60.氷魔法が使えない理由
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意識が重たい。
小一時間も踊り続けた俺は、流石に疲れてしまった。
体力的でも魔力的なものでもない。精神的なものだ。一挙手一投足を先読みして体を動かすなんて芸当、一朝一夕で出来るものではないようだ。
自己練習は後日にしよう。
そんな訳で、またお茶を頂いているのである。
うん、お茶を飲むと、ささくれた神経が解けていくようだ。
「では、そろそろ本題に入りましょうか」
「本題って……あぁ、そうだった」
氷魔法について聞きに来たんだった。
新しく知る魔法に心躍って、忘れるところだった。
「はい、氷魔法の事です。率直に言いますね。マルク、あなたはマリア様に封印魔法を受けています」
「封印?」
ミュール様は、ゆっくりと頷いた。
封印ってあれだよな。
魔力を封じ込めたり、危険な魔道具を破壊せずに使えなくしたり、対処できないモンスターを一時的に縛り付けたり、なやつだよな。
ついこの前、ムウがダークマターの対処に使ったのも、封印の類だった。
直接は見ていないが、結果として生まれた水晶体を見れば、明らかだ。
しかし母が、俺の氷魔法だけを封印する理由が分からない。
「何故でしょうね?」
「私にも全く。ですが、思っていたより冷静ですね」
「母の仕業で間違いないですよね?」
「はい。先程、肌を重ねて詳しく調べましたので。間違いなく、マリア様の魔法によるものです」
俺の事を操って、遊んでいただけでは無かったのか。
全く以て気が付かなかった。まぁ、それは横に置いておこう。
前提としてミュール様の話を信じるとすれば、ここに嘘を入れても仕方がない。
母が何らかの理由で、封印魔法を施したのだろう。
「ならば絶対に、何か理由があっての事ですから」
そこに、敵意や悪意があるはずがない。
ならばこそ、心配になることがある。
「まさか、俺の体に変なモンスターが封印されているとか?」
「ないですよ」
「封印を解いたら、神をも殺せる力が目覚め――」
「ないですよ」
「とんでもない魔力が――」
「ないですよ」
「ですよね」
ほっとするのやら、残念なのやら……。
お茶を飲み、ひと息入れる。ふぅ。少し落ち着いた。
ミュール様の魔力は、ピシりと冷えて、冷静になれる。
「氷魔法だけ、器用に封印されているって事でいいんですよね」
「はい。マリア様の封印魔法の精度は、流石と称賛すべきものです。出来ればマルクには、我々の標本になって欲しい程にね」
この人も、魔法学派の一員だということを忘れていた。
まぁ、ミュール様の場合は、からかいで言っているだけだと思うが……彼女の表情からは判断がつかない。
「怖い事は無しでお願いします……まぁ、調べるだけならお好きにどうぞ」
「あら? 早く封印を解いてくれ、と頼まれるものかと?」
「原因が分かっただけでも僥倖ですから。特に、急ぎもしませんので」
氷魔法を試し、魔力が霧散する現象の理由を知れただけで、大きな一歩である。
氷魔法が早く使えるようになれば、それは嬉しい事なのだが、今まで使えなかったのだから、今日明日に望むということもない。
「それに、母の施した封印を解く危険も、同時に考えるべきですから」
正直、可能性として考えているだけで、封印を解くリスクは無いと思っている。
母の言葉を憶えているから。
ミュール様の銀の瞳が、俺の目をずっと捉えている。何かを探るように。
そして、彼女の柔らかな唇が動き、言葉を紡ぐ。
「あなたの考えは分かりました。解く方法は考えておきましょう」
「ありがとうございます」
素直にありがたい。本来なら、こちらから頭を下げて頼むべきものだ。
だから今、頭を下げる。
「頭を上げて、マルク。私とあなたの仲なのですよ」
「俺には、どんな仲なのか想像もできません」
頭を上げ、ミュール様を見て、俺はそう言った。
実力でいえば、捕食者と被捕食者の関係だろう。
もちろん俺が被捕食者だ。
貸し借りでいえば、転移の事と今日の事を考えるに、俺の方が借りは多い。
親密さでいえば、そこまでではない気がする。
改めて思う。ミュール様と俺は、どんな間柄なのだろう?
俺の困惑を他所に、ミュール様の目尻は下がり、口角は上がっていた。
実に楽しそうである。その笑顔が作り物でないことを祈るばかりだ。
それは、ただの俺の願望でしかないかもしれないが。
「ちなみに、今すぐにと言ったら?」
「解けません。私は、氷漬けにするのは得意ですが、封印は分野が違いますので。もし行うとすれば、力尽くになりますよ」
「それは、最後の手段でお願いします」
「フフフ。もちろんです」




