63.森の奥で~再び~
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森の中には、轟音が響き渡っていた。木々を打ち付ける何者かの仕業だろう。
進行方向に強い魔力を感じる。
これは大天使の守護だ。しかも、強力な。
ムル婆ちゃんの魔法ではない、護衛の冒険者の魔法だろう。
ならば、生存者がまだいる。
少し走ると、白い光が目視で確認できた。あの場所だ。
木々を抜けながら、状況を確認する。
「≪魔力の壁≫、チィ、≪魔力の壁≫!」
呪文が聞こえる。
回復術士以外にも、動ける魔術師がいるようだ。
そちらも気になるが、まずは視界の中で戦闘している戦士への加勢だろう。
回避に専念しているようで、敵の得物の距離に入らないように立ち回っている。
こちらに背を向けているモンスターの姿を見て、驚くと同時に納得した。
あの森に似つかわしくない赤みがかった肌。額の捻じれた一本角。
俺より頭三つ分ほど高い背丈。隆起した筋肉。胴に纏う鎧。
ヘヴィオーガだ……何で森の中にまた湧いているんだこいつは! いや、今は倒すことが先決だ。背を向けている今が好機である。
どんな強者も不意打ちには、弱い。
力強さも、振るう得物の距離も関係ない。
そのまま最大速度で近付き、相手を一撃で始末出来る距離まで詰める。
「な! おま――」「≪水精霊の斬撃≫」
呪文が森に響く。
生み出した白い線で、俺に気が付かぬままのヘヴィオーガの背を、下から斜め上に斬り上げる。線の軌跡が木漏れ日に反射する。
胴に着けた鎧も関係なしだ。
手応えを信じ、致命の確認は取らない。
そのまま足を止めずに、大天使の守護へと向け、走る。
見えた。
白い光の壁を攻撃しているのがヘヴィオーガ二体。
どちらも長い鉄棍棒を振るっている。
魔術師が作り出したであろう魔力の壁を破壊し、そのまま大天使の守護を強打している。よく大天使の守護を持続できるものだ。
白い光の壁の中には、五人いた。
白い服の回復術士と思しき女性は、膝をつき、祈りを捧げている。
青いローブの魔術師の男性は、ヘヴィオーガの攻撃を見極め、守りを張るつもりだろう。
ボブ爺ちゃんは、肩で息をしている。疲れ果てているようだ。血も見える。
ムル婆ちゃんは、倒れた男性に治癒の光を使っているようだ。
倒れたままの男性は……まだ、息がある。肩に直撃を受けたのだろう、皮鎧の上から、ぐしゃりと潰れている。腕がまだつながっているのが奇跡のようだ。
状況は分かった。
大天使の守護が破られれば、終わりということも。
白い光の壁からズレるように、横へと移動する。
真正面から進むと、彼らの負担が大きくなる。
「救援だ! 数は全部で!」
「救援? 三体だ。一体は遠くに!」
俺の声に応えたのは、魔術師の男性であった。数が分かるのは助かる。
一体倒したので、残りは目の前の二体だけということか。
完全に真後ろから奇襲した先程と違い、今回は、ヘヴィオーガ二体に気付かれている。まずは一体仕留めないと、二体同時は無理がある。
「≪風の刃≫」
一刃に全力を込め、足を狙う。
その刃はヘヴィオーガの足首を切り裂く。が、青い魔力の液体を噴き出した程度で、傷を与えただけだ。
あれならすぐに回復してしまうだろう。
だが、風の刃によって、一体の敵意をこちらに引き付けることに成功した。
もう一体は、あちらに任せておこう。守護が破られぬことを期待して。
ヘヴィオーガの咆哮が、森に響き渡る。
ただの獲物が噛み付いてきたことに、大層ご立腹のようだ。
怪我を負ったヘヴィオーガは、こちらに猪突猛進だ。
戦いはいつも距離が大切だ。
こちらの致命の距離が長ければ、相手を一方的に倒すことが出来る。
逆に相手の射程が長ければ、対処をしながら、こちらの射程距離まで接近しなければならない。
鉄棍棒を振り回す相手に、剣や斧で戦うのは不向きというわけだ。
余程の剛力か、目にもとまらぬ速さが無ければ、防戦一方になるだろう。
今の俺には、ガル兄から教わった水精霊の斬撃がある。
昔であれば、森林火災を覚悟で戦わなければならなかっただろう。そもそも、森にヘヴィオーガが出てくるのが可笑しいのだが、今は考える時ではない。
迫るヘヴィオーガが、鉄棍棒を振り上げる。
鉄棍棒の届く距離を見極め――後ろに避ける。
少し大げさに避けたつもりでも、振るわれた鉄棍棒の風圧が、俺の体を揺らす。
縦に振るわれた鉄棍棒が地面を抉る。横に振るわれた鉄棍棒が樹木を抉る。
だが、距離もタイミングも掴めた。
次にヘヴィオーガが攻撃するタイミングを見て、少ない足捌きで避けながら――「≪水精霊の」――前に振った鉄棍棒を目掛け――「斬撃≫」――魔法で斬る。
白き一閃が鉄棍棒を切断する。
右手の水精霊の斬撃は発動したままで。
近付けるようになればこちらのものだ。一つ二つと地面を蹴り、ヘヴィオーガへ接近し、右手を外から内に振り、その太い首に横一文字の線を引く。
俺は、魔法を解除し、大きく飛び退いた。
こちらは、倒したのを確認しないと危険だ。
万が一、もう一体と戦っている最中に割り込まれたら、死が頭をよぎるだろう。
首を落とされたヘヴィオーガが塵となって消えゆく。
魔石まで確認したら、狙いは次のヘヴィオーガだ。
あちらも俺を視認したようだ。
大天使の守護の破壊よりも、俺を潰すことを選んだのだろう。
二対一ならともかく、一対一の連続ならやれる。
ヘヴィオーガの大きさも、その手に持つ鉄棍棒も先程の個体と同じようだ。
ならば一手目で。
ヘヴィオーガに近付き、懐に潜る――と見せかけ、鉄棍棒を誘う。
そして、間合いに入る直前で止まり、一歩だけ後ろに下がる。
すると、目の前を振りかぶった鉄棍棒が通過していった。
足に負担は掛かるが、力を込めて前に進む。
ただ一歩の差で、有利不利が変わる。まず狙うは、鉄棍棒を持つ手だ。
「≪水精霊の斬撃≫」
右手を振り抜き、鉄棍棒を持つ腕を斬り落とす。胴まで同時に斬れれば良かったが贅沢は無しだ――視界の端で、魔力の流れを感じた。
一体目を仕留め損なっていたか? いや方向が真逆だ。
あっちは森の奥……どうする?
目の前の手負いを倒すか、様子を見て引くか?
目の前の手負いを放置すれば、直ぐにまた脅威となる。
ならば、一体始末すべきだ。
右手に生み出した水精霊の斬撃は、発動したままに、手負いの方へさらに進む。そして、俺を掴もうとする奴の左手の射程を測り、躱す。
ここまで近付けば、一体目と同じように、ヘヴィオーガの胴を狙い右手を払うだけだ。白く細い線が、鎧を切り裂き、胴を上下に分ける。
即座に、魔力の流れを感じた方向へ向き直った。
瞬間、自分の失策を知った。
この魔力の流れは前回遭遇した、投擲するヘヴィオーガのものと同じだ。
もう封壁は間に合わない。
狙いはこちらだ――「≪魔力≫」――咄嗟に込められるだけの魔力を左腕に纏わせ、上に払った。
高速で飛翔した鉄棍棒と俺の左腕が重なり合う。
衝撃と共に、左手に激しい痛みが走る。
左手に弾かれた鉄金棒が、空を舞っている。
だが俺は、それを悠長に見ていられなかった。目に入ったのは一瞬であった。
衝撃で体が吹き飛ぶ。気が付いた時には、背を樹木に打ち付けていた。
声にならない音が、口からこぼれた。
頭の中が痛みと息苦しさで綯い交ぜになり、視界が白く明滅した。
駄目だ、状況を確認しろ。
ゆっくり小さく息を吸う。
左手は……似た感覚は何度も経験済みだ。折れ曲がっているだけだろう。
体は……大丈夫だ。まだ動ける。
敵は……前の奴と同じなら、既に鉄棍棒はその手に持っているだろう。距離を詰めないと。
「≪癒しの水≫」
右手に作った癒しの水を、左腕部の肘より先に当てる。
一瞬、頭に閃光と共に痛みが走るが、徐々に痛みが和らいでいく。
癒しの水は自分に使うと楽だ。魔力を供給し続けるのに手を当てておく必要がない。癒しの水は、患部で留まっていてくれる。
「マルク! 無事か!」
魔術師の声が頭に響く。
右手を上げて無事を示しておく。
そして、即座に奥のヘヴィオーガへと走る。
『三体だ。一体は遠くに!』は、全体の数でなく、こっちだけの話か。失敗した。
失策を嘆いても仕方がない。
ヘヴィオーガに接近しながら、敵の出方をうかがう。
投擲はせず、待ち構える構えのようだ。
「マルク。俺が隙を作るから、お前が一撃で決めろ」
気付けば魔術師も共に、ヘヴィオーガに向かって走っていた。大天使の守護から出てきたらしい。助かる。
「お願いします」
魔術師の体に魔力の流れを感じる。
「その羽ばたきにより空は落ち、地へ這いずるだろう」
その言葉をかき消すように、ヘヴィオーガが咆哮を上げる。
魔術師の魔力が高まっていく。
これなら隙どころか、奴を一撃で倒せそうな程、大きな魔力だ。
魔術師と己の目を信じ、ただひたすらに前に進む。
「さぁ、全てを吹き飛ばせ。≪暴風竜の大薙≫」
呪文と共に、立ち止まった魔術師が腕を前に突き出した。
生まれた風が前方へと流れていく。その風の勢いは凄まじく、触れる木々を砕き、吹き飛ばし、巨体のヘヴィオーガすら軽々と吹き飛ばした。
だがこれでは、俺もヘヴィオーガに近付けない。
一度足を止め、魔法が消えるのを待つしかない。
そして、この魔法には憶えがある。
「今だ! マルク!」
「了解」
俺は魔術師に小さく返事をし、倒れたヘヴィオーガに全速力で肉薄する。
走るたびにプラプラ揺れている左腕は今は、気にしないことにするしかない。
後は、起き上がる前のヘヴィオーガを――「≪水精霊の斬撃≫」――斬り殺して終わりだ。
両腕を落とし、首を飛ばす。
魔力を垂れ流したヘヴィオーガは、その存在を保てなくなり、塵へと化した。
残るのは、手の平大の魔石一つであった。




