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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第二章

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58.過去の記憶といつもの朝

誤字修正 読みやすいように全体修正 内容変更なし 誤字報告感謝

 (もや)の掛かった世界が見える。

 低い視点から見渡す世界は、今や新鮮なものだ。

 背の高い木が立ち並び、そこには、たわわな果実が実っている。

 ここは果樹園を見学できる、とある村だ。名前はもう憶えていない。

 父と母に連れられて町の外に出た、数少ない記憶だ。

 近くの誰かに許可を取り、果実を二つ、父がもぐ。黒い髪が揺れている。

 それを受け取った俺は、それが宝物のように見えた。

 受け取った母も、嬉しそうにしていた。

 夢の場面は、すぐに飛ぶ。

 父が膝を地につけ俺に言った。普段の父より、目が真剣だ。


『母さんと一緒に戦ってくる。マルクはいい子に出来るな』

『うん』


 父と母が負けるはずがないと確信している。これは、村が襲われた時の場面だ。

 憶えている。確かこの先はあっけない終わり方で……。

 村の外から、母が戻ってきた。子供の俺は走って駆け寄る。


『怪我は無いか?』

『大丈夫よ、お父さん。少なかったから片付けちゃった』


 そして母は、村の外を指した。

 そこには巨大な――今にしてみれば、ジャイアント程度の大きさだが――鳥のようなモンスターが氷像と化していた。そして俺たち三人の見ている中、それは砕け散り、空気に溶けるように消えていった。

 父の言葉を今も憶えている。


『ゼツヒョウノヒツギ……綺麗な魔法だ』

『僕も、あれ、使えるようになる?』

『私の子なんだから当然でしょ』


 優しい指で、俺の頭をがしがし撫でる母の手も……憶えている。

 優しい笑顔も……叶わなかった言葉も。




 穏やかな光が、頭を目覚めさせていく。

 サッと音がし、誰かが俺から離れていく。

 まだ、眠たい目を向けると、当然のようにシャーリーだった。

 彼女の肩口で、茶の髪が揺れている。今日も瞳が愛らしい。

 シャーリーは、何故だか少し慌てた様子だ。


「おはよう、シャーリー」

「う、うん。おはよう、お兄ちゃん。起こそうと思ったら起きちゃってビックリしちゃった」

「タイミングだな。ふぁぁ」


 ベットから出て、目を覚ますために鏡の前でいつもの――「≪(いや)しの(みず)≫」――を行う。冷たい感覚が肌に吸い込まれていく。同時に頭が動き出す。

 食卓へ向かうと、シャーリーが朝食の準備中であった。

 鼻をくすぐる匂いを頼りに、台所へ向かう。

 火の魔工石で鍋を、いやシチューを温めているようだ。

 焦げぬように、かき混ぜる。


「昨日の残りだけどね」

「残ってくれて良かったよ」


 温まったシチューが鼻を刺激する。うん。既に美味しそうだ。

 シャーリーが出してくれた食器にシチューを移し、食卓へ運ぶ。


「「いただきます」」


 パンとシチューで十分な朝食だ。

 パンをまず(かじ)り、そのままの味を感じる。

 少し塩味を感じるパンは、これだけでも美味だ。が、パンをちぎり、シチューに潜らせる。一度、二度。少し柔らかになったパンを口に運ぶ。

 白い鎧を纏ったパンは、()む感覚に変化をもたらし、味わいを深く変える。

 いや、シチューそのものも旨いのだろう。匙を使い、迎え入れる。

 溶け込んだ野菜が、とろっと舌に絡みつく。

 それが甘味を俺にもたらしてくれる。


「甘く、とろっと、いいな」

「えへへ」


 シャーリーの頬も緩んでいる。

 ゆっくり食べたい気もするが、これは、手が止まりそうにない。


「ごちそうさま。シャーリーはゆっくりな」


 パンを口に咥えて、(うなず)くシャーリー。

 さて、俺には台所でやることがある。茶を()れねば。

 シャーリーの教えを思い出しながら作業する。

 多めの水を――「≪(みず)≫よ」――鍋に入れ、火にかける。

 さて今のうちに茶葉を……普段用で淹れよう。一杯一匙だから二匙。

 湯の中で、気泡が上がるが、少しだけ火をそのままに。

 魔工石に魔力を通し、火を止める。

 ティーポットへお湯を注ぎ入れ、ただ待つ。

 踊る茶葉に鼻が誘われるが、我慢だ。我慢だ。今のうちにカップを用意だ。

 頃合いを見て、ティーポットを傾け、茶をカップに注ぎ入れる。

 色濃い茶がカップを満たす。濃ければ魔法でお湯を足そう。

 二つのカップを、食卓へ運ぶと、シャーリーは既に食べ終わていた。


「ほい。お待たせ」

「ありがとう」


 席に着き、シャーリーと共に茶を楽しむ。自分で淹れた割には中々の味だ。

 喉を通った後も、口から鼻に向け、果物のような香りが突き抜ける。

 あの店では安めの茶葉を買ったが、やはり良い物のようだ。

 いい買い物をした。

 シャーリーも、ゆったりとしている。


「お兄ちゃん。このお茶っ葉どこで買ったの?」

「猫の日向(ひなた)


 しばらく固まったシャーリーが、大声で笑い出した。


「アハハハハハハ。お兄ちゃんが、あのお店に。ハハハ」

「場違いはわかってるから。笑わんでくれ。その反応、シャーリーは行ったことあるんだな。アムとか?」

「ううん。他の子と。アムは誘っても、猫の日向には一緒に行ってくれないから。でもあのお店、お茶っ葉も売ってるんだね」

「アムの後輩に教えて貰ってな。お土産の茶葉も棚にあるぞ」

「お兄ちゃん。そういうのは直接渡す!」

「うっ。すまん」


 お茶を飲み干し、台所へ戻り、黒猫の描かれた紙筒を、食器棚から取り出す。

 ふと、茶葉を渡したときの、アムの見せた柔らかな顔を思い出した。

 嗚呼、確かに直接渡した方がいいな。

 嬉しいもがっかりも、隣で感じた方がいい。

 シャーリーは喜んでくれるだろうか? それは、渡してみないと分からないな。

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