784.ジャイアントスネーク
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大木の緑から顔を出したジャイアントスネークの動きは、素早かった。
先端の細まった丸い顔が、枝を薙ぎ払いながら降下を始めると共に、顔と同じ薄褐色の長い胴が姿を見せ始める。
発見と同時に駆けだした俺とバルザックさんが接近するよりも早く、ジャイアントスネークが地を擦る音が聞こえた。
大木へと続く蛇の道を並走するバルザックさんが、短く声を上げた。
「前、もらうぜ」
「≪氷結の投擲槍≫」
俺は返答代わりに呪文を唱え、迎撃の準備を進める。
呪文は魔法となり、俺の頭上に生まれた青白い結晶が形を変え、一本の槍へと変化した。まだ、放たない。
足を止め、ジャイアントスネークが近づくのを待つ。
奴は、離れた相手を攻撃する手段を持たない。
必ず近づいて来る。
バルザックさんも迎撃の為に足を止めていた。
距離を空けた前方で、バルザックさんは背から大剣を抜き、正面へ構える。
地を擦り、木の幹を削る音が響き、大蛇が迫る。
遠目では分からなかったが、今、地に道を描き直している大蛇は、高さだけでも俺の胸程に達していた。
全長は……うねり、揺れる胴の長さは、目測出来ない程に長い。
地を這う速度を上げた大蛇の縦に長い目が、バルザックさんを見た。
敵の狙いを確認した俺は、機を待つ事にした。
怒涛の勢いで迫る大蛇に対し、新たに呪文を唱える暇は無いが、この秒の間を待つ事は出来る。
大蛇は勢いのままに鎌首をもたげ、口を大きく開いた。
上顎から伸び、口内へ向け内側へ反り返っていた二本の牙が、姿を見せ、バルザックさんを突き刺さんと、狙っている。
この瞬間を、待っていた。
俺は開いた口へ向け、待機させていた氷の槍を放った。
俺の頭上を離れた青白い氷の槍は、ジャイアントスネークに動く時間を与えず、瞬く間に口内をへと侵入し、柔い内側を突き破る。
蛇の頭から穂先を跳び出させ、槍はその動きを止めた。
クッ、貫けなかったか。
だが、槍の生み出す凍結の力は、ジャイアントスネークを凍り付かせ始める。
長く巨大なジャイアントスネークを、長時間凍り付かせる事は出来ないだろう。
なら、今の内に――
「うらぁぁ」
いつの間にか大蛇に肉薄していたバルザックさんが、雄叫びを上げた。
声と共に横へ振られた大剣が、大気と大蛇を切り裂く。
硬い表皮をものともせず、大剣は大蛇の首半分に達し、大きな傷を作り出した。
魔力に満ちた青い液体が、裂けた傷口から噴き出す前に、バルザックさんは、次の一撃へ向け動き出していた。
俺も呆けてはいられない。
「≪獣王の跳躍≫」「硬ぇんだよ」
魔法により足元へ放たれた魔力が、地を叩く。
それに反発する様に斜め前へと跳んだ俺は、バルザックさんの二度目の斬撃を受けても身じろぎ一つ取れない大蛇の首の横を通り抜け、さらに奥へと進んだ。
跳ぶ俺の下には、長い胴が続いている。
口を止めている暇は無い。
「≪水精霊の――」
次の魔法の準備をしながら、俺は正面に迫る木の幹へ左手と左足を付け、跳躍の勢いを殺した。手と足に響く衝撃と痛みは、必要経費だ。
眼下には、凍結の力が及ばなかった大蛇の胴が見える。
進む行き場を失い、凍結した前部を押す様に、うねり、前へと進んでいる。
接近した俺には、気付いていない。
俺は、木の幹についた左手と左足を押し、そのまま空中へと身を投げ出した。
飛び込む先は、うねる大蛇の胴。
強く、細く、長い水の流れを想像し、空中で呪文の続きを唱える。
「――斬撃≫」
大蛇の胴を踏むように着地しながら、俺は足元へ向け左手を払った。
右から左へと払った手の延長線上を、糸の如く細い水の刃が通過し、大地を削りながら薄褐色の胴を両断した。
切断した胴は僅かに跳ね上がり、そのまま大地へ落ちると、地を擦り、滑った。
振り返りながら蛇の上から飛び降り、もう一度左手を振る。
今度は左から、右へ。
放ち続けていた水流へ魔力を流し、刃を伸ばすと、俺の左手から伸びる細い白線が大蛇の胴を捉え、斜めに裂いた。
厚く切り離された胴は、青い液体をばらまきながら、その運動を止める。
俺は、切断した二つの胴が消えゆくのを空中で確認し、水精霊の斬撃を消した。
俺が地に足を付けた時には既に、バルザックさんによって滅多切りにされたジャイアントスネークの頭部と胴もまた、消滅し始めていた。
横たわるジャイアントスネークの頭部のあった場所に、巨体に見合わぬ二の腕程の魔石を一つ残し、ジャイアントスネークは塵へと化す。
他にモンスターは……居ないな。
討伐、終了だ。
索敵しながらバルザックさんの元へ戻ると、バルザックさんが大剣を背に戻しながら、大きな溜息を吐いていた。似合わぬ溜息である。
「はぁ……なぁ、マルク。斬るだけじゃつまんねぇよな」
「バルザックさん。安全第一ですって」
「ハッ。まだ動いてる尾に突っ込んだ、てめぇが言えた事かよ」
「前を貰うって言ったの、バルザックさんですよ」
「そういう意味じゃねぇよ……ったく」
『前、もらうぜ』が、前衛を務めるって意味だって事ぐらい、分かっている。
それでも、奴の後方へ跳んで攻撃を仕掛けたのは、それこそ安全の為だ。
もし、前面から魔法攻撃を続けたとしても、倒せていただろう。
だがしかし、ジャイアントスネークに止めを刺すまでの間、凍結の力が届かなかった尾部が、どう動くかなんて分からない。
もし、尾部が巻き付きや薙ぎ払いをしてきたとしても、バルザックさんならば、楽に対処したであろう。
それでも、バルザックさんの安全を確保するに越したことはない。
付き合ってられっかと言わんばかりに魔石を拾うバルザックさんの元へ、皆が歩み寄る。
魔術師の守りに徹していた、ドムさんとテガーさん。
そして、魔力を温存する為に戦いを見守ってくれていたシャラガムさんとサラスさん……何故、皆、ジトリとした目でバルザックさんを見ているのだろうか?
あっ、こっちにも同じ視線が……。
「あんたらねぇ。ジャイアントスネークを何だと思ってるのよ」
「今更だぞ、サラス」
「うむ」
「ああ、ドムの言う通りだ」
呆れを隠さぬサラスさんとドムさんに、残る二人も頷き、同意の声を上げた。
それに反論するように、バルザックさんが吐き捨てる。
「前にも言ったがよぉ、俺をマルクと一緒にするんじゃねぇ。あの蛇野郎が口開いた瞬間に、弱点狙い撃てるこいつが可笑しいだけだぜ」
「いやいや、バルザックさんこそ、口開いたジャイアントスネーク相手に回避もせずに何やってたんですか? あれ、そのまま迫る顔を叩き切ろうとしてたでしょ。正気の沙汰じゃない」
「ハハハッ。てめぇが何かやるって、分かってたからな」
笑うバルザックさんの言葉は、半分嘘だ。
俺が何もしなくても、バルザックさんなら大剣を振り下ろすなり軽く躱すなりして、大蛇に対処していただろう。
バルザックさんは、そういう人だ。
「もう分かったわよ。それにしても出番どころか、手を出す暇も無かったわね」
「あったら困っからな」
「ええ。バルザックさんの言う通り。モンスターの得意を潰し、手早く仕留める」
「戦いの基本だぜ、基本」
そんな当たり前の事、皆、知っているのだが、あえて口に出しておく。
こういう時は、バルザックさんと意見が合うんだよな。
もし、ジャイアントスネークに好き勝手されたら……困るのは、こちらである。
今回は、奴がバルザックさんに狙いを定めたから、動きを読み易かった。
だがもしも、勢いのままジャイアントスネークが突破を図り、サラスさん達の方へ行っていたら、実に面倒であっただろう。
まぁ、その時の為に、言葉で作戦を伝えるまでもなく、ドムさんとテガーさんが守りに就いていたのだ。
誰も行動は間違っていない……俺も、バルザックさんも。
しかし、残念ながらサラスさんは、俺達の言葉に納得した様子は無く、大儀そうにバルザックさんの肩へ、ポンポンと手を乗せた。
「あんたら狂戦士同士、仲良しなのは分かったから。ほら、先、行くわよ」
サラスさんの号令に、俺達五人は「おう」と歯切れよく答える。
偶には『はい』ではなく、皆に合わせ『おう』と答えるのも、悪くない。
そんな俺をみて、サラスさんは小さく息を噴き出し、笑っていた。
気恥ずかしくも思うけれど……別に良いさ。
大蛇の均した道を踏みしめながら、北へと進む。
目的地は、まだ遠い。




