587.皆に任せて
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警戒を続けていても、何も現れない。
柔らかな日差しと森の魔力に包まれていると、先刻まで黒い霧の中で戦っていた事を忘れそうになる程、穏やかな気分になる。
森から感じていた違和感は、もうない。
炎帝竜の大剣を片手に、待っていると、南から一団が現れた。
アルケーの里の皆と、テラさんだ。
「マルク! 無事か!」
「マルクや。ようやった、ようやったのぅ」
ケルンさんとテラさんが、先頭を走っていた。
手を振りながら駆けるテラさんの体が、左右にぐらっ、ぐらっと揺れていた。
俺の視界が揺れている訳ではない。テラさんが揺れている。
俺は炎帝竜の大剣を消しながら、皆と合流する為に、前へ――歩こうと思ったが、揺れるテラさんが心配なので、急ぎ、駆け寄る事にした。
「テラさん、大丈夫――おっと」
近づき、速度を落とした俺へ、跳び込むように、テラさんが転んだ。
倒れるテラさんを、横から抱え込むように支える……ふぅ、危ない危ない。
「おぉ、助かったのじゃ」
「テラさん。無理しすぎですって」
俺の支えで真っ直ぐ立ったテラさんは、俺を見上げニコリと笑った。
笑顔は眩しいが……ふらつく姿を見る限り、立っているだけでもやっとの様だ。
これは恐らく、魔力切れの症状だろう。
「カッカッカ。お主の無茶が移ってしもうたかのぅ」
「テラさん、助かりました」
「うむ。お主が無事なら、それで良いのじゃ」
そしてテラさんは、満面の笑みを浮かべながら、再び前へ倒れた。
真正面に立っていたお陰で、そのまま抱き留める形で、支える事が出来た。
俺の胸に顔を押し当てながら、テラさんが申し訳なさそうな声を出す。
「おっと。何度もすまんのぅ」
「良いですって。でも、休まないと駄目ですからね……おんぶと抱っこ、どっちが良いですか?」
「わしなら、歩いて帰れ――」
「このまま里まで運びますよ……どっち?」
このまま両腕で抱いたまま、里へ連れ帰っても問題ない。
それで羞恥を味わうのは、俺とテラさんだけだ。
テラさんを一刻も早く休ませられるのなら、その程度の羞恥、受け入れよう。
「おんぶで頼むのじゃ」
「はい」
俺は、胸に顔をうずめるテラさんを再び立たせ、背を向け、屈んだ。
観念したテラさんは、俺の肩に手を回し、俺の背に小さな体を預けてくれた。
密着したテラさんの温かさが、背から伝わってくる。
俺は、テラさんを両手で支え、立ち上がった。
「お前達を見ていると、気が抜けるな」
「ケルンさん、まだ警戒は怠らないで下さい」
「そうじゃぞ、ケルン。安全確保が第一じゃ」
「その格好で言われてもな……流石に困る」
ケルンさんは、俺とテラさんを見ながら苦笑いを浮かべていた。
こちらへ駆けて来た時の、心配に心配を重ねた様な表情よりは、良い表情だ。
周りの皆も、安堵したような、困ったような表情をしている。
それでも俺は、テラさんを背から下ろすつもりはない。
テラさんをおんぶする事に言及させたくないので、真面目な話をしよう。
「取りあえず、精霊樹に寄生していたパラサイトは討伐しました。精霊樹にパラサイトが残っていないかの調査をお願いします」
「んっ。唐突に……まぁいい。マルク、今回の件、重ねて恩に着る。調べは我らに任せてくれ。それと、木の化け物も全て倒してくれたんだな」
「あぁ、それなんですが、黒い霧が晴れた時には、もう消えてました」
恐らく、元からパラサイトを倒せば消える存在だったのだろうが……私見を交えては、ケルンさんが判断を誤る可能性があるので、口にしないでおく。
ケルンさんは俺の言葉を聞き、顎に手を当てながら呟き始めた。
「消えた? ソーンは、化け物が擬態すると言っていたな……」
そしてケルンさんは、皆に向き直り、声を張り上げた。
「精霊樹の調査は俺とヤムで行う。お前達は、黒い霧の影響の調査だ。木の化け物とパラサイト、そして種を見落とすなよ」
ケルンさんが号令を出すと、青年達の覇気のある声が森に響いた。
その覇気ある返事と同時に、彼らは一斉に動き出す。
なぜか、俺達の元へと。
「マルク様はお休みを」
「後は、俺達に任せてくれ」
「精霊樹を、ありがとうございます」
「テッラリッカさんも、ご自愛下さい」
俺達に声を掛けたのは、四人だけでは無かった。
その後も彼らは、次々に俺達へ言葉を投げた後、森へ散る様に去っていった。
細かい指示は出ていない筈だが、彼らには、すべき事が分かっているのだろう。
二人一組で去る姿を、俺は「どうも」と答えながら、見送った。
「あいつら……」
「あのくらい許してやれ」
眉間を押さえるケルンさんの肩を、ヤムパサルトさんが二度叩いた。
ヤムパサルトさんは、ケルンさんと同じく三十歳程の見た目をした男性である。
亜麻色のローブを身に纏う姿は、彼が魔術師である事を表していた。
胸元まで伸びた長い銀の髪がローブの前に垂れ、左右の髪によってヤムパサルトさんの顔が、より細く見えた。見た目からして知的である。
ヤムパサルトさんは、地竜討伐の際に、大樹の要塞にて俺達を守ってくれていた魔術師の一人だ……まぁ、名前は今日知ったのだけれど。
ヤムパサルトさんが、俺とテラさんを見て、口を開く。
「マルク君、テッラリッカさんを頼んだよ」
「はい。テラさんを里で休憩させたら、俺も――」
「マルク。休むのはお前もだ」
調査へ参加するつもりであった俺の言葉を遮り、ケルンさんが眉に皺を寄せた。
そうだな。
後は、アルケーの里の皆さんに任せよう。
了承の返事をする前に、俺の耳元でテラさんが答えた。
「当然じゃ。ほれ、行くぞマルク」
「はい。ケルンさん、ヤムさん。後はお願いします」
「ああ、後で報せを送る。行くぞ、ヤム」
ケルンさんとヤムさんは、俺達へ軽く手を振り、精霊樹へ向け歩き出した。
さてと、俺もアルケーの里へ戻ろう。
「では、里へ」
「うむ。ユーディアナの家で、茶でも飲もうではないか」
「良いですね。流石に喉が渇きました」
南へ歩き出しながら、テラさんに返事をする。
炎への守りの魔法を使わずに炎獄王の鎧を使った為か、体が水分を欲していた。
炎が体を焼かず、熱さと喉の渇きだけで済んで良かったと思おう。
「じゃがその前に、詰め所じゃな」
「詰め所……あぁ、使った食器そのままで来ちゃいましたからね」
「森を救った次に、やる事では無いかもしれんがのぅ」
「使ったら片づける。でしょ、テラさん」
俺の当然の言葉に対し、耳元で笑い声が返ってきた。
歩く震動とは別に、小さな揺れを背に感じる。
振り返ってテラさんを眺めたくなった……だが、止めておこう。
目は、前方へ、意識は周囲へ。
まだ森の中なのだから、警戒は厳にし、進まないと。
今は、テラさんを安全に里まで送り届ける事が、最優先だ。
だから、その楽し気なテラさんの姿は、想像するだけにしておこう。
「本に、マルクは、変わっておるのぅ。もっと尊大に生きても良いのじゃぞ」
「その分、自分勝手に生きてますから」
「全くじゃ。人助けの為とは言え、あの黒い霧に飛び込んでいったのは、無茶が過ぎるぞい。わしの言葉にも、耳を貸さんかったしのぅ」
変わらず楽し気ではあるが、不満交じりの小言が飛んできた。
俺の胸の前で重なるテラさんの手が、俺をぺちぺちと叩いている。
今の『飛び込んでいった』は、二度目に突入した事ではなく、救助要請の笛を聞き駆け付けた時に、制止の声を無視し、突入した最初の話だろう。
皆に入らぬよう、危険を伝えておきながら、自分は魔力で身を覆い、そのまま突撃したのだから、文句の一つも出て当然だ。
「あの中が危険なのは、身をもって知ってましたから」
「なら、尚の事じゃろうに……あの二人は、無事じゃよ。体を蝕む黒い霧の力が消えたのは、この目で見たからのぅ。それに、ドーンに任せておけば、安心じゃ」
「回復術士の先生に任せれば、安心ですね」
「む? ドーンは回復術士ではない。あ奴は、薬草と魔力を合わせた治癒を得意とする魔術師じゃぞ」
「あれ? そうなんですか?」
どうも考え違いをしていたらしい。
ドーン氏は、太陽教と関係のある回復術士ではなく、シャラガムさんのように魔法で治癒を行う人だったのか。
「うむ。この里に回復術士は居らぬ。故に怪我や病はあ奴に頼りっきりでのぅ。少し口が悪くなったのも、多忙の所為じゃな。昔は、もっと小さくて愛らしい子じゃった……テラお姉ちゃん、テラお姉ちゃんと懐いておったものじゃ……」
ドーンさんとの思い出話を聞きながら、森を歩く。
しかし……俺が聞いてよい話なのだろうか?
気にしても仕方が無いので、相槌を打ちながら先を進む。
何より、昔を懐かしむように語るテラさんの邪魔をしたくはなかった。




