790.町に戻れば
俺の敷いた魔力の結界を叩き割りながら戻って来たバルザックさん達と入れ違う形で、俺は取り残してきた魔石の回収へと向かう事にした。
まだテガーさんを治療中とはいえ、戻りが遅くならないようしないと。
枯れ木に擬態したモンスターが消えた為に、より寂しくなった山の中を走る。
これ程までに荒れた山を見ると、簡単に壊されるのは人の営みだけではないという事を、痛いくらいに思い知らされてしまう……。
だが、俺が気にして、どうなるものでもない。
こんな考え方していたら、テラさんがガッカリしてしまうだろうか?
まぁ少なくとも、この光景を見たらテラさんは悲しむだろう。
目印として地面に刺しておいた魔力の槍の側で止まり、親指大の小さな魔石を拾い上げる。
やはり、魔石もアルケーの森で見たパラサイトの魔石に似ている……気がする。
あの時、ユーディアナ様が不用心に魔石に魔力を込めた事を思い出した。
魔石から生まれる黒い霧が、ユーディアナ様の手へと伸びる様を。
今、俺が摘まんでいるこの魔石に魔力を込めたら、一体どうなるのだろうか?
止めておこう。
ただ、鉄骨竜に預ける際には、一言注意しておいた方が良いだろう。
俺は地面に刺さったままの魔力の槍を消しながら、バックパックへと魔石を入れ、代わりにパック先生の魔道具を取り出す。
「まぁ、無いだろうけど……」
左手に握る水晶球に魔力を込め、変質の楔があるかどうかを調べる。
予想通り、水晶球の中の針は、ピクリとも動かなかった。
「だよな」
魔道具を丁寧にバックパックへ戻した俺は、続けて戦闘中に放り投げてしまった剣を、拾いに行く事にした。
山の斜面を上りながら、先程の調査が空振りであった事を考えてしまう。
果たして、変質の楔が関わっていなかった事実は、喜んでいいのだろうか?
サイクロプスに、パラサイトらしきモンスター。
突然、湧いて出るモンスターにしては、物騒過ぎる相手だ。
変質の楔が原因でなければ、何故?
邪竜の目覚め? 月の女神を蝕んでいた淀み? それともまた別の?
偶然、という可能性も高くはあるが……そうであれば、逆に恐ろしい話だ。
調査も真相究明も、結局の所、人任せ、だな。
俺にやれることなんて、たかが知れている。
モンスターを……人の命を奪う相手を、倒す事だけ。
でも、それで良いんだ。
昔から何も変わってなくても、別にいい。
変わる事もあって、変わらない事もある。
変われない事も、変わっちゃいけない事も……モンスター狩りは、俺にとっては変わっちゃいけない事だ。
おっ、あった、あった。
地面に無造作に転がっていた鉄の剣を拾い、腰へと戻す。
剣を雑に扱うのも、昔と変わってないよな……少し、申し訳なく思うが――
「易々と、変われるものじゃないよな」
誰にも聞かれぬ独り言は、枯れ木の山に溶け、消える。
さて、急いで戻ろう。
バルザックさん達を待たせるなんて……嗚呼、恐ろしい。
治癒を終えたテガーさんの歩みに合わせ、俺達は帰路についた。
目につくモンスターは、行きに討伐を済ませていたので、帰路に出会うモンスターは少なかった。
それでも、やはり、山の中を進むというのは時間が掛かってしまう。
視界を奪う暗闇を、魔力の灯りで打消しながら、山を下る。
ピュテルの北門へ辿り着いた頃には、既に夕食時など、とうに過ぎていた。
まぁ、テラさんには遅くなる事は伝えてあるから、もう夕食を済ませ、今頃は屋敷で寛いでいるだろうな。
整列する門番兵達の間を進み、門を潜る。
魔工石の灯りで照らされた通りが、正面から出迎えてくれていた。
「ふぅ。流石に腹減ったな。干し肉だけじゃ足んねぇぜ」
「全くね。肉、食べに行きましょう、肉」
「おい。テガーを回復術士に診せるのが先だろ」
バルザックさんとサラスさん同様、俺の腹も空腹を訴えかけている。
だが今は、二人に苦言を呈するドムさんに賛成だ。
「わーってるって。ドム。テガーをドレイクの所まで頼んだぜ」
「その後、鉄骨竜に集合。夕食は、全部終わってからにしましょ」
「二人とも、分かり難い冗談を……」
「おいおい、サラスは兎も角、俺は、そこまで食い意地張ってねーよ」
「兎も角って何よ、失礼ね」
あっ、冗談だったのか。
バルザックさんとサラスさんなら、普通に報告やらなにやら放り投げて、夕食に行きそうだと思ってしまった。
あっ、報告……報告か……。
離脱するなら、今の内だな。
バルザックさんに気付かれぬ様に、ゆっくりと後退り、五人から距離を取――獣の眼光が、俺を睨みつけた。
だが、バルザックさんの視線に怯えるほど、俺は柔ではない。
「じゃあ、俺はこれで――」
背を向け、逃走しようと足を前に出した瞬間、地を蹴り、跳ねる音が聞こえた。
バルザックさんが跳んだ。
そう認識した時には既に、俺の頭は、大きな手によって鷲掴みにされていた。
もう、逃走は不可能だ。
「逃がすと思ったか? あっ?」
「あはは、冗談ですって」
「こら、マルク。馬鹿やってないで、早く行くわよ」
「はい」
「ったく」
バルザックさんは、その硬く厚い手の平で、俺の髪を掻きまわしただけで解放してくれた。
大剣を背負う大きな背が、サラスさん達を追い、遠ざかって行く。
まぁ、ギルマスも居ないという話だし、大人しく付いて行こう。
彼らが背を向けた今、逃げようと思えば……可能だ。
だが、信頼する様に背を向けられると……うん。もう、逃げられないよな。
俺は通りを真っ直ぐ南へ進み、鉄骨竜へと向かうバルザックパーティーの後を追った。最後尾から、ゆっくりと。
冒険者ギルド『鉄骨竜の牙』の本拠地は、普段と変わらず、人が多かった。
酒場の併設されたギルド内では、狼のまんぷく亭に似て、酔っぱらい達が屯しており、騒がしい……いや、騒がしかったと言うべきか。
仕事終わりに祝杯をあげるパーティーもいれば、取り分で取っ組み合いを始めそうなパーティーもいる。
とはいえ、ここで飲み明かしている冒険者達は、新しくピュテルの町へ訪れた新入りの冒険者達ばかりであろう。
多くの冒険者は、自分好みの店を見つけ、通い、そこで飲むのが常である。
当然、素面のままの冒険者達も居る。
彼らは、緊急の依頼が来た際に、動けるよう待機している人達だ。
まぁ、酒場の事は、どうでも良い。
俺やバルザックさん達が足を踏み入れた時の騒がしさが、まるで嘘のように、今の鉄骨竜は静寂に支配されていた。
それは、バルザックさん達が顔を出したからではない。
俺が顔を出したから……半分は正解だろう。
問題なのは、俺の視界の先に居る、髭野郎だ。
受付の裏から出て来たギルマスと、目が合ってから、無言の時が続いている。
奴は、何も言わず、ただ、俺を睨みつけていた。
互いに足を止め、視線を交わす。
自分の目が、今どんな風に変化しているか、想像に難くない。
シャーリーには、見せられない目をしているだろう。
静けさに飽きたのか、バルザックさんが大きな溜息を吐き、口を開いた。
「何やってんだ。ほら、行くぞ」
「はい」
声と共に動き出したバルザックさん、サラスさん、シャラガムさんの後を追い、受付へ進む。
受付の裏から出て来た所であったギルマスの髭面が、段々と近くなっていく。
「マルク。貴様、何の用があって、鉄骨竜に足を踏み入れた」
「あー、サラスさん。帰って良いですか?」
「駄目よ」
俺が心で溜息を吐くだけで済ませたのに対し、ギルマスは露骨な舌打ちと共に、眉間に深い、深い皺を作る。
あぁ、そう言えば、返事をしてなかったな。
「報告が済んだら帰るさ。そのくらい我慢してくれ」
「また騒ぎを起こす様なら……分かってるな」
また? また……あぁ、コカトリス討伐の報告をしに来た際の、ミュール様の戯れの事を言っているのか。
まぁ、喧嘩を売りに来た訳じゃないのだから、穏便に報告を済ませるだけだ。
「分かってるよ」
「フンッ」
鼻から強い息を吐きだし、ギルマスは外へと歩き出す。
俺達は、ギルマスと入れ違う形で、受付へと辿り着いた。
「よっ、ガーベラ。仕事終わったぜ……って聞いてんのか? おい」
「あっ、はい。では、魔石をこちらへ」
笑みを浮かべたまま凍り付いていたガーベラさんが、バルザックさんの声で再び動き出す。
仕事の事は、バルザックさんに任せれば大丈夫だろう。
ギルマスと俺のにらみ合いが終わったからか、酒場では、ざわざわと声が響き始めていた。何を言っているのかは、小声過ぎて聞き取れない。
まぁ、何をお喋りしていようと、彼ら、彼女らの自由さ。
「よく我慢したわね、マルク。一発ぶちかますんじゃないかと、心配したわよ」
「偉いぞ、マルク」
「シャラガムさんまで……俺ってどんな風に、思われてるんです?」
「そりゃあ……ねぇ」「それは……なぁ」
声を合わせた二人の沈黙が、ろくな印象ではない事を、如実に表していた。
身から出た錆とはいえ、悲しいよ、サラスさん、シャラガムさん。
「お前ら、部屋用意したから、裏行くぞ」
「はーい」「ああ」
「……分かりました」
肩を落とし歩く俺に、受付の中からガーベラさんが笑いかけてくれた。
その口元を、ピクピクと引きつらせながら。
ガーベラさんからも、粗暴な印象を持たれていたっけな……。
最早……何も、言うまい。




