57.氷魔法と母の思い出
読みやすいように全体修正 内容変更なし
ダンジョンから出て、アムと別れると夕日が沈みかけていた。
アムとキオ達は、まだお仕事の時間だ。
スクロールの使用感の聞き取りは、俺が付き合っても仕方あるまい。
大衆食堂で腹を満たして、家路につく。
空は赤と黒がせめぎ合っている。
だが、今日はまだやりたいことがあるのだ。
閉じることのない門を通り、屋敷に明かりが付いていないことを確認する。もしシャーリーが来ていれば、やりたいことなんて後回しだが、今はいないようだ。
俺は屋敷の裏に回る。父や母から教えを受けた、裏庭に。
魔法の練習の前には、やるべきことがある。
イメージを作り上げる。裏庭とそれ以外を隔てる線を。
内と外は異なるもの。阻み、拒み、犯すことを許さず。
「≪魔力の結界≫」
俺を中心として、裏庭に紫の円が現れる。
観客席を付ければ、闘技場に早変わりだ。
まぁ、ただ作りやすい丸型で作っただけだなのだが。
見た目だけなら、地を這う円形の線でしかない。効果は線引きした中と外の行き来を遮断するものだ。魔力もある程度は遮断できるのが良い。
咄嗟に使えず、自分を中心にしか設置できず、魔力消費も馬鹿にならないので、戦闘には不向きであるのが、この魔法の残念な所だ。
さて、いつものように耐久実験を一度行うか。
「≪風の刃≫。≪火精霊の球撃≫」
一つの刃は、紫の線の上に差し掛かった所で、弾けて消えた。
線そのものを狙った、一つの火の球は、線にて弾け、爆発した。
爆風が土を抉り、土砂が跳ぶ。
紫の線の下方でも、しっかりと魔力の遮断が確認できた。
抉れた土の形が、境界線の形を明確に表している。
円状の境界に沿った形だ。
これなら魔法の使用に失敗しても、屋敷や町に被害が及ぶ可能性が減るだろう。
絶対に大丈夫とはいえないが。
問題が一つあるとすれば、この魔法の維持に魔力を吸われ続けるので、こういう暇なときにしか使えないことか。
「さてと、やりますか。≪氷≫よ」
いつものように想像し、いつものように創造する。
右手の指輪が魔力と魔法に反応して、俺の魔力と混ざり合い、そして想像を行使するべく世界に放たれる。
結果は、いつもの通りだ。魔力は霧散し、そこに結果物は現れない。
だが、これは他の魔法の失敗とは、結果が大きく違う。
「≪風≫よ」
魔力を抑え、風を生み出す魔法を、あえて制御しないで放つ。癒しの水の時も確認したが、指輪はやはり氷魔法にしか反応しないようだ。
放たれた魔法が、結果を生む。
制御されていないこの魔法は、予測不能な空気の流れを生み出す。
俺の顔面を突風が襲う。かと思えば、髪を横になびかせる。
強弱はともあれ、魔力を使えば現象が起きる。
それが単純な魔力の塊として生まれることもあれば、炎の渦となることもあり、水の濁流となって辺り一面を破壊しながら一つの池を作ることもある。
大抵は、想像した魔法の結果に類したものになるのだが……。
「消えるってなんだ?」
しかも、氷魔法だけ。
試しに類似した魔法から、イメージをつなげてみるのはどうだろうか。
今日見たスクロールの魔法が、頭に浮かぶ。
「≪炎の矢≫。≪風の矢≫。≪水の矢≫。≪氷の矢≫。≪土の矢≫」
各六本ずつ。
赤く燃える炎の矢は、結界に遮られ、燃えながら消えていった。
凝視せねば見えぬ風の矢は、境界面で止まり、高い音をたて消えていった。
青くうねる水の矢は、結界に触れるや、弾け、地面で水たまりとなった。
白く透明な氷の矢が出現するはずが、その魔力自体が消えてしまった。
茶褐色の鋭い土の矢は、衝突と同時に砕け散ってしまった。
「やっぱり駄目なんだよな」
魔法に適正があるのは知っているし、得手不得手は当然ある。
俺は、土魔法は適正が無いし苦手だ。だが、適正や苦手にも限度がある。
昨日見たテーベ村を守る砦を作ることは出来ないが、土の壁の生成や、攻撃呪文であれば使える。
子供の頃も、下手くそな土細工を、アムに笑われたものだ。
氷魔法は、適正の有無や、得手不得手より手前の状態。
使えないと言えば、教会の魔法もだが、あちらは事情が大きく違う。
想像する。太陽神への祈りを、傷を癒す柔らかな光を、穏やかな慈悲を。
「≪治癒の光≫」
俺の右手が、淡く発光する。そして、極小の魔法で――「≪風の刃≫」――左手の指を切り、光を当ててみる。
当然血は流れたままで、傷がふさがる様子もない。
魔法の失敗だ。これでは、ただの柔らかな光でしかない。
「≪癒しの水≫。教会の魔法は効果が出ないだけで、それっぽくはなるんだよな」
左手の指を癒しの水で治しておく。暫し、結界の中で休憩だ。
土の上に転がり、バックパックを枕にしながら、四肢を伸ばす。
帳が下り始めた空を見ながら、昔のことを思い浮かべていた。
母との間に、破ってはいけない約束が一つだけあった。
『好き嫌いはしない』でもなく『みんなにやさしく』でもなく『挨拶はきちんと』でもない。
『魔法は使ってはダメ』
これだけは厳しかった。
魔法を習う以前は、近くで母の真似をしようとしただけで、母に引っ叩かれたものだ。当時は、そんな押しつけを嫌に感じていたが、今なら理由が分かる。
魔法は危険だからだ。
簡単に人を傷つけられる。簡単に自分も傷つく。
魔法を習い始めた後も、その約束は続いた。
頭に『私と一緒の時以外は』がついただけの話だ。
アムも、母と同様の約束を交わしていた記憶がある。いや、アムの場合は師と弟子の間の”教え”だったのかもしれない。
結局その約束は、解消されることは無かった。
今もずっと、俺は、母との約束を破り続けている。
「≪光≫よ」
小さく弱弱しい光を無数に作り出し、暗くなった空へと浮かべる。
魔法を習い始めたころ、母がよくやってくれたお遊びだ。
あの当時は、母の並べた光の星々に、たった一つだけ、それも不器用に明滅する光を付け足すことしか出来なかった。
母のように星々で何かを形作る気もしない。今も、ただ浮かべているだけだ。
小さな感傷の為に。
「こんばんは、マルク」
凛とした声が、結界内から聞こえた。
自分しかいないはずの、この場所に入れる人間なんて一人しか思い浮かばない。
「こんばんは、ミュール様。こんな所に来ても、面白い物なんてないですよ」
上体を起こし、声の方向へ向くと、青いドレスを身にまとったミュール様の姿があった。青い髪が服に同化して見えて、少し残念に思う。
ミュール様は、その整った顔に微笑を作り、俺を見つめていた。
「フフッ。懐かしい光景があったから、つい来てしまったの」
「懐かしい光景?」
ミュール様が空を見上げる。あぁ、この星空の事か。
俺も空を見上げる。
「ミュール様も子供の頃、こういうことしていたんですか?」
「ええ。マリア様に教わって」
「やっぱり、母と知り合いだったのですね」
「ええ、幼いころに……少しだけね。どうしてやはりと?」
出会った時から、理由なく好感触で接してくれるというのもあるが、一番の理由は――
「母も、お茶を手から出してましたから」
「フフ。習得の途中と言っていましたね。その後は?」
ミュール様の笑顔は美しい。だからそれが、作り物のように見える。
「残念ながら。今日も別の事を試していましたし」
「ええ、見ていましたから」
見られていたのか。まぁ町の中で魔法を勝手に使っているのだ。
それを咎められる法など無いが、監視の目に引っかかりはするか。
ん? 見られていたのなら話が早い。
ミュール様は学派の一人だ。
俺なんかが百年頭をぐねぐねしても到達できない知識を持っているだろう。
この人に借りを作るのは少々気が引けるが、背に腹はかえられん。
「ミュール様。一つお聞きしたい――」
「氷魔法の話は後日にでも。今は、この……美しい星空を見ていたいのです」
遮られた言葉の続きは、言う必要はないようだ。
ミュール様もゆっくり星々を見ていたいたい様子であったし……沈黙を守った。
その後、ミュール様の言葉を聞き、母の作った星空を、憶えている限り再現してみせた。あの喜ぶミュール様の姿は、本物であってほしい。
母の星空に、不器用な星は混ぜなかった。
あの星は、俺の思い出だから。




