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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第十三章

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584.誰の為に戦うのか

 黒い霧の中、次の標的を見定め、再び走る。

 視界の先には、木を模した巨人。

 ()を模したであろう足は、人間を踏みつぶせる程度には長い。

 が、胴を形作る(みき)が長く、姿形としては、短足に見える。

 葉が落ちた枝が捻じれ、頭と腕を作っている。

 あの腕が、先ほどの人を打ち据えた武器か……今は、安全の確保が先だ。

 間に合わなかった事を(なげ)く前に、目の前の敵を――巨人の上体が(きし)む音を立て、動き始めた。

 先に見た、(むち)(ごと)き腕の動きは、速かった。

 だが、巨体の動作自体は遅い為、予測は容易だ。

 振り上げる腕、その鈍い予備動作の後、巨人の腕が振り下ろされた。

 捻じれた枝を束ねた様な巨人の腕が、(むち)(ごと)くしなり、波打つ。

 だが、もうそこに俺はいない。

 奴の腕が、地面を穿(うが)つ。

 既に、その先へ踏み込んでいる俺に、その一撃が当たる(はず)がなかった。

 速度を落とさず、真っ直ぐに巨人の足へと向かう。

 炎帝竜の大剣で両足を切断すれば、こいつに耐える(すべ)は無い。

 それは、先の一体で証明済みだ。

 肉薄した俺を踏みつぶさんと、右足を上げる木の巨人。

 俺は、その緩慢(かんまん)に動く足へ、炎帝竜の剣を()わせた。

 向かって左側を払った炎の剣の持ち手を返し、駆ける足をそのままに、奴の左足を続けて切断する。

 二つの切断面から、浸食の炎が木の巨人を喰らい始める。

 炎が、木の巨人を瞬時に飲み込み、黒い霧の中に、赤い光を生み出した。

 周囲を見回し……何もいない事を確認する。

 休む暇は無い。

 全身を(おお)う薄紫色の魔力が、黒い霧に浸食され続けている為、魔力を垂れ流しにしている事もそうだが、まずは怪我人が先だ。

 俺は、腕を怪我した人よりも先に、木の巨人の腕に吹き飛ばされた人の方へ向かった。

 何処(どこ)へ吹き飛ばされたのかは、遠くから見えていた。

 もっと足が速ければ助けられた、などと考えても、そんな『もしも』は無い。

 今は、出来ることを。

 腕を怪我した人も、出血が酷かった。

 この黒い霧に浸食された体も、心配だ。一刻(いっこく)猶予(ゆうよ)もない。

 (みき)の一部が砕けた木の下に、青年が倒れていた。

 駆け寄り、生死を――(かす)かに呼吸音が聞こえる。

 首筋に手を当てると、脈動を感じる。

 だが、息も脈も、弱弱しい。

 血は流れていないが、衝撃で骨や内臓がどうなっているかは不明だ。

 動かせば、それが致命となる可能性もある……だが、この黒い霧の中で治療など出来る訳がない。

 決断と共に、俺は炎帝竜の大剣を消し、両手を青年に当てた。


「≪(いや)しの(みず)≫」


 両手から生み出した癒しの水が、青年の全身に広がり、顔以外全てを包み込む。

 負担を掛けぬように、(ぬる)い癒しの水で。

 多少の保護はこれで良いが……手を放すことはできないな。

 辺り一面を覆う黒い霧が、癒しの水を消し去らんと、(むしば)み続けている。

 魔力を込め続けないと、癒しの水が消えてしまう。

 急ごう。

 俺は、両腕で青年を抱え上げ、走り、もう一人の怪我人の元へ向かう事にした。

 上体を安定させて駆けるのはお手の物だが、青年の状態に気を配りながら走らないと……全力では走れないな。

 俺が戻ると、もう一人の青年は、腕から赤い血を流しながら立っていた。

 この青年が、今も気力一つで立っているのが、見ただけで分かる。

 

「エコー、は……」

「まだ生きてます。走れますか?」

「走る、さ。まだ、死ねない」

「では」


 長い問答をしている時間も余裕もない。

 俺は、彼の言葉を信じ、来た道である南へ向け、走った。

 木々を避けながら、黒い霧の中を進む。

 抱える青年の頭を、肩に寄せ、出来る限り安定を(はか)りながら。

 テラさんの制止を聞かずに黒い霧へ飛び込んだ時、黒い霧は、広がりを見せていた。森を(おお)い尽くす様に。

 もしかしたら、どこまで走っても黒い霧の中から抜け出せないかもしれない。

 その時は、俺も、この人も、気力を振り絞っている彼も、終わりだ。

 全力で駆けた行きと違い、速度を落として走ると、道なりが長く、長く感じる。

 垂れ流している魔力が、黒い霧に食われている所為(せい)でもあるだろう。

 後ろを走る人は、大丈夫だろうか?

 パラサイトの種は? 先ほどの木の巨人は?

 脳裏に浮かぶ不安を消し飛ばす声が、進む先から聞こえてきた。


「こっちじゃ。(はよ)うせい」


 声だけじゃない。

 手を上げながら、進むべき道を示してくれるテラさんの姿も、見えた。

 黒い霧の先にいるテラさんの元まで駆け、俺は身に(まと)う魔力を消した。

 状況の確認よりも先に、抱えた青年をそっと地面に下ろす。

 黒に体を(むしば)まれた青年の姿は、黒風(くろかぜ)を、そしてジギさんを思い出した。

 俺には、まだやる事がある。


「誰か。治癒の魔法を使える人は?」

「マルク様。私が」


 今日、共に戦ってくれていた魔術師の少女が名乗り出てくれた。

 彼女は杖を放り投げ、俺が地面に横たえた青年の横へ屈み、両手を当てた。


(なが)る水よ、()の者にとどまりて、安らぎの一助(いちじょ)を。≪(いや)しの(みず)≫」


 彼女の癒しの水が広がるのに合わせ、俺の癒しの水を消していく。


「木の巨人に打ち()えられ、全身を打っているから気を付けて」

「はい」


 後は、彼女に任せるしかない。

 俺の後ろを走ってついて来てくれていた人は?

 振り返ると、ケルンさんに抱えられた青年の姿が見えた。

 

「こっちも頼む」

「はい」


 ケルンさんの声に応え、魔術師の男性が動き出した。

 黒い霧から出た(ゆえ)、青年達の黒に染まり行く姿を、まざまざと見せつけられる。

 気力が尽きたのだろう。男性の魔術師による癒しの水を受けている青年は、既にぐったりとしていた。

 いや、良くここまで走り切ってくれた……後は、俺が何とかすればいい。

 戦う意思を固める俺に、ケルンさんが簡潔に質問を投げ掛けた。


「マルク。この霧は?」

「肉体と魔力を(むしば)む、(よど)んだ黒い魔力の霧……恐らく、浸食の悪魔のものと同じです。そして、邪竜の炎にも酷似してます」


 ケルンさんに伝わるか分からないが、浸食の悪魔の名を出しておく。

 浸食の悪魔。マヴロ・ディアボロス。

 ピュテルの町のダンジョン、その第五十一階層にて復活したモンスター。

 その身体から放つ黒い霧は、身を(むしば)み、魔力を喰らう。

 黒い霧に直接触れなくとも、周囲に広がった影響は強く、ダンジョン内から町中にまで『黒風(くろかぜ)』という病の名で、その浸食の力は広がっていた。

 そして黒風同様、邪竜の魔力に侵された者もまた、その体が黒く染まっていく。

 十年前の戦いで生き残ったジギさんも、邪竜と戦っている最中のバルザックさんもそうであった。

 そして、黒い魔力に耐えられなくなれば、その体は、塵と化し、消えてしまう。

 肉片一つ残さずに。

 ミュール様は、肉体を保つ魔力と侵食する黒い霧の拮抗が崩れ、肉体を保てなくなり、塵と化す、と言っていたか。

 (むしば)まれた彼らをこのまま放っておけば、訪れるのは塵すら残らぬ……死だ。

 それは、彼らだけではない。

 軽く見回せば、状況が飲み込める。

 年齢の高い魔術師が中心となって、黒い霧の拡大を防いでいた。

 広く生み出された障壁を、今も黒い霧が蝕み続けている。

 魔力は、有限だ。

 このままでは、いずれ限界となる。

 怪我人二人を見たケルンさんが、首を横に振った。


「マルク。助け出してくれて済まないが、二人はもう――」

「黒い魔力は、元凶を断てば消えます」


 ケルンさんの言いたい事は、分かる。

 だからこそ、続きは言わせない。

 二人を切り捨て、森の守りに魔力を使うべきだと提案したいのだろう。

 ピュテルの町へ、黒風の緩和薬を取りに戻る時間などない。

 だが、その時間制限は、青年二人の命によるものだ。

 二人を見捨て、耐える事に専念し、応援を呼ぶ事が、最も賢い選択だろう。

 だが俺は、目撃してしまったんだ。

 命を()けて、隣人を救った青年の姿を。

 勝ち目などなくとも、戦い抜こうと立ち上がる姿を。


「なので、今から俺が、元凶を倒してきます」

「正気かマルク! 魔力を(むしば)む力など、魔術師の天敵だぞ。あの障壁を見ろ」

「分かっています」


 ケルンさんの言葉は、御尤(ごもっと)もだ。

 だが、魔術師でなくとも、黒い霧の中では満足に動けないだろう。

 これは、魔術師だけの天敵ではない……生物の天敵だ。

 ドレイク先生の守りの薬があれば……いや、町に戻っても、守りの薬は無い。

 俺とバルザックさんが邪竜討伐の為に譲り受けた物が、今ある全てだった(はず)だ。

 先程も考えた通り、町に戻る時間も余裕もない。

 皆で考え、策を選び、用意する時間もない。

 ふと、右手に温かさを感じた。

 ケルンさんから、そちらへ視線を移すと、テラさんが俺の手を握っていた。


「マルクや。勝算はあるのかえ?」

五分五分(ごぶごぶ)、です」

「わしは、共に行けぬのじゃな?」

「はい。テラさんまで、黒い霧に(むしば)まれたら……俺は、冷静に戦えませんから」

「全く、喜んで良いのやら……行く前に、一つ約束するのじゃ」


 テラさんが真剣な目で、俺を見つめる。

 ピンと張った長い耳が、テラさんの緊張を表していた。

 テラさんが、俺の手を強く握りながら、口を開いた。


「危なくなったら逃げると……そう約束せい……こ奴らと、わしらと、この森の為に、お主が命を捨てる必要など無いのじゃ」

「……約束するよ、テラさん」


 手が塞がっていておまじないが出来ないが、繋ぐ手が、その代わりだ。

 それに俺だって、無理に無理を重ねるつもりは、無い。

 自分の命も……大事だ。


「無理そうなら、ここに逃げ帰って来ますから、そのつもりで準備を」

「うむ。ならば、お主に任せるとするかのぅ」


 テラさんが、笑みを浮かべた。

 相手を安心させる為の、優しい嘘の笑顔を。

 心配も、不安も、消える訳がないんだ。

 だからこそ、ちゃんと戻ってこないとな。

 そして、虚勢が混じろうとも、胸を張って答えないと。


「はい、テラさん。いってきます」

「いってらっしゃいなのじゃ」


 テラさんは、(つと)めて元気にそう言いながら、そっと手を放し、俺から離れる。

 俺が向くのは、進む先。黒い霧の中だ。

 さて、魔法の準備を――


「マルク、様。は、はぁ……」


 苦しそうに息を吐く青年の声が、耳に届いた。

 肩の治療を受ける青年に、向き直り、耳を傾ける。


「化け物は、木に、擬態、ふぅ……パラ、サイトは……向かって、裏側」

「助かります。後は任せて」


 小さく(うなず)いた青年は、荒い息を落ち着かせながら、目を閉じる。

 やっぱり、この人達は、優秀な戦士なんだな。

 彼らは、ほぼ知らぬ人だ。

 地竜討伐の時に、弓兵の列に居た気がする……その程度しか憶えていない人物。

 それでも、死なせない。

 俺は再び、黒い霧へ向き直った。

 遠く、その先にある精霊樹を。そこに巣食うパラサイトを見据える為に。

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