65.笑顔と説教は紙一重
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「おだいじにねー」
手を振るディアーヌさんに向け、完治した左腕を振って返事とする。
ドレイク先生の店を後にして、さぁ何処へ向かう?
ムル婆ちゃんの家……に行く前に、屋敷の倉庫から、ジャイアントクラブの魔石を回収しておこう。
早速、自宅へ戻り、地下の倉庫から魔石を回収する。
大きいので、別の道具袋が必要だ。
ムル婆ちゃんからも受け取るから、念のためにもう一つ袋を。
老夫婦の家にたどり着くと、二人は既に家に戻っていた。
ギルドの聞き取りは、すぐに済んだようだ。
「マルちゃん。腕は大丈夫かい?」
「大丈夫だよムル婆ちゃん。腕のいい先生に治して貰ったから」
そう言って俺は、左腕をムル婆ちゃんに見せる。
剥き出しの腕をぺたぺたと触り、ムル婆ちゃんは、ほっと息を吐いた。
「治ったからって、無理をしては駄目ですからね。ねぇ、お爺さん」
「うむ」
ボブ爺ちゃんも強く頷く。
ボブ爺ちゃんの怪我も、すっかり治っている。
帰ってきてからムル婆ちゃんに治して貰ったのだろう。
「ボブ爺ちゃんも大丈夫そうでよかった。ムル婆ちゃん、加護の力は大丈夫?」
「無駄に年月は重ねていませんからねぇ。大丈夫ですよ」
回復術士には出来るだけ、加護の力と言うべきだ。魔力ではない。
まぁ、二人が無事で何よりだ。
気まぐれ半分で森へ向かわなければ、どうなっていたことか……考えただけでも気が重くなる。
今回ムル婆ちゃん達も、無策で森に行った訳ではない。
それは、あの冒険者達を見れば明らかだ。
近隣の森に連れていくような実力の冒険者ではない。あれは、ギルドへの依頼も、ヘヴィオーガ相当のモンスターを考えてのランクで要請していたはず。
出現するモンスターも、そして数も異常であっただけだ。
パック先生に協力する理由が、一つ増えた。
先生が魔石を欲しがっていたのも、異常なモンスターの調査目的だろう。
早く届けよう。
早速ムル婆ちゃんに魔石の話を切り出すと、既にムル婆ちゃんが用意をしてくれていた。
「マルちゃんは、せっかちですからねぇ。今日来ると思ってましたよ」
「うむ」
そして、ムル婆ちゃんは朗らかに笑った。ボブ爺ちゃんも口を緩ませている。
見透かされたようで気恥ずかしいが、二人が笑顔なら……まぁ、いいか。
他者の笑顔は、自分も笑顔にする。
シャーリーとアムに、よく教えて貰っていることだ。
自分は、誰かを笑顔には出来ないかもしれないが……いや、だからこそ、この笑顔が好きなのかもしれない。誰かの浮かべる笑顔が。
「という訳で、お届けに来ました!」
「どういう訳か知らないけど、ありがとうマルク君」
魔工石が灯り始めた町をひた走り、パック先生の研究室へと戻ってきた。
まだ、残っていてくれて助かった。
流石にパック先生の自宅に乗り込むのは、気が引ける。
パック先生の前に、三つの道具袋を並べて置いた。
「三つ?」
「はい。左が以前森で倒したヘヴィオーガ、真ん中が山で倒したジャイアントクラブ、そして右が今日倒したヘヴィオーガです。本当は、今日の分が後三つあるんですけど、それは今、冒険者ギルドに」
パック先生が首を斜めにしている。三角帽は頭に乗っかったままだが。
「え? 今日倒した? マルク君、君、いったい何しに行ってたの? というより、あと三つって、ヘヴィオーガを何だと思っているの? ゴブリン感覚?」
「いや……偶然みたいなもので。放っとく訳にもいかないので仕方なく。あと勘違いしないでください。他の冒険者と共闘してですから」
倒さないと大変なことになる。あんなものが町に来たら大事だ。
特に、投擲してくるヘヴィオーガは。
ああ、そのことを伝えておかないと。
「そうそう、ヘヴィオーガなんですが。前回のと今日持ってきたこの一体だけ、投擲行動をしてくる個体だったんですよ」
「投擲行動? ヘヴィオーガと言えばご自慢の武器と腕力で、嵐のように襲い掛かってくるのが特徴だよね」
「はい。ですが前回は大鉈、今回は鉄棍棒を投げつけてきました。投げる前にご丁寧に魔力で武器を生成してから」
パック先生の頭が、先程とは逆向きに傾く。
目線も動き、思考状態に入っているようだ。
少し待つと、パック先生の頭が真っ直ぐに戻り、視線は俺を捉えていた。
「変わった行動をする個体の魔石を持ってきてくれたんだ。うーん、で、あるならば、通常個体の魔石も手元に欲しい所かな」
そうか、差異の可能性があるなら、通常の個体の魔石も持ってくるべきだったか。調べた結果、同じであったとしても、それはそれで重要な情報だろうし、比較対象が必要になる。
「すみません。俺の手落ちです」
「構わないよ。むしろ贅沢。通常の魔石も冒険者ギルドにあるんでしょう。ならば、後はこちらの仕事だから。君の取り分は?」
「二個です」
ウィンさん達との話し合いは、森にて済んでいる。
こちらが多めの交渉で、双方納得済みだ。
「全部使っていいの?」
「ええ。パック先生のお好きにどうぞ」
その申し出を喜んでもらえると思ったが、パック先生の顔には、戸惑いと呆れの色が浮かんでいる。
この表情は知っている。司祭様と同じ顔だ……説教が飛ぶ。
「マルク君、あのね――」
「大丈夫。他の人にもお叱りを頂いた後だから」
「なら、お姉さんは余計に心配だよ」
パック先生の少し潤んだ瞳に、俺は、乾いた笑いしか返せなかった。
「心配ついでに聞くけど、その左腕どうしたの? 袖、取れてるよ」
「えーと、これは――」
誤魔化しは効かないので、森での出来事とその後を、正直に話した。
パック先生から、お説教が飛んできたのは仕方ない。
それが心配からだと分かっているから、これは素直に聞いていよう。
お説教は、腹の音が鳴るまで続いた。
ふぅ。腹が満ちた満ちた。
豚の一枚肉をニンニクで焼いただけという、単純で美味い料理。
いや、単純なんて言うと、サンディの父親に怒られそうだ。
今は、風呂上がりに居間で、独り茶を味わっている。ソファの感触に包まれ、ゆるりと。部屋は魔工石の光が一つ灯っているだけだ。
茶の香りを楽しみながら、ゆったりと考える。
俺が考えることに、優雅さも穏やかさも無いのだが。
考える事は魔法の事だ。課題が幾つかある。
一つ目は、茶を出す魔法の習得。
これは、前提である植物生成の魔法が難関である。取っ掛かりすらまだ無い。
二つ目は、氷魔法。
母の封印を解く術を、ミュール様が考えてくれるそうなので、待つしかない。
三つ目は、ミュール様に受けた『共に踊りましょう』だ。
自分の魔力を使って相手を操作する魔法。手段は教えて貰ったので、練習あるのみ。問題は、どうやって練習するかだが。あと、これは単純に楽しくて覚えたいだけなので、使う機会はないだろうな……。
四つ目は、対強モンスター用魔法。
特に、遠距離から敵に作用する魔法を覚えたいところだ。
ガル兄に教わった水精霊の斬撃は、大いに役に立つ魔法であった。
今回のヘヴィオーガも、これが無ければもっと手間がかかっただろう。
だが、火魔法の使えない遠距離戦闘という課題は残ったままだ。
ウィンさんの使った暴風竜の大薙。
あれも気になる。が、暴風竜の大薙は魔力の消耗が激しそうだ。
ウィンさんに初めて出会った依頼の時も、彼はそれを使って一発で倒れていた。
今回は無事だったようだが。
独りで戦うことの多かった俺としては、倒れるまで消耗する事は、そのまま死を意味する。
暴風竜の大薙を習得してから、考えても良い事ではあるが……。
もう一つ頭に浮かぶのは、母の使っていた魔法、父の言葉――
「ゼツヒョウノヒツギ……絶氷の棺だよな、たぶん」
この魔法が無いか、母の部屋の魔導書は既に探し尽くした。無かったが。
ミュール様なら使えるのではないだろうか?
どちらにしても氷魔法は、まだお預けなのだから――
「考えても仕方ないよな」
茶を口に含む。温かさが心を落ち着かせる。だが……。
「シャーリーやアムと一緒の方が、美味しいよな」
独りで、そして静かな居間に、口から零れた寂しさが広がっていく。
もう寝よう。今日は、魔導書を読むのは休みだ。




