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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第十三章

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583.偵察隊と精霊樹の異変

文章修正

 パラサイト駆除作戦における本隊が里で休息をとっている頃、一部の森の民は、パラサイトの増殖の調査、偵察の為に動いていた。

 彼らは二人一組で動き、パラサイトの発見やパラサイトの種との遭遇時は、逃走を優先するようケルンクラウから命令を受けている。

 今、周囲を見回しながら森を歩く青年二人も、偵察に出た一組であった。

 丁寧に撫でつけた銀の髪を頭頂部の真ん中で左右に分けた青年は、弓を背負い、ぼさぼさの髪をそのままに歩く青年は、腰に片刃の斧を携えていた。


「全然いないな」

「そうに越した事はない。集中しろエコー」


 エコーと呼ばれた青年は、ぼさぼさの銀髪を掻きながら小さく欠伸(あくび)をした。

 その眠そうな目から、エコーの表情はやや幼げに見える。


「へーい。でも、もう全部倒したんじゃないか? マルク様が来てるんだろ?」

「それがパラサイトと何の関係があるんだ、全く……」


 気の抜けた表情のエコーを見て、溜息を()く青年は険しい目つきで周囲を見回していた。彼の目もまた、森の異常を捉える事ない。

 二人の声と(かす)かな足音だけが、静かな森に広がっていた。


「はぁ、マルク様だけじゃなくシルファちゃんとも一緒だなんて、あいつら(うらや)まし過ぎだろ……俺もマルク様の戦いを、また見たかったなぁ……」

「あいつら死にそうな顔をしていたが、ああ成りたかったのか?」

「二人とも鍛え方が足りないからさ」


 厳しい目をしたままの青年は、お道化(どけ)るエコーに目も向けず、鼻で笑った。


「フンッ。ならお前も無理だな。お前は普段から――」

「ウッ。この話やめやめ。ほら、ソーン。もうすぐ北の精霊樹(せいれいじゅ)なんだから、気を引き締めていこうぜ」


 周囲に何もいない事を再確認した青年ソーンは、歩みを止め、振り返った。

 自身の後ろで申し訳程度に周囲を警戒しているエコーへと、その目を向ける。

 ソーンの眉間には、縦の(しわ)が走っていた。


「エコー。お前、ケルン様の話、ちゃんと聞いていたか?」

「聞いてたさ。パラサイトは精霊樹周辺には寄生した事がない、だろ? だからって種までいないとは限らないし、念の為、調べておこうぜ」

「……それもそうだな。行くか」


 エコーの言葉に一理あると、ソーンは一つ(うなず)き、再び歩み始めた。

 その後ろをエコーが続く。


「良し。ここ最近、精霊樹に行ってなかったんだよ」

「それが目的か。まあいい」


 ソーンもまた、精霊樹に礼拝(れいはい)する事が楽しみであった。

 精霊樹とは、アルケーの森を見守る大樹である。

 北と南にて高く伸びた二本の大樹は、森の民の信仰の象徴であり、彼らにとっての守り神の(ごと)き存在であった。

 巨大なモンスターが衝突してもびくともしないであろう太い、太い(みき)

 世界そのものに根付くかのように伸びた根。

 見上げるほど高くにて、青々と()え、豊かに()える枝葉。

 ソーンは、その精霊樹の雄大な姿を思い浮かべながら、木々の合間を進む。

 だがソーンは、足を進める度に言い知れぬ違和を感じていた。

 周囲を見回しても、異常は見つけられない。


「エコー。何か可笑(おか)しくないか?」

「ん? ああ……こんなに木、多かったっけ?」


 もう一度周囲を見回したソーンは、エコーの言葉に納得する。

 茂った木々が邪魔で、歩む彼らから精霊樹が見えなくなっていた。


「確かに多い。精霊樹の周辺は、こんなに木々が()えてなど……誰か魔法で()やしたのか?」

「そんな馬鹿、里にはいないって――なら余計変だよな、ソーン」

「ああ。罰当たりだが、誰かの悪戯(いたずら)なら良いんだが」


 ソーンは背の弓を握り、矢筒から矢を取り出した。

 エコーもまた、斧を手に持ち、警戒を強めている。

 増えた木々の合間を()いながら、二人は臨戦態勢で進む。

 特に何かに襲われることもなく、無事に精霊樹へ辿り着いた二人は、横並びで足を止め、雄大なる精霊樹を見上げ――悪寒に襲われた。

 見上げた精霊樹の姿に、異常な所は見受けられない。

 だが、その(よど)んだ魔力を感じ、ソーンの弓を握る手に力がこもる。


「これは……」

「ソーン。調べるか引くか、どっちにする」

「調べて、ケルン様に報告だ」

「了解」


 調査の意思を伝えたソーンは、(うなず)くエコーを見て、(うなず)き返す。

 エコーの眠そうな目は、既に狩人の目へと変わっていた。(ひと)()けらの違和すら逃さぬように、鋭く。

 ソーンは、背をエコーに任せ、歩き出す。

 これ以上精霊樹に近づかぬように気を付けながら、円を描くように。

 南の位置から、左回りに動いたソーンは、精霊樹の横からその裏側を見て、目を見開いた。ソーンの背に冷たい汗が流れる。

 そこには、精霊樹の(みき)には、擬態すらしていない黒い大きな(こぶ)があった。

 人を超えて高く、不自然に(ふく)れた黒い(こぶ)が。


「引くぞ、エコー。俺達では――」


 ソーンの言葉を遮るように、黒い(こぶ)から黒い何かが噴出(ふきだ)し始めた。

 まき散らす様に広がる黒い何かは、あっという間に二人の周囲を包み込む。

 黒に包まれた(はず)であるのに、視界を潰す程でもないそれは、二人にとって不可思議な空間であった。

 周囲が見辛くはあるが、目つぶしにもならぬそれに、エコーは首を(かし)げる。


「黒い、霧?」

「行くぞ! エコー!」


 ソーンの声と共に駆けだした二人は、咄嗟(とっさ)の判断で、その場から跳躍した。

 左右に分かれるように跳んだ二人の居た大地へ、鋭い(むち)が振り下ろされた。

 それは精霊樹からの攻撃ではない。

 ソーンは、自分たちに攻撃を仕掛けた存在を見上げた。

 木だ。

 いや、木が人の形へと変化していた。

 茂った緑の葉が枯れ、枝と枝が捻じれ合い、腕に、頭にと形を変えていく。

 その見上げる高さ、そのままに。


「チッ。木に擬態してたのか」

「まさか、周囲の木は――」


 ソーンは言葉を止めた。

 口にする必要すらなかった。

 精霊樹の周囲に生えていた木々全てが、巨大な木人の化け物へと(へん)じ始めていたからである。

 合図無く、ソーンとエコーは同時に走り出した。

 最大の速度で、真っ直ぐ南へ、里へ向けて。

 二人は、まだ変化途中の木々の足元を抜けながら、振るわれる枝の腕を(かわ)す。

 しなる腕が地を削り、轟音を立てる。

 逃げに専念した彼らを、巨大な木人の腕が捉える事はなかった。

 (へん)じた直後ゆえか、動きの鈍い木人を置き去りにし、彼らは駆ける。

 矢を投げ捨てたソーンは、首から下げた小さな笛を取り出し、それを強く、大きく吹いた。ソーンの息が通り抜けた木の笛が、甲高い音を響かせる。

 (なお)も駆ける二人は、黒い霧が段々と広がっている事に気が付いた。

 駆けても、駆けても、黒い霧から逃れられない。

 自分たちを追う、木人の足が地面を(かす)かに揺らし、鳴らす。

 長い耳と、駆ける足でそれを感じた二人は、ただひたすらに前へと走った。

 そして二人は、己の体の異常に気が付く。

 重い。

 体が、重い。

 ソーンとエコーは、徐々に徐々に、重い膜が(まと)わりつく様に体の動きが鈍くなっている事を知るが、対処法など持ち合わせてはいなかった。

 腕が、足が、肩が……その俊敏さを失わせていく。

 舌打ちと共に、エコーが足を止め、斧を振るう。

 斧の刃と、不意に飛び込んできたパラサイトの種が交差し、突き出された種の鋭い腕が砕け散った。

 パラサイトの種は、その一体だけではない。

 進むべき先から、パラサイトの種が跳躍する姿が見える。

 ソーンもエコー同様一度足を止め、矢筒から取り出した矢を弓に(つが)えていた。

 背の力で開いた体が(つる)を引き、その力を(もっ)て鋭い矢が放たれる。

 飛翔する矢は、その矢尻をパラサイトの種の胴に突き刺す。

 矢を受けた種は、跳躍していた体を、地に落とした。

 奴が死んでいない事は、明白だ。

 引いた(つる)の重さが、己を(むしば)む異常さを、ソーンに教える。

 黒い霧の先で、跳躍する種の姿が、一つ、二つと増えた。

 ソーンは矢を放ちながら、正確に、その人の子供程の大きさの木製人形を打ち落としていく。跳躍する度に、一射、一射、一射。

 迫る背後の巨大な木人にも、意識を向けながら。

 矢を放つソーンを守る様に、エコーは近くの一体へ斧を振るう。

 斧は、パラサイトの種の頭を砕き、胸を裂いた。

 ようやく動きを止め、消滅し始めた種を見て、エコーが呟く。


「ヤバいぞ。ソーン」


 その焦りに満ちた声を聞きながら、ソーンは、我が物顔で接近するパラサイトの種を睨みつけていた。

 効果の薄い弓を背に戻しながら、ソーンは答える。


「分かっている。≪慈悲(じひ)風刀(かざがたな)≫」


 ソーンは、瞬時に己の魔力を右手に集中させ、呪文を唱えた。

 呪文が魔法へと結実し、その手に不可視の短刀を生み出した。

 黒い霧の中では、見えぬ短刀も、その形が(あら)わとなる。

 (つか)の先に(つば)は無く、曲線を描く刃があった。

 切っ先まで反った刃と、ひし形の切っ先。刃に沿うように反った(みね)

 前へ駆けるソーンは、その逆手に持った短刀を振り、跳躍するパラサイトの種を迎撃する。

 雲を裂くがの様に、刃がパラサイトの種の胴を切り裂く。

 塵と化すパラサイトの種の脇を、駆け、前へ出るソーン。

 ソーンの横面へ、パラサイトの種が飛び込んできた――振り下ろされた斧が、快音と共に、そのパラサイトの種を地面へと叩きつける。

 肩で息をしながら、もう一度斧を振り下ろすエコーから離れ、ソーンは、エコーへ飛び込む種の前へ、庇う様に飛び出した。

 ソーンは短刀にて、鋭い左手を切り飛ばし、続けざまに蹴りを放つ。

 蹴りは、パラサイトの種の体を弾き飛ばしたものの、損傷には至らない。

 力の入らぬ体を恨めしく思いながら、真正面から飛び込んでくるパラサイトの種へ短刀を振るう。

 不可視の短刀が、跳躍したパラサイトの種のもう片方の腕を――切り飛ばす寸前、短刀が消滅した。

 魔法の消失に驚く暇もなく、パラサイトの種の鋭い手が、ソーンの右腕に突き刺さった。

 痛みで、視界が明滅する。

 歯に音を立てながらソーンは、左手で矢を取り出し、パラサイトの種のその造形の無い顔に突き立てた。

 が、効果がない事を証明するかのように、鋭い腕が横へ引かれ、ソーンの肉を裂いた。


「グウッ」「ソーン!」


 痛みに耐えながら、前蹴りを放ち、パラサイトの種と距離を取るソーン。

 よろけるパラサイトの種へ、すかさずエコーの斧が振り下ろされた。

 力の入らぬ一撃であったが、斧はパラサイトの種の赤く染まった腕を砕いた。

 連続して振り下ろされる斧により、パラサイトの種は存在を保てなくなり、黒い霧の中で塵となって消えていく。


「ソーン。手当を」

「逃げ、るのが、先だ」


 ソーンは流れ出る赤い血を、己の裂けた肉を見て気付いた。

 自分の体が黒く、黒く変色している事に。

 その時、ソーンの体は突き飛ばされた。

 ソーンの体が、(うめ)き声と共に地を滑る。

 突然の事であったが、ソーンには、何が起こったのかすぐに理解出来た。

 自分がエコーに突き飛ばされたのだと。

 黒い霧の中、ソーンの視界に、立つエコーの姿が映る。

 その刹那、枝の絡み合った腕の通過と共に、エコーの姿が消えた。

 木と肉の衝突音を聞いて、ようやくソーンの思考が動き出した。

 巨大な木人の腕に払われ、エコーが吹き飛ばされたのだと、理解する。

 即死か? まだ生きているか?

 確認するすべなどない。

 どちらであれ、守らねば。

 森を。エコーを。

 意思を固めたソーンは、力の入らぬ体で巨大な木人を見上げる。

 体に残る魔力を、限界まで集め、(たば)ね、ソーンは言葉を紡ぐ。


「精霊樹よ、(われ)に力を、≪精霊樹(せいれいじゅ)牢獄(ろうごく)≫」


 ソーンは、抜け落ちる魔力と共に、崩れそうになる膝を意思で(こら)える。

 ソーンの魔力は地を走り、接近していた一体の巨大な木人の足元で、木々へと変化し、巨大な木人の足を(から)め取り始めた。

 木々が、巻きつくように伸び――そして魔法の木々は、塵となって消えた。

 塵を蹴り飛ばす様に、巨大な木人が足を踏み出す。


「まだだ、まだ――」


 魔力を用意しようとしたソーンの膝が、自然と落ちた。

 その段になって、ソーンは(おのれ)の愚かさに気付いた。

 黒い霧に、魔力が削り取られている。

 慈悲の風刀も、精霊樹の牢獄も、己の魔力も。

 魔力すらなくなった自分に勝ち目などない。

 そう理解しながらも、ソーンは力の入らぬ足で立ち上がった。

 たとえ踏み込む木人の足に、踏みつぶされようとも。最後まで――一陣(いちじん)の炎が、黒い霧の中を駆け抜ける光景を、ソーンは目にした。

 それが一本の炎の剣であると知ったのは、巨大な木人が切断された足から伝った炎に喰われ、瞬く間に消えた(あと)であった。

 半透明で紫の魔力に全身を包み、炎の剣を持つ青年がそこに立っていた。

 紫の魔力の奥で、この森では見ることのない、金の髪を揺らしながら。

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