64.ドレイク・パブロフ
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とりあえず枝を八本ほど拾ってきて、風の刃で大きさを調整する。後は護衛の冒険者パーティーから借りた紐で固定すれば、左腕の応急処置は完了である。
うん。これだと後で、回復術士の先生に怒られるな。
だが、最低限でも処置しないと、ぶらぶら左腕を揺らしたまま町に帰ることになってしまうから仕方がない。
冒険者パーティーの回復術士が治療を買って出てくれたが、肩を負傷している男性を優先させた。
こっちは、命に別条はないのだから。
今は、一人動ける戦士風の男性に、見張りを頼んである。
怪我をした男性を、ある程度治療した後、町へと帰る予定である。
倒した四体のヘヴィオーガの魔石は、魔術師、ウィンゲストさんに回収してもらった。
始めは思い出せなかったが、暴風竜の大薙から辿って、彼の事を思い出した。
過去に一度だけ、共闘したことのあるパーティーの一人だ。
あの魔法で、空飛ぶガルーダを叩き落していたのを思い出したのだ。
他の人は残念ながら憶えていない。
我ながら失礼なことだ。
「なぁマルク。何でこの一個だけ、別の袋に入れておくんだ?」
「もしかしたら奥の一体のだけ、鮮度が違うかもしれないから」
「鮮度? 何言ってんだ?」
「ハハハ、俺にもわからないんだけどね」
ウィンさんは、肩をすくめながらも、一つだけ別の道具袋に入れてくれている。
「ところでマルク、何でお前、森に来たんだ?」
「ん、たまたまだよ。ムル婆ちゃんに聞きたい事があってさ。後、ボブ爺ちゃんの腰の具合が気になってね」
「そんなことで森の奥までこないだろ、普通」
「ああ、それは――」
森に着くと、フォレストタイガーに出迎えを受けた事。
異常事態を知ったので、森の奥へと進むフォレストタイガーについて行った事。
その案内で、リリーと出会えたこと。
その後、フォレストタイガーに彼女を任せてきたこと。
戦士と戦うヘヴィオーガを不意打ちで倒した事。をウィンさんに話した。
「いや、まず逃げろよ! フォレストタイガーを何だと思ってんだお前。嚙み殺されるぞ。てかリリーちゃん大丈夫か?」
「あいつ、何か賢そうだし、大丈夫だよ」
「あーもう。早く帰る理由が一つ増えちまった」
ウィンさんが、自身の頭をガシガシかいている。
リリーは大丈夫だと思うが、早く帰るのには賛成だ。
負傷者を抱えて、モンスターの出現域に留まるのは危険しかない。
本来ならば、ヘヴィオーガの残りは? 出現の原因は? と調べなければならないことがあるが、今は大人しく退いておこう。
ある程度治療が終わった男性を、戦士風の男に担いでもらい、俺達は町に戻ることにした。
幸いボブ爺ちゃんの怪我は軽く、腰も無事なようであった。
ムル婆ちゃんを背負っても全く問題は無いようだ。歩みも速い。
警戒は、ウィンさんと回復術士の女性に任せ、俺は、重症男性を温か癒しの水で覆いながら歩くことにした。
左腕の癒しの水への魔力供給も、忘れずに。
道中ムル婆ちゃんに魔石の話を聞いてみると、魔石は家で保管しているとのこと。
高価な魔石を家に置きっぱなしにすることを、二人とも心配していたらしい。
ムル婆ちゃんとボブ爺ちゃんには、申し訳ないことをしてしまった。
さらに道中、あのフォレストタイガーに遭遇し、リリーの事を尋ねてみた。
返事は期待していなかったが、グルルと一鳴きして彼女の無事を知らせてくれ、そのままフォレストタイガーは森の奥へと去っていった。
男前な奴だ。
無事何事もなく森を抜け、町に着くと、そこにはリリーと冒険者パーティーの姿があった。救援に向かう途中だったようだ。
さて、俺は面倒に巻き込まれそうなので、退散しよう。
町に入る前、全員に了承は取ってある。
一つの魔石を持っていくことも含めて。
俺も行かないといけない場所がある。
流石に、枝で囲って固定した左腕を、そのままにしておくわけにもいかない。
シャーリーやアムに見つかったら、雷どころではすまないだろう。
だから、俺は久しぶりに行くことにした。
ドレイク先生の所へ。
『ドレイク・パブロフの店』
見上げた看板には、それだけ書かれている。
正直これだけでは、始めて訪れる人々には何の店か理解できないだろう。
扉を開け、店内に足を踏み入れる。
受付の女性が、暇そうに机に突っ伏しているのが見えた。
彼女の名はディアーヌ。愛らしい丸顔を包む桃色の髪が目立つ女性だ。
今は頭頂部しか見えないが。
俺が小さいの頃から知っているので、既に三十は超えているはずなのだが……未だ二十歳程度の年齢に見える。というより初めて見た時から変わっていないような気が……いいや、今は関係のない事だ。
「こんにちは、ディアさん。今日、ドレイク先生っていますか?」
「あーマルク君。ディアちゃんって呼ばなきゃダメだよー」
俺の声に反応して、顔を上げたディアーヌさんが頬を膨らます。
その姿は実に愛らしいのだが……。
「すみません。もう子供ではないので”ちゃん”はちょっと……」
「もー。しょーがないなー。せんせーは奥でごろごろしてるからぁ、勝手に入っていいよー」
「ありがとうございます、ディアさん」
手を振り見送ってくれるディアーヌさんに礼をして、俺は奥へと進む。
本当はディアーヌさんと呼びたいのだが、そう呼ぶと彼女は怒る。絶対に怒る。とはいえ、ディアちゃんとは呼び難い。
折衷案でディアさんだ。
重厚な扉の前で深呼吸する。そして右手で三度叩く。
「さっさと入れ、マルク」
「はい、失礼します」
扉を開け、入室すると、淡い花の香りが鼻腔をくすぐった。
面長で肌が青白く、そして目立つ白髪の男性、ドレイク先生が机に向かって書き物をしていた。こちらを見る気配は無いが、それは毎回の事だ。
もう一脚の椅子に座って、ゆっくりと待つ。
筆の走る軽快な音が続く。
さらに待っていると、ピタリと音が止まった。
そしてドレイク先生は、首を回し、俺を見た。その生気の失った目で。
「ドレイク先生……大丈夫?」
「お前の腕よりはな……何処でやった?」
「そこの森で。ヘヴィオーガの鉄棍棒を弾いた時に――」
「素手でか! 帰れ! この破滅主義者め!」
あっ。目に生気が少し戻った。
貶されて嬉しくは無いが、死にそうな目よりは幾分か良い。
「死なない為にやった事だから。お手柔らかにお願いします」
「まぁいい。お前の無鉄砲はいつもの事だ。ほら、さっさと横になれ」
「はい」
部屋の中にある固いベッドに仰向けで横になる。手は楽に斜め下だ。
ドレイク先生が、左側に回り込み、患部を確認している。
そして、不格好な添え木を外した。
「正しく接がねば、困るのはお前だぞ」
「応急処置だよ……それに、ドレイク先生に頼むのが一番でしょ。だからすぐにここに来たんだし」
「ふん。正解だ。さっさと回復術士に任せるのが賢明だからな」
ドレイク先生の言葉に、少しだけ元気が見えた。
ドレイク先生は、左腕の服を刃物で素早く切断していき、俺の左腕を露わにする。
「ふむ。直撃にしては、怪我が軽いな。魔力で防いだか」
「はい。ありったけの魔力で」
「なるほど。折れて変色しているだけで済んでよかったな。潰れて粉々だったら、当分の間、縛って監禁部屋行きだった」
物騒なことを言っているが、それが治療のためのドレイク先生の優しさであることは、身に染みている。
「さて、痛いだろうが魔力を引け。治療の邪魔だ」
癒しの水への魔力を遮断する。徐々に水が体内に吸い込まれて行く、と同時に、腕から発した痛みが頭を直撃する。
ドレイク先生が、折れた左腕に触れぬように上に掲げ、呪文をつぶやいた。
「≪聖母の祈り≫」
柔らかな光が、患部を包み込む。俺の体の内側から、生きる活力が湧き上がって来るのを感じた。痛みも和らいでいく。
しばらくの間、沈黙が続く。
どれほどの時間が経ったのだろうか?
ドレイク先生は、患部の確認をしながら、聖母の祈りを使い続けている。
俺はただ動かないようにしているしかない。それが最善だ。
そして、さらに時間が経ち、光が消えていくのが見えた。
「終わったぞ。左手動かしてみろ」
「ありがとう、先生」
まず、横になったままで、左腕を見て見る。
真っ直ぐだ。元通りと言い切っていい。
次に、左腕を動かし目の前に持ってくる。そして、手をゆっくり開いて、ゆっくり閉じて、ゆっくり開いて、ゆっくり閉じて……うん。全く問題は無い。
後は右手で、患部をゆっくりと撫でてみる……痛みもない。
流石、ドレイク先生だ。
「相変わらず、先生の治癒はすごいね」
「お前のモンスター狩りと同じだ。これで飯食ってるからな」
「ハハハ。俺はもう冒険者じゃないけどね」
「知ってる。だが、冒険者でもない奴が、ヘヴィオーガと戦うんじゃない。アホだろお前」
「うん。否定できない」
ドレイク先生は長いため息を吐いた後、苦々しく口を開いた。
「とりあえず万全にしておいたが、一日は戦闘するな。いや、出来れば一生戦闘するな」
「うん、一日は安静にしておくよ」
何もトラブルが起きなければ、だけど。
俺の心を見透かしてか、ドレイク先生から猜疑の視線が飛んでくる。
大丈夫だよ。たぶん。うん、きっと……。




