75.ここは男も虜にする
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粗方の掃除が終わると、昼食時になっていた。
共に掃除をしてもらったお礼に、昼食を奢ることにしたのだが、問題が発生した。いや、前々から分かっていた事なのだが……どこに連れて行けばいいのだ?
狼のまんぷく亭?
美味いが、シャーリーと行くには騒がしすぎる。酔っ払いも多い。
カエデさんと以前行ったル・クリュテ?
いやいや、高すぎるし、お昼をやっているかも知らない。
却下だ。そもそも前回は何故、入店できたのだ?
ならグラン・ピスケス?
あの魚料理は美味かった。が、あそこは予約でいっぱいである。
是非またシャーリーと行きたいが、今は駄目だ。
という訳で、行くべき場所は、一か所しか残っていなかった。
「いらっしゃいませ、マルク様。本日は、如何なされますか?」
「こんにちは、ゲルトさん。昼食をお願いできますか?」
「はい。少々お時間頂きますが?」
「お願いします」
執事然としたゲルト氏が、カウンターの奥から俺たちを迎え入れてくれる。
そう俺は、針のむしろとなる事を選んだ。
今日も猫の日向は、女性客で一杯だ。
カウンター以外、席は全て埋まっている。そして、やはり視線が痛い。
前回より視線が鋭い気がする……。
ゲルト氏への注文後、俺達三人は、カウンター席を使わせてもらうことにし、席に着いた。そう三人だ。掃除の礼のはずなのに。
シャーリーと二人で来るはずが、テラさんも起きてきて、共に食事へ行くことになってしまった。
あぁ、シャーリーは優しいな……まぁテラさんだから良いか。
ゲルト氏は、俺たちの注文を伝える為に裏へ行ってしまった。
所在ない。テラさんが猫の置物を優しく撫でている様を見ているぐらいしか、やることがない。耳がぴょこぴょこと動いている。
「マルクや。お主も可愛らしい店を知っとるのじゃのぅ」
「似合わないのは分かってますから」
「ハハハ。男が細かいことを気にするでない」
シャーリーは、俺達のやり取りを見て、楽しそうに笑っている。
「シャーリーもすまん。この店しか思い付かなかった」
「むしろ嬉しいかな。このお店のお茶って凄く美味しいから」
「ほぅ。わしの鼻も唸らせてくれるのかのぅ」
前回来た時は、茶葉しか買わなかったから、ここで飲むお茶は楽しみだった。
独りで来る訳にも行かないので、シャーリーとテラさんを連れて来れたのは、嬉しい誤算だ。
ゲルト氏が、裏から戻ってきた。
「もう少々お待ちを。ところでマルク様。茶葉の具合は如何ですか?」
「俺が淹れても美味しいので、助かってます」
実際、美味い。シャーリーが淹れたら、より美味しくなるから驚きだ。
「お楽しみいただけたのなら幸いです」
「たぶん他の茶葉は、もう買えないかもしれません」
「それは、それは。調合し甲斐があるというものです」
ゲルト氏は、朗らかな表情を浮かべている。
彼の内側から、優しさがにじみ出ているかのようだ。
それにしても、茶葉って調合するものなのか。知らなかった。
ゲルト氏が、お茶を淹れ始める。
手順自体はポットとカップを温める以外、俺やシャーリーの淹れている方法と変わりないが、慣れた動きというものは見ていて心地よいものだ。
茶葉一つ入れるにしても、お湯一つ注ぐにしても、流れるような動きは、一種の娯楽のようである。
会話も忘れて見入ってしまった。
シャーリーも、邪魔にならない程度の小さな拍手を送っていた。
そして暫し休憩の時間だ。今は茶葉が躍るのを待っていなければならない。
四人全員が無言である。
ゆったりとした時間を、待つ。ただ待つ。
そしてゲルト氏が動き出す。と同時に、裏から給仕の女性が盆を持って現れた。
ゲルト氏が茶を注ぎ、給仕が皿とフォークを配していく。
「お待たせいたしました」
お茶の香りが鼻をくすぐり、皿に置かれたカスタードタルトに乗った果実達が目を楽しませてくれる。
「「「いただきます」」」
つい声がそろってしまった。もう待ちきれない。
タルトなのだからと、手で齧り付きたくなる気持ちを抑えて、フォークで少しずつ食べる。口に入れると、香ばしいアーモンドの匂いを感じた。そしてカスタードと果実の甘味が広がっていく。
「「ん~~~」」
左右から、声にならない歓喜が聞こえた。
シャーリーもテラさんも、甘さに酔いしれている様子だ。
俺も、口に広がる美味しさを噛みしめる。
喉を通ってなお、口内に甘さを残していく。
「あぁ、美味い」
さぁ、お茶も楽しもう。まずは香りだ。
飲む前から鼻を通る豊潤さで、お茶の美味しさを保証してくれる。
立ち昇る湯気と共にお茶を口に含んでいく。
あぁ、自然が踊っている。タルトほどの自己主張はないが、程よい渋みと、香りから生じる甘さが混じり合っていく。
心と顔が蕩けていくのを感じる。
「「ふ~~~~」」
先程から仲の良い二人だ……まぁわかる。
「これには勝てないな」
百年修行しても、これに勝てる未来が見えない。
ゲルト氏を見ると、顔が綻んでいる。
二人の少女が顔を緩める姿は、誰にとっても嬉しいものなのだろう。
「オニイチャン。ナニコレオイシイヨ」
「ああ。美味いな」
シャーリーは何故か片言になっている。こぼさないようにな。
「全く、わしにこんな物を食わせおってからに……褒美など出ぬのだぞ」
テラさんは、何やらどこぞやのお姫様にでもなっているかのようだ。
横に伸びていた耳が垂れ下がり、銀の髪に隠れていった。
二人とも満足しているようで、良かった。
俺は、タルトの二口目を楽しむ。
一口目と違う果実が、口に酸味をもたらす。これも良い。
駄目だ。ここの食事は女性以外も虜にしてしまう。
また来よう。シャーリーを連れて。女性客の視線など、この至福に比べれば何てことはないさ。
あぁ、無粋なことを考えてしまった。
今は、この目の前の宝を楽しもうじゃないか。
舌の幸せを、香りの賑わいを、少女二人の喜びを。




