんな気がした。
扉からこちらにトコトコ駆けてくるのは、ゴンのよく知る人物。十という歳に似合わぬ絢爛な服を纏い、二つにまとめた金の髪を揺らしながら少女は走る。
「ゴンサーレス。マルクがこちらに!」
「マル坊ならもう帰りましたよ、エル様」
「もう! いつもすれ違い。マルクが冒険者を辞めた今こそ、わたくしの隣に置く絶好の機会ですのに!」
地団駄を踏むエルを、ゴンは微笑ましく見つめる。娘と息子も、こんな風に目に入れても痛くない時期があったな……と。
「帰りますわ。ゴンサーレスも仕事に励みなさい」
「ありがとうございます、エル様」
トコトコ出ていくエルを見送ったあと、ゴンは床に置かれたままの三つの道具袋を見て思う。マル坊はまた戻ってくるのだが、と。
「まぁいいか」
遺跡から足音が聞こえる。
ゴンには、足音の正体が何物か分かっている。が、気を引き締め警戒する。
遺跡から姿を見せたのは、ゴンの同僚だ。
「第一階層異常なし。ゴンさん休憩入っていいよ」
「おぅお疲れ。だが交代くっから、先、休憩いいぞ」
同僚は「助かるよ」と手を上げ、詰所へと向かった。早めの飯にするのだろう。
「今日も何もねぇのは良いことだ」
独り言をつぶやきながらも、ゴンは肌と耳で警戒を続ける。
穏やかな一日を祈りながら。