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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第十七章

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791.いつもと違う『いつも通り』

 冒険者ギルドへの報告を無事に終えた俺は、狼のまんぷく亭に来ていた。


「へぇー。ここがマルクの(かよ)いの店、ねぇ」

「まっ。(めし)美味(うめ)ぇなら何処(どこ)でもいいさ」


 そう……なぜか、バルザックパーティー全員と共に。

 一度、バルザックさん達が寝泊まりしている宿へ戻ったので、皆も俺も、武防具や荷物持っておらず、ほぼ手ぶら状態である。

 まぁ、バルザックさん達は飲む気満々なのだろう。

 サンディの迷惑にならなければいいけど。


「ん? 入らないのか?」

「いえ、ドムさん。行きましょう」


 店の前で、まごまごしていても仕方が無い。入るか。

 意を決し、狼のまんぷく亭へ足を踏み入れると、変わらず騒ぐ酔っぱらい達の声が俺達を出迎えてくれた。

 丁度サンディが、入り口近くの客の前へ、六つの樽型ジョッキをまとめてドンッと置いている所であった。

 今日も、給仕服から出たサンディのなで肩が、褐色に輝き、(つや)めいている。


「おまたせ。飲み過ぎないでよね」

「ういー」


 もう既に酔っぱらっている客へ笑顔を向け、去ろうとするサンディの目が、俺達を捕まえた。

 視線が俺から他の五人へと移っている……まぁ驚くのも無理はない。

 たしかサンディも、バルザックさんのファンだった(はず)だ。

 喜びの声が上がるかと思ったのだが、サンディの反応は普段通りであった。


「いらっしゃい、マルク。テラさんの話どおり、今日は遅かったね」

「こんばんは、サンディ。今日は、ちょっとバルザックさん達と一緒に外へ行ってたからね。いきなりだけど、席、空いてる?」

「奥でいい?」

「おう。何処(どこ)でも良いぜ」

「はい、では……マルク御一行、ごあんなーい」


 どこか楽しそうなサンディの案内に従い、歩く。

 それにしても、この場合中心なのはバルザックパーティーじゃないのだろうか?

 サンディよ。流石に『マルク御一行』は無いだろう……。

 事実、変な呼び方に、サラスさんがケタケタと笑っている。

 大人しくサンディに付いて行くと、普段と違う丸い卓へと案内された。

 長年通っているが、こっちの丸い卓で食べた事って……うん、ないな。

 まぁ、テラさんと一緒に食べる様になるまでは、ずっと一人だったのだから、大人数用の席を使う機会が無いのは、当然の事か。

 思い思いに座り、六つの席は埋まってしまう。

 バルザックパーティーに囲まれてしまった丸卓が、なぜか縮こまっている様に見えてしまった。

 卓を不憫に思っていると、足早に離れて行ったサンディが、すぐに戻って来た。

 その手に、驚きの物を持って。


「こちら、メニューになります」

「おっ、ありがとよ」

「なーに、食べようかしらねー」

「ふむ」


 五つのメニューが、バルザックパーティーへと手渡される。

 当然ながら、俺にはない。

 まぁ俺は、いつも通り注文する必要が無いという事だろう。

 しかし、近くでメニューを見た事があまりにも遠い過去の記憶である所為か、メニューが新鮮に見えるな。

 これが、日常の中の、新しい発見という奴か……。

 皆の注文が決まるまで、ゆっくり待とう。


「こういう店は、牛を喰えば分かんだよ」


 そう言い、牛の厚切りステーキを頼むバルザックさん。


「後で分けなさいよ」

 

 と言いながら、自身は野菜たっぷりの鶏スープで済ませるサラスさん。

 言葉少なく、サラスさんと同じものを頼むテガーさん。


「ドレイクに止められたからな」


 テガーさんが選んだ料理の理由を口にしながら、皆の分も合わせ、大皿で豚串と鶏の手羽先を頼むドムさん。

 最後に全員分の酒を頼みながら、シチューとパンを注文するシャラガムさん。

 同じパーティーとは言え、食の好みは違うものだな。

 当たり前か。


「では、少々お待ちください。マルクは?」

「飲まないよ」

「だよね。りょーかい」


 笑顔で立ち去るサンディを見送っていると、俺の右隣に座るバルザックさんから当たり前の疑問が飛んで来た。


「なぁ、マルク。注文しなくてよかったのかよ?」

「勝手に出てきますので」

「へぇ、変わってんなぁ……あれも狙ってる女の一人か?」


 その不意を突く言葉に、ビクッと体が跳ねると共に、息を噴き出してしまった。

 突然、何を言い出すんだ、この人。


「ゲホッ……いきなり何を。って分かってて言ってますよね? バルザックさん」


 目一杯睨みを利かせても、バルザックさんには通用しない。

 バルザックさんの笑う口元が、言葉を吐く前から『当然だ』と俺に伝えていた。


「ヘヘッ。まあな。おめぇがあちこち手を出せる程、器用じゃねぇってのは、知ってっぜ」

「バルザック。人の色恋に口出しするのは厳禁よ……で、実際はどうなのよ?」

「何も無いですよ」

「……チェッ、つまらないわね……」

「あはは、すみません」


 そんな不満で口を尖らせても、ない話は、出ない。


「じゃあ、他の女の――む、むぐぅ」

「なぁ、マルク。前夜祭の時の話を聞かせてくれないか?」


 続けて別の女性関係の話を聞きだそうとするサラスさんの口を、バルザックさんが、手で物理的に塞いでくれた。

 それに合わせ、ドムさんが助け舟を出してくれる……実に良い連携だ。

 恐らく聞きたいのは貴族の話ではなく、襲撃時の話だろう。

 隠す事は特にないので、俺は、ありのままを皆に話す事にした。

 暫し、前夜祭の話をしていると、樽型ジョッキを左右に三つずつ持ったサンディが、急ぐような足取りで卓へと近づいて来た。

 まずは酒って事だな。


「おまたせしました。はい、マルクも」

「ありがとう。≪(こおり)≫、≪(みず)≫よ」


 目の前に置かれた俺用の空ジョッキへ、氷と水を注ぎ入れる。

 今日は、バルザックさん達の目を気にしてか、サンディの分はないらしい。

 気にしないでもいいのに。


「料理は、ちょっとまってね」

「了解サンディ。でも、腹減ったよ」

「アハハ」


 皆に酒を配ったサンディは、明るい笑い声を残し、去って行った。

 ん?

 気付けば、バルザックさん達全員が、ニヤリと口元を歪めていた。

 緩めている、と言うべきかな?


「なるほどなぁ。これがおめぇの『いつも通り』って事か」

「ええ。こんな感じです」

「まっ、それは後で聞きましょう」

「おう。じゃあ、乾杯」

「「「「乾杯」」」」「かんぱーい」


 全員でジョッキを掲げ、声を合わせる。

 いつも通りならば『いただきます』なのだが、こういうのも、悪くない。

 皆は、リンゴ酒であるシードルで喉を鳴らし、俺は水をゴクリと飲む。

 ジョッキから口を離す皆が、大小様々な吐息を零す。

 俺も、それに合わせ、口から息を吐きだした。

 別に、水に爽快感があった訳じゃない。

 ただ、皆に合わせ、そうしたかった。

 それだけだ。




「おぉ、これは美味(おい)しい……マルクが通うのも、頷ける」

「あの子目当てじゃ、なかったのね。んー、野菜の味が染み出して、深いわ」

「うむ。美味(うま)い」

 

 料理を口にしたシャラガムさん、サラスさん、テガーさんが次々と声を上げる。

 肉を喰らうバルザックさんとドムさんの感想は、聞かなくても分かった。

 手と口を止めないのだから、満足している事は明白だ。 

 なぜだろう?

 この店の料理を、他の誰かが美味(おい)しそうに食べている姿を見ると、俺も嬉しくなってしまうな。

 おっと。俺も自分の料理を食べよう。

 今日は、蒸し鶏のすりゴマソース添えであった。

 一口大に切ってある蒸し鶏にゴマソースを付け、レタスと共に口へ運ぶ。

 口に入れただけで、ゴマの香ばしさが鼻まで広がって行く。

 鶏肉とレタスを噛むと、ジュワリとシャキッが重なり、二種の食感で口を楽しませてくれる。やはり鶏とレタスの組み合わせは、美味(びみ)だ。

 噛めば噛むほど、少し甘めのゴマソースが鶏肉と良く合い、味わいを深めてくれる。シャキシャキとしたレタスの瑞々しさも、良い。


「ふぅ。美味(うま)い」

「ねぇマルク。それ、私にもちょうだい」

「……良いですよ」

「微妙に嫌そうね。でも口に出したからには、もう終わりよ」


 そう言い、楽しそうに笑うサラスさん。

 俺は、大皿の取り分け様に置かれた小皿に料理を乗せ、隣のバルザックさんが俺へ差し出す手へと小皿を渡した。

 バルザックさんは、無言で横へ流し、サラスさんへ小皿を渡す。

 あまりにも自然な動きに、普段からこうなのだろうなと、容易に想像がついた。

 その、普段の豪快なバルザックさんとの違いが、少し面白い。


「あっ? 何だよ?」

「いいえ。バルザックさんも、大変ですね」

「いつも通り、だな」


 笑みを(こぼ)し、バルザックさんは酒を(あお)った。

 なる程……誰かの『いつも通り』を知るのは、中々に面白いものだな。

 口を閉じたまま感嘆(かんたん)を表現するサラスさんの声を聞きながら、俺は料理の続きを頂く事にした。

 あぁ、美味(おい)しい……宿での食事を断って、良かった。


「ハイ。追加のお酒だよ。ところでマルク。何でバルザック様と一緒なの?」

「仕事終わりに来たからね」

「あっ、違ぇだろ。おめぇが、夕食はここじゃなきゃ嫌だって俺達の誘いを――」

「バルザックさん。それ以上は勘弁して」

「アハハ。ごゆっくりー」


 笑うサンティは、何故(なにゆえ)かステップを踏みながら、店の裏へと去って行った。

 笑い声はサンディだけではない。

 五つの楽しげな声が、料理と酒で埋まった丸卓の上に木霊(こだま)していた。

 俺は、不服を示す為に(わざ)と鼻を一つ鳴らし、料理へ集中する事にした。

 皆の声を、伴奏代わりに、楽しみながら。

 まぁ、(たま)にはこんな夕食も、良いよな。

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