表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

77/1014

75.ここは男も虜にする

読みやすいように全体修正 内容変更なし

 粗方の掃除が終わると、昼食時になっていた。

 共に掃除をしてもらったお礼に、昼食を奢ることにしたのだが、問題が発生した。いや、前々から分かっていた事なのだが……どこに連れて行けばいいのだ?

 狼のまんぷく亭?

 美味いが、シャーリーと行くには騒がしすぎる。酔っ払いも多い。

 カエデさんと以前行ったル・クリュテ?

 いやいや、高すぎるし、お昼をやっているかも知らない。

 却下だ。そもそも前回は何故(なぜ)、入店できたのだ?

 ならグラン・ピスケス?

 あの魚料理は美味かった。が、あそこは予約でいっぱいである。

 是非またシャーリーと行きたいが、今は駄目だ。

 という訳で、行くべき場所は、一か所しか残っていなかった。


「いらっしゃいませ、マルク様。本日は、如何(いかが)なされますか?」

「こんにちは、ゲルトさん。昼食をお願いできますか?」

「はい。少々お時間頂きますが?」

「お願いします」


 執事然としたゲルト氏が、カウンターの奥から俺たちを迎え入れてくれる。

 そう俺は、針のむしろとなる事を選んだ。

 今日も猫の日向は、女性客で一杯だ。

 カウンター以外、席は全て埋まっている。そして、やはり視線が痛い。

 前回より視線が鋭い気がする……。

 ゲルト氏への注文後、俺達三人は、カウンター席を使わせてもらうことにし、席に着いた。そう三人だ。掃除の礼のはずなのに。

 シャーリーと二人で来るはずが、テラさんも起きてきて、共に食事へ行くことになってしまった。

 あぁ、シャーリーは優しいな……まぁテラさんだから良いか。

 ゲルト氏は、俺たちの注文を伝える為に裏へ行ってしまった。

 所在ない。テラさんが猫の置物を優しく撫でている様を見ているぐらいしか、やることがない。耳がぴょこぴょこと動いている。


「マルクや。お主も可愛らしい店を知っとるのじゃのぅ」

「似合わないのは分かってますから」

「ハハハ。男が細かいことを気にするでない」


 シャーリーは、俺達のやり取りを見て、楽しそうに笑っている。


「シャーリーもすまん。この店しか思い付かなかった」

「むしろ嬉しいかな。このお店のお茶って凄く美味しいから」

「ほぅ。わしの鼻も(うな)らせてくれるのかのぅ」


 前回来た時は、茶葉しか買わなかったから、ここで飲むお茶は楽しみだった。

 独りで来る訳にも行かないので、シャーリーとテラさんを連れて来れたのは、嬉しい誤算だ。

 ゲルト氏が、裏から戻ってきた。


「もう少々お待ちを。ところでマルク様。茶葉の具合は如何ですか?」

「俺が淹れても美味しいので、助かってます」


 実際、美味い。シャーリーが淹れたら、より美味しくなるから驚きだ。


「お楽しみいただけたのなら幸いです」

「たぶん他の茶葉は、もう買えないかもしれません」

「それは、それは。調合し甲斐(がい)があるというものです」

 

 ゲルト氏は、朗らかな表情を浮かべている。

 彼の内側から、優しさがにじみ出ているかのようだ。

 それにしても、茶葉って調合するものなのか。知らなかった。

 ゲルト氏が、お茶を淹れ始める。

 手順自体はポットとカップを温める以外、俺やシャーリーの淹れている方法と変わりないが、慣れた動きというものは見ていて心地よいものだ。

 茶葉一つ入れるにしても、お湯一つ注ぐにしても、流れるような動きは、一種の娯楽のようである。

 会話も忘れて見入ってしまった。

 シャーリーも、邪魔にならない程度の小さな拍手を送っていた。

 そして(しば)し休憩の時間だ。今は茶葉が躍るのを待っていなければならない。

 四人全員が無言である。

 ゆったりとした時間を、待つ。ただ待つ。

 そしてゲルト氏が動き出す。と同時に、裏から給仕の女性が盆を持って現れた。

 ゲルト氏が茶を注ぎ、給仕が皿とフォークを配していく。


「お待たせいたしました」


 お茶の香りが鼻をくすぐり、皿に置かれたカスタードタルトに乗った果実達が目を楽しませてくれる。


「「「いただきます」」」


 つい声がそろってしまった。もう待ちきれない。

 タルトなのだからと、手で(かじ)り付きたくなる気持ちを抑えて、フォークで少しずつ食べる。口に入れると、香ばしいアーモンドの匂いを感じた。そしてカスタードと果実の甘味が広がっていく。


「「ん~~~」」


 左右から、声にならない歓喜が聞こえた。

 シャーリーもテラさんも、甘さに酔いしれている様子だ。

 俺も、口に広がる美味しさを噛みしめる。

 喉を通ってなお、口内に甘さを残していく。

 

「あぁ、美味い」


 さぁ、お茶も楽しもう。まずは香りだ。

 飲む前から鼻を通る豊潤さで、お茶の美味しさを保証してくれる。

 立ち昇る湯気と共にお茶を口に含んでいく。

 あぁ、自然が踊っている。タルトほどの自己主張はないが、程よい渋みと、香りから生じる甘さが混じり合っていく。

 心と顔が(とろ)けていくのを感じる。


「「ふ~~~~」」


 先程から仲の良い二人だ……まぁわかる。


「これには勝てないな」


 百年修行しても、これに勝てる未来が見えない。

 ゲルト氏を見ると、顔が(ほころ)んでいる。

 二人の少女が顔を緩める姿は、誰にとっても嬉しいものなのだろう。


「オニイチャン。ナニコレオイシイヨ」

「ああ。美味いな」


 シャーリーは何故(なぜ)か片言になっている。こぼさないようにな。


「全く、わしにこんな物を食わせおってからに……褒美など出ぬのだぞ」


 テラさんは、何やらどこぞやのお姫様にでもなっているかのようだ。

 横に伸びていた耳が垂れ下がり、銀の髪に隠れていった。

 二人とも満足しているようで、良かった。

 俺は、タルトの二口目を楽しむ。

 一口目と違う果実が、口に酸味をもたらす。これも良い。

 駄目だ。ここの食事は女性以外も(とりこ)にしてしまう。

 また来よう。シャーリーを連れて。女性客の視線など、この至福に比べれば何てことはないさ。

 あぁ、無粋なことを考えてしまった。

 今は、この目の前の宝を楽しもうじゃないか。

 舌の幸せを、香りの賑わいを、少女二人の喜びを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ