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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第二章

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73.弁明と真実の名

読みやすいように全体修正 内容変更なし

 ただ、吹き付ける風に身を任せる。俺の肌を撫で、髪を揺らす。

 揺れる草木が擦れ合い、さわっと音を立てる。

 ここは何処なのだろう。見覚えのない草原に、俺は一人立っている。

 見渡す限り誰もいない。モンスターもいない。ただ独りだ。

 足を動かし、”誰か”を探しに行くのが正解のような気がする。

 でも、俺の足は動かない。

 草原に腰を降ろし、そのまま体を草の絨毯に預ける。

 太陽からは眩しさを感じない。心地いい。

 もう動かなくていい。進まなくていい。戦わなくていい。

 手足を伸ばし、そして脱力する。もうこのままで――は、足りない。

 知っている。この感情は――地面が揺れる。何度も。何度も。

 そして地が裂け、裂け目が広がっていく。

 そこから声が。聞き覚えのある声が。


「お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん」


 目を開けると、シャーリーの顔が目の前にあった。

 何か奇怪な目にでもあったかのような、焦りと戸惑いの色がシャーリーの顔に浮かんでいた。


「おはよう、シャーリー。どしたの?」

「あの子誰? あの可愛い子だーれ?」


 シャーリーが俺の肩を掴み、揺さぶってくる。寝起きにこれは……きつい。


「テラさんのこと? 説明するからちょっと止めてくれ」


 シャーリーの手が止まる。俺の肩を掴んだままなのは、何故だろう。

 シャーリーからは、逃げはしないのに。

 まぁ、今は、シャーリーの聞きたいことを話そう。


「テラさんって?」

「パック先生の知り合い。昨日一緒に調査してた。ちなみに父さんと母さんの旧友だよ」


 テラさんには、屋敷も反応しなかった。話を信じるに、当然といえば当然だ。


「おじさん達の旧友って……私と同い年ぐらいに見えるんだけど……」

「たぶん父さん達より年上だよ」


 実際の年齢は知らないが、感覚的にムル婆ちゃん達と似た雰囲気を持っている。

 見た目は、愛らしい少女であるのだが。


「うん。お兄ちゃんはそんな噓、吐かないもんね……ってことは本当に」

「たぶんだけどな」


 可愛い子、と言っていたし、昨夜テラさんには、俺の自室を使ってもらうことにしたし、シャーリーは、既にテラさんを目撃済みなのだろう。

 あの容姿を見た後だと、俺の言葉を信じる余地など無いと思う。

 素直に信じてくれるとは……シャーリーが少し心配になる。

 俺よりしっかり者なのは、間違い無いのだが……。


「でも何でお兄ちゃんの部屋に?」

「トゥル村の調査から町に帰って来たのが、真夜中だったからな。流石にそこから宿探しってのも何だし。あと来客用の寝室は、そもそも使えるかが……」

「ああ、だから自室にってことなんだ。お兄ちゃんの部屋に一番近い客室は、いつでも使えるようにしてあるよ」

「本当?」


 シャーリーは静かに頷く。

 全く知らなかった……知っていれば、狭いソファーで縮こまって寝るなんてせずに済んだのに。もっと屋敷の事を知ろう……うん。


「俺、もっと頑張るよ」

「ん? 私、朝食作るね」


 そう言ってシャーリーは、台所へと行ってしまった。

 見事にスルーされたな。いや、それが優しさか……。




 肉と卵の相性は、やはり最高だ。

 パンも進むし、野菜も進む。温野菜単品でも甘くて美味しいのだが、他と組み合わせるとより、味わい深くなる。

 やはり、肉は良い。卵も良い。野菜も良い。パンも良い。

 シャーリーが作る全てが良い。お茶も香り立つというものだ。

 もう既に、全てが俺の胃袋の中である。

 今日は食後の茶は要らないようなので、シャーリーが食べ終わるのを待つ。


「結局、テラさん起きてこなかったな」

「本当にパンだけで大丈夫?」

「ああ、いいよ。足りないなら食べに出かけるだろうし」


 テラさんには、パンを一つ残してある。

 もう一つのパンを、二人で半分ずつ食べることにしたのだ。

 シャーリーは肉や野菜もと言ったが、残念ながら保存しておく場所が無い。

 いつ起きるかもわからない。よってパンのみである。


「お兄ちゃん今日は?」

「とりあえず、パック先生に昨日の報告と届け物を。その後は、我が愛馬に会いに行くぐらいかな」

「あぁ、ヴェント君ね」

「誰?」


 誰? ヴェント君って誰? 記憶にない人物だ。

 愛馬の話をしていたのだから、その関係者であることは間違い無いのだが……厩舎(きゅうしゃ)にもそんな名前の人物はいない。


「ヴェント君、誰?」

「あれ? 違ったっけ? お兄ちゃんの馬の名前。ナンシーがそう言ってたけど」


 ナンシーは、シャーリーの友人だ。

 三つ編みが良く似合っている少女で、俺が愛馬を預けている厩舎の娘さんだ。

 正確には、預けているのは、彼女の父親にだが。


「あいつ、そんな名前だったのか」


 初耳だ。本当に初耳だ……ヴェント。良い名前じゃないか。

 俺は好きだ。


「うん。ナンシーが、『夫にするならヴェント君みたいに凛々しくて賢い馬が良い』ってよく言ってるよ」

「え? それはちょっと……」


 我が愛馬よ。厩舎で変な目にあってないだろうな……心配になってきた。

 慌てた様子のシャーリーが、訂正に入る。


「違うってば、お兄ちゃん。そういう人が良いって例えだから。ね」

「ああ。ナンシーがそういう奴なのかと、てっきり」


 動物と愛を育むのは、大いに結構だが、両者の同意の上で行って欲しいものだ。

 我が愛馬も、その気があるなら別に愛の形は問わぬが、あいつの意思を確認する術がない以上、一方的な愛にしかならないからな。うん。

 ナンシーがそういう奴じゃないようで、良かった。

 ナンシーの名誉が守られたところで、シャーリーが食事を終えた。では――


「「ごちそうさま」」


 さて、食器を洗ったら、パック先生の所へ行こう。




 途中で買ったパンを片手に、パック先生の研究室に向かった。

 パック先生は、やはり自宅ではなく研究室にいた。

 想像通り、研究室で一晩過ごしたようだ。

 食事も取っていないだろうと思っていたさ。的中だ。

 とりあえずの応急処置に、温かな――「≪(いや)しの(みず)≫」――魔法でパック先生の全身を包んでおく。手と顔は除外してだ。食事の邪魔はしない。

 パック先生がパンを食べながら、無言で空のコップを指さす。

 お望みどおりに――「≪(みず)≫」――水でコップを満たす。魔力控え目でだ。

 先生も魔術師なのだから、自分でやって欲しいものである。


「ぶぅはー。生き返ったよマルク君。家に嫁に来ないかい?」

「誰に嫁げって言うんですか」

「頑張って旦那と子作りするよ」

「生々しいので、俺に言わないで」


 旦那さんとの愛を深めるのも結構だが、体調管理には気を付けて欲しい所である。体調を損なう主な原因は、研究と知的好奇心だろうけど。


「ところで、テラさんは一緒じゃないのかい?」

「ああ。起きてこなかったので置いてきました」

「君の家に――あっ。君はそういう趣味の――」

「違いますよ」


 パック先生がニコリと笑いながら、「知ってる」と一言。

 もう、さっさと報告を済ませて、屋敷に帰ろう。

 テラさんが出発までに起きてこなかった時点で、予定は既に変わったのだ。

 今日こそシャーリーと共に、屋敷の掃除をせねば。

 愛馬よ済まぬ。また昼過ぎにでも。

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