72.パック調査隊~帰路~
描写の調整 意味→意図 読みやすいように全体修正 内容変更なし
村に戻り、村長へと報告する。
ジャイアントクラブの討伐に関しては、何度も礼を言われた。が、残りのモンスターはそのままなのだし、こちらの都合でやったことで、そう礼を言われても正直困る。
今は不用意に山に入らず、残りのモンスターは冒険者達に任せるように村長に話しておく。ジャイアントクラブについても、あの場にいた分しか倒していないのだから、用心は必要だ。
村長と別れると、既に夜の帳が下りていた。
トゥル村は、ピュテルの町とは違い、魔工石の灯りは所々といった具合だ。
「宿でも探すかえ? 共に一つの部屋でもよいぞ」
「ゆっくり帰りましょうか」
テラさんの申し出を断り、愛馬の元へと向かう。
テラさんは、カッカッカと笑っている。こういう時は、気にしたら負けだ。
「すまんが、また頼むぞ。≪癒しの水≫」
馬の体温に合わせて癒しの水を作り、愛馬の首より下を包み込む。
包みっぱなしは良くないので、全身に使うのは短時間だ。
癒しの水が、愛馬の体に吸収されていく。
うん、帰ったら、ブラシで手入れをしてやらないとな。
ピュテルの町で愛馬を預けている厩舎の人は、信頼の置ける人物だ。俺がこいつの世話を買って出る必要のなどない程に、よく面倒を見てくれている。
が、偶にでも、いや、偶にだからこそ、俺がするべきなのだ。
いいや、違う。俺がしたいんだ。我が愛馬の毛並みを整えたいんだ。
今はブラシが無いので、手で撫で付けてみる。
我が愛馬は、俺の手にされるがまま、嬉しそうに目を細めていた。
「本に利発な馬じゃ。わしが飼いたいくらいじゃよ」
「俺の相棒なんですから、取らないでください」
「して、その相棒の名は?」
「名付けてませんよ」
ジトリとした目線が俺を突き刺す。
「お主ぃ…………まぁよい。じゃが、名前は大事じゃぞ」
「名前か……」
考えたこともなかった。
だが、勝手に名付けてよいのだろうか? 既に名前があるのでは?
それすら知らないのだから、やはり俺は薄情者だな……戻ったら厩舎で聞いてみないと。
愛馬が体を擦り付けてくる。
それが『気にするな』なのか『薄情者め』なのか、俺にはわからなかった。
出立の準備は万全だ。
愛馬の手綱を握るは、俺。
そして、俺の前に乗ったテラさんが、晩御飯の干し肉を齧っている。
俺の肩には、ジャイアントクラブの魔石の入った袋が。
少し尖っていて痛いが……我慢だ。
俺の上空には、広範囲を照らす追従の光を。
そして、進行方向を上空から照らす追従の光を、もう一つ。
これで夜道もしっかり見える。
街道を走れば問題ないだろうが、モンスターや野盗が襲ってきたら、魔法で微塵切りにしてやろう。
「では、行こうか。ハイッ」
俺の掛け声に合わせて、愛馬の足が進む。足音が小気味良い。
吹く夜風も、向かい風ではないので、魔法を使っての調整は必要ないだろう。
流石のテラさんも、動き出したので干し肉を齧るのを中断した。
今は、俺を背もたれにしながら、ぼーとしているようだ。
ピュテルの町までは、そこそこ時間が掛かる。
なので、ゆったりしてくれる分には問題ない。
しばらくは、無言の旅が続く。風と蹄、そして虫の声が聞こえるだけだ。
ふと、テラさんが口を開いた。
「マルクや。お主は、わしのこの耳を何とも思わんのかえ?」
質問の意図がよく分からなかったので、率直な意見を伝えることにした。
「個性的で可愛い耳としか」
「ハッハッハ。そういう所はマリアそっくりじゃのぅ」
表情は見えないが、テラさんの声は、嬉しそうである。
母そっくりということは――
「母さんも同じことを?」
「ああ、わしの耳がお気に入りじゃったよ。出会った時から、不躾にぷにぷに触りよってからに」
「ハハ、ぷにぷにって。なら、父さんはどんな反応してました?」
父も可愛い物は好きだったはず。
日向で寝そべる子猫相手に、その目を緩ませていた憶えがある。
「ん? セツナか。あやつは、わしらの事を知っておったからのぅ。耳には特に反応なしじゃ」
「内心では、触りたかったかもしれないですよ」
「わしは魅力的じゃからのぅ……それも仕方なしじゃ」
自分で魅力的って言うんだな。まぁ実際、可愛らしくはある。
テラさんが、頭を俺に当てながら、言葉を続ける。
「お主から見たらどうなのじゃ」
「俺の中での可愛いは、もう埋まってますから」
「何じゃ。セツナと同じではないか。つまらんのぅ」
そう言いながらも、テラさんの声は弾んでいる。
機嫌が良かったのだろう。テラさんは道中、俺の父と母の話を聞かせてくれた。
テラさんの故郷を救うため、共に森を駆けた話を。
神秘の霊薬を作るために、たった一つの薬草を探し回った話を。
母の魔法の失敗で、父の黒髪が爆発してしまった話を。
竜の鱗を手に入れる為に、天然洞窟に殴りこんだ話を。
テラさんの口からは、自分の知らない父と母の話が次々と出てくる。
俺には、それが少し……羨ましかった。
「マルクや。疲れたかえ?」
テラさんが羨ましくなった。何て言えない。
適当な理由をでっち上げる。
「俺も、その耳を触ってみたくなっただけですよ」
「ハハハ。今の話で何でじゃ。わからんのぅ。それに馬に乗っとる時は集中せい」
「はい、わかってます。テラさん」
テラさんの話は続く。
蹄の音と、テラさんの柔らかな声。そして父と母の冒険と日常。
それが心地よく、ただ、ただ、楽しかった。
前以て買っておいた材料を集める。
燻製肉に、卵、人参、かぶ、キャベツと。野菜は使う分だけ持っていこう。
パンは途中で買っていく。
今日は、蒸し野菜と焼き燻製肉。あとは目玉焼き。スープが無いけどお兄ちゃんの家には、もうお茶がある。食事の前に準備しよう。
家を出て、パン屋に寄る。
「いつも早いねぇ。マルク君によろしく」
「ありがとう。おばさん」
丸パンを二つ買い、代金を支払い、店を出る。
お金は、お兄ちゃんから多めに貰っている。
『小遣いに使っていいからな』何て言ってたけど、その気はない。
ピュテルの町は、特に商店通りは、既に動き始めている。
今は特に忙しいようだ。もう少しすると、町が騒がしくなる。
あんまり好きじゃない。
商店通りを抜け、住宅街より少し離れた場所に、バンディウス家の屋敷はある。
屋敷の門は、いつも開いている。
真っ直ぐ入口へと向かう。今日は剣の稽古をしていないみたいだ。
木の剣を振るお兄ちゃんを見るのは、少し好きなのだが。
自分の踏み込めない部分が、お兄ちゃんから滲み出ているようで……見ていて嬉しくなる。今日は残念。
扉の鍵を開け、入り、そして鍵を掛ける。習慣だ。
まずは手持ちの材料を置いてこないと。
「よいしょっと」
食卓の上に荷物を置く。
料理を作ってからでもいいが、先にお兄ちゃんの顔を見てこよう。
起こすのは、また後でいい。
朝、お兄ちゃんがいるか、いないか。扉を開ける時には、いつもドキドキする。
いてくれますように。
起こさないように、そっと扉を開け、ベッドに近付く。
ん? いつもとベッドの様子が違うような……縮こまって寝ているのかな?
丸まったお兄ちゃんを想像して、可愛くて嬉しくなる。
起こさないようにそっと、顔を見る。
そう。このさらさらした銀の髪が……誰? というより女の子?
あれ? 部屋を間違えて……いや、あってる。
そもそも部屋を間違えても、お兄ちゃんの屋敷に女の子が寝ていることなんてありえない! ありえないって! しかも可愛いし!
あれ? お兄ちゃんは何処に?
探さなきゃ。そして聞かないと。
『俺の中での可愛いは、もう埋まってますから』
馬上で聞いた、マルクの言葉を思い出す。そして、先の少女。糸は繋がる。
「なんじゃ。マルクも隅に置けぬのぅ」
それよりも、ベッドの中が心地よい。
よく手入れされた寝具に身を包まれ、幸せだ。
何年生きても、この心地よさには、勝てない。特に――
「マルクの魔力が籠っていて、温かいのぅ」
長い間マルクは、この寝具を利用しているのだろう。
これはもう一種の魔道具だ。
マルクの魔力に包まれるホカホカを感じ取れるのは、嗚呼、魔術師である特権。
もう少し包まれていよう。もう少し。もう少し……。




