789.サラスの問い
俺はサラスさんと共に、警戒を兼ねた休憩を取っていた。
警戒と言っても、魔力の結界で守りを敷いていいるので、周囲へ目を血走らせる必要は無い。
恐らく『先に休んでな』という、バルザックさんの気遣いなのだろう。
有難く、休憩させてもらうとしよう。
倒れた枯れ木に腰掛けるサラスさんと隣に立つ俺は、今、同じ光景を見ていた。
視線の先では、傷ついたテガーさんが巨大な水の塊に包まれ浮かんでおり、側に立つシャラガムさんが魔力を込め続けている。
あれは、シャラガムさんの使う治癒魔法『祝福の霊水』だ。
足先から頭の先まで、全身を祝福の霊水に委ねるテガーさんは、目を瞑ったまま穏やかな表情を浮かべていた。
未だ、折れた右腕が水の中でぶらりと垂れ下がっているが、痛みはないらしい。
彼ら二人の近くには、ぐしゃりと形の変わってしまった胸部甲冑と、長い柄の折れ曲がった大斧が置かれていた。
それらは、サイクロプスの一撃が如何に強烈であったかを物語っていた。
もしも、サイクロプスの攻撃を受けていたのが俺やサラスさん、シャラガムさんであったのならば、即死していたであろう。
傷ついた人の姿を見ると、戦いが死と隣り合わせである事を、思い返させてくれる……いつも……何度も。
生きていて良かった。
思うのは……それだけで良い。
「全く。冷や汗かいたわ」
「無事で何よりです」
「ねぇマルク。あんたってダークマター騒動の時、あのサイクロプスを一人で倒したんでしょ? って言っても否定するだけよね」
「知っての通り、町の魔術師達と一緒に」
「ハイハイ分かってるわよ。それにあの訳わかんない枯れ木の化物も独りで……あれって結局何だったの?」
俺に問われても、その……困る。
目星は付くが、俺の知るそれとも違うし、恐らくアルケーの森の人々やテラさんが知るそれとも違う。
だが、遠目では何となくであったが、接近し、斬って分かった。
色は違えど、あの精霊樹に寄生していた黒いパラサイトと姿形が同じであると。
確証はないが、伝えておくべきか。
「恐らくは『パラサイト』っていう、木に寄生するモンスターかと……」
「パラサイト……知らないわね。それに、そんな自信なさげで、よく独りで戦う気になったわね」
「出来れば一緒に戦いたかったですよ」
「あんたねぇ……嘘ってバレバレよ」
「あはは、すみません」
サラスさんへ視線を落とさなくても、流石に分かる。
今、俺をジトリとした目で突き刺す、サラスさんの視線ぐらい。
「まぁ、いつもの事よね。サイクロプスに戦力を回すってのも分かるけど、何か、そう、独りで戦いたい理由があったんでしょ?」
「その……パラサイトの事は、あまり口外する事じゃないので」
「理由ぐらい聞かせなさいよ」
アルケーの森と精霊樹に寄生したパラサイト。
この二つは、あまり人に語るべき事ではない……のだが、戦いの様子や理由だけなら別に大丈夫だろう。
サラスさん達は、他人へ軽々しく話す人ではないしな。
「前に一度戦ったパラサイトは黒かったんですけど、そいつが黒い霧を辺り一面に発生させる奴だったので。サラスさん達が巻き込まれたら、危ないなと」
「黒い霧って、あの浸食の悪魔の時のあれ?」
「はい」
やはりサラスさんは、理解が早い。
黒い霧という一言で、事情が伝わったみたいだ。
代わりに、深い溜息が聞こえて来たが、気にしないでおこう。
「あんたねぇ……そういうヤバい事は、先に言いなさいよ。どうせその時も、あんたが独りで暴れて、倒しちゃったんでしょ?」
「独りじゃないですって……本当ですよ」
「フフッ。なら良いわ」
てっきり、疑念に満ちた言葉が返って来ると思っていたのだが、そのサラスさんの声は、どこか嬉しさを含むように弾んでいた。
喜ぶ所なんて、あったっけ?
「まっ、その黒い奴の話は兎も角、今回の話は、後でみっちり聞かせて貰うから」
「それって……鉄骨竜で、ですよね……」
「なーんだ。分かってるじゃない。流石に戦ってもいない私達が報告したって意味ないでしょ? 独りで倒したあんたしか、報告できないんだから、ね?」
視線を向けると、倒れた枯れ木に座ったままのサラスさんが、口元をニヤリと歪めながら俺を見上げていた。
うーむ、一か八か……頼んでみるか。
「ここはひとつ、バルザックパーティーが両方討伐した事に――」
「しないわよ」
「ですよね」
まぁ、駄目だよな。
はぁ、町へ帰る頃には、もう夜だろうし、夕食よりも報告が先か……願わくば、ギルマスの髭面を拝まずに済みますように……。
太陽の輝く空を見上げ、祈っておこう。
太陽神へではなく、何処の誰かも知らぬ、運命の神に。
「ハハハッ、大丈夫よマルク。ギルマスはギルドに居ないから。会議に貴族のおべっかにって、今も忙しそうに、あっちこっちと駆け回ってるわよ」
「……それ、後者は仕事じゃないですよね」
「でしょうね」
昔も今も、ギルマスは何も変わっていないらしい。
そんなにポンポンと性格が変わっても、怖いだけか。
つい出てしまった俺の溜息を聞いてか、サラスさんがクスッと笑みを零した。
「ほんと、マルクって、あの髭のこと嫌いよね。別にマルクなら、ギルマスの事なんて気にせず自由に鉄骨竜に出入りしても良いのよ。文句言う奴も、言える奴も居ないもの」
「……ありがとう、サラスさん。でも、やめておきます。今更、鉄骨竜に……冒険者に戻る気はないので」
「私としては、どっちでも良いんだけどね。今もこうして、やってる事は、なーんにも変わってないもの」
「…………それは、言わないで下さい」
視線を逸らした俺の耳へと、サラスさんの上機嫌な笑い声が入り込む。
話が耳に入っていたのか、俺が視線を逸らした先でも、シャラガムさんの知的な横顔が笑みによって崩れていた……気にしたら、負けだ。
「まぁ、冒険者やってた時からすれば、好きにゆったり生きてますから」
「そうそう。話が逸れちゃってたけど、それが聞きたかったのよね」
「ん? 普段何してるかですか?」
サラスさんも変な事に興味を持つなぁ。
だが、俺の言葉は的外れだったらしく、即座に否定されてしまう。
「違うわよ。今の話の流れから、マルクの私生活に繋がる方が可笑しいでしょ」
「ですね」
「そう。聞きたいのは、あの真っ赤な『炎帝竜の大剣』の事。今日は使わなかったみたいね」
聞きたい事はモンスターの事でも鉄骨竜の事でもなく、魔法の事だったのか。
そういえば『あの炎の事は、後で聞かせなさい』とダンジョンの中で言われてから、まだ話をしていなかった。
品評会、前夜祭、そして襲撃と、ドタバタしてたからなぁ……。
「まぁ、あれを使うと魔力が枯渇しそうになるので……それにまだ、制御が甘いですから」
「あぁ。手の事ね」
「それもありますけど、山に燃え移りでもしたら……」
小さな炎一つでさえ、この連峰の自然全てが、燃えて消えかねない。
それぐらいの力は、あの炎帝竜の大剣には、あると思う。
「全く。そんな顔を顰めなくても大丈夫よ。シャラガムも言ってたでしょ? 『マルクの腕なら問題ない』って」
シャラガムさんの落ち着いた声色を真似て喋っているが、微妙に言葉が違う気がするよサラスさん。
「そう、ですかねぇ」
「ええ、自信持ちなさい。今日の炎竜の一閃もだけど、あんたの魔力操作は、昔とはちょっと毛色が変わったもの。その有り余った魔力を叩きつける様な使い方じゃなくて、もっとこう……緻密な感じ?」
「いや、聞かれても」
「何となくよ」
フッ、と鼻から息を抜くサラスさん。
まぁ俺も、何となく理解出来る。
魔力操作の上達は、テラ師匠とミュー師匠のお陰である。
冒険者だった頃と今とでは、違いは大きい……だろう。
それに、サラスさん程の魔術師に純粋に褒められるというのは、嬉しいものだ。
「その……ありがとうございます……って、あれ? サラスさんってあの時、俺が山火事起こすって心配してませんでしたっけ?」
「誰でもするでしょ、普通……プッ、何であんたが頷いてんのよ」
あっ、つい。
御尤も過ぎる意見に、首が勝手に動いてしまっていた。
普通心配するよな、山火事。
「あーもう。また話が逸れちゃったじゃない……私が聞きたいのは一つだけよ」
「何でもどうぞ」
別に隠す事は無いし、その質問、受けて立とうじゃないか。
倒れた枯れ木を椅子代わりにしたままのサラスさんへ態々向き直り、ドンッと構えて見せる。
「マルク。あの深紅の炎で、何を焼くつもりなの?」
「恐らく神を」
「相変わらず即答する子ねぇ。ごめん、やっぱもう一つ。誰の為に? あんたの事だから、自分の為なんかじゃないわよね」
「いえ。自分の為です」
「フフッ。ほんっと、嘘つくの下手ね、あんた、アハハハハ……」
嘘じゃないんだけどなぁ……まぁ、サラスさんが上機嫌だから、別に良いか。
腹を抱え、肩を揺らすサラスさんの姿は、先程までサイクロプスと戦っていた事を忘れているかの様であった。
その笑い声が治まるまでは、頬でも指で掻いておくぐらいしか、やる事が無い。
一通り笑い終えたサラスさんは、上機嫌なまま、俺を見上げ、また笑った。
空で輝く太陽が、サラスさんの褐色の肌を照らしている。
美人のお姉さんに笑顔を向けられて、まぁ、悪い気は、しないよな……。
「マルク」
「はい」
「誰の為かは聞かないけど、あんたの好きにやりなさい。もし間違って世界を焼き払ったとしても……きつーいお説教だけで済ませてあげるから」
「……ありがとう、ございます」
そうか……聞きたいのは、魔法の事じゃ……なかったんだな。
誰かから貰える心配は、あったかいなぁ。
炎よりも、太陽よりも。
「あっ、それと。そんな相手とやり合うなら、私も混ぜなさいよ」
「それ、バルザックさんにも言われました」
「なによ。先、越されてるじゃない」
「俺達も忘れるな」
そう言うシャラガムさんに目を向けると、祝福の霊水へ魔力を込めながら、シャラガムさんが左手を振っていた。
水の中のテガーさんもまた、目を瞑ったまま左手を俺へ向け、振っていた。
あの水の中って、周りの音、聞こえるんだ……。
「はい。その時は、よろしくお願いします」
俺はシャラガムさんとテガーさんへ頭を下げ、そしてサラスさんへ頭を下げた。
深く理由を聞かずとも、共に戦ってくれる人がいる。
それがどれだけ心強いことか……知っていても、やっぱり……嬉しい。
最近は投稿時間が不規則で申し訳ありません




