791.いつもと違う『いつも通り』
冒険者ギルドへの報告を無事に終えた俺は、狼のまんぷく亭に来ていた。
「へぇー。ここがマルクの通いの店、ねぇ」
「まっ。飯が美味ぇなら何処でもいいさ」
そう……なぜか、バルザックパーティー全員と共に。
一度、バルザックさん達が寝泊まりしている宿へ戻ったので、皆も俺も、武防具や荷物持っておらず、ほぼ手ぶら状態である。
まぁ、バルザックさん達は飲む気満々なのだろう。
サンディの迷惑にならなければいいけど。
「ん? 入らないのか?」
「いえ、ドムさん。行きましょう」
店の前で、まごまごしていても仕方が無い。入るか。
意を決し、狼のまんぷく亭へ足を踏み入れると、変わらず騒ぐ酔っぱらい達の声が俺達を出迎えてくれた。
丁度サンディが、入り口近くの客の前へ、六つの樽型ジョッキをまとめてドンッと置いている所であった。
今日も、給仕服から出たサンディのなで肩が、褐色に輝き、艶めいている。
「おまたせ。飲み過ぎないでよね」
「ういー」
もう既に酔っぱらっている客へ笑顔を向け、去ろうとするサンディの目が、俺達を捕まえた。
視線が俺から他の五人へと移っている……まぁ驚くのも無理はない。
たしかサンディも、バルザックさんのファンだった筈だ。
喜びの声が上がるかと思ったのだが、サンディの反応は普段通りであった。
「いらっしゃい、マルク。テラさんの話どおり、今日は遅かったね」
「こんばんは、サンディ。今日は、ちょっとバルザックさん達と一緒に外へ行ってたからね。いきなりだけど、席、空いてる?」
「奥でいい?」
「おう。何処でも良いぜ」
「はい、では……マルク御一行、ごあんなーい」
どこか楽しそうなサンディの案内に従い、歩く。
それにしても、この場合中心なのはバルザックパーティーじゃないのだろうか?
サンディよ。流石に『マルク御一行』は無いだろう……。
事実、変な呼び方に、サラスさんがケタケタと笑っている。
大人しくサンディに付いて行くと、普段と違う丸い卓へと案内された。
長年通っているが、こっちの丸い卓で食べた事って……うん、ないな。
まぁ、テラさんと一緒に食べる様になるまでは、ずっと一人だったのだから、大人数用の席を使う機会が無いのは、当然の事か。
思い思いに座り、六つの席は埋まってしまう。
バルザックパーティーに囲まれてしまった丸卓が、なぜか縮こまっている様に見えてしまった。
卓を不憫に思っていると、足早に離れて行ったサンディが、すぐに戻って来た。
その手に、驚きの物を持って。
「こちら、メニューになります」
「おっ、ありがとよ」
「なーに、食べようかしらねー」
「ふむ」
五つのメニューが、バルザックパーティーへと手渡される。
当然ながら、俺にはない。
まぁ俺は、いつも通り注文する必要が無いという事だろう。
しかし、近くでメニューを見た事があまりにも遠い過去の記憶である所為か、メニューが新鮮に見えるな。
これが、日常の中の、新しい発見という奴か……。
皆の注文が決まるまで、ゆっくり待とう。
「こういう店は、牛を喰えば分かんだよ」
そう言い、牛の厚切りステーキを頼むバルザックさん。
「後で分けなさいよ」
と言いながら、自身は野菜たっぷりの鶏スープで済ませるサラスさん。
言葉少なく、サラスさんと同じものを頼むテガーさん。
「ドレイクに止められたからな」
テガーさんが選んだ料理の理由を口にしながら、皆の分も合わせ、大皿で豚串と鶏の手羽先を頼むドムさん。
最後に全員分の酒を頼みながら、シチューとパンを注文するシャラガムさん。
同じパーティーとは言え、食の好みは違うものだな。
当たり前か。
「では、少々お待ちください。マルクは?」
「飲まないよ」
「だよね。りょーかい」
笑顔で立ち去るサンディを見送っていると、俺の右隣に座るバルザックさんから当たり前の疑問が飛んで来た。
「なぁ、マルク。注文しなくてよかったのかよ?」
「勝手に出てきますので」
「へぇ、変わってんなぁ……あれも狙ってる女の一人か?」
その不意を突く言葉に、ビクッと体が跳ねると共に、息を噴き出してしまった。
突然、何を言い出すんだ、この人。
「ゲホッ……いきなり何を。って分かってて言ってますよね? バルザックさん」
目一杯睨みを利かせても、バルザックさんには通用しない。
バルザックさんの笑う口元が、言葉を吐く前から『当然だ』と俺に伝えていた。
「ヘヘッ。まあな。おめぇがあちこち手を出せる程、器用じゃねぇってのは、知ってっぜ」
「バルザック。人の色恋に口出しするのは厳禁よ……で、実際はどうなのよ?」
「何も無いですよ」
「……チェッ、つまらないわね……」
「あはは、すみません」
そんな不満で口を尖らせても、ない話は、出ない。
「じゃあ、他の女の――む、むぐぅ」
「なぁ、マルク。前夜祭の時の話を聞かせてくれないか?」
続けて別の女性関係の話を聞きだそうとするサラスさんの口を、バルザックさんが、手で物理的に塞いでくれた。
それに合わせ、ドムさんが助け舟を出してくれる……実に良い連携だ。
恐らく聞きたいのは貴族の話ではなく、襲撃時の話だろう。
隠す事は特にないので、俺は、ありのままを皆に話す事にした。
暫し、前夜祭の話をしていると、樽型ジョッキを左右に三つずつ持ったサンディが、急ぐような足取りで卓へと近づいて来た。
まずは酒って事だな。
「おまたせしました。はい、マルクも」
「ありがとう。≪氷≫、≪水≫よ」
目の前に置かれた俺用の空ジョッキへ、氷と水を注ぎ入れる。
今日は、バルザックさん達の目を気にしてか、サンディの分はないらしい。
気にしないでもいいのに。
「料理は、ちょっとまってね」
「了解サンディ。でも、腹減ったよ」
「アハハ」
皆に酒を配ったサンディは、明るい笑い声を残し、去って行った。
ん?
気付けば、バルザックさん達全員が、ニヤリと口元を歪めていた。
緩めている、と言うべきかな?
「なるほどなぁ。これがおめぇの『いつも通り』って事か」
「ええ。こんな感じです」
「まっ、それは後で聞きましょう」
「おう。じゃあ、乾杯」
「「「「乾杯」」」」「かんぱーい」
全員でジョッキを掲げ、声を合わせる。
いつも通りならば『いただきます』なのだが、こういうのも、悪くない。
皆は、リンゴ酒であるシードルで喉を鳴らし、俺は水をゴクリと飲む。
ジョッキから口を離す皆が、大小様々な吐息を零す。
俺も、それに合わせ、口から息を吐きだした。
別に、水に爽快感があった訳じゃない。
ただ、皆に合わせ、そうしたかった。
それだけだ。
「おぉ、これは美味しい……マルクが通うのも、頷ける」
「あの子目当てじゃ、なかったのね。んー、野菜の味が染み出して、深いわ」
「うむ。美味い」
料理を口にしたシャラガムさん、サラスさん、テガーさんが次々と声を上げる。
肉を喰らうバルザックさんとドムさんの感想は、聞かなくても分かった。
手と口を止めないのだから、満足している事は明白だ。
なぜだろう?
この店の料理を、他の誰かが美味しそうに食べている姿を見ると、俺も嬉しくなってしまうな。
おっと。俺も自分の料理を食べよう。
今日は、蒸し鶏のすりゴマソース添えであった。
一口大に切ってある蒸し鶏にゴマソースを付け、レタスと共に口へ運ぶ。
口に入れただけで、ゴマの香ばしさが鼻まで広がって行く。
鶏肉とレタスを噛むと、ジュワリとシャキッが重なり、二種の食感で口を楽しませてくれる。やはり鶏とレタスの組み合わせは、美味だ。
噛めば噛むほど、少し甘めのゴマソースが鶏肉と良く合い、味わいを深めてくれる。シャキシャキとしたレタスの瑞々しさも、良い。
「ふぅ。美味い」
「ねぇマルク。それ、私にもちょうだい」
「……良いですよ」
「微妙に嫌そうね。でも口に出したからには、もう終わりよ」
そう言い、楽しそうに笑うサラスさん。
俺は、大皿の取り分け様に置かれた小皿に料理を乗せ、隣のバルザックさんが俺へ差し出す手へと小皿を渡した。
バルザックさんは、無言で横へ流し、サラスさんへ小皿を渡す。
あまりにも自然な動きに、普段からこうなのだろうなと、容易に想像がついた。
その、普段の豪快なバルザックさんとの違いが、少し面白い。
「あっ? 何だよ?」
「いいえ。バルザックさんも、大変ですね」
「いつも通り、だな」
笑みを零し、バルザックさんは酒を呷った。
なる程……誰かの『いつも通り』を知るのは、中々に面白いものだな。
口を閉じたまま感嘆を表現するサラスさんの声を聞きながら、俺は料理の続きを頂く事にした。
あぁ、美味しい……宿での食事を断って、良かった。
「ハイ。追加のお酒だよ。ところでマルク。何でバルザック様と一緒なの?」
「仕事終わりに来たからね」
「あっ、違ぇだろ。おめぇが、夕食はここじゃなきゃ嫌だって俺達の誘いを――」
「バルザックさん。それ以上は勘弁して」
「アハハ。ごゆっくりー」
笑うサンティは、何故かステップを踏みながら、店の裏へと去って行った。
笑い声はサンディだけではない。
五つの楽しげな声が、料理と酒で埋まった丸卓の上に木霊していた。
俺は、不服を示す為に態と鼻を一つ鳴らし、料理へ集中する事にした。
皆の声を、伴奏代わりに、楽しみながら。
まぁ、偶にはこんな夕食も、良いよな。




