62.魔石を求めて走り込む
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あぁ、甘くて美味しい。先程の砂クッキーが嘘のようだ。
パック先生と雑談しながら待つこと三分。と余裕を持って追加で一分。
恐る恐る食べたクッキーは、中々の味だ。食感に先程のイメージが乗ってしまっているのが、少し残念ではあるが。
「では、礼は受けとったので帰りますね」
「ちょっとマルク君? 女性と二人っきりなのに、何もしないで帰るつもり?」
「帰りますよ」
別にパック先生が、欲求不満だとかそういう事ではない。パック先生は偶に冗談でそういうことを俺に言うだけで、彼女自身は旦那さん一筋である。
それに、据え膳食わぬは……などやっていたら、冒険者の時分に身が持たなかっただろう。
「いやいや、悪戯はお礼じゃないよ、遊び心だよ。何か困ったことがあるんじゃないかい? パックおねぇさんが力になるよ」
「パック先生。相談事があるなら直接的に言ってください。何があったんです?」
「アハハ、ダークマターの件で、お礼をしたいのは本当なんだけどね。それとは関係なく、融通して欲しい物があって……」
俺が持っている物で、パック先生が欲しがるもの? 何かあっただろうか?
「それは?」
「ヘヴィオーガの魔石と、ジャイアントクラブの魔石だよ」
また変な物を。俺が知らないだけで、精霊と何か関係あるのだろうか?
それとも、魔石の価値や使用用途の問題だろうか?
それよりも、何故ジャイアントクラブを倒したことを知っているのだろうか?
まぁいいか。
俺が持っていても有効活用は難しいのだし、パック先生に活用してもらおう。
「別にいいですよ。ただ、ヘヴィオーガの魔石は屋敷に戻っても無いですよ」
「あれ? マルク君が森で倒したんじゃあ?」
「そうですけど、魔石は一緒にいた冒険者と薬草採取のムル婆ちゃんに渡しましたから。もしかしたら冒険者ギルドにあるかもしれませんけど」
「冒険者ギルドにはもう聞いたよ。持ち主に返したって……全く、適当なことを。じゃあもう売却されてちゃったかもね……」
パック先生が肩を落としている。
だが冒険者ギルドが、キオかムル婆ちゃんに返却したのならば、売られた可能性は低いだろう。二人とも、所有者不明の物を売り払ってお金にしたりはしない。
「冒険者かムル婆ちゃんの手に渡ったなら、そのまま持っているはずですよ」
「いや、売るよ? あれ幾らするか分かってる? 金貨五十は下らないよ」
「知ってますよ。それでも売ってないと思います」
もし冒険者ギルドが着服していたら……流石に殴り込むか。
「ムルお婆ちゃんは知ってるけど、その冒険者ってのは?」
「ムウのパーティーのリーダーをやってる、キオって男の子です。あの場にもいましたよ。ほら髪がツンツンしてた」
「いた? いたかなぁ? ムウちゃん以外誰かいたっけ?」
ああ、ダークマターにだけ目が行っていたから、関係の無い人物は憶えていないのか。これでは、司祭様の事も忘れているだろう。
「いましたよ。まぁ、魔石の事は、俺が今度会った時にでも聞いてみます」
ムル婆ちゃんは、自宅を知っているから会うのは容易いが、キオはなぁ……。
最近よく会うが、普段のキオの行動なんて知りもしない。
冒険者ギルドに乗り込むわけにもいかないし、自宅も知らない。
一人暮らしなのは、以前の会話でわかるのだが。
一人暮らし冒険者のよく住む、あの辺りを探せば、もしかすれば……いや、面倒だし、先にムル婆ちゃんに魔石の件を聞いてからにしよう。
「ありがとう。お姉さん大助かりだよ。こんなに早く済むなら、すぐに切り出せば良かったかな」
「いや、時間の掛かる話じゃないですよ」
「マルク君は適当だからね。本当はもっと色々と話し合うべきことがあるんだよ。利用法に、お金の話に、融通する見返りや受け渡しの日時なんかもね」
「そこら辺は、信用してますから」
パック先生なら悪用はしないだろうし、有効利用されるならお金も別にいい。
見返りは不要で、受け渡しはヘヴィオーガの魔石を回収してからだ。
まぁ、不必要な話だよな。
よし、早速ムル婆ちゃんに会いに行こう。
クッキーをもう一つ頂き、ソファーから腰を上げる。
「じゃあ行ってきますね」
「ちょ、ちょっと。だからお礼が――」
「そもそもあの時、俺がパック先生を呼び付けたんですよ。礼をするなら俺の方ですって」
「お礼が要らないなら、何で一緒に研究室に来たんだい?」
「自分で何を言ったのか忘れたんですか……」
パック先生をまじまじと見ていると、彼女は「あはは」と目を逸らした。『精霊の悪戯』発言を忘れていたな。
まぁ何にせよ、それほど面倒でない話でよかった。てっきり、ダンジョン下層に一人で潜って特定の魔石を取ってきてくれ、とか頼まれるのかと思っていた。
「お茶ごちそうさまでした。改めて、行ってきます」
「いってらっしゃい」
パック先生が笑顔で送り出してくれる。
パック先生が学び舎でアムの先生だったときから、この笑顔は変わらない。
その笑顔に手を小さく一振りし、俺は研究室をあとにした。
研究棟から出た俺は、運動不足解消も兼ねて走っていくことにした。
全力で走ると迷惑極まりないので、控え目で。
「お疲れ様です」
流石に門番には止められるかと思ったが、普通に素通り出来てしまった。
うん、もう何も言うまい。
学派の敷地を出て、目的地であるムル婆ちゃんの家に向かう。が、到着しても留守であった。ご近所のご老人曰く、冒険者連れで森に薬草取り、とのこと。
冒険者の薬草需要が増えていることも、ついでに教えてくれた。
何で普通のご老人がそんなことを知っているのだろう?
年の功だろうか。
さてムル婆ちゃん達を迎えに行くか? あきらめてキオを探すか?
『魔女の一撃』をくらったボブ爺ちゃんが少し気になる……よし、迎えに行こう。
再発していたら大変な状況になっているかもしれない。
ご老人に礼をし、近隣の森へと向かう。
今日の走り込みコースは、中々の長さだ。
そして町の門が近づき、一つ気になった事を試してみる。
走る速度はそのままに「ちょっといってきまーす」と、そのまま門を走り抜ける。背後から「気を付けてなー」と門番の声が。
前は気にしたことが無かったが、この町の警備って緩いのかも……うん、先を進もう。俺が気にする事ではないはずだ。
街道を逸れ、走る。森はすぐそこにある。
「何でこんな所に」
森に入って一番に出会ったのが、フォレストタイガーであった。
木の上から大きな体躯で、俺を見ていた。通常の個体よりも大きいこいつは……あの時、ヘヴィオーガに襲われていた奴か。
そのフォレストタイガーは、俺を一瞥すると木を伝いながら森の奥へと進んでいった。
ここにフォレストタイガーがいるということは、状況は悪いということなのだろう。森の奥へと進む、フォレストタイガーの意図は分からないが、俺も進もう。
置いていかれないように、走る速度を上げる。
途中のモンスター達は無視だ。
ふと、視界の先でフォレストタイガーが足を止めた。
理由は、すぐにわかった。
そこには、リリーの姿があった。怪我は……無いようだ。
「リリーちゃん。お婆ちゃん達は?」
「マルクさん! 師匠を! お爺ちゃんを助けて!」
「モンスターか」
リリーは首を縦に振りながら、さらに森の奥を指し示す。
「わかった。行ってくる」
絶対に助けるとは言えない。もう遅い可能性もある。
彼女の差す方向へ、急ぎ向かう。
「お願い! お願い……」
背に聞こえる祈りを無駄にしないために。
木の上には、先導するようにフォレストタイガーがいた。しかし――
「すまないが、あの子を頼めるか?」
人語を解すかわからないし、協力してくれるかも分からない。
それでも、走りながら声を掛けてみた。
フォレストタイガーが途端に転進した。リリーのいた方向だ。
「ありがとう。後は任せろ」
駆け戻ったフォレストタイガーには、もう届いていないだろうが、独り、言葉にする。
森の茂りが深くなる。駆ければ早い、もう森の奥に足を踏み入れている。
今は、全力で進むだけだ。




