786.燃える木々
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木々を薙ぎ払う想像と共に、この身の内側にて炎の力を高める。
「我が内なる竜の目よ。その眼光を以て射抜き、その炎を以て灰燼と化せ――」
本来、ただ横に炎で薙ぎ払う魔法。
それを繊細に操る為に言葉を紡ぎ、魔力を炎へ、そして魔法へと変える。
生み出すのは炎竜の放つ一撃。
俺は空へ左手を掲げ、呪文を唱えた。
「――≪炎竜の一閃≫」
左手から生まれた魔力の塊が、赤く輝きながら空へと飛ぶ。
高く、高く。
上昇する魔力の塊を停止させ、俺は掲げた左手を振り下ろした。
「薙ぎ払え」
言葉に従い、魔力の塊から一筋の赤き光が放たれた。
その光が指し示すのは、遠い枯れ木の根元。
光そのものに熱はなく、ただ地面へ突き刺さるだけ。
魔力の塊から放ち続ける光を操り、空から地上へ線を引く。
枯れ木と枯れ木を、光の線で繋ぐ、繋ぐ、繋ぐ。
瞬く間に五十の線を地面に刻み、俺は魔法の力を解放させた。
瞬間、描いた線に沿って炎の柱が立ち昇り、枯れ木を包み込んだ。
炎を制御し、狙った枯れ木以外を燃やさぬ様に集中する。
アッと口から零すよりも早く、枯れ木が黒に染まり、砕け、地に落ちた。
だが、瞬時に焼け落ちたのは枯れ木だけであった。
「チッ。そう言う事かよ」
バルザックさんの呟きに合わせ、全員が炎に包まれている木々へと駆け出す。
十数本の枯れ木は、燃え、朽ちた。
今もなお朽ちず、残り、燃え続けている木々……あれらは、モンスターだ。
擬態は無意味と知ってか、モンスターは幹と枝を大きく揺らし、暴れている。
だが暴れ、払おうとも、その枝の先端まで焼く炎は、消えない。
恐らく、奴らに追撃は不要だ。
だが問題なのは、枯れ木に擬態しているモンスターが、今、燃えている奴らだけではない事。そして、どれ程いるか分からぬ事。
立ち並ぶ枯れ木の森を走りながら、周囲へ警戒の目を向ける。
すると突如、通り過ぎようとしていた横の枯れ木から魔力を感じた。
俺達は一斉に跳び、散開する。
魔力を感じ取れぬはずのバルザックさん達戦士も、ほぼ同時に動いていた。
そして、伸び、しなり、振り下ろされた枯れ木の枝は、誰も居ない地面を抉る。
戦士の動きは速い。
躱すと共に得物を手に持ったバルザックさん、ドムさん、テガーさんは、俊足を以て枯れ木に接近していた。
俺達魔術師は、周囲を警戒しながら枯れ木から離れる。
伸び、振り下ろされる枝を、大剣と大斧が粉砕する。
剛腕にて払う一撃に、細い枝状の腕が耐えられる訳がなかった。
バルザックさんとドムさんが枝を吹き飛ばす中、独り幹へと接近したテガーさんが、両手で握り締めた大斧を振り抜いた。
直角に侵入した大斧の刃が、枯れ木の幹を両断する。
二つに分かたれたモンスターは、その上部を重力に任せ倒しながら消滅していった。地面へ繋がる下部もまた、同時に消える。
その間に燃えていたモンスター達もまた、塵となり、消滅していた。
切断され、消えた敵。
燃え、消えた敵。
その二つを見た俺は――俺達全員は、警戒をより強めた。
そして全員の言葉を代弁するように、バルザックさんが呟く。
「本体は、何処に居やがる」
消滅したモンスターは、魔石を落とさなかった。
ロードゴブリン、イービルリッチ等々……モンスターの中には、己の魔力を使って別のモンスターを召喚する力を持つ者がいる。
そして、奴らに生み出されたモンスターは、魔石を残さない。
この枯れ木に擬態していたモンスターも、同じく。
生み出したモンスターが、燃やされ、叩き折られたのだ。
もうすでに、本体であろう謎のモンスターも、俺達の事を認識している筈。
各人、周囲を警戒する中、バルザックさんの声が静寂に響いた。
「シャラガム、なんで分かった?」
「話にあった倒木が無い。それと分かり難いが、微妙に色が違う」
「あ? 全部同じに見えるぜ」
「同じく」「私も」「ああ」「うむ」
バルザックさんに同意する様に、俺達の声が重なった。
残念ながら俺達は、シャラガムさん程に繊細な色彩感覚を持っていないらしい。
周囲の枯れ木を見比べても、似た枯れ木にしか見えない。
先程不意打ちしてきたモンスターの姿を思い返しても、枯れ木とモンスターの違いなど分からなかった。
恐らくシャラガムさんから見ても、本当に分かり難いのだろう。
でなければ、先の不意打ちを受けずに済んだ筈である。
これは探すのに苦労しそうだ。
そう思った矢先、相手が先に動いた。
大地が揺れると共に、北東から強大な魔力が突如として現れたのだ。
大地の揺れから、サイクロプスの攻撃を思い出したが、今立つ地面に魔力は感じない。
揺れは体勢を崩す程大きなものではなかったが、安易に動く事は出来ない。
魔力を感じた北東へ体ごと向き直り――北東の空に、赤い何かが浮いていた。
赤い何かと共に、東に生えていた枯れ木もまた空へと浮かんでいる。
俺は、遠くに浮かぶ赤い何かを見て、既視感を覚えた。
色こそ違えど、あの膨れ上がった瘤の様な姿は、アルケーの森で見たパラサイトに似ている。
特に、精霊樹に寄生していた奴に、酷似している気がした。
遠目からでも、ぼこぼことした表面が脈打っているのが分かる。
だが、あれがパラサイトならば、なぜ浮いている?
木々への寄生を捨て、何をするつもりだ?
疑問を浮かべると同時に、俺は攻撃へと移っていた。
遠い。だが、これならば撃ち抜ける。
「≪氷結の投擲槍≫」「≪魔力の槍≫」
俺が頭上に槍を生み出すよりも早く、サラスさんの生み出した薄紫色をした槍が空を駆けた。
一斉に飛ぶ二十五の槍は、その勢いを落としながらも赤い瘤へと進む。
だが、赤い瘤と共に地上より浮かび上がっていた枯れ木達が、魔力の槍と赤い瘤の間に次々と割り込み、盾となり始めた。
勢いを落とした槍では、枯れ木を砕く事しか出来ない。
防がれたサラスさんの攻撃を追う様に、俺も氷の槍を放つ。
分散し、放つ魔力の槍と違い、赤い瘤へ向け一点突破を仕掛けた俺の槍は、盾となった枯れ木の幹を一つ、二つと貫く。
だが、三体目の胴に突き刺さり、氷の槍は止まってしまった。
一歩、届かない。
凍り付き、地上へ落ちる三本――いや、三体の枯れ木に似たモンスター。
奴らが落下し、砕ける間にも、赤い瘤と宙に浮く枯れ木は動き続けていた。
山のあちこちから集まった枯れ木達は、盾になるだけではなく、赤い瘤を守る様に捻じれ、重なり、ある形を作り上げていく。
赤い瘤を中心とした球体を頭とし、そこから首を、胸を、胴を、腕を、腰を、足を作り上げ、高く聳える巨人へと姿を変えた。
高い、高い位置から、赤い瘤が、巨人の一つ目の様に俺達を見下ろしていた。
巨人は、目測できぬ程に、大きい。
「おいおい一つ目って……調達屋の奴ら、とんだ節穴野郎だぜ」
揺れが収まる中、バルザックさんの声が聞こえるが、俺はそれに同意する事が出来なかった。
命知らずの調達屋が何者かは知らないが、こんな山の奥まで足を延ばせる人が、この木の巨人とサイクロプスを見間違えるとは思えない。
ならば――走る悪寒に従い、俺は周囲を見回しながら呪文を唱えた。
攻撃の為ではなく、偵察の為に。
「≪風の羽≫、≪獣王の跳躍≫」
放つ魔力が地面を穿ち、俺の体を真上へと跳び上がらせる。
まだ、高く。
「≪獣王の跳躍≫」
呪文を唱えず生み出した魔力の足場を破壊しながら、更に上へと跳び、風の羽を用いて、ゆっくりと体を回転させる。
北東には、枯れ木の集合体である巨人。
眼下の枯れ木の森に、動く木や他のモンスターは見つからない。
そして、西に――居た。予想通り。
地上からは山の起伏に隠れて見えなかったが、灰色と黄色の中間のような色をした四つ腕の巨人が、此方へ向け近付いて来ている。
俺は、動き出した木の巨人を警戒しながら、自由落下に身を任せた。
「西からサイクロプスが接近中です」
着地の少し前に風の羽へ魔力を込め、落下速度を落とし、穏やかに着地する。
俺を迎えるのは、苦虫を噛み潰したバルザックさんの顔であった。
「チッ、撤退するしかねぇか……」
そう、撤退も選択の内だ。
選べる方針は、三つ。
挟み撃ちにあってでも、一丸となって木の巨人と戦う。
一度撤退して、応援を呼ぶ。
そして、もう一つは、二手に分かれて戦う。
どれか一つを選ぶとすれば、三番目だ。
俺の頭の中に、嫌な想像が浮かび上がる。
あの赤い瘤が、アルケーの森で精霊樹に寄生していた黒いパラサイトと似たモンスターであるならば、もしかしたら黒い霧を吐き出すかもしれない。
俺一人ならば、炎獄王の鎧を使えば、ある程度は黒い霧も防げる。
だが、バルザックさん達は……選べる選択なんて、結局ないんだよな。
「バルザックさん達は、サイクロプスを」
「おい、てめぇ!」
「枯れ木の原因は恐らくあの赤いのです。放っておけば、もっと力を付けます」
「今、やるのが良いってか……チッ、死ぬんじゃねーぞ」
「当然」
流石バルザックさん。決断が早い。
他の皆の言葉を聞かず、俺は北東へ、木の巨人へ向け走り出した。
すると背後から、サラスさんの怒声が聞こえて来た。
「マルク! 無茶したら分かってるわね!」
「はい」
死にたくも無いし、サラスさんに引っ叩かれたくもない。
たった一言で、気負う心が解けていく。
ありがとう、サラスさん。
そう、背はバルザックさん達に預ければいいんだ。
俺は、俺のやるべき事をやろう。
まだ遠く、枯れ木の集まる足が、一歩、一歩と、此方へ向け動く。
目標を見定めた俺は、斜面を強く蹴り、更に前へと駆けた。




