586.霧が晴れ
テラさんの魔力が満ちた精霊樹の周りには、木々が生えておらず、代わりに木の巨人が乱立していた。既に擬態は解いており、奴らは二本足で立っている。
全てを倒す暇は無い。
黒い霧が濃く、強くなっている事を、身に纏う炎の鎧が教えてくれる。
そして、急ぐ理由がもう一つ。
精霊樹に満ちるテラさんの魔力が、徐々に薄くなっている。
それは黒い霧によるものではなく、パラサイトの仕業だ。
精霊樹の根、幹、枝の至る所に細く伸びたパラサイトが、テラさんの魔力を貪欲に吸い続けていた。
ただでさえ、膨大な量の魔力をこんな遠くまで伝えているのだ……いつまでも魔力が持つはずがない。
今ならば、俺自身が精霊樹に直接魔力を通す一手を省くことが出来る。
この、テラさんの作ってくれた好機を、逃すわけにはいかない。
精霊樹への最短距離を取りながら、邪魔な木の巨人の足元へ潜り込む。
駆け抜けながら、根が絡まり出来た巨人の両足を、炎の剣で切り払う。
切断面に残った浸食の炎が、足から幹へ上り、木の巨人を喰らいつくす。
赤く燃える炎に照らされる中、パラサイトの種が飛び込んできた。
木の巨人の陰に隠れていたのか。
跳躍した木製人形への対処の為、一足だけ方向を変え踏み込み、炎帝竜の大剣を相手の胴へ突き刺した。
突き刺した剣から炎が広がる。
塵へと変わるパラサイトの種を無視し、剣を払いながら、精霊樹へ駆け――大地の下で、魔力が動いた。
俺は走る足に無理をさせ、横へ跳んだ。
突如、地面から伸びた木の根が、俺の進んでいた筈の、その先を薙ぎ払った。
その根の中に、パラサイトの細い管が通っているのが分かる。
あれを炎帝竜の大剣で斬れば、パラサイトを焼き殺せる可能性がある。
根へ駆けた俺の思惑を知ったかの様に、根は再び地中へと戻っていった。
剣を振ることを止め、代わりに前へ進む。
地中に潜む根の動きを、テラさんの魔力を手掛かりにし、感じ取る。
潜むパラサイトの種を警戒しながら、更に前へ。
俺からの攻撃を警戒してか、根は動きを止めていた。
出て欲しい時には、動かない。
根を切れぬならば、結局、精霊樹の幹にある瘤を狙うしかない。
右上から真っ直ぐ振り下ろされた木の巨人の腕が、俺の進路を遮る様に地面を叩く。弾けた土を、炎の鎧が消滅させた。
間、髪入れずに、しなる腕に炎の剣を重ね、炎を移す。
恐らく、これだけでは、木の巨人の全てを焼き払う事は出来ないだろう。
それでも今は、動きの阻害が出来れば十分だ。
燃える木の腕が上へと昇り、進むべき道が開く。
その隙に突破し、正面の木の巨人へ突き進む。
正面の巨人が攻撃を始める前に、懐へ潜り込み、足を切断する。
ここから先は、進路を塞ぐ敵は居ない。
踏み込む足が、俺の体を前へと押し出す。
地を削り取る轟音が、走る俺の背に届く。
木の巨人の鞭が、俺の真後ろに振り下ろされた音だ。
構う必要は無い。
前へ、前へ。
不思議と、パラサイトが寄生した精霊樹に動きは無かった。
枝は動かず、根の動きも、先の一撃だけ。
テラさんのお陰か? 精霊樹の抵抗か?
考えるよりも、今は、足を動かす。
一蹴り一蹴り……進めば進むほど、身に纏う炎の鎧が黒い霧に蝕まれていく。
炎の鎧による焼く力だけでは、対抗出来ない。
炎獄王の鎧へ魔力を注ぎ込みながら、尚、進む。
巨大な世界樹は、もう目と鼻の先だ。
地に太い根を張り、その太すぎる幹が、輝きを放ち、空へと伸びている。
狙うは『向かって、裏側』だ。
もうパラサイトの全体像は掴んでいる。
俺は右を抜けるように、回り込む。
裏側へ抜けた俺は、異様なパラサイトの姿を横目に見た。
そこには、木に擬態した小さな瘤ではなく、俺の身の丈を超えた、オーガほどの大きさの瘤があった。
魔力により、その形は分かっていたが、その様相に嫌悪を覚えてしまう。
濃くなった黒の中でも分かる、黒。
ぼこぼことした表面が、僅かに脈打っている。
そして、所々に空いた穴から噴き出す、黒い霧。
これ以上、黒い霧は広げさせない。
最大速度で進む足を踏み止まらせ、パラサイトへ向き直り、俺は低く跳んだ。
黒い霧を吹きだす正面を横切りながら、両手に握る炎帝竜の大剣にて薙ぐ。
肩ほどの高さに引いた赤い炎の線が、広がる。
炎が精霊樹から露出している黒い瘤を消滅させ、精霊樹の中へと進む。
精霊樹の中に張り巡らされたパラサイトの管を伝わり、炎が精霊樹を駆け巡る。
分かれ、無数に伸びた根の一本一本まで、枝の一本一本まで。
枝先にまで伸びていたパラサイトが、一斉に燃え、塵と化した。
その瞬間、輝く世界樹が赤く染まった。
それはまるで、炎の葉を枝に纏わせたかのようであった。
そして、炎の葉を散らす様に、赤い光が広がり、消える。
一瞬の赤い輝きが放たれると共に、辺り一面を、いや森を覆っていた黒い霧が消えた。
炎の鎧を蝕んでいた力は、もう無く、視界を染めていた黒も無い。
テラさんの魔力で満ち、輝く精霊樹は、無事だ。
そこには、火の粉一つ残ってはいなかった。
パラサイトの駆除の確認は、里の人に頼むしかないな。
ふと、黒い瘤があった場所に、親指大の魔石が落ちている事に気が付いた……今は良い。まずは、やるべき事がある。
放置してきた木の巨人を、全て始末してしまわねば。
そう思い、精霊樹の南側へと駆けた――そこには、何も居なかった。
炎獄王の鎧を消し、良好となった視界で周囲を見回す。
先ほどまで俺を追って暴れていた木の巨人は、擬態した姿一つ無かった。
俺の視界に映るのは、小さな広場の様に開けた土地だけだ。
開けた土地を囲う木々が、木の巨人の擬態とは思えない。
擬態を解除した時に隆起した土が、あちこち削れた地面が、木の巨人が幻でなかった事を証明している。
パラサイトの種も、見当たらない。
パラサイトの種はともかく、木の巨人は、先ほどのパラサイトと共に消えたのかも知れないな。
木の巨人は別種ではなく、パラサイトと隷属的な関係だったのだろう。
イービルリッチの生み出すスケルトンや、ロードゴブリンの生み出すゴブリンも同じ性質を持っている。
黒い霧が晴れ、木の巨人がいなくなった。
当面の脅威が去った事を、今は喜ぼう。
たった一つ落ちた魔石を拾いに戻った後、俺は周囲の警戒を続ける事にした。
炎帝竜の大剣は、消さない。
残る魔力が少ないので、少々辛いが、変なパラサイトを討伐した事で何が起こるか分からない以上、警戒は怠らない。怠れない。
体を襲う虚脱感に支配されぬよう、気をしっかり持たねば。
皆と合流するまでは、精霊樹を守らねばならない。
見上げた精霊樹から、テラさんの魔力が消えていく。
黒い霧が晴れた事で、状況が皆にも伝わったのだろう。
テラさんは、大丈夫かな?
テラさんが、無理と無茶をしたのは確実だ。倒れていなければいいけど……。
怪我をした彼らの事も気になる。
黒い魔力による浸食は消えたとしても、怪我が消える訳ではない。
いや、俺が考えても仕方が無い事だ。今は警戒と――
「お疲れ様。助かったよ、精霊樹」
礼を伝えないと。
テラさんに聞かねば真偽は分からないが、恐らく、自らに寄生したパラサイトの操りに抵抗し、根や枝による攻撃を阻止してくれたのは、この精霊樹だ。
木に語り掛けても、何も分からないし、何も変わらない。
言葉が返ってくる訳でもない。
それでも、一言二言ぐらい……良いだろう。
森に、ふわりと風が流れた。
森の木々と精霊樹を撫でた風が、豊かな葉を揺らし、鳴らす。
それを返事として、受け取っておこう。




