785.小休止と可笑しな願い
俺達は、木の根に腰を下ろし、体を休めていた。
魔力で雑に作り上げた薄紫色のカップを片手に、干し肉をゆっくり噛み続ける。
皆、一様に、無言で顎を動かし続けていた。
硬い干し肉を少しずつ口の中で解して行くと、次第に口の中に肉の味わいが広がり始める。少々しょっぱいのも、ご愛敬だ。
黙々と咀嚼を続ける中、サラスさんとシャラガムさんが浮かない顔をしながら、脇に置いた道具袋を眺めていた。
道具袋は、道中討伐したモンスターの魔石でパンパンに膨れ上がっている。
魔石が道具袋に何かあるのだろうか?
『どうしたんですか?』と尋ねたいが、今は残念ながら口が塞がっている。
俺も、サラスさん達も。
先に食べ終えた俺は、疲れた顎を休めながら、茶で一息入れ、皆が食べ終えるのを待った。
ふぅ……山の中、茂る木々の中で飲む茶も、中々良い。
鼻から吸う息に意識を向けると、町では感じない雑多な匂いが漂っている事が分かる。木漏れ日で輝く草々もそう、今腰掛けている木もそう。
こうして、テラさんが好きそうな自然を感じられるのも、休憩中だから、だな。
これでモンスターや野生生物を警戒しなくて済むのならば、もっと良いのだが。
まぁ、人の生活圏の外なのだから、まったり休憩とはいかないか。
その時「プハァー」と酒でも飲んだ後の様な、深い吐息が聞こえて来た。
吐息の主であるバルザックさんへ目を向けると、カップを見ていたバルザックさんの顔が此方へ向き、視線が重なった。
普段の威圧的な鋭い目と違い、僅かながら目尻が柔らかい。
「へヘヘッ。茶があると肉も美味ぇぜ」
「普段は水の魔工石で済ませているからな……はぁー、やはり良い味だ」
どうやら、ドムさんも魔法の茶を気に入ってくれたらしい。
二人とも世辞で言っている可能性もあるが、称賛は素直に受け取っておこう。
「どういたしまして。おかわりもありますよ」
「ぷはぁー。マルク、おかわりー」
そう言うサラスさんであったが、カップを掲げたまま動こうとはしなかった。
山道を歩き続けて、動きたくない気持ちは分かる……仕方がないなぁ。
俺は立ち上がり、サラスさんの前まで行き、指の触れぬ先の先から茶を流し、サラスさんのカップへ注いだ。
「ありがと」
気が付けば、他の四人もカップを持ち上げ、おかわりを要求していた。
皆、警戒の為、それぞれ少し離れた場所に座っているので、全てのカップの上に直接茶を生み出すのは、少し億劫である。
俺自身が移動し、直接注いだ方が楽だ。
面倒だが一人一人に茶を配り、俺は再び、先程の木の根へと腰を下ろした。
各々から礼の言葉が飛んできたので、返礼代わりにカップを持ち上げ、答える。
そのまま茶を飲み、休憩を続けていると、バルザックさんとサラスさんの会話が聞こえて来た。
「にしても、ちっとばかし厄介だな」
「ほんと。モンスター多いわね」
「帰ったら、こっちも報告か……面倒臭ぇ」
「そっちは任せたわよ、バルザック」
「ケッ」
ん? モンスターが多い?
たしかに、道中現れたモンスターの数は、多少多く感じる。
だが、誤差の範囲内だと思う……こういう時は、聞くに限る。
「あの? サラスさん。モンスターが多いって、どういう事ですか?」
「ん? あー、マルクは知らないで当然よね」
「ちょっと待て、マルク。おめぇ、鉄骨竜から何も聞いてねぇのか?」
納得した様子のサラスさんと、困惑からか眉を顰めるバルザックさん。
二人の対照的な反応を見ても、何が何だか俺には分からない。
鉄骨竜? 何か聞いておくべき事でもあったのだろうか?
「えっと、何の話です?」
「ったく、あいつら……世話になったなら事情ぐらい話しとけってんだ」
そう吐き捨てる様に呟くバルザックさんの代わりに、ドムさんが事情を説明してくれた。
「簡単に言えば、最近……邪竜の目覚めの後から、モンスターの出現が少しばかり不安定になっていてな。鉄骨竜が現在調査中って訳だ」
「ギルド職員も、マルクに話すべき事じゃないと思ったんじゃない?」
「噂が市井に流れれば、ただ不安が広がるだけだからな」
サラスさんの言葉に、シャラガムさんが続き、意見を後押しする。
鉄骨竜が情報を秘する理由は頷けるし、第一、俺はもう部外者なのだから、態々そんな情報を伝えはしないだろう。
テガーさんの大きな頷きからも、それが当たり前な判断であると分かる。
バルザックさんが義理堅いと言うか、律儀なだけだな。
野性味ある姿と、溢れ出る戦闘欲に似合わず、良い人である。
「そんな事になってたんですね」
少しだけ、思い当たる節がある。
アルケーの森もそうだし、今いる山の東側、炎帝竜さんの縄張り近くもそうであった。もしかしてデュラハンやコカトリスも、そうだったのだろうか?
もしかしたら、ダンジョン内も?
いや、無駄な考えだな。
情報が足りぬまま点と点を結んでも、それは妄想にしかならない。
ただ、ダンジョン深部へのAランク冒険者派遣を、ギルマスが渋っていた理由の一つが、今更ながら分かった。
当然、外に不安がある状態で、戦力をダンジョンの調査に割きたくないよな。
あの髭面の利己主義は気に食わないが、理解は出来る。
「ちなみにだ。四日前にまとめて討伐して、これだぜ」
サラスさんの脇に置かれた道具袋を指差しながら、バルザックさんが言う。
四日前……なる程。
祭りの前に、安全確保のため近くのモンスターを減らしていたんだな……そういえば昔、この時期になると近くのモンスターを討伐する依頼に、助っ人依頼で参加し、あちこち駆け回っていたな。
おっと、昔の自分を思い出していても仕方が無い。
俺は、素直な感想を、バルザックさんへ伝える事にした。
「四日でこれだと、たしかに多いですね」
「倒すのは良いんだがよぉ、流石にサイクロプスを前に、消耗したくねぇよな」
「なら、調達屋みたいに隠れながら進む?」
その問いに、バルザックさんがどう答えるか?
そんな事、重々承知の上で、サラスさんは言っているのだろう。
俺にだって分かる事なんだ。寝食を共にするパーティーメンバーなら尚の事。
そして予想通りの答えが返って来た。
「んな事、出来ねぇから厄介なんだよ。全部、ぶっ飛ばして、真っ直ぐ進もうぜ」
「まっ、そう言うわよねー。ちょっとは私にもやらせなさいよ」
「魔力使い過ぎんなよ」
「それは、マルクに言いなさい」
受け流す様に、俺へ話題を移すのは止めて貰えませんかね、サラスさん……。
ダンジョン第五十七階層の戦いにおいて、バルザックさん達の前で魔力切れを起こしてしまった手前、何一つ言い返す言葉がない。
俺に出来る抵抗は、そっと視線を逸らす事だけであった。
「ハハッ、違ぇねぇ。さて、休憩終わりだ」
バルザックさんの声に従い、各々カップを地面へ置き、立ち上がる。
俺が魔力で作った六個のカップ全てを消滅させると、カップに残っていた数滴の茶が宙に投げ出され、そのまま地面を濡らした。
皆、残さず飲んでくれたらしい。
「ごちそうさん。じゃあ、行くぜ」
「「「「おう」」」」「はーい」
今し方まで休憩していたのが嘘のように、スタスタと山の中を歩き出す。
自然と隊列を組み、北へ。
木々の茂った山中は、似たような場所の連続であった。
どこもかしこも、木、木、木。
遠く、東へ真っ直ぐ進めば、岩場があるのだろうが、正直自信がない。
だが、地形に多少の起伏があれど、上りと下りの違いくらいは分かる。
山の奥へと下る俺達を、モンスターが……待ち受けてはいなかった。
一体たりともモンスターが見当たらぬ山を不気味に思い、より一層警戒しながら慎重に歩を進めて行く。
すると、違和がどんどんと近付き、俺達の前に広がった。
そこには異様な光景が広がっていた。
山の奥へと下る程、木々の密度が薄くなっており、そこに生える木たち全てが、枯れ果て、朽ちている。
右も左も、視界が開け始めた前方も。
「話通りだけどよぉ……これ、どうなってんだ?」
「さぁ? この辺りの筈よね?」
「……見当たらないな。もっと奥か?」
サラスさんとドムさんは、拭えぬ疑問をそのまま口にする。
思案気に「うーむ?」と呟くテガーさん。
シャラガムさんは、何か気になるようで、周囲の枯れ木へと目を向けていた。
俺もサイクロプスを探してみたのだが、サイクロプスが歩き、倒したという木々すら見つける事が出来なかった。
「探すしかねぇか」
「どっかに行ったとしたら、困るわね」
「みんな、止まれ」
更に奥へと進もうとする俺達を、そうシャラガムさんが止めた。
全員が言葉に従い、立ち止まり、シャラガムさんの次の言葉を待った。
敵襲の可能性を考え周囲を見回す……だが、特にモンスターの姿は見えない。
ふと、シャラガムさんが俺を見ている事に気付いた……何だろう?
「マルク。一つ頼みがある……あの一帯を焼き払ってくれ。今、すぐに」
シャラガムさんが指で指し示したのは、俺達が進もうとしていた北から僅かにずれた、北北東であった。
何だか分からないが、あの一帯だけ燃やせば良いんだな。
自分の判断も大事だが、シャラガムさんの言葉は、きっと何か意味がある。
「分かりました」
「ちょっと、いきなり何言ってんの? ここ、山の中よ」
「マルクの腕なら、山火事は起きん」
「はい。任せて下さい」
答えを口にしないのは、恐らくシャラガムさん自身、半信半疑だからだろう。
ならば俺は、シャラガムさんが信じた半分に賭けよう。
俺はバルザックさんの前へ移動し、魔法の準備を始める事にした。
想像するは炎。
シャラガムさんの指す『あの一帯』を焼き払うのに適した魔法を選び、俺は言葉を紡いだ。




