71.パック調査隊~蟹退治~
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「お疲れ様、ちょっと行ってくる」
「ええ馬じゃな。よーしよしよしよし」
愛馬を一撫でする。
『まだ行けるぜ!』と言わんばかりに我が愛馬は、ぶるると声を上げる。
テラさんが軽いとはいえ、二人乗りで急ぎ走らせたのに、まだまだ元気一杯の様子だ。癒しの水や風を起こして補助をしていた事を考えても、こいつの生命力は並ではない。
とはいえ、無理をさせるのは心苦しいものだ。帰りはゆっくり行こう。
テラさんも、我が愛馬を気に入ったのか、頻りに毛を撫でつけている。
俺としても嬉しい限りだ。
さて、馬を預けた後は、聞き込みだ。
情報が無く、ここがハズレであるならば、それはそれで良い話だ。
ジャイアントクラブの発生原因の調査に来たことを告げ、村長への面会を求めた。予想よりもすんなりと話が通り、すぐに会うことに。
「これはマルクさん。また来て頂けたのですね」
その声には、若干の期待の色が滲んでいた。ということは……。
「やはり、またモンスターが?」
「はい。小さいモンスターの目撃は減っているのですが、山の中でジャイアントクラブを目撃したものがおりまして」
「数は?」
村長は首を横に振る。不明というわけだ。
ただ前回と違って、ジャイアントクラブそのものの出現を疑いはしない。
確実にいる。
あと、聞いておくことは……。
「そうですか。それで冒険者への依頼は?」
「既に。周辺のモンスター討伐も含めて依頼を出しました」
ならば、狙うのはジャイアントクラブと、その原因解明優先で良いだろう。
出会ったモンスターは倒すが、隈なく討伐する必要は無さそうだ。
「でじゃ。以前のジャイアントクラブを目撃した時の前後で、怪しげな人物は見なかったかのぅ?」
「いいえ、特には。狭い村ですので、そういった人物は噂になりますので。お役に立てず申し訳ありません」
テラさんの質問は、空振りだ。まぁ、怪しい格好でうろついたりせずに、商人や冒険者の振りをして活動しているだろうし、仕方のない話だ。
「いえ。前回の場所も含めて、少し調べてきます。態々ありがとうございました」
頭を下げ、村長と別れ、俺とテラさんは二人で山へと向かう。
日が落ちる前には、片付けておきたいものだ。
山は近い。
俺たちは駆け足で、前回ジャイアントクラブに遭遇した場所へと向かった。
「大した情報はなかったのぅ」
「冒険者に依頼したのが分かったので、十分です」
「蟹の数が分かれば、全部平らげるのじゃがな」
山に入って遭遇したのは、腹の出っ張った緑色のトロルであった。
一体だけなら――「そのまま行きます」――足を止めずに進む。
そしてすれ違いざまに、腕を――「≪水の刃≫」――振り払う。
魔法で生み出した水の線が、トロルの大きな腹を通過していく。
剣では、こうはいかない。
両断された腹から青い液体が、トロルの魔力が噴き出る。
低い断末魔を上げ、トロルは消滅していった。
魔石を拾わなくて良いのならば、足を止めずに先に行くのだが……こればかりは仕方がない。放置して、モンスターに増えられても困る。
魔石を拾い、バックパックへと放り込む。
「ほれマルク、行くぞ」
先導は、場所を知っている俺の役目だ。テラさんの前を走る。
警戒して山に入ってみたが、モンスターの数が少ない。
目的地までにトロル一体としか出会わないとは、思わなかった。
そして、目的地である横穴のある岩場に辿り着いた。
木々から出ずに、横穴前の開けた場所を目視で確認する。
「うわぁ……」
「これは酷いのうぅ」
蟹、蟹、蟹……蟹だらけだ。
一体ですら巨大なジャイアントクラブが、六体もいる。
むしろ、何故ここに密集しているのか分からないぐらいだ。
実に窮屈そうである……。
前回と対処は同じだ。森林に近いので火は厳禁。水精霊の斬撃で斬っていくしかない。あの俺の背丈の半分ほどに大きい鋏に、近付くのは気が進まないが。
それに問題は、数だ。
不意打ち気味に倒した前回と違って、それが出来るのは初めの一体だけだ。
残り五体を同時に相手取るのは、正直きつい。
危険だからとて、戦わぬ訳にはいかない。
「マルクや、何か策はあるかえ?」
「突っ込んで、斬る」
「お主、よく今まで生きてこれたのぅ……ふむ。あの堅い甲羅を斬れる魔法があるのじゃな」
「あります」
切断可能なのは、前回に実証済みだ。
俺の言葉を聞いたテラさんが、腰に両腕を添え、胸を張り出した。
「しょうがないのぅ。わしが何とかして見せようぞ」
「お願いします」
森の奥で、大木に巡らせた魔力を考えるに、本当に何とかしてくれる予感がする。自信満々のテラさんを信じよう。
俺の返事に、テラさんは満足そうに顔を綻ばせる。
「して、作戦は?」
「突っ込んで、斬る。マルクは、それで良いのじゃ」
斬れるか? と問われたのだから、そりゃあ斬りに行くしかないよな。
俺のやることは変わらないと。それで良しというのなら、信じて突撃しよう。
「タイミングは任せます」
「では、もう行くぞい」
テラさんが先に森のベールから飛び出した。俺も後を追う。
「さぁ見ておれ、マルクよ。これが≪精霊樹の牢獄≫じゃ」
知らない魔法。知らない魔力。
テラさんの中で膨れ上がった魔力が、地を伝い、ジャイアントクラブたちの足元へと伸びていくのが見て取れた。
次の瞬間、ジャイアントクラブたちの足元から幾本もの木が高速で生え、伸びていく。ジャイアントクラブの巨体を搦め取るように、縦横無尽に動き、その足を、その鋏を、その体の動きを封じ込めていった。
六体のジャイアントクラブが、あっという間に拘束された。
抵抗するように体を動かしてはいるが、木々の拘束は外れる気配はない。ジャイアントクラブの力をねじ伏せるだけの魔法と、それを可能にする魔力――
「凄いや、テラさん」
「マルクや、後は斬り伏せてみい」
走る速度を上げながら、俺はテラさんに尋ねる。
「あの木は斬っても?」
「構わん。ただの魔法の木じゃ」
「ならば。≪水精霊の斬撃≫」
後は、一体ずつ斬っていくだけだ。一つ、二つ、三つ……。
とりあえず、この大きな魔石六個は予備の道具袋に詰めておいた。
ジャイアントクラブの魔石は、大きくて困る。
防具や道具の耐久性を上げるのに使えるので、有用な魔石ではあるのだが……俺は使わないし、まぁ、今回のこれは調査用か。
「テラさんのおかげで助かったよ」
「お主なら独りでも何とかしたろうに。動きを見ればわかるのじゃ」
俺は、首を横に振る。”何とか”するのと安全に倒せるのでは、天と地ほどの差がある。独りで戦うことが多かったあの頃から、それは身に染みている。
「ありがとうございます」
「本に、マルクは真面目じゃのぅ。もう少し緩く生きても良いのじゃぞ。まぁ感謝は有難く受け取っておくとしよう」
周囲を見渡していたテラさんが、その歩みを横穴の中に向けた。
横穴は、ジャイアントクラブが出入りできる程度の大きさはある。
まぁこの中に変質の楔があっても、ジャイアントクラブ自体は、外で生まれた可能性もあるから、この想像は無意味であるが。
「やっぱり、この穴ですかね?」
「人為的な仕掛けじゃと、隠しやすい場所を選ぶじゃろうて」
「なるほど。≪追従の光≫よ」
魔法で、浮遊し、付き従う光の球体を生み出す。
光が横穴を照らす中、俺とテラさんは歩く。
変質の楔が、大木の時と同じく隠匿の魔法で隠されているならば、近付かなければ発見できないだろう。横穴の奥であるなら尚のことだ。
「モンスターは、おらぬようじゃな」
「ジャイアントクラブが生み出される時に、周囲の淀んだ魔力を使い切るからでしょうか?」
「かもしれぬのぅ。そこらはパックに任せようぞ。わしらは、黒い短剣じゃ」
「はい」
出ないと言われても、警戒は変えない。これは癖のようなものだ。
横穴は一本道で、そして、もう行き止まりだ。
行き止まりである奥の壁から、気持ち悪い魔力の流れを感じる。大木と同じだ。
「確かにここじゃ」
「ええ。どう探しましょう?」
「壁に魔力を這わせるか、魔力をぶつけて反応させるか」
ならば簡単な手がある。
魔力を込めれるだけ込めて、ゆっくり、静かに――「≪風≫よ」――風を、奥の壁全体に流してみる。
想定通りに、壁一面に俺の魔力が流れていった。が、反応が無い。
「無いのぅ」「失敗か」
俺の失敗を気にすることもなく、今度はテラさんが、壁に手を当て魔力を流し始めた。が、これも反応が無い。
「無いですね」「変な感じじゃ」
確かにここに、大木と同じ仕掛けがあるはずなのだが?
『見たいもの以外も見ませんと、探し物は見つかりませんのよ』
「見たいもの以外ねぇ……」
ふと、二日前に聞いた少女の声が頭に響き、俺の口から言葉が零れた。
いや、そりゃあ探し物はしているけど……今は関係ないよな。
だが、テラさんは何か閃いたようだ。
銀の髪からはみ出した耳がピョコピョコ動いている。
「これは誰かの仕業じゃったな。ならば隠すに決まっておる。マルク。この壁を破壊せい」
「あー。変質の楔を探しても無いわけですね。テラさん後ろに」
破壊するなら単純に魔力を用いて。想像を掻き立てる。壁を破壊できる巨大な大槌を。魔力で生み出し、それを壁に――
「叩きつける。≪魔力の一撃≫」
単純な魔法。故にイメージと魔力操作が必要になる。
口から放った呪文が、この閉所の中で力と変わる。可視化できるほどの紫の魔力の塊。それを、目の前の壁に突撃させる。
そのまえに――「≪風≫よ」――もう一つ魔法を使っておこう。
魔力の塊は、引き絞られた弦から解放されたかのように、奥の壁に向かって高速で飛んでいく。
衝突、と共に轟音が耳を障る。
舞う土煙は、生み出しておいた風に乗って外へと流れていく。
この場に他の誰かがいれば、意思を持った土煙が、俺達二人を避けたように見えただろう。
土煙の晴れた後には、壁に開いた大穴と、壁の先に僅かな隙間、そして奥には横穴の行き止まりである本物の壁が見えた。
「やはり作られた壁であったか。自然な作り故、騙される所じゃったわい」
「また作り物だと面倒ですね。≪風≫よ」
早速、魔力を余分に込めた風を生み出し、奥の壁に当ててみる。
バチリ、という音と共に、黒い影の揺らめきが見えた。奥の壁中央だ。
「マルク」
「了解です」
と言ったものの、すぐは引き抜かない。周囲を確認し、罠の有無を調べる。
光を当て目視で、耳で、魔力の流れで……何もないようだ。
「では、≪魔力≫よ」
右手に込められるだけの魔力を込め、先程目に入った影の場所へと、ゆっくり、ゆっくりと右手を近付けていく。
弾けるような音と、俺の手を弾く魔力の感覚。ゆっくり、だが強引に手を伸ばし、明確に姿を現した黒い短剣の柄を掴み……そのまま引き抜く。
大木の時と同じだ。
黒い短剣を引き抜いた瞬間には、不快な魔力の流れが消え去っていた。
今回はパック先生に渡す訳でもないので、布を取り出し、変質の楔をぐるりと巻いて、バックパックへ入れておくことにした。
周囲を見渡しても、異常は見当たらない。
「テラさん。他は……ないですよね」
「うむ。マルクよ、ご苦労であった。帰ろうぞ」
テラさんは手を上にあげ、体をぐっと伸ばしている。
彼女の中では、お仕事は終わりなのだろう。
出口へ歩き出したテラさんを追って、俺も帰るとしよう。
警戒は怠らずに。




