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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第二章

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61.パック先生の研究室

誤字修正 読みやすいように全体修正 内容変更なし

 その後、遅めの昼食をミュール様と取ることになった。

 世話係を名乗る女性が持ってきてくれた、ジャムとパンを共に食した。三人で。

 酸味と甘味の効いたジャムは、柑橘類を使ったものだったのだろう。

 ミュール様のお茶と良く合った。

 食後はミュール様に雑事があるらしく、俺は帰ることとなった。

 階段も無い塔でどうやって帰るのか? 飛び降りるか? と思ったが、ミュール様の指す方向に、帰りの転移陣があった。

 俺は、気が付かなかった間抜けである。

 行きが転移陣なら、帰りも当然そうだ。


「今日は、ありがとうございました」

「また、来てくださいね」


 頭を下げる俺に、優しい言葉が返ってきた。

「はい」とだけ答え、転移陣で女王の塔を後にする。

 視界が光に包まれる中、ミュール様が小さく手を振った。

 振り返そう。そう思った時には、すでに眩しい太陽の下にいた。

 転移前に向いていた向き故か、真正面で、女王の塔が自己主張をしていた。

 心に、ほんの小さな棘が刺さる。まぁ、今度はしっかりと。

 気を取り直して、何処(どこ)にいこ――「見つけたよ! マルク君」――誰だ? て、声でわかる。パック先生だ。


「どうしたんです、パック先生」

「どうしたも無いだろう、マルク君。あの時から、一向に捕まらないから心配していたんだよ」


 パック先生が、三角帽を揺らしながら近付いてくる。


「あー、ご心配ありがとうございます」


 そういえば、俺が魔力切れの状態で別れて、それっきりだったっけ?

 一度、顔ぐらい出しておくべきだったか。

 司祭様の事も頭によぎる。だが、今はパック先生だ。


「君がフクロウに来たことは、門番の皆さんに聞いたから分かってはいたけど、まさかミネルヴァ様の所にいたなんて。私の眼をもってしても見抜けなんだ」

「ええ。少し相談事が」

「ああ。仲が良くて結構、結構。さてと、お礼もしたいし私の研究室にでも行こうか。今なら二人っきりだよ」


 面倒ごとの臭いがするから、正直行きたくないな。

 適当に用事をでっち上げようか? アムの所に逃げるか?


「来てくれないと、精霊の悪戯、しちゃうよ」

「パック先生。それはやめて」


 精霊の悪戯とは、先生の使う、いや先生にしか使えない不思議な魔法である。

 効果は数分から半日ほど。

 頭がアフロになったり、つるつるになったり。

 顔がゴブリン風になったり、オーク顔になったり。

 頭の中で、左右が認識できなくなったり、文字を読もうとすると文字が躍り出したり、人の顔が認識できなくなったり。

 視界が、上下左右反転したり、道行く人が野菜に見えたり、(もや)がかかったり。

 パック先生が、選んでいるのかランダムなのかは不明だが、どれか一つが発動する。俺が知らないだけで、効果はまだまだ多いのかもしれない。

 正直、恐ろしい魔法だ。

 特に戦闘中に、頭の中や視界に影響するものを受けると、負けは必須だ。


「ハハッ。冗談に決まっているだろう」


 パック先生は、元気よく笑っている。

 が、冗談でないことは知っている。

 パック先生は、気軽に魔法を放ってくる。

 精霊の悪戯の幾つかの効果を知っているのは、そのせいだ。

 少し冗談の多いだけで、良い人なのは昔から知っているから安心できるが……魔法は勘弁願いたい。


「行きますので、悪戯を使うのはやめて下さいね」

「大丈夫。恩人にそんな事する訳ないじゃないか。ハハハ」


 パック先生は、高い鼻を天に向け、笑い出す。

「さぁ、行こうか」と言い、歩き出した彼女の隣を歩く。

 今日は、パック先生に付き合うとしよう。




 学派の敷地内を歩いていると、迷惑な集団に遭遇した。

 まぁ、アム御一行なのだが。

 一人、二人、三人、四人と。相変わらず女の子をぞろりと連れて歩いている。

 敷地は広いとはいえ、せめて横に並んで歩くのをやめて欲しいものだ。


「アムせんぱ~い――」「先輩――」「アム――」「アム君――」


 黄色い声が響いている。彼女たちの視線は、一人に注がれている。

 アムもよく、四人も同時に(さば)けるものだ。

 そこだけは感心するよ。


『みんな、僕を遊び道具にしているだけだからさ』

(たか)る輩は多くとも、お姉さまを助ける人はそう多くはございませんのよ』


 二人の言葉が、頭の中で流れる。

 以前より少しだけ、あの集団に対する認識が変わってしまった。

 あれを妬ましいと思っていたが、今はただ”面倒”としか思わない。


「あら? アム君だね」

「ええ。相変わらずですね」

「おーい。アム君」


 別に呼ばなくてもいいのに、パック先生が声を掛けてしまう。

 アムと目が合った。

 仕方がないので、俺も小さく手を振る。

 アムが一人一人に笑顔を向けた後、小走りでこちらにやってきた。


「やぁ、こんにちは。パック先生とマルクとは、珍しい組み合わせだね」


 そう珍しい組み合わせでも無い気がするがな。

 学派の知り合いの中では、パック先生には世話になっている方だ。

「「こんにちは」」と二人で挨拶を返したあとは、年長者のパック先生に会話を預ける。


「ああ。この間の件で、マルク君にはお礼をしないと、と思ってね、さっき敷地内で捕まえて来たんだ。この子は、精霊よりも会うのが難しい子だからね」

「ハハハ。朝一番で捕まえなければ、何処(どこ)へ行ったのか分からない男ですから」


 二人は楽しそうに笑う。

 それにしても、二人して俺を珍獣扱いか。

 俺なんて、この町を探せば適当に見つかるだろうに。俺が立ち寄る場所なんて、そう数は多くないのだから。

 二人の会話は、アムの後ろから俺を睨みつけている少女たちの話題に移っている。

 アムを拘束しているのはパック先生なんだ。俺を睨まんでくれ。

 彼女達に目を向ける。すると、全員が示し合わせていたかのように、彼女達は、スッと俺から目を背けた。

 嫌われたものだ。

 ほぼ接点のない人達だから、別に構いはしないが。


「では、そろそろ行くとするよ。アム君達も楽しんで来るといい」

「はい、パック先生。マルクもまた」

「ああ。またな、アム」


 アムは、俺たちにウインク一つ残して、少女達の元へ戻っていった。


「マルク君は、案外アム君とは話をしないんだね」

「しますよ。女性の世間話に口を突っ込むと面倒なので」


 石像になっております。とまでは言わなかった。


「会話に入って欲しいものだよ。そうでないとアム君も寂しがる」

「そういうものですか?」

「モテる男の道は厳しいよ、マルク君」

「モテなくて結構です」


 可愛い女の子達に囲まれているのも、楽ではないのだろうな。なぁ、アム……。

 俺を見て、パック先生はクスクスと笑っていた。




「ようこそ、我が研究室へ」

「まぁ、何度も来てるんですけどね」


 パック先生の研究室は、いつもの通りに……散らかっていた。

 紙が、紙資料が多すぎる。それも、床に、机にと散らばり過ぎている。

 人によっては、盗人(ぬすっと)の仕業に思ってしまうほどに。


「とりあえず片付けましょうか。パック先生も一緒に」

「うん。よろしく」


 まとまって落ちている紙は、そのまままとめて。

 散らばった紙は、内容をざっと確認し、分類わけする。

 これ、俺が見ていい資料では無いと思うのだが、パック先生は気にした素振りは見せない。

 少しずつ床が顔を出し始め、少しずつ机が、ソファーが形を見せ始めた。

 紙はまとめてしまえば、それほどの量ではなかった。

 俺が拾ってまとめて、パック先生が片付ける。

 それの繰り返しだ。

 うちの屋敷もシャーリーが掃除をしてくれていなければ、こうなっていたのだろうか? いや、家には床に散らばるほどの物は置いてはいないか。


「紙は、とりあえず良し」

「ありがとう、マルク君。掃除は後でしておくよ」


 パック先生の、この苦笑いは知っている。掃除をする気は無いようだ。

 ある程度片付いた研究室を見渡す。

 見事に資料ばかりだ。魔道具やら実験道具等は見当たらない。ガル兄の工房の方が研究室感がある。そして、気になることが一つ。


「ダークマターは、ここに無いんですか?」

「あぁ、あれね。私が愛でていたら没収されちゃって……研究も進めなければいけないし、しょうがないね」


 パック先生なりに納得はしているようだが、少し、しょんぼりしている。

 元気付ける何かがあればよいのだが、残念ながら、話題も物も持っていない。


「元気出してくださいね」

「大丈夫だよマルク君。毎日、会いに行ってるから……寂しくないさ」

()りつかれたり……してないですよね?」

「それこそ大丈夫さ。個人的な興味の話だから」


 何だか余計に心配になってくる。本当に大丈夫なのか?

 ダークマターに魅了効果や、精霊的な何かがあるとは思えないが……。


「ハハハ、そんな顔はしないでよ。お茶淹れてくるからゆっくりしていてね」


 そう言ってパック先生は、隣の部屋に行ってしまった。そっちは簡易的な台所がある場所だ。お茶はまかせて、ゆっくり座っていよう。

 特にやることもなく、ぼーとする。

 部屋の資料を見ていてもパック先生は怒らないだろうが、止めておこう。

 パック先生の研究内容は、精霊についてだ。

 魔法使用時の文法的な精霊の事ではなく、実在する精霊の研究だ。

 精霊は、モンスターと同じ魔力的な存在であるが、思考も行動も全く違う。魔力に寄せられ、魔力を欲するモンスターとは別物と考えられている。

 この部屋を漁れば膨大な知識が得られるだろうが、それは人道に反する。

 他者の研究の成果を、横取りするようなものだ。

 そんなことをするぐらいなら、頭を下げて教えを乞うべきだろう。

 断られるのを覚悟の上で。

 開けっ放しの扉から、盆を持ったパック先生が戻ってきた。


「やあやあ、待たせたね。はい、お茶とクッキーだよ」


 パック先生はそう言って、濃い色のお茶を俺に、薄い色のお茶を自分の目の前に置いた。うん、これは仕込んであるな。悪戯を。

 とはいえ、健康に害があるような悪戯は先生はしない。はず……。


「いただきます」


 と、お茶を一口。あれ? 少し甘めの普通のお茶だ。

 渡す方を間違えたのだろうか?

 パック先生も、お茶を飲み、クッキーを口に放り込んでいた。渡し間違えでは無いようだ。

 俺もクッキーに手を伸ばし、口に入れた。

 ん? 何だこれ? クッキーの味がしない……香りもしない……。

 これでは、砂を噛み続けているようなものだ。気持ち悪い。


「パック先生。これ食べても大丈夫なものですか?」


 手で口を隠しながら、パック先生に尋ねてみる。


「ほら、私も食べてるだろう。普通のクッキーさ」


 そういいながらもパック先生の顔から、嫌な笑顔がこぼれている。

 こういう時のパック先生は、嘘はつかない。

 ならばと俺は、口の中の砂もどきをお茶で喉に流し込んだ。

 お茶の甘味で、口の中が生き返る。

 いったい何を仕込んだんだ? 気になり、お茶をもう一度よく観察してみる。

 あぁ……お茶から(わず)かに魔力が見て取れた。


「お茶に何仕込んだんです?」

「おやおや。やっぱりマルク君は、気付いちゃうんだね。バレないように魔法を仕込んだから、クッキーの方を疑うと思ったのに」

「中身は全くわかりませんけどね」


 そのままお茶を飲み干す。クッキーの方に手を出さなければ、普通のお茶だ。

 パック先生の顔は、嫌な感じの笑顔ではなく、ごく普通の楽し気な笑顔に変わっていた。


「お茶の仕込みに気が付いたのに、よく飲み干せるね」

「ん? 飲み干すと危ない魔法でも?」

「いいや。味覚と嗅覚に影響が出る魔法を使っただけだよ。まだ研究中で三分も持たないから安心して。でも、種が割れたら飲まないよ、誰も」

「危険が無いなら、別にいいですよ」


 しかし三分か……クッキーは(しば)しお預けだな。

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