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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第二章

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70.パック調査隊~休憩中~

読みやすいように全体修正 内容変更なし

 結局、俺が行く所なんて決まっているのだ。

 既に、狼のまんぷく亭の前に立っている。

 いつもと違うのは、少女? が共にいるという所だろう。

 店内に足を踏み入れると、サンディと目が合った。

 そして、サンディの目が、俺の隣のテラさんへと向かう。


「お父さん! 不味いよ! マルクが女連れだよ! 町が滅びるよ!」

「飯屋で不味いとか言うんじゃねぇ」


 店の裏から怒号が返ってきた。

 店主であり料理人であるサンディの父親の声だ。珍しい。


「何じゃ、騒がしい店じゃのぅ」

「テラさんは、こういう店嫌いですか? 味は保証しますよ」

「好きじゃよ、美味いなら(なお)のことじゃ」


 テラさんは、(まぶ)しい笑顔を見せる。

 鼻をくすぐる香りに、気分が上がっているようだ。

 髪から横にはみ出した彼女の耳が、ピクピク動いていた。

 何やら錯乱していたサンディが、俺たちの元へとやってきた。


「とりあえずまだご飯食べてないんだよね。マルクと他一名ごあんなーい」

「ごめんサンディ、急ぎのメニュー頼めるか?」

「ん? マルク、今から外?」

「たぶん蟹退治になる」


「わかったよ」と言い、サンディは厨房へと小走りで向かった。

 昼食時を過ぎた今は、それほど人は多くない。

 それでも、ざわざわと喧騒が俺の耳を刺激する。

 案内された席に座り、大人しく待つ。


「マルクや。注文はあれだけで良いのか?」

何故(なぜ)か俺のメニューは、いつも勝手に決まるんです」

「ハハハ。変わった店じゃな」

「いい店ですよ」


 何故(なぜ)だかテラさんは、俺の言葉に嬉しそうだった。


「馴染みの店があるのは、良い事じゃ」

「テラさんには、無いんですか?」

「あっても潰れてしまうのでな。仕方のない話じゃがのぅ」


 ここが潰れてしまう未来を想像する。

 喧騒(けんそう)が消え、サンディの笑顔も遠ざかっていく。

 俺は空腹のままに町を彷徨(さまよ)い歩き、そして……倒れ、餓死する未来が見えた。

 駄目だ、この店が潰れたら俺が死ぬ。

 万が一の最悪の事態でも、サンディと店主は守らねば。


「そんな頭を抱えるほどの話では無いじゃろが。ほれ、給仕が来たぞい」

「ハイおまち。今日は単純にパンと肉だよ」


 テキパキと皿を配膳するサンディを見る。その笑顔も全部俺が――


「サンディは、俺が守るから」


 サンディの目がパチパチと瞬きする。そして、サンディはテラさんに尋ねた。


「これ本物?」

「たぶん本物じゃ」


 俺はいつだって本物だよ。と口にしようとした瞬間、サンディの手が俺のおでこに重なった。彼女の熱が、額から伝わってくる。


「うん。熱はないね。また魔力切れて可笑(おか)しくなったのかな……ハハハ。これ食べて元気だしなよ」


 サンディは、俺のおでこに当てた手を離し、そう言いながら俺の肩を叩く。

 いつもなら、そのまま仕事へと戻っていくのだが、今日のサンディは、俺の隣に座った。見れば、サンディの前にも配膳されている。


「休憩?」

「そう」


 サンディが素っ気なく言う。

 俺たちを微笑ましい目で見ながら、テラさんが髪を揺らし、口を開けずに笑っていた。何を考えているのやら。

 まぁ、気にしないでおこう。

 今は食事だ。配膳された食事を無視するなど、失礼にもほどがあるからな。

 目の前の料理に目を移す。

 おぉ、シンプルだ。丸パン一つに、切り分けられた厚切り豚肉。そして野菜スープ。豚の油の匂いが鼻を刺激して、腹まで達する。


「「「いただきます」」」


 三人の声がそろう。テラさんも、待っていてくれたのだろう。

 俺はまず、フォークを肉に突き立てた。

 突き刺した個所から汁がジワリと溢れてくる。食べやすいように既に切り分けられているので、そのまま口に運べば丁度良い大きさだ。

 口に入れ、歯と歯を合わせる。

 豚の甘さと香草の香りが一噛みごとに口の中で混じり合って一つの料理になる。

 味付けは薄目だが、肉をしっかり味わえる。


「んー。バジルとサフランの香りが良いのぅ。サフランは、白ワインに漬けておいたのじゃな」

「うん。お父さんは、一品(ひとしな)でも手は抜かないからね」

「うまい」


 あぁ、この香りはバジルとサフランなのか。

 テラさんの言葉を聞くまで、俺には分からなかった。

 美味い! という事しか頭に入ってこない。突き刺すフォークが止まらない。

 おっと、スープも一口。野菜から溶け出した深みもそうだが、温かさは美味しさだと、この一口が実感させてくれる。

 そしてパンを頬張ると、口に残った味が小麦と絡まり、美味しさと化す。


「私、蟹ってあんまり見た事ないんだ」


 サンディの唐突な言葉に対して、パンを飲み込んでから、俺は口を開く。


「ここら辺、川はあるけど海は王都近郊まで行かないと無いからな」


 俺も生物としての蟹を見たのは、子供の頃に一度だけだ。

 蟹に似たモンスターなら、何度も遭遇しているのに。生物の蟹より、これから倒しに行くジャイアントクラブの方が、俺の中では蟹のイメージだ。


「お父さん『蟹は美味いぞ』とか言ってたけど、実際どうなんだろう?」

「昔食べた蟹は美味かったのぅ。茹で上がった真っ赤な足から、するりと出した肉がじゃ、口に含むと解けるように広がるくせに、噛み応えもあって、口の中に濃縮された――」


 テラさんは顔が(とろ)けている。

 が、俺にとっては未知の蟹よりも、目の前の豚肉だ。パンだ。スープだ。

 俺を挟んだ、食べ物談議を両耳に入れながら、俺は黙々と手と口を動かす。

 この美味しさを逃がしはしない。


「ふぅ。ごちそうさま」


「ちょっと待ってて」と言い、サンディが席を離れる。

 そして、空の樽ジョッキを三つ持ってきた。

 何をすればいいのかは明白だ。


「≪(みず)≫よ」


 魔力たっぷりで、三つのジョッキに水を満たしていく。


「へへ、ありがとう」

「どういたしまして」

「何じゃマルク。茶は出せんのか?」


 俺の水を受け取ったテラさんから、不平の声が飛んできた。

 うん。茶の方が嬉しいよね。俺も茶を出したいよ。


「まだ覚えていないんだ。取っ掛かりの植物生成すらまだだし」

「マルクは真面目じゃのう。マリアなぞ、口に茶葉を突っ込んでやっただけで覚えたぞ。『味わったから、もう分かる』とか言っておったな」

「何それ? 怖いんだけど、テラさん……」


 人の母親の口に茶葉を突っ込むテラさんも怖いが、それで茶を出せるようになる母も怖い。いや、記憶の中の母より、もっと面白い人物だったのかもしれない。


『マリア母さんは、可愛いんだぞ』


 頭の中の父が、満面の笑みを浮かべ、そう言った。

 そんな言葉を聞いた憶えは、全く無いのに。まぁ、頭の中の父は無視しよう。だが、茶葉を口に含むか……今度やってみよう。

 そんなことを考えながら、二人が食べ終わるのを待つ。あっ!


「ゆっくりでいいですからね」


 ペースを上げようとしていたテラさんを止める。

 食事は、自分のペースで食べるのが一番美味い。

 たとえ、急ぎの用があったとしてもだ。




「そういえばテラさんも、手からお茶を?」

「出せるわけが無いじゃろうが。あのような珍妙な魔法」

「あー。やっぱり変な魔法なのか……あれって」


 そして、自分の使えない魔法を、母に教えようとしてたんだね、テラさん……。

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