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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第十三章

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585.それぞれの戦い方

 黒い霧に突入する前に、魔法の準備を行う。

 先程は、黒い霧に身を侵されぬ様に、全身を魔力で(おお)ってから突入した。

 急場しのぎの策だ。

 黒い霧から身を守る事には成功したが、その分魔力を込め続ける羽目(はめ)になった。

 それに、この黒い霧が浸食の悪魔と同じものであれば、霧を生み出す元凶に近づけば近づく程、身を蝕む力は、強くなる。

 魔力で覆うだけでは、防ぐ事が出来ない可能性が高い。

 だが、今ならば取れる選択がある。

 少しでも魔力制御を失敗すれば、森が燃えてしまうだろうが……決意はある。

 命も捨てず、森も焼かず、彼らも死なせない。

 俺は、自分の内に燃える炎へ意識を向ける。

 炎帝竜さんから()ぎ、己の中で燃え続ける炎を。

 この炎の感覚は、他の魔法に流用できるはずだ。

 いや、してみせる。

 想像するのは、己を包み込む一つの魔力。

 そして、魔力は一つの炎と化し、身を守る力へと変わる。

 その赤い揺らめきで、(むしば)まれる前に、触れる黒い霧を焼き消せばいい。

 本来なら、炎への耐性を付加する魔法を使うのだが、今は、そんな余裕は無い。

 身を守る鎧一つ。そして、振るう剣一つ。

 その二つに、全ての意識と魔力を。


「≪炎獄王(えんごくおう)(よろい)≫」


 呪文を唱えると、魔力が変じ、魔法という結果を生む。

 赤い炎が俺の全身から(あふ)れ出し、俺の体を包み込んでいく。

 足の先から頭の先まで、全てを炎に包まれた為、少し熱いし、視界が悪い。

 さぁ、ここからは時間との勝負だ。

 背に聞こえる懇願(こんがん)と声援を、聞いている暇は無い。

 俺は地を蹴り、前へと駆けた。

 黒い霧の中へと入った俺は、炎獄王の鎧の力を確認した。

 (むしば)む前に焼く。今の所は、問題ない様だ。

 黒い霧と炎獄王の鎧が相まって、視界不良な点は最悪だ……だが、致し方ない。

 次は剣だ。

 足は止めず、北へ、北へと進みながら、俺は言葉を紡いだ。


()原初(げんしょ)(ひかり)(たけ)(なんじ)()れるは(だれ)ぞ――」


 今日は、もう何度も口にした言葉。

 その言葉は、自然と自分の中に、炎の剣を(かたち)作る。

 今、俺が最も信頼する魔法。熱く(たぎ)る、炎の力を、この手に。


「――(いま)ここに(ちり)()(もの)()を、(われ)に、(しめ)せ、≪炎帝竜(えんていりゅう)大剣(たいけん)≫」


 赤い炎が(から)の手から伸び、黒い霧を裂く。

 生み出した炎帝竜の大剣に反応したかの様に、視界の先で一本の木が揺れた。

 枝が揺れ、葉が(ざわ)めき、落ちる。

 俺は、その木の横を抜けながら、炎帝竜の大剣で、その(みき)を切断した。

 横一直線に引いた炎が、擬態していた木の巨人を塵へと変える。

 黒の霧に包まれた森を、赤い炎が照らす。

 視界の中で、次々と木々が立ち上がり始めた。

 俺という敵を、明確に認識したのだろう……だが、全てを倒す暇なんてない。

 ただ真っ直ぐに突っ切る。

 倒すのは、前を邪魔する巨人だけでいい。

 緩慢に動き出した木の巨人の足を切り裂きながら、俺は前へ、前へと駆けた。

 狙うのは、黒い霧を吐き出すパラサイトだけだ。




 黒い霧の拡散を防ぐ障壁は、北の精霊樹(せいれいじゅ)から里を繋ぐ南側に張られていた。

 障壁は、南全てを覆う事は出来ず、今も、その端から南へ流れ続けている。

 森全てを守る事は、叶わない。

 ケルンクラウは、障壁の前で、拳を握りしめていた。

 そこに苛立ちを隠さぬ一人の青年が駆け寄り、強く、大きな声を上げた。


「ケルン様。我々も中へ。マルク様の助けを――」

「待機だ。お前たちは、魔力を温存しておけ」

「それではマルク様は! 精霊樹はどうなります! ここは我らが守りし森。今動かずに、いつ動くのですか」


 青年の声に答えたのは、ケルンクラウではなく、その隣にて両手を天に伸ばし、背筋を伸ばしていたテッラリッカであった。


「森を守らねばならぬ(ゆえ)じゃよ。マルクと共に飛び込み、失敗すれば全て終わりじゃ。万が一、マルクが失敗した時、森を守る為の手を打たねばならぬのじゃ」

「森を守るならば、共に戦うべきです! たとえ我らの命を投げ捨ててでも――」

「マルクの邪魔じゃ。わしやケルンとて、共に行けば足手まといにしかならん。お主らでは、本当に命を投げ捨てるだけじゃぞ」


 テッラリッカの言葉を聞き、青年は歯を食いしばり、感情を抑える。

 そして、ケルンクラウ達の目は、癒しの水による治癒を受け続けているソーンネルとエコーへと向いた。

 ソーンネルの腕の出血は止まっているものの、裂かれた肉の治癒は進んではいなかった。横たわるエコーの治癒も、進んでいるようには見えない。

 ケルンクラウとテッラリッカの目は、二人の体から魔力が失われていく様を捉えていた。それが、身体の治癒を阻害している事も、同時に理解する。

 ケルンクラウの拳が、ギチギチと音を立てた。

 握る拳から、今にも血を噴き出さんばかりに。

 ケルンクラウは、(つと)めて感情の出ないよう表情を消し、テッラリッカを見た。

 彼の視界の中で、テッラリッカが黒い霧へ向き直る。

 霧の奥で聳える北の精霊樹を、決意に満ちた目で見通すテッラリッカへ、ケルンクラウは言った。


「テッラリッカ。お前は、障壁の補助を頼む」

「お断りじゃ。わしには、やる事があるからのぅ」

「やる事だと……お前まさか――」


 目を見開いたケルンクラウに対し、テッラリッカは首を横に振る。

 その想像を否定する様に。


「霧の中へは行かぬ。わしは、あ奴の隣で戦えるほど、強くはないからのぅ」


 ケルンクラウは、己を見上げるテッラリッカが小さく笑うのを見た。

 そして、テッラリッカの口が、先の言葉に続けて、自信に満ちた声を発した。

 

「じゃが、わしにはわしの戦い方があるのじゃ」


 そしてテッラリッカは、前を向き、地面に手を付けた。

 テッラリッカの魔力が大地に流れる様子を、ケルンクラウは黙って見守る。

 それが、独り黒い霧の中を進む男の助けになる事を、精霊樹に祈りながら。




 背を追いかけてくる木の巨人の動きは、そう早くない。

 一つ、二つ、三つと次第に増えている事が、響く足音から伝わってくる。

 直立した(みき)たる胴が、進路の枝を砕く音も耳に(さわ)る。

 森に響くそれらの音の中に紛れる敵の音。

 逃せば不意を突かれかねない。

 ガサッと枝が音を立てた。右奥。

 俺は足を止めない。

 進路正面に立つ木を右に避け――視界に子供ほどの木製人形が飛び込んできた。

 そのパラサイトの種を、炎の剣で払い()ける。

 前に進む俺と、既に炎の線を引いたパラサイトの種が重なる。

 だが、衝撃は無い。

 (まと)う炎の鎧に当たるのは、既に消えた塵だけだ。

 俺は速度を変えず、全速力で先を急ぐ。

 進めば進むだけ、黒い霧が深くなっている気がする。

 進めば進むだけ、放置した木の巨人が増える。

 進めば進むだけ、隠れたパラサイトの種が襲ってくる。

 特に、動きの速いパラサイトの種は、後回しにも出来ない。

 黒い霧が不安を(あお)る。

 精霊樹には、いつ辿り着く?

 進む方向は、合っているのか?

 敵はどれだけいる?

 俺の炎は、本当に黒い霧に対抗出来るのか?

 そもそも精霊樹の事を、もっと聞いてから突入すべきだった。

 不安が積み重なろうと、足は止めない。

 だが、既に身を起こし、二本足にて直立する木の巨人が、前方にて待ち構えていた。その動く肩と右腕が、直進する俺への迎撃行動を示している。

 舌打ちしたい気持ちを抑え、走る速度を急速に落とす。

 炎の鎧を(まと)おうとも、強烈な一撃は、受ける訳にはいかない。

 木の巨人は、俺の緩急に対応出来なかっただろう。

 振るわれた腕が、周囲の木の枝を(なぎ)ぎ、地面を削り取った。

 目の前を通過する腕の(むち)を見送り、俺は大地を強く蹴り、速度を上げる。

 急な速度変化は、足に負担が掛かる。

 だが、四の五の言っていられない。

 巨大な相手に対する対処法なんて、そう多くない。

 遠距離からの魔法を放つ。魔法で跳び込む。懐に飛び込み足を狙う。

 こいつは最後の選択で、事足りる。

 これで六体目。

 奴の股の下を抜けながら、左から右後ろまで炎の剣を横へ払う。

 炎に喰われる木の巨人を放置し、真正面から飛び込んできたパラサイトの種へ、炎の剣を振り下ろした。

 全く、切りが無い……。

 それでも駆ける、駆ける。

 その時、大地に魔力が走った。

 俺の進んできた方向から、俺の進むべき方向へと。

 この魔力は……この温かな魔力を間違える訳がない。

 テラさんの魔力だ。

 そうか……黒い霧に魔力を(むしば)まれるのなら、地中に魔力を通せばいいのか。

 一つの単純な発見に、自分の口元が緩むのを感じる。

 魔力が進むべき道を示し――進む先の木に、テラさんの魔力が集まり始めた。

 あれか。あれが精霊樹。

 黒い霧の中、テラさんの魔力で一本の木が輝きを放っていた。

 他の木よりも背が高い。

 感じ取れるテラさんの魔力から、その木が太く、大きなものだと認識できた。

 そして、その中に巣食うパラサイトの姿も、ハッキリと。

 地を蹴る足が、軽くなるのを感じる。

 ただの気分の話だが、それは大きな事だ。

 黒い霧の中、闇雲に進んでいたのとは違う。

 明確な位置、明確な存在、そして背を押してくれる優しい力。

 行こう。

 精霊樹の元へ。

 強く足を踏み込み、もっと、もっと速く。

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