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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第十三章

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587.皆に任せて

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 警戒を続けていても、何も現れない。

 柔らかな日差しと森の魔力に包まれていると、先刻(せんこく)まで黒い霧の中で戦っていた事を忘れそうになる程、穏やかな気分になる。

 森から感じていた違和感は、もうない。

 炎帝竜の大剣を片手に、待っていると、南から一団が現れた。

 アルケーの里の皆と、テラさんだ。


「マルク! 無事か!」

「マルクや。ようやった、ようやったのぅ」


 ケルンさんとテラさんが、先頭を走っていた。

 手を振りながら駆けるテラさんの体が、左右にぐらっ、ぐらっと揺れていた。

 俺の視界が揺れている訳ではない。テラさんが揺れている。

 俺は炎帝竜の大剣を消しながら、皆と合流する為に、前へ――歩こうと思ったが、揺れるテラさんが心配なので、急ぎ、駆け寄る事にした。


「テラさん、大丈夫――おっと」


 近づき、速度を落とした俺へ、跳び込むように、テラさんが転んだ。

 倒れるテラさんを、横から抱え込むように支える……ふぅ、危ない危ない。


「おぉ、助かったのじゃ」

「テラさん。無理しすぎですって」


 俺の支えで真っ直ぐ立ったテラさんは、俺を見上げニコリと笑った。

 笑顔は眩しいが……ふらつく姿を見る限り、立っているだけでもやっとの様だ。

 これは恐らく、魔力切れの症状だろう。


「カッカッカ。お主の無茶が移ってしもうたかのぅ」

「テラさん、助かりました」

「うむ。お主が無事なら、それで良いのじゃ」


 そしてテラさんは、満面の笑みを浮かべながら、再び前へ倒れた。

 真正面に立っていたお陰で、そのまま抱き()める形で、支える事が出来た。

 俺の胸に顔を押し当てながら、テラさんが申し訳なさそうな声を出す。


「おっと。何度もすまんのぅ」

「良いですって。でも、休まないと駄目ですからね……おんぶと抱っこ、どっちが良いですか?」

「わしなら、歩いて帰れ――」

「このまま里まで運びますよ……どっち?」


 このまま両腕で抱いたまま、里へ連れ帰っても問題ない。

 それで羞恥を味わうのは、俺とテラさんだけだ。

 テラさんを一刻も早く休ませられるのなら、その程度の羞恥、受け入れよう。


「おんぶで頼むのじゃ」

「はい」


 俺は、胸に顔をうずめるテラさんを再び立たせ、背を向け、屈んだ。

 観念したテラさんは、俺の肩に手を回し、俺の背に小さな体を預けてくれた。

 密着したテラさんの温かさが、背から伝わってくる。

 俺は、テラさんを両手で支え、立ち上がった。


「お前達を見ていると、気が抜けるな」

「ケルンさん、まだ警戒は怠らないで下さい」

「そうじゃぞ、ケルン。安全確保が第一じゃ」

「その格好で言われてもな……流石に困る」


 ケルンさんは、俺とテラさんを見ながら苦笑いを浮かべていた。

 こちらへ駆けて来た時の、心配に心配を重ねた様な表情よりは、良い表情だ。

 周りの皆も、安堵したような、困ったような表情をしている。

 それでも俺は、テラさんを背から下ろすつもりはない。

 テラさんをおんぶする事に言及させたくないので、真面目な話をしよう。


「取りあえず、精霊樹に寄生していたパラサイトは討伐しました。精霊樹にパラサイトが残っていないかの調査をお願いします」

「んっ。唐突に……まぁいい。マルク、今回の件、重ねて恩に着る。調べは我らに任せてくれ。それと、木の化け物も全て倒してくれたんだな」

「あぁ、それなんですが、黒い霧が晴れた時には、もう消えてました」


 恐らく、元からパラサイトを倒せば消える存在だったのだろうが……私見を交えては、ケルンさんが判断を誤る可能性があるので、口にしないでおく。

 ケルンさんは俺の言葉を聞き、顎に手を当てながら呟き始めた。


「消えた? ソーンは、化け物が擬態すると言っていたな……」


 そしてケルンさんは、皆に向き直り、声を張り上げた。


「精霊樹の調査は俺とヤムで行う。お前達は、黒い霧の影響の調査だ。木の化け物とパラサイト、そして種を見落とすなよ」


 ケルンさんが号令を出すと、青年達の覇気のある声が森に響いた。

 その覇気ある返事と同時に、彼らは一斉に動き出す。

 なぜか、俺達の元へと。


「マルク様はお休みを」

「後は、俺達に任せてくれ」

「精霊樹を、ありがとうございます」

「テッラリッカさんも、ご自愛下さい」


 俺達に声を掛けたのは、四人だけでは無かった。

 その後も彼らは、次々に俺達へ言葉を投げた後、森へ散る様に去っていった。

 細かい指示は出ていない(はず)だが、彼らには、すべき事が分かっているのだろう。

 二人一組で去る姿を、俺は「どうも」と答えながら、見送った。


「あいつら……」

「あのくらい許してやれ」


 眉間を押さえるケルンさんの肩を、ヤムパサルトさんが二度叩いた。

 ヤムパサルトさんは、ケルンさんと同じく三十歳程の見た目をした男性である。

 亜麻色のローブを身に纏う姿は、彼が魔術師である事を表していた。

 胸元まで伸びた長い銀の髪がローブの前に垂れ、左右の髪によってヤムパサルトさんの顔が、より細く見えた。見た目からして知的である。

 ヤムパサルトさんは、地竜討伐の際に、大樹の要塞にて俺達を守ってくれていた魔術師の一人だ……まぁ、名前は今日知ったのだけれど。

 ヤムパサルトさんが、俺とテラさんを見て、口を開く。


「マルク君、テッラリッカさんを頼んだよ」

「はい。テラさんを里で休憩させたら、俺も――」

「マルク。休むのはお前もだ」


 調査へ参加するつもりであった俺の言葉を遮り、ケルンさんが眉に(しわ)を寄せた。

 そうだな。

 後は、アルケーの里の皆さんに任せよう。

 了承の返事をする前に、俺の耳元でテラさんが答えた。


「当然じゃ。ほれ、行くぞマルク」

「はい。ケルンさん、ヤムさん。後はお願いします」

「ああ、後で(しら)せを送る。行くぞ、ヤム」


 ケルンさんとヤムさんは、俺達へ軽く手を振り、精霊樹へ向け歩き出した。

 さてと、俺もアルケーの里へ戻ろう。


「では、里へ」

「うむ。ユーディアナの家で、茶でも飲もうではないか」

「良いですね。流石に(のど)が渇きました」


 南へ歩き出しながら、テラさんに返事をする。

 炎への守りの魔法を使わずに炎獄王の鎧を使った為か、体が水分を欲していた。

 炎が体を焼かず、熱さと喉の渇きだけで済んで良かったと思おう。


「じゃがその前に、詰め所じゃな」

「詰め所……あぁ、使った食器そのままで来ちゃいましたからね」

「森を救った次に、やる事では無いかもしれんがのぅ」

「使ったら片づける。でしょ、テラさん」


 俺の当然の言葉に対し、耳元で笑い声が返ってきた。

 歩く震動とは別に、小さな揺れを背に感じる。

 振り返ってテラさんを眺めたくなった……だが、止めておこう。

 目は、前方へ、意識は周囲へ。

 まだ森の中なのだから、警戒は(げん)にし、進まないと。

 今は、テラさんを安全に里まで送り届ける事が、最優先だ。

 だから、その楽し気なテラさんの姿は、想像するだけにしておこう。


「本に、マルクは、変わっておるのぅ。もっと尊大に生きても良いのじゃぞ」

「その分、自分勝手に生きてますから」

「全くじゃ。人助けの為とは言え、あの黒い霧に飛び込んでいったのは、無茶が過ぎるぞい。わしの言葉にも、耳を貸さんかったしのぅ」


 変わらず楽し気ではあるが、不満交じりの小言が飛んできた。

 俺の胸の前で重なるテラさんの手が、俺をぺちぺちと叩いている。

 今の『飛び込んでいった』は、二度目に突入した事ではなく、救助要請の笛を聞き駆け付けた時に、制止の声を無視し、突入した最初の話だろう。

 皆に入らぬよう、危険を伝えておきながら、自分は魔力で身を(おお)い、そのまま突撃したのだから、文句の一つも出て当然だ。


「あの中が危険なのは、身をもって知ってましたから」

「なら、(なお)の事じゃろうに……あの二人は、無事じゃよ。体を(むしば)む黒い霧の力が消えたのは、この目で見たからのぅ。それに、ドーンに任せておけば、安心じゃ」

「回復術士の先生に任せれば、安心ですね」

「む? ドーンは回復術士ではない。あ奴は、薬草と魔力を合わせた治癒を得意とする魔術師じゃぞ」

「あれ? そうなんですか?」


 どうも考え違いをしていたらしい。

 ドーン氏は、太陽教と関係のある回復術士ではなく、シャラガムさんのように魔法で治癒を行う人だったのか。


「うむ。この里に回復術士は()らぬ。(ゆえ)に怪我や病はあ奴に頼りっきりでのぅ。少し口が悪くなったのも、多忙の所為(せい)じゃな。昔は、もっと小さくて愛らしい子じゃった……テラお姉ちゃん、テラお姉ちゃんと懐いておったものじゃ……」


 ドーンさんとの思い出話を聞きながら、森を歩く。

 しかし……俺が聞いてよい話なのだろうか?

 気にしても仕方が無いので、相槌を打ちながら先を進む。

 何より、昔を懐かしむように語るテラさんの邪魔をしたくはなかった。

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