66.朝でなければ捕まらぬ
読みやすいように全体修正 内容変更なし
早く起き過ぎてしまった。まだ日の出の時間だ。
時間があるなら木剣振り、と思ったが、ドレイク先生に安静を言い渡されていたことを忘れる所だった。
大人しく倉庫の掃除でもしていよう。
倉庫と母の部屋は、シャーリーも立ち入れない。
ということは、掃除は自分でやるということだ。
それ以外をシャーリーに任せている事が、そもそも駄目な気がする。
母の部屋は出入りも多かったため、昔から定期的に掃除をしていたが、倉庫は冒険者の頃からそれほど掃除をしていない。
屋敷全体の清掃に無頓着だったのだから、当然の話か。
改めて思う。シャーリーがいなかったら、この屋敷は、幽霊屋敷と化していたのではないかと。
地下には二部屋ある。
両親が存命のころからの倉庫と氷室だ。とはいえ、氷室は現在使用していない。
氷魔法は使えないし、魔石の維持もできない。
入れる物もない。
鍵を開け倉庫に入る。
そして、羽根はたきで埃を落としていく。
使わない魔道具や武器防具、ガル兄と作った失敗作、箱に保管した魔石。
地下なので埃を掃き出せないので、棒雑巾で拭いていくしかない。
朝食の前に外で風でも吹かせて、体の埃を落とさねば。
「おはよう、お兄ちゃん。ここにいたんだ」
開け放った扉から、シャーリーがひょこっと顔を出す。
「ああ。おはよう、シャーリー。埃が付くから入るなよ」
「はーい。ご飯用意しておくね」
今日もシャーリーは元気で良い。
掃除を終わらせ、倉庫に鍵を掛ける。防犯目的より、中に危険物が紛れているからである。シャーリーが間違って入ったら大事だ。
まずは掃除道具も一緒に屋敷の外に出よう。
そして――「≪風≫よ」――魔法で体の埃を飛ばす。
風を操り、様々な方向から体を撫でる。
密集した住宅でなくて良かったと思える瞬間だ。
あとは、魔工石を使ってもよいのだが――「≪水≫」――面倒なので、ここで手も洗い流すとしよう。
結局は、手を拭く布が必要になるのだが。手を乾燥させる魔法ってないかな……いや止めておこう。これ以上考えると、ずぼらの虫が騒ぎだす。
「出来たよー。お兄ちゃーん」
屋敷の中からシャーリーの声が聞こえた。
さて、今日の朝食は何だろうか。
「お兄ちゃんは今日何するの?」
「屋敷の掃除でもしようかな」
淹れた茶でひと息。
俺の方が食べるのが速いので、俺が茶を淹れるのが道理というものだ。
俺が淹れても美味しくなる茶葉を用意してくれた、ゲルト氏に感謝を。
シャーリーの顔も、ほわんとしている。
「じゃあ一緒にやろう」
「いつも世話になってるんだから、大丈夫だよ。シャーリー」
「もう、お兄ちゃん。そういうことじゃ――」
シャーリーの言葉を遮り、扉を叩く音が三度鳴る。
「マルク君。私だ。パックお姉さんが遊びに来たよ」
朝から大きな声だ。だが、パック先生なら対応するしかない。
「知ってる人?」
「ああ。フクロウの人」
名残惜しいが席を立ち、来客を迎える。
「私、お茶淹れてくるね」
「安いのでいいよ」
俺の言葉に半笑いで返し、シャーリーは台所へと向かった。
パック先生を迎えに、扉を開ける。いつもの三角帽が目に入った。
「おはようございます、パック先生。家まで来るなんて珍しい」
「ハハハ。おはよう、マルク君。君が、朝に突撃しないと捕獲出来ない珍獣なのは、本当のようだからね。パックお姉さんが捕まえに来たよ」
とりあえず、扉を閉めることにした。
さてシャーリーの淹れたお茶でも飲もう。自分で淹れた茶より美味しいんだよな。扉を叩く音が騒がしいが、気にしないでおこう。
「わー! 冗談だってば。大事な頼みごとがあって来たんだよ。マルク君。開けてちょうだい」
「鍵開いてますから勝手にどうぞ」
背を向けたまま、パック先生に屋敷に入る許可出す。
「ほんとだ」という間の抜けた声と共に、扉が開く音がし、続いて速足の音が。
「もう。マルク君も、案外悪戯好きなんだから」
「朝のひと時を、邪魔されたくないだけです」
仕様もない用事であったなら、パック先生といえど、屋敷から叩き出そう。
「御免ね。でも、本当に重要な用なの」
「急ぎなら、すぐに行きますよ」
隣を歩くパック先生は、小さく首を横に振り、言った。
「待ち合わせまで時間があるから。ゆっくりしましょう」
食堂へ共に向かうと、着席を促す必要もなく、パック先生は席についた。
ならばと、俺は台所へ。
「あれ? お客さんは?」
「パック先生なら、そこで適当に寛いでるよ」
「パック先生……ああ。既婚者? 怖い子?」
お茶の香りを漂わせながら、シャーリーが首を傾げた。
「ああ、既婚者だぞ」
怖い子ってなんだ? 流石に意味が分からない。
「またフラフラになっちゃ駄目だよ」
「ああ、気を付けるよ」
お茶の準備を手伝うつもりが、台所から叩き出されてしまった。
お客様を放っておいたら駄目、と、お叱りも付けて。
仕方ないので食堂へ戻ると、パック先生が俺に優しい眼差しを向けていた。
「何です」
「べーつにー。アム君も大変ね」
「そこで何故アム?」
パック先生からの返事は無く、ただ笑みを浮かべるだけであった。




