59.共に踊りましょう
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『明日の昼前に、私の塔まで来ていただけますか?』
昨夜、ミュール様に氷魔法の相談をするため、前以て約束を取り付けようとした所、その言葉が返ってきた。
こちらが伺いを立てる言葉を出す前に。
どうも俺は、会話で先手を取られることが多い気がする。
気のせいならばいいのだが。
いつものように挨拶だけで学派の門を通り抜け、魔法学派『フクロウの瞳』の中央へ向かう。
女王の塔の前に着いたが、あぁ、やはり高い塔だ。見上げると首が痛くなる。
さて、この暗い入口に入るとすぐに転移するのだろう。
ということは、今立つこの場所が玄関扱いなのかもしれない。
「ミュール様。マルクです。失礼します」
断りぐらい入れてから、塔の中に入るべきだよな。
了承の声は聞こえないが、塔に足を踏み入れる。
少し歩くと、やはり床が光だし――俺は、二日前に訪れたティールームにいた。
今日も、一輪の凍った花が飾ってあった。赤い花だ。
今日のミュール様は、突然現れたりせず、既に椅子に座り、お茶を嗜んでいらした。
「いらっしゃい。マルク」
「はい、ミュール様。お呼びいただき、ありがとうございます」
「まだまだ堅いですね。”様”も要りませんよ」
「いえ、ここは守らせて頂きます」
ミュール様が口元に手を当て、穏やかに笑っている。
「あら、残念。さぁ、立ってないで座って頂戴。お茶を一緒に楽しみましょう」
「はい。喜んで」
ミュール様の真正面に座る。椅子は一つしか用意されていない。
既に、お茶の注がれたカップが目の前にある。
立ち昇る薄い湯気が、芳醇な香りを運び、鼻を揺さぶる。
「いただきます」
さて、早速一口。
口の中に少し熱いくらいの茶が入り込み、口内を豊かにする。
そして、喉を通ると同時に冷たさを感じる魔力が、体内に駆け巡っていく。
自身の魔力と同化するまでは、冷やりとした感覚は消えないだろう。
それでも、美味いと感じる。
さて、もう一口。うん、いい香りだ。
「マルクは躊躇しないのね」
「何がでしょう?」
「お茶よ。私がお茶を出しても、誰も飲んでくれないの」
あぁ、アムがミュール様に口を割るように強要された時、口走った噂話か。
たしか『ミネルヴァ様のお茶を飲んで生きて帰れたものがいない』だったか。
「ミュール様のせいではなく、誰かが流した噂話のせいでしょう」
「皆、私のお茶を飲みたくなくて、そんな噂を利用しているのよ。失礼よね」
「こんなに美味しいのに。勿体ない」
「あら、嬉しい。おかわり如何?」「いただきます」
即答し、カップを持ち、席を立つ。
行儀が悪いが、ミュール様に手を煩わせるのだから、こちらから移動すべきだ。
ミュール様の隣へ行き――「≪自然の息吹≫よ」――お茶を注いで頂く。
こぼさぬよう席に戻り、早速一口。
あぁ、これでは、ムウの事をとやかく言えないな。
彼女の気持ちが、少し分かった。
「そんなに警戒しないで飲んでも平気?」
「ひんやりしますが大丈夫です」
「そう……では、≪共に踊りましょう≫」
ん? 何の魔法だ?
俺は、カップを卓に置き、席を立った。俺の意思に関係なく。
操られるままに、ミュール様の傍らに立ち、エスコートをするように左手を差し伸べた。俺の顔には、笑みが張り付いている。
ミュール様の手が触れる。
何故か、冷たいだろうと思っていた。意外と、ふわりと温かい。
「ありがとう、マルク」
操っている本人が言うことだろうか……まぁ、その微笑みは美しいが。
手に軽い重みをかけ、ミュール様が立ち上がる。
俺の空いた右手は。立ち上がったミュール様の背中へと移動した。
抱き寄せる形で、体が密着する。
俺の胸元と、ミュール様のやわらかな胸が重なり合う。
ミュール様は、気にする様子もない。
同じぐらいだと思った背丈も、こう間近で目と目を合わせると、俺の視線が少し下がるのが分かる。
それにしても――
「面白いですね。この魔法は」
「あら? こんなに近くにいるのに、魔法の事なの?」
俺の左手と、ミュール様の右手は重なったままだ。
俺の足が勝手に動き出す。
今は、されるがままでいよう。
踊りの経験など無いのに、自然と足がステップを踏んでいる。
いや、踏まされていると言うべきか。
ミュール様も、淀みない足運びで共に踊る。
傍から見れば、息の合った二人なのだろう。
実態は、ミュール様が全て動かしているのだが。
「相手の体内に流れる己の魔力を利用し、操作するなんて。驚きです」
「マルクは私よりも、魔法にご執心みたいね。私、そんなに魅力が無いかしら」
「いいえ。ミュール様は魅力的ですよ。ただ、操られながら何を思えと?」
吸い込まれそうな銀の瞳から、目を離せない。視界の端で彼女の唇が動く。
「このまま、私を押し倒してもいいのですよ」
「俺が自分で動けること、分かってて言ってますよね」
「フフフ、口だけでしたら何とでも」
ミュール様は、笑う声も涼やかだ。
楽しくはあるが、このまま操られたままというのも……癪だ。
彼女の操りに抵抗し、少し振り回してみよう。
動きが、一、二、三で動いているのは分かっている。
調子を外さず、足運びを大きく動かす。
操りに逆らった動きが、ミュール様を大きく動かす。男としてはどうかという行動だが、ささやかな抵抗と理解してもらおう。
しかし、それは空しい抵抗に終わった。
ミュール様は、まるで初めからそう動くことが分かっていたかのように、滑らかな足捌きで踊り続ける。
もう一度、操りに逆らい、試してみても、結果は同じである。
「フフフ。お上手ですね」
「もう好きにしてください」
「抵抗も操作も同じですよ。魔力の流れを感じ、動きをイメージする。鮮明に、明確に。原初があやふやでは、自分の体すら動いてはくれないものです」
自分の魔力を? いや、今はミュール様の魔力か。
そして想像する。どう動くか? どう動いて欲しいか?
あぁ、後はやってみるだけ。
ミュール様の操りの通りに動かされるのではなく、操りの通りに自分から動いてみればいいだけだ。
ミュール様の魔力の動きを読んで、先読みする。
一つ二つと足を動かす。上体は真っ直ぐで、右手は優しく。
「ええ。本当にお上手。さぁ、次は、私を押し倒してみせて」
「ハハハ。それはお断りします」
ミュール様の笑い声が、耳に心地いい。
そう今は、この魔法を知ることの方が楽しい。
ただ、ただ、ミュール様と無邪気に遊ぶように。




